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第七章

7-15 伯爵邸にて

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 ベリルの防具も完成し、ディートリヒ、ナズナ、ベリルの3人は、一度防具の感触を確認するため森に出向いている。
 スピネルは研究室に籠って重曹と石鹸づくりをしている。

 パンも作った。重曹も食用と石鹸用に分けるようにした。
アイナさんも倉庫に移り、準備を始めている。
手紙をだしてから3日か…。明日からノーオの街へ行く。
御者を確保しようとしたが、アイナさんが御者ができるという事で、今回の旅行にはアイナさんが御者をしてくれることになった。
 途中、俺やディートリヒたちも練習し、全員が馬の扱いに慣れておく必要もあるよな。
なんて思いながらリビングでくつろいでいると、玄関にヒトが来た。
下に降りていくと、バスチャンさんだった。

「ニノマエ様、お忙しいところを申しわけありませんが、今から伯爵邸にお越しいただくことはできませんか。」
「あ、いいよ。ディートリヒは外出しているから。俺だけで行くけどいいかな。」
「その方が良いと思います。では早速お願いいたします。」

 ふふ、どんな回答が来るかな。
まぁ、製法などの事は知らんが、こちらはもう出来ているからね。
あとは、パン。魔法の粉だ。
これは最終兵器に使おう。

 俺はスピネルに伯爵邸に行くことを告げ、少しだけ石鹸を持っていく。
スピネルも堂に入ったもので、てきぱきと錬成をしている。
マナも問題ないらしい。

 伯爵邸に着くまでに、伯爵の近況を尋ねる。

「旦那様は、日々忙しそうに飛び回っておられますが、夜に必ず帰宅され奥様方とお子様と一緒に夕ご飯をとられております。」
「そうですか。それは良かったですね。」
「これもニノマエ様のおかげでございます。
ニノマエ様にお会いになられてからというもの、ティエラ奥様もお元気になられましたし、何よりもユーリ様とティエラ様が非常に仲良くなられたと思います。
本当にありがとうございます。」
「あ、それは俺ではなく、ディートリヒだから。」
「それも踏まえてニノマエ様のおかげなのです。」

 まぁ、いいや。考えるのも面倒くさい。
ブラブラと歩きながら伯爵邸に到着し、応接室に通された。

「ニノマエ様、お久しぶりでございます。」
「ユーリ様お久しぶりです。
いろいろと動いておりましたので、申し訳ありません。」
「いえいえ、石鹸と言い、馬車の改良と言い、ニノマエ様はお休みになっておられるのですか。」
「ええ。夜はしっかりと寝るようにしております。
 そうしないと、この齢ですからね。身体がもちません。」
「それはそれは難儀な事ですね。」

