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 テレビの仕事が入ったと遊里から連絡が来たのはそれからすぐのことだった。

「前にも話したと思うけど、自分のライブ以外にも助っ人でスタジオに入ったりしてるわけ。で、その繋がりでテレビにも出てくれないかって言われて」
「え、すごいじゃん」
「でもなあ~テレビはあまり気が進まないんだよなあ」

 電話越しに遊里は乗り気じゃない声を出した。
 テレビに出るってすごい事じゃないかと思ったけど、遊里にとってはそうでもないらしい。

「別にどこでやってもいいんだけど、相手の子がまだ若い女の子でさ。ロック路線で行きたいから激し目に絡んでくれって注文出されたわけ」
「へ~」

 若い女の子と激しく絡むってなかなかパワーワードだな。
 少しだけむっとしたのに気がついたのか、遊里が「勘違いしないでね」と先に牽制する。

「絡むってそういうんじゃないから」
「わかってるよ。あれだろ、演奏しながら絡むとかそういう」
「そう、テレビでよく見るじゃない、それ」

 目配せしたり背中を合わせたりふたりでセッションしたり。うん、わかる、テレビで見るやつな。

「彰仁さんとだったらどこででも激しく絡みたいけど……ああでもモザイクだらけになっちゃうな。っていうか彰仁さんのあんなにやらしい姿を誰にも見せたくない」
「お前は何を言ってるの?」
「まあそんなんで、テレビに出るそうなんですよ俺」

 は~と遊里は深く息を吐いた。

「大変なのか?」
「大変だね。っていうかヤラセばっかじゃん」
「でもお前はテレビ移りもよさそうだし映えそう」

 体も大きいし、なんといっても人目を引くオーラがある。今までライブハウスにしかいなかった方が不思議。
 テレビに出ると言われて全く違和感がない。

「そう言ってもらえると嬉しいけど。そんなんでしばらく時間が取れなさそうで」

 遊里はシュンっと声を落とした。
 たくさんの打ち合わせや練習など予定が詰め込まれたそうだ。

「そっか、がんばれよ」
「彰仁さんに会えないのが一番ショック」
「それは……おれも同じ」

 仕事だから仕方がないけど、やっぱり会えないのはさみしい。
 素直に口にすると遊里はふっと笑った。

「彰仁さんもさみしいんだ?」
「そりゃそうだろ。会いたいし」
「え、待って。なんで今素直?」
「いいだろもうっ」

 好きだとか会いたいとか彰仁だって同じ気持ちなのだ。
 遊里の方がたくさん言ってくれるから隠れ気味だけど、こう見えて彰仁だって口にしているつもりだ。
 伝わっているのか謎だけど。

「会えなくてさみしいときは電話セックスしようね」
「しない」
「じゃあ今からする?」
「明日も仕事だからもう寝る」
「じゃあ俺の見ながらする?」
「さっきから接続詞がおかしいから!」

 小さな画面のむこうにいる遊里がイソイソとスウェットを脱ぎ始めたから慌てて止めた。マジでやる気なのか。遊里ならありえる。

「しないって言ってんの」
「えーしたい」
「したいけど、無理。またな」
「今度はしてくれるんだ?」

 食い下がる遊里に「馬鹿!」と言って通話を切った。
 したいのは彰仁も同じだ。だけど電話越しじゃ満たされなくなりそうだからやめた。すぐに会いに行ってしまいそうな自分が怖い。

「お前が思うより会いたいし、好きなんだからな」

 真っ暗な画面に向かって呟く。
 だけど遊里の言った通りそれからしばらくは連絡が来なくなって、彰仁からかけても不在が多くなった。

 真夜中にメッセージアプリで「ごめんね会いたい」と送ってきたり、今終わったとか、これから仕事に行くとか届くけれどどれも間接的な会話に終わってしまう。

 時間のずれは地味に心を蝕んだ。
 
「最近なんか落ち込んでる?」

 顔にも出てしまったのか、同僚の小泉にまで言われてしまった。

「そんなことないけど」
「もしかして彼女と喧嘩でもした?」

 あの時声をかけられた男と付き合っているとはさすがに言えなかった。ただ恋人ができたと報告をしていたから小泉は相手が女だと思い込んでいるだろう。それでいい。

「喧嘩っていうか、時間のずれ」
「あーそれキッツいよな」

 俺の彼女もな、と話し出す小泉に頷きながらぼんやりと遊里のことを考えてしまう。
 声くらい聞きたいのにこちらからかけるのをためらうようになってしまった。電子音で不在を伝えられるのもがっかりするし、邪魔をしたくもなかったから。

 よく昔の彼女が仕事って言ったって連絡できるでしょうと怒っていたけど、こういうことだったのか。確かに不安にもなる。申し訳なかったな。自分がこの立場になってはじめてわかった。

「じゃあたまには飲みに行く? しばらく付き合い悪い人だったじゃん」
「そうかな」
「そうだよ。予定があるとか今日は無理とか断られてばかりだったよ」

 プリプリ起こる小泉にごめんと謝りながら、たまには気晴らしも必要だなと思った。

「いいよ、たまには行くか」
「よっし、行こう行こう」

 そうして向かった居酒屋は遊里と出会ったあの店だった。
 しばらくぶりにきたけれど変わってなくて懐かしい。そうだ、ここのついたての上から顔を出して誘われたんだった。

 遊里の不在にも遊里を思い出してしまう。
 恋ってこんなに重症化するんだな。
 女の子がよく恋をして視野が狭くなったり盲目になるって言ってたけどこういうことなのかも。
 今まで知らなかった。
 恋なんてしてるつもりでしていなかったんだ。

 遊里だけ。
 あいつだけが彰仁を狂わせる。
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