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第三章

3-9 掃討戦②

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 俺はよろよろと歩きながら、ディートリヒの事を考える。

 彼女は無事か?
ちゃんと相手を見て対応しているだろうか?
無理なら逃げていると思うが…。

 ディートリヒを見ると、ゴブリン・アーチャー2匹とゴブリン・メイジを相手に闘っているが、どう見ても防戦一方だった。

 それはそうだろう。
彼女はこれまで近接でしか闘ったことがないはず。
複数の遠距離攻撃を避けながら近づいて一撃を当てるなんて軽業ができるわけがないし、訓練もしていない。遠距離には遠距離で攻撃し怯んだところを近接が近づき一撃するか、相手の実弾がなくなるまで待つ、前者が効率的だが遠距離が居ない。

「ディートリヒ!」

大声で叫び、次の行動を指示しようとした。
 
 が、彼女は不注意にも俺の方を見てしまった。
刹那、彼女に矢が刺さり、得物を落としてしまった。

俺が叫んだせいだ…。すまない…。
できる限り多くのエアカッターを念じ、相手に向かって投げつける。

「伏せろ! 『エアカッター!』」

 彼女は伏せた。当たれ!と念じる。

 いくつものエアカッターが3匹に向かっていく。
しかし、不可視であるエアカッターはマナを感じなければ分からない。
2匹のゴブリン・アーチャーは俺の姿を見つつ、矢をつがえようとした姿勢で切り刻まれた。
残り1匹、ゴブリン・メイジは、マナの存在に気づき防御姿勢を取るも、幾多のエアカッターによって、四肢を切り取られ、最後には首が飛んだ。

 ふぅ…。我ながらすごい数の“かまいたち”を出したもんだ…。
辺り一面、ズタズタに切り裂かれている。

 伏せているディートリヒに近づいて、頭を撫ででやった。

「よく、頑張ったな。」

 ディートリヒは俺の声を聞いた瞬間、抱き着いてきた。

「怖かったですーーー。死ぬかと思いましたーーー。」

 そうだろうな。
彼女が戦争に赴いた時、どんな思いだったかは知らないが、今は死と隣り合わせの世界にいた訳だからな…。
 
「ご主人様…。」
「ん?どうした。」
「私、やはりご主人様が好きです。愛してます。」
「おうふ! 何言ってるんだ?」

 一体どうした?頭でも打ったか?

「自分の心に正直になろうって思ったんです。
 私は、どこかで騎士というプライドが捨てきれずにいました。
 だから、ご主人様が守るのと助けるのは違うと言われても、守ることができれば正義だって思ってました。
 でも、今なら分かるんです。
 ご主人様は、無理なら逃げろと仰ってくれたことを…。
 自分さえ守りきれない者、自分の力を過信している者は命を落とすって分かりました。
 でも、でも、ご主人様の足手まといになりたくなかったんです。
 私のことを不要と思われ、捨てられることが怖かったんです。」

 あれ?なんかすごい事になってる…。
いきなりどうした?

「あ、あのディートリヒさん…。」
「ひゃい…。」
「今の君は完全に“吊り橋効果”だよ…。」
「いえ、“ツリバシ・キョーカ”って、そんな名前のヒト好きではありません。本当の気持ちなんです。私の本心なんです。愛してます。」

 うん…、完全に“吊り橋効果”です。
パニくってるんだろうな…。しかし、抱き着いている力が強くて、ゴブリン・キングが投げたモノが当たったところが痛いです。

「うーん。どうしたらいいかなぁ…。んじゃ、先ずは右腕の傷を治そうか。
 毒でも塗られていたら大変だからね。『スーパーヒール!』」

 ディートリヒの右腕を中心に暖かい光が彼女を包み込んだ。 
光が消えかけた頃、俺の顔を見る。

「ありがとうございます…。ご、ご主人様、何故泥だらけなんですか?」
「あぁ、これね。さっきゴブリン・キングと闘ったとき、そいつが投げたモノが当たって吹っ飛んだんだ。“布団が吹っ飛んだ”って感じだったね。ははは。」
「それで、お怪我は?」

 あ、スルーされた…、親父ギャグが通じなかった…。

「あぁ、右肩とかが痛いかな?」
「いけません!何故ご自身に治癒魔法をかけないのですか?」
「え、だってディートリヒの傷の方が深いからね。傷が深い人から治療するのは当たり前の事だよ。」
「ご主人様、そんなんじゃダメなんです。私にとってご主人様以外には誰もいないのです。今すぐ治療してください。」

