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神界にて ~プロローグ~
1~3:『ユーテリアに祝福を!』
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★★★
〔作者註〕
第1話から第3話までをまとめました。
各話のもとの題名は次の通りです。
・1:『ユーテリアに祝福を!』
・2:婬魔
・3:ユーテリア
☆☆☆
「さて、何から話そうかの。」
そう呟いて、アディアナ様は一瞬考えを巡らせている様子を見せた。
「では私の世界の話からしよう。そなたは生前、『ユーテリアに祝福を!』というコンピューターゲームに親しんでおったであろう?」
――『ユーテリアに祝福を!』
それは俺が生前、ショップの成人向けコーナーの棚で、発売日に偶然居合わせ、どこから見ても清潔さ溢れ健全すぎる見た目の、謎めいたパッケージに惹き付けられて衝動買いし、あまりのやり込み要素の多さにすっかりはまってしまった、いわゆるエロゲだった。
パッケージには「成人向け」とはっきり書かれているにも関わらず、パッケージの見た目に騙されて乙女ゲームのコーナーに置かれた店が少なくなく、誤って購入した(主に女性の)プレーヤー達から大量のクレームが入ったという。
そればかりか、見た目とは裏腹のゲーム内容の鬼畜さのために、中には体調を崩して日常生活に支障をきたすプレーヤーが出現し、ひとときちょっとした社会問題となった。
そんな事もあってか、このゲームは発売後間もなく、販売中止の憂き目を見る事となった。
「私が管理する世界というのはの、そのゲームの舞台となっておる世界そのものなのだ。」
「ゲームの世界は、こことは別の宇宙の創作物ですよね。それと同じ世界がここに実在するのですか。」
「ふふ、不思議よのう。されど、これは必然なのじゃ。なぜなら、『ユーテリアに祝福を!』のシナリオを書いたのは、こちらの宇宙からの多重転生者なのだから。」
「そうなんですか!?」
アディアナ様が仰るには、こちらの宇宙のある住人の、起こりうる様々な人生の可能性…つまり平行多重世界…を生きた同一人物達が、俺の前世の世界で一人の人間にまとめて転生したのが、『ユーテリアに祝福を!』のシナリオを書き上げた人物なのだそうだ。多重転生のために、当の本人はほとんど転生者としての自覚がなかったらしい。
「それでそなたは随分とそのゲームに入れ込んでおったようではないか。」
「はい。何故だかゲームに引き込まれてしまいまして…やり込み要素が豊富だった事もありますけども。」
「なんでも、ゲームの不具合のほとんど全てを発見したのが、そなただったとか。」
「そうなんですか?随分バグが多いなとは思ってましたが。」
『ユーテリアに祝福を!』のメーカーはたった四人だけで始めた新興の小さな会社だったため、製品としての完成度は必ずしも高くはなかったが、まさかほとんどのバグの発見者が俺だったとは…。
「全てのエンディングとサイドストーリー、スピンオフエピソードや隠しエピソードまでも開放しておるよの。」
「はい、このゲームのやり込み度にはちょっと自信がありますよ。」
「ふむ。…つまり、」
と、ここで今まで笑顔で話していたアディアナ様は言葉を切り、俺の方を真剣な眼差しで見つめ返して、言った。
「…これからそなたらに転生してもらう世界を、そなたは知り尽くしているという事になるのだな。」
「転生…ですか!?」
…薄々そんな気がしてはいたが、まさか本当にそうなるとは…。
それもよりによって、あの鬼畜極まりない『ユーテリアに祝福を!』の世界に…。
俺が驚いていると、アディアナ様が申し訳なさそうな表情で、話を続けた。
「実は、この世界の可能性を知り尽くしておるそなたに、折り入って頼みがあるのだ。」
曰く、アディアナ様の世界はいま、邪淫の気に侵されつつあるのだという。
「そなたは、婬魔というのを知っておるか。」
「…たしか淫獣が人と融合して変化したものだったかと。」
淫獣とは、身体中に触手を持ち、近付いた獣をその触手でからめとって捕まえ、皮膚の下に産卵管を突き刺して卵を産み付ける魔物である。
卵を産み付けられた獣は、しばらくは生きているが、少しずつ卵に生命力を吸いとられ、いずれ死ぬ。すると卵が孵化し、新たな淫獣となって他の獣を襲う。ひどい場合には一つの個体にいくつもの卵を産み付けられ、体の表面がぶくぶくのこぶだらけになる事さえある。
前世で聞いたような名称から連想されるいやらしい感じの生態では全くなく、この世界に於いて、危険ではあるがいたって普通の魔物である。
しかしごく希に、何かの拍子に雌の獣の子宮の中に(偶然、正規のルートで)卵を産み付けてしