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第二章
2-14 しょっぱいランチ
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服屋はやはり時間がかかる。次に防具屋か冒険者か?と思っていると、軽くお腹がすく。
あぁ、もうすぐお昼か…。
「それじゃ、軽くお昼をとってから、防具屋と冒険者ギルドに登録しようか?」
近くの食堂に入った。
お昼にはまだ早いのか、お客はまばら。俺たちは奥の方のテーブルに座る。
彼女は少し、おどおどしている。
「ん、どうした?早く座りなよ。」
彼女は、なかなか座ろうとしない。
理由を聞けば、奴隷はそもそもお店の中にも入らず、外で奴隷飯を食べるそうだ。また、店に入ったとしても、同じテーブルに着くことはなく、フロアに座り別の食べ物を食するのだと彼女から聞く。
この世界、完全に鬼畜だわ。少し腹立ち気味にも、ゆっくりとした口調で彼女に伝える。
「自分は、君と同じテーブルで同じ食事をしたいよ。座って一緒に昼食を取ってくれないかな。」
そう言うと、彼女は少しびっくりした顔をしたが、おずおずと席に着く。
ウェイトレスさんがやって来て、お勧めのランチを2つ注文する。
ランチが来る間、彼女に少し俺自身を紹介し、今後どうしていきたいのかを話すことにする。
「自分は、遠くの国に住んでいて、最近この街にやって来た。だから、この国や街のことを知らない…。」
これまでの10日間、この街で過ごしてきた内容を話し始める。違う世界からやって来た“渡り人”であることは、当然伏せながら。
「奴隷の事もこの国に来て初めて知った。そんな何も知らないおっさんが君を買って申し訳ない。」
俺は彼女に謝りつつ、ふと地雷を踏んでいることに気づいた。
俺、彼女の名前、シラナイワ・・・。
頭が真っ白になり、何とか良い切り出しができないかと考えるも、良いアイディアが思い浮かばない。“ダメ元”、“当たって砕けろ”精神で、勇気を出して聞いてみることした。
「そう言えば、君の名前を聞いていなかったね。」
彼女は顔を曇らせ無言になる。
「ん~。どうしたら良いかなぁ・・・。」
「では、ごしゅしんしゃまにきめていただいたいでしゅ。」
ヤバい、変な汗が噴き出してきた…。そんな重要な事、俺に出来ないぞ。
これまでの世界でも、子どもに名前を付けた時も妻に散々ダメ出しされたんだよ…。それに、厨二病だとかキラキラネームだとか…、ネームセンスなんか、これっぽっちも無いんだよ。
俺は困った顔をして彼女を見るが、彼女も目を伏せ黙り込んでいる…。
あ、多分、彼女のこれまで受けてきた体験を慮るに、過去の名前を名乗りたくないのか…、過去を捨て新たな名前でスタートしたいのか、はたまた何か理由があるのか…。
いろいろ悩んでいると、食事が運ばれてきたので、先ず食事をとることにした。
食事中、彼女はポロポロと涙を流しながら食べている。
思うところはいっぱいあるんだろう。俺は食事の手を止め、彼女を見つめながら物思いにふける。
彼女は騎士であった…。
騎士は国のため、家のために戦った…。
運悪く負けて捕虜になってしまった…。
でも、国も家も、騎士には何もしてくれなかった…。
騎士はこの世界に失望した…。
でも、神様は死なせてくれなかった…。
騎士には、国から、家から裏切られたことへの怒り、悲しみ、憤りも当然あっただろう…。
そして、奴隷に落ち、敵国での晒し者になった事、貴族の慰み者として扱われた事…、
私が騎士…騎士はこうあるべき… そんな建前だけの言葉なんか信じるに値しない事実に失望した。
そして、騎士は現実を知った…。
騎士はこの苦しみを一人で抱えていかなければならなかった…。
本当にそうなのか…?