「で、ユーリ様、前置きは無しにしましょう。」
「そうですね。では何からお話ししましょうか。」
「石鹸ですかね。」
「はい。あれはおそらくサボーと似て非なるモノだと思います。
 サボーはあそこまで泡が出ません。」
「という事は、生産可能という事になりますね。」
「はい。その件で一点、昨日メリアドール様から書簡が届いております。」
「何と書いてあったんですか。」
「石鹸の状況を直接見る。近いうちに当家に来る予定のようなので、ニノマエ様にいつでもお越しいただいても構わないと伝えてほしい事が記載されておりました。」
「ほんとに敵いませんね。」
「はい。さて、ここから当家からのお願いです。
 石鹸の製法についてお教えいただくことは可能でしょうか。」
「可能です。しかし、魔法を使わなければ今のこの国の技術では錬成することができません。」
「やはりそうですか。しかし、ニノマエ様は出来た。という事ですね。」
「はい。俺の魔法で錬成しています。そして、石鹸と同じくして国をひっくり返すものも発見しました。」
「それは何ですか。」
「パンを柔らかくする製法です。」
「何と、石鹸からそのようなモノができるのですか。」
「はい。できました。
 しかし、これも今のこの国の技術では錬成できません。
 おそらく、俺が使った雷の魔法の原理が分かるまでは難しいと思います。」
「そうしますと、何十年も待つことになるのですね。」
「おそらく数百年単位になるでしょう。それに、俺が錬成したものを分析して何と何をどうしたらそれができるのかを研究していく機関が必要となります。」
「つまり、今のこの国では何もかもが出来ないという事でしょうか。」
「いいえ、原理さえ理解できれば問題は無いと思います。問題はその原理を誰が発見し、誰がまとめていくのかという事です。
そういった『次の世代に繋げる人』を作っていくご覚悟があるかという事に尽きると思います。」
「ニノマエ様は私の遥か遠くを見据えていらっしゃるのですね…。
さすが、メリアドール様が見込まれたお方です。
それと、メリアドール様からは、そろそろニノマエ様の提案にのっていかないと当家も危うい事になるので十分気を付けるようにと言われております。」
「ははは。それは手厳しいご発言ですね。」
「でも、本当の事なのです。」
「前回のナズナの事もそうですが、既に王族から干渉はされていますし、この街にも俺を調べる斥候が何人かはいるように見えます。
であれば、俺を囲い込むだけの懐のデカいヒトの後ろ盾が必要となります。」
「それがメリアドール様なんでしょうね。」
「はい。おそらくですが、伯爵でも他の貴族を押さえることは出来ないのではないかと感じます。」
「そのとおりです。
貴族と言えども位があり、ブレイトン家は上から3番目の位である伯爵です。
伯爵の上には6つの侯爵があり、その上には4つの公爵がございます。
因みにメリアドール様は一番上の公爵に当たります。
それを考えれば、伯爵家がいろいろと潤ってきますと、確実に『目の上の瘤』として疎まれる可能性もございますわね。」
「そこまでお考えであれば、おおよその事は分かると思います。
 俺は、先ずはメリアドール様を味方につけます。
 その代償として、今回の石鹸を出そうと思っています。
 次に下着の製作ですが、工場をアドフォード公爵領で作ろうと思っています。
 そこまでが第一段階です。
 おそらく石鹸でそれぞれの貴族が干渉してくることでしょう。
 そこに王様、確かメリアドール様のお兄様でしたか?、その方に面通しをしていただきます。
 そこで何かしらの圧力や干渉があれば、そのままこの国を出ます。
しかし、この国が俺を庇護すると確約していただくのであれば、パンを柔らかくする粉と馬車の改良技術について技術提供をします。勿論これは無償で渡したいと思います。」

 ユーリ様は少し考えるが、ため息をしながら話し始める。

「やはり、伯爵領には居てくださらないという事でしょうか…。」
「いえ、それは違います。」
「え、本当ですか?」
「はい。ただしシェルフールに常駐するということではありません。週に何日かは居ると思いますが、違う場所に居を構え、そこで技術開発をしていくことが望ましいと考えます。」
「隠居されるという意味ですか?」
「いえ、違いますよ。
例えば、馬車を改良するためには鉄などが必要です。
であれば、鉄が採れる場所の近くに工房を移す必要があります。
さらに、下着を作るに必要な素材を入手するためには、ダンジョンの近くに工場を持つ必要があると思います。要は素材などを運搬する際の費用、これをコストと言ってますが、コストを減らすことで、販売する単価を安くすることができると思います。
そういった場所に居を構えた方が動きやすくなるのではと考えます。」
「ふふふ。流石ニノマエ様ですね。
私のような家柄や貴族の位に固執しているような小さな人ではありませんね。
分かりました。もし、この領内でそういった場所があるのであれば、最大限配慮させていただきます。
勿論、その地での権利も有するという事になります。」
「ユーリ様、そんな大それた事をバリー伯爵よりも先に俺に伝えても良いんですか?」

「ふふふ。流石お分かりになられていますね。旦那様、そろそろ顔を出してください。」
「おう。ニノマエ氏よ。すまなんだ。すべて聞いていたから何も言うな。」
「普通であれば、領主からそういった話をされるのが筋ですが…、おそらくやんごとなき事情があるのでしょうね。」
「あぁ、そうだ。
ソースとマヨネーゼの件で他の貴族から睨まれておるし、儂が言ってしまうと言質となるから、それはメリアドール様から言ってもらった方が良いからの。」
「そこまでお考えですか。さすが『蛇の道は蛇』ですね。」

「そう褒めるでない。
むしろ、これからそちの方がキツくなるが、良いのか?」
「いろいろ干渉はされるでしょうね。でも、面白くなりますよ。」

 3人で含み笑いをする姿は、確実に悪代官と越後屋の会話そのものだった。

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