地方公務員のおっさん、異世界へ出張する?

白眉

文字の大きさ
上 下
55 / 318
第三章

3-15 俺が俺であるように…

しおりを挟む
 ディートリヒは真剣な顔をしている。

「ご主人様は悔いの無い生き方をするという事を仰りたいのですね。」
「うん。そうだよ。」
「では、私の顔を見てください。」

 俺はディートリヒの顔を見る。
彼女は一度深呼吸してから、ゆっくりと話し始める。

「ご主人様は私を買っていただき、名前もいただきました。
 私にとっては、あの時から自分の人生が新に始まったと思っています。
新しい人生を送る中、ご主人様は守ることと助けることの意味を教えてくださいました。
そう…。でも、今の私ではご主人様を守ることはできません。いつも助けてもらってばかりです。
今日、ゴブリンの巣に行き、ご主人様の戦い方を見て、不甲斐ない自分の戦いに嫌気がさしました。
それでも、ご主人様についていきたいのです。
ご主人様は、私が“なんとかキョーカ”という名前のヒトと一緒になることを望んでおられるようですが、私はそんなヒトと一緒になんてなりたくありません。」

 なんとかきょーか? あ、“吊り橋効果”の事か…。
少し説明しておかないと…。

「ディートリヒ、少しいいか?」
「はい。」
「“なんとかきょーか”ってのは、“吊り橋効果”って言って、危険な目に一緒に会ってそれを助け合って生還した時、相手に対し愛情を持つという心の事を言ってるんだ。」
「あ、人の名前では無かったんですか…。」

 ディートリヒさん、顔を真っ赤にしている。

「あのね、ディートリヒの今の心の中を分析すると、先ずディートリヒは自分が君を助けてくれたんだという感謝と、ゴブリンの巣で命を張った戦闘を一緒に生き抜いたという安堵感が合わさり、それを愛情と間違えているんだと思うんだ。
ある日、ふと正気になり目が覚めた時、我に返って、君が思っていた白馬の王子様がこんなおっさんだった、何でこんなヒトを好きになったんだろうって失望する日が来るって事なんだよ。」

 吊り橋効果ではないが、仕事をバリバリとするヒトに憧れるヒトがいたとする。でも、バリバリと仕事をしていたヒトが上司に叱られている姿を見ると幻滅するってパターンに似ているんだと思う。

「それにね。おっさん52歳だよ。ディートリヒはまだ20代じゃないか。自分の娘と似たような齢だから…。」

「それで、今までご自分の気持ちから逃げていたんですか?」

 いきなりストレートパンチを打たれた。

…そうだよ。俺は逃げているんだ。
誰もこんなおっさんを好きになってくれない。好きになってくれなくてもいい。今までそんな気持ちになっていたんだ。
『もう無理しなくて良いよ』って声が聞こえた気がした。

「あぁ、そうだね。その通りだよ。
俺は、これまでの世界では冴えないおっさんだった。それがこの世界に来てなんかすごいスキルや魔法ができて、ヒトより規格外な存在になりつつある。
  そんな“渡り人”が、この世界を笑顔にする、そんな世迷言を誰が信じる?
 単に俺の力を利用して、みんなが過ごしやすい生活をしていくだけじゃないのか?
  規格外って言われても良いよ。でも、その先はみんな俺のことを恐れる存在になってしまうんだ。
 勇者だって同じことだよ。
  王様に『魔王を倒してほしい』って頼まれた勇者は、死に物狂い努力して倒す。
その時は王様や皆に感謝はされるけど、平和になった世界に勇者のような規格外の力を必要とすることはなく、規格外なんて力は政治を行う際の邪魔な存在になるんだ…。
そんな孤独な勇者や“渡り人”である俺の事を恐れず、俺のすべてを受け止めてヒトがいるのかい?」

 俺は心の中でモヤモヤしている部分をすべて吐き出した。
いつの間にか涙を流していた。
そうなんだ…。俺は寂しかった。これまでの世界でも、そしてこの世界でも常に孤独だった…。

「ごめんな。ディートリヒ。
俺はすごく弱いんだ…。脆いんだ…。こんな規格外な奴を好きになるヒトなんていないんだよ。」

 ディートリヒは静かに俺の言葉を聞き、そして、もう一度口づけをしてくれる。

「ご主人様がようやく他人行儀のような“自分”という言葉を止め、ご自身を“俺”と呼ぶようになりました。少しだけですが、これでご主人様との距離が近づけた気がします。
  それと、私はご主人様を信じています。これからもご主人様の傍を一生離れません。
確かにご主人様の力は規格外だと思います。
 でも、規格外であろうと、弱く脆いヒトであろうと、ご主人様はご主人様なのです。
ご主人様…、いえ、カズ様は私にこう仰ってくださいました。『これから助け合っていこう』と。
 そのお言葉に嘘偽りがないと思えばこそ、私はカズ様に一生ついていくと決めたのです。
  ヒトがカズ様の力に畏怖し、排除しようとしても良いじゃないですか。
カズ様も仰っていましたが、ヒトにはできる事が限られています。その限られた事がカズ様を排除するというものであれば、排除されても良いのではないですか。
そのヒトがカズ様を排除するという信念をもってそうしたのであれば、そのヒトは胸を張って生きたという証を得たという事です。その信念を与えることができれば与えてあげましょう。
  その時は、カズ様と一緒に私も果てます。
 それは主と奴隷という立場ではなく、私はカズ様の横に居る存在として誇りをもって果てるのです。
 どうか卑下なさらず、お一人で行かないでください。
カズ様は私の最愛の方なのですから。」