平和ボケしている俺たちは、一生かかっても彼女の気持ちを受け止めることなんてできやしない…。
ヒト一人を助けたところで世界が変わることなんてできない…。
でも、そんな理不尽な世界であっても、目の前に転んで泣いている子がいれば立ち上がらせ、膝に付いている泥を落として、「さぁ、歩きなよ。」と手を差し伸べて背中を押してあげたい…。
これから生きたいと思うことを与えることができたら、笑顔で過ごせるものを俺が与えることができたら…。
たとえ、それが自己満足だと言われても良い。俺は彼女を助けたいんだ…。
俺は、いつの間にか涙を流し、独りメロディを口ずさんでいた。
「お母さん 私を許してくれますか? お母さん まだ忘れてはくれないのですか?」
「お母さん 私を許してくれますか? 私のしたことを」
「故郷は 私を許してくれますか? 故郷は まだ忘れてはくれないのですか?」
「故郷は 私を許してくれますか? 私のしたことを」
遠い昔、マレーネ・ディートリヒが歌った曲だ。確か「Mutter, Hast Du Mir Vergeben?」だったと思う。
俺は涙をぬぐい、静かに彼女に伝える。
「今日から、君はディートリヒだ。」
食事中に急に話すような内容じゃなかったかもしれない。
でも、俺は彼女を名前で呼びたかった。
「ディートリヒじゃ…、ダメかな?」
一瞬、きょとんとした顔をするも、すぐにびっくりし、喜び、そして泣き出す。
何度も何度も首を縦に振り、“あいがとうごじゃいましゅ。あいがとうごじゃいましゅ。”と泣きじゃくる。
「ディートリヒ、人は皆弱い…いや、脆いんだと思う…。弱いからこそ、脆いからこそ、助け合って生きていかなくちゃいけない。自分の言っている事は傍から見れば理想論かもしれない…、けれど、自分は自分の周りにいる人と助け合いながら笑顔で過ごせればいいと思ってる。」
ディートリヒは、瞳を閉じて俺の言葉に耳を傾けて、こう言った。
「ごしゅじんしゃま、わたしは、あなたにいっしょお、ついていきましゅ。」
俺はいっぱい泣いた。(おっさんの涙腺は弱いんです。)
ディートリヒも泣いていた。
今日のランチはやや塩気が多かった…。
あぁ、もうすぐお昼か…。
「それじゃ、軽くお昼をとってから、防具屋と冒険者ギルドに登録しようか?」
近くの食堂に入った。
お昼にはまだ早いのか、お客はまばら。俺たちは奥の方のテーブルに座る。
彼女は少し、おどおどしている。
「ん、どうした?早く座りなよ。」
彼女は、なかなか座ろうとしない。
理由を聞けば、奴隷はそもそもお店の中にも入らず、外で奴隷飯を食べるそうだ。また、店に入ったとしても、同じテーブルに着くことはなく、フロアに座り別の食べ物を食するのだと彼女から聞く。
この世界、完全に鬼畜だわ。少し腹立ち気味にも、ゆっくりとした口調で彼女に伝える。
「自分は、君と同じテーブルで同じ食事をしたいよ。座って一緒に昼食を取ってくれないかな。」
そう言うと、彼女は少しびっくりした顔をしたが、おずおずと席に着く。
ウェイトレスさんがやって来て、お勧めのランチを2つ注文する。
ランチが来る間、彼女に少し俺自身を紹介し、今後どうしていきたいのかを話すことにする。
「自分は、遠くの国に住んでいて、最近この街にやって来た。だから、この国や街のことを知らない…。」
これまでの10日間、この街で過ごしてきた内容を話し始める。違う世界からやって来た“渡り人”であることは、当然伏せながら。
「奴隷の事もこの国に来て初めて知った。そんな何も知らないおっさんが君を買って申し訳ない。」
俺は彼女に謝りつつ、ふと地雷を踏んでいることに気づいた。
俺、彼女の名前、シラナイワ・・・。
頭が真っ白になり、何とか良い切り出しができないかと考えるも、良いアイディアが思い浮かばない。“ダメ元”、“当たって砕けろ”精神で、勇気を出して聞いてみることした。
「そう言えば、君の名前を聞いていなかったね。」