 ありゃ…、何か叱られているよ…。でも、我慢できるくらいの痛みだから問題ないだろう。

「ははは。残念ながらもうマナが無いよ。治療したらぶっ倒れちゃうよ。」
「それでも構いません。私が背負って街まで戻ります!さぁ早く!」

 なんか押され気味だ…。

「おっさん重いからねぇ…。んじゃ、自分の意識が無くなったら、少しここで休むけど周囲の見張りをお願いしてもいいかな? そうだな…2時間くらい経ったら起こしてもらって良い?」
「はぁ…。分かりました。
 では、こちらの日陰に移動しましょう。
 ここなら少し快適だと思います。」

 俺たちは、ズタズタになった小屋のような場所に移動し、日陰に入った。
索敵しても辺りには嫌な感覚はない。少しの間は大丈夫だろう…。

「ありがとね。んじゃ、後はお願い。スーパーヒール……。」
 
 そして、俺は意識を失った。





 「・・・マエさん…」
 「ニノマエさん、聞いてますか?」

 意識が戻ると、そこは3度目の白い世界だった。
あ、これ、神様のところだ…。
また神様にお小言言われるパターンだ…。
おっさん、52にもなって若そうな女性にお小言言われるのって、ちょっと嬉しいよ。
声しか聞こえないけどね。

「はい。聞こえています。」
「毎回、毎回、無理をして…。余り心配させないでくださいね。」
「すみません。善処します…。」
「確か、あなたの世界で“善処します”は、NOという意味でしたよね。」
「いやぁ…、そういう意味ではないんですが…。
 正直、マナがどれくらいあるのかなんて、なかなか自分では分かりませんからね…。」
「はぁ…、本当に世話のやける人ですね。でも、そういうの、私は好きですよ。」
「ありがとうございます。無茶して何かを得るって事が多かったからでしょうかね。」
「では、どうしましょうかね。
 例えばマナが残り10%を切ったら警告音が鳴るようにしましょうか?
 それとも、RPGのようにステータスとか言ったら自分のステータスとかが見えるようにしましょうか?」
「あの、ラウェン様、もしかして日本のRPGとかやり込んでませんか?」
「え、いえ、そんなことはありましぇんよ…。」

 あ、噛んだ…。絶対やってるな…。

「うーん、そうですね。自分、そんなにRPGやり込んでないので、できれば警告音より、ラノベのような人型のAIが何でも教えてくれるような事ってできませんか?」
「えーーー、絶対面白いのにぃ。ドラ〇エとかF〇とか、今はマイ〇ラとか…。
 コホン…、そうではなく、そんな都合の良いスキルなんて…あ、ありました。“AI私の秘書さん”です。AI私の秘書さんは、いろいろな知識を教えてくれるスキルですよ。どうですか?お安いですよ。」

 いえ、的屋の掛け売りではないから…。
それに、AI秘書さんって、とんでもスキルじゃないですか?多分…。

「えぇと…、そんなすごいものではなくて、もう少しお手軽なものはないですか?」
「もう我儘ですね。」
 
 いえ…、我儘ではなく、自分の実力を考慮しての結果ですよ。
勇者とか賢者とか頭の中に秘書さんがいるとか…。
自分52歳ですよ…。あちこち身体にガタが来てますよ。

「では、単純に警告音を音声に変えましょう。」
「秘書さんではないんですか?」
「秘書ではありません。」
「頭の中にアナウンスされるのって、煩くないですか?」
「その時だけ音声が流れるだけです。
 あー、もうニノマエさん、煩いです。さっさと貰っといて、戻ってください!それと、マナも、もう少し増やしておきますが、使い過ぎは危険ですからね。」
「はいはい、分かりました。
 でも、こうやってラウェン様とお話しできるの、自分は楽しいですよ。」
「はい。私もです。
 さぁ、戻って、彼女の本心に向き合ってあげてください。」
「え、でも、あれは“吊り橋効果”ですよ。」
「いえ、ちゃんと彼女と向き合い話し合ってください。そして、彼女を助けてあげてくださいね。」
「でも、自分には日本に妻も子供も…」
「あーーー、ホント頭の固いヒトですね。
 あ・な・た・は、この世界では“たった一人”のニノマエ ハジメさんです。元の世界とは何の関係もございません。“考えるな! 感じろ!”ではなかったのですか?」
「あ…、そうでしたね。ありがとうございます。
 自分も正直に彼女に向き合ってみます。」
「はい。では行ってらっしゃい。彼女を“笑顔”にしてあげてね。」
「ははは、善処します。では、行ってきます。」

(・・・ふー。ニノマエさんは、ほんとに面白いヒトです。
 そうそう、今日の当番はラウェンではないんですけどね…
 でも、あなたよりは相当年はとっていますが、齢なんてこの世界では関係ありませんよ…。
 それに齢はとるものではなく、重ねるだけものですからね。・・・)
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