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「帰ろ」

 彰仁は伝票を掴むと立ち上がった。
 小泉はあそこに高田ちゃんがいるのに~と後ろ髪を引かれながらも彰仁の跡を追いかけてくる。

 これ以上あの子の声を聴きたくなかったし、きっと閉ざされたふすまの奥で遊里が甘やかしているんだろうと思うと腹立たしくて仕方がない。
 仕事って言えば何でも許されると思うなよ。

 プリプリした気持ちを表に出さないように会計を待っていると、小泉がモジモジとしだした。

「やっぱサインもらってきてもいいかな?」
「知らないよ」
「ごめん、これ会計」

 万札を彰仁に押し付けるとものすごい勢いで小泉は姿を消した。
 あの扉をノックしてサインをねだるとかすごい根性をしている。呆気にとられながら会計を済ませると一足先に外へと出た。

 月がビルの隙間から大きな姿を現していた。
 遊里と出会った時にはまだ寒かったのにもう半そででいいくらい汗ばむ季節になった。
 
 せっかく久しぶりに会えたのに。
 あんな別れ方をしてまた次いつ会えるかわからない状況にうなだれた。会いたいと思っているのは彰仁だけじゃないのか。遊里はあの子を優先したし、彰仁がいなくても楽しく過ごしているんだきっと。

「あーくそ」

 自分がこんなことで心を痛めるなんて想像しなかった。
 こんなに近くにいるのにどうすることもできない。

 さみしい。
 もっと顔が見たい。
 いろんな感情が押し寄せて彰仁は深く息を吐いた。

 ふいに強く腕を掴まれてビルの合間に引きずり込まれた。
 この手の強さに覚えがある。
 一瞬で高まる体温。
 抱きしめられて間違いじゃないことを知る。

「遊里」
「彰仁さん、マジで本物だ」

 強く抱きしめながら遊里が彰仁の髪に顔を埋めた。深く吸い込んではあっと息を吐く。

「彰仁さんの匂いだ」
「お前はタバコ臭いよ」
 
 いつもの香水とタバコが入り混じった遊里の匂いに安心する。

「まさか会えると思ってなかったからびっくりした」
「それはおれも一緒。っていうかいいの抜け出して」
「タバコ買ってくるって言ってきたから」
「うそつきめ」

 互いに腕の力を緩めることが出来ない。
 少しでも離したらまた会えなくなるようで。

「キスしていい?」

 聞かれて、答える前に唇を押しつけた。
 柔らかな感触を楽しむよりすぐに深くなって息が苦しくなる。お酒とたばこの入り混じった味に舌先を噛んでやった。

いひゃい、なにひゅんの痛い、何すんの
「この遊び人が悪いことしてないかなって思って」
「してません」
「どうかな、楽しそうにしやがって」
「それは彰仁さんの方。浮気してない?」

 強く吸われて腰が崩れそうになった。
 抱かれた腰の間に昂るものが押しつけられる。

「するはずないだろ」
「でも彼女とうまくいってるんでしょ?」
「馬鹿」

 互いにゴリゴリとすり寄せるとたまらなくなって腰が動いた。
 しばらくこういう触れ合いをしていなかった。
 いつも電話越しばかりで体温を感じる接触に興奮してしまう。

「あーヤバイ。このまま連れ去りたい」

 ワイシャツの襟を少し下げて遊里は唇を押しつけた。狭い場所に吸い付いて痕を残す。

「早く脱がせてめちゃくちゃに抱きたい」
「……遊里、」
「そんなとろけた声を出さないで。止まらなくなるじゃん」

 キスをしながらワイシャツ越しに胸を揉みしだく。すでに興奮して尖った乳首は触って欲しいとばかりに膨らんで遊里の刺激に弾力で返した。
 ワイシャツ越しに噛まれるとジンっとしびれが走った。

「あっ」
「彰仁さんの声、腰に来る」
「遊里、もっと」

 ここが外なのに止まらなくなる。強請ると困ったように笑いながら遊里が触れてくる。
 互いのものは張り詰めていて、今すぐにでも繋がりたがる。先端がじわりと濡れたのが分かった。

「彰仁さん……約束して。ここからすぐにタクシーで家に帰って。誰にも会っちゃだめだよ、そんな顔してたら襲われちゃうから」
「遊里は?」
「俺が連れ去りたいけど、まだ次のスタジオが残ってて……くそっ」

 遊里のポケットに入っていたスマホがブルブルと震えてこの時間を引き裂いた。一度は無視したけれどまたすぐにかかってきて、こうなったら戻るしかないだろう。

「遊里、離れたくない」

 まるであの子に引き裂かれるようで感情が高ぶったのだろう。思わぬ言葉が出て自分でも焦る。

「あ、ごめん、違うそうじゃなくて」
「もー。普段そんな事言ってくれないのに……彰仁さん好きだよ」

 遊里は名残惜しそうに唇を吸った。何度も絡めて離れたくないとばかりに唾液を交換する。止まらなくてもっと、と欲しがりあった。
 だけどこれ以上触れていたら離せなくなるから彰仁はぐっと遊里の身体を押し返した。ひんやりとした空気が2人の間を通る。

「戻れよ」
「うん、……また連絡する」
「おう。仕事がんばれ」

 これ以上引き止めないように顔を逸らすと、その横をすり抜けるように遊里がいなくなった。去り際に指先が絡み合う。

「気をつけて帰って」
「ん」

 お店の中に消えていく遊里を見送りながら深い息が漏れた。
 触れれば触れただけ欲深くなっていく。仕事なんかやめろと言って連れ去りたかった。一緒にいたい想いばかり高まって、遊里に無理を言い出しそうで怖い。
 こんな自分を知らなかった。
 
 入れ違うように小泉が出てきたけれどその姿はガックリとうなだれていた。
 どうしたのかと聞くとプライベートだからサインはしないと断られたそうだ。さっきの愛想のよさは彰仁向けだったらしい。
 隣にいた小泉のことはには全然気がつかなかったと言われショックのあまりトイレで少し泣いたと言った。

「どんまい……」

 落ち込んだ小泉は彰仁の変化に気がつかず、2人はそこで別れた。タクシーに揺られながら遊里のことを思い出す。
 それだけでふわりと体温が上がる。
 早く帰って一人になりたい。
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