彼女は顔を曇らせ無言になる。
「ん~。どうしたら良いかなぁ・・・。」
「では、ごしゅしんしゃまにきめていただいたいでしゅ。」
ヤバい、変な汗が噴き出してきた…。そんな重要な事、俺に出来ないぞ。
これまでの世界でも、子どもに名前を付けた時も妻に散々ダメ出しされたんだよ…。それに、厨二病だとかキラキラネームだとか…、ネームセンスなんか、これっぽっちも無いんだよ。
俺は困った顔をして彼女を見るが、彼女も目を伏せ黙り込んでいる…。
あ、多分、彼女のこれまで受けてきた体験を慮るに、過去の名前を名乗りたくないのか…、過去を捨て新たな名前でスタートしたいのか、はたまた何か理由があるのか…。
いろいろ悩んでいると、食事が運ばれてきたので、先ず食事をとることにした。
食事中、彼女はポロポロと涙を流しながら食べている。
思うところはいっぱいあるんだろう。俺は食事の手を止め、彼女を見つめながら物思いにふける。
彼女は騎士であった…。
騎士は国のため、家のために戦った…。
運悪く負けて捕虜になってしまった…。
でも、国も家も、騎士には何もしてくれなかった…。
騎士はこの世界に失望した…。
でも、神様は死なせてくれなかった…。
騎士には、国から、家から裏切られたことへの怒り、悲しみ、憤りも当然あっただろう…。
そして、奴隷に落ち、敵国での晒し者になった事、貴族の慰み者として扱われた事…、
私が騎士…騎士はこうあるべき… そんな建前だけの言葉なんか信じるに値しない事実に失望した。
そして、騎士は現実を知った…。
騎士はこの苦しみを一人で抱えていかなければならなかった…。
本当にそうなのか…?
平和ボケしている俺たちは、一生かかっても彼女の気持ちを受け止めることなんてできやしない…。
ヒト一人を助けたところで世界が変わることなんてできない…。
でも、そんな理不尽な世界であっても、目の前に転んで泣いている子がいれば立ち上がらせ、膝に付いている泥を落として、「さぁ、歩きなよ。」と手を差し伸べて背中を押してあげたい…。
これから生きたいと思うことを与えることができたら、笑顔で過ごせるものを俺が与えることができたら…。
たとえ、それが自己満足だと言われても良い。俺は彼女を助けたいんだ…。
俺は、いつの間にか涙を流し、独りメロディを口ずさんでいた。
「お母さん 私を許してくれますか? お母さん まだ忘れてはくれないのですか?」
「お母さん 私を許してくれますか? 私のしたことを」
「故郷は 私を許してくれますか? 故郷は まだ忘れてはくれないのですか?」
「故郷は 私を許してくれますか? 私のしたことを」
遠い昔、マレーネ・ディートリヒが歌った曲だ。確か「Mutter, Hast Du Mir Vergeben?」だったと思う。
俺は涙をぬぐい、静かに彼女に伝える。
「今日から、君はディートリヒだ。」
食事中に急に話すような内容じゃなかったかもしれない。
でも、俺は彼女を名前で呼びたかった。
「ディートリヒじゃ…、ダメかな?」
一瞬、きょとんとした顔をするも、すぐにびっくりし、喜び、そして泣き出す。
何度も何度も首を縦に振り、“あいがとうごじゃいましゅ。あいがとうごじゃいましゅ。”と泣きじゃくる。
「ディートリヒ、人は皆弱い…いや、脆いんだと思う…。弱いからこそ、脆いからこそ、助け合って生きていかなくちゃいけない。自分の言っている事は傍から見れば理想論かもしれない…、けれど、自分は自分の周りにいる人と助け合いながら笑顔で過ごせればいいと思ってる。」
ディートリヒは、瞳を閉じて俺の言葉に耳を傾けて、こう言った。
「ごしゅじんしゃま、わたしは、あなたにいっしょお、ついていきましゅ。」
俺はいっぱい泣いた。(おっさんの涙腺は弱いんです。)
ディートリヒも泣いていた。
今日のランチはやや塩気が多かった…。
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