「俺はおっさんだぞ…。」
「愛に年齢なんて関係は無いと思います。」
「脆いぞ。虚勢張ってても、こうやってメソメソするぞ…。」
「私がカズ様の傍についております。それに脆い部分は私がお助けします。」
「ディートリヒ…。」

 俺は、いつしかディートリヒに口づけをし、抱きしめていた。

「カズ様…。もっと強く抱きしめてください。」

 いつしか、自分の感情に正直になっていた…。
でも、悔いはない。
俺はディートリヒを愛している。
それは、嘘偽りではなく、お互いが助け合い生きていく伴侶としての決意だった。

 数刻後、俺の左肩に顔を埋め、ディートリヒは軽い寝息を立てている。
彼女の体温と俺の体温が同調し、とても暖かい。そして安心できる。
この世界で信じ合える伴侶を見つけた。何故か満足していた。
この世界で果てたとしても、俺は独りじゃない。ディートリヒが居る。

 彼女の髪を撫でる。
金色の髪、サラサラのように見るが、少し傷んでるかな…。
この正解にシャンプーやリンスなんてあるのかな? あれば買ってやろう。無ければこれまでの世界から内緒で持ち込んで使ってもらおう。
彼女の喜ぶ顔が見たい。彼女の笑顔をいつも見ていたい。
ディートリヒを守るなんて大それたことは言えないけど、彼女と最後までこの世界を全うしたい。

 物思いにふけっていると、いつの間にかディートリヒも目が覚めていたようだ。
彼女は少し上に移動しながら、俺にキスをする。

「カズ様、ようやくカズ様からキスをしていただいた上に、お情けをいただけるなんて…。」
「ディートリヒ、お情けなんて言わないほしい。俺とディートリヒは愛し合ったんだよ。」
「愛し合った…。『愛し合った』ですか…、嬉しいです。」
「うん。俺も嬉しいよ。そして、ありがとう。こんな俺を愛してくれて。」
「カズ様は私の最愛の方です。いつまでも傍に居させてください。」
「俺もお願いする。俺の傍に居てほしい。」
 
 もう一度キスをする。今度はゆっくりと。

「カズ様…」
「ん?なんだ?」
「もう一度…、構いませんか?」

 うん…。できるかどうかは分からない…。
体力が無くて腹上死って事も有りうるかも…。
けど、この瞬間を大切にしたい。そう、心と身体が繋がっていたい。そう感じた。

今度はゆっくりと、そして愛しさと幸せに満ち溢れた時をディートリヒと過ごした。
もう一度、左肩に頭を埋め、俺が彼女の髪を撫でる。

「カズ様、私はこれまでこのように愛していただいたことはありませんでした。」
「そうか…。ごめんな、思い出させてしまったか?」
「いえ、過去はもう忘れました。
そんな事より、新しい私になり女性としての悦びをいただいた事…、とても嬉しいのです。」

 え? 俺、普通に・・・。経験も少ないから分かんないよ…。
ちょっと考えようか…?
でも、もう体力ないよ…。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生してテイマーになった僕の異世界冒険譚

ノデミチ
ファンタジー
田中六朗、18歳。 原因不明の発熱が続き、ほぼ寝たきりの生活。結果死亡。 気が付けば異世界。10歳の少年に! 女神が現れ話を聞くと、六朗は本来、この異世界ルーセリアに生まれるはずが、間違えて地球に生まれてしまったとの事。莫大な魔力を持ったが為に、地球では使う事が出来ず魔力過多で燃え尽きてしまったらしい。 お詫びの転生ということで、病気にならないチートな身体と莫大な魔力を授かり、「この世界では思う存分人生を楽しんでください」と。 寝たきりだった六朗は、ライトノベルやゲームが大好き。今、自分がその世界にいる! 勇者? 王様? 何になる? ライトノベルで好きだった「魔物使い=モンスターテイマー」をやってみよう! 六朗=ロックと名乗り、チートな身体と莫大な魔力で異世界を自由に生きる! カクヨムでも公開しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

テイマー職のおっさんが目指す現代ライフ!

白眉
ファンタジー
異世界召喚には代償が必要。 ある時は召喚術を使った者、人柱となる者…。 とある世界の召喚は、代償にその世界の者と異世界の者を交換(トレード)する方法であった。 万年低ランクのテイマー、イサークは勇者と交換条件に異世界に行く事となった。 召喚された先でイサークが見たモノとは…。 (カクヨム様にて先行配信中)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!

八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。 補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。 しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。 そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。 「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」  ルーナの旅は始まったばかり!  第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!

処理中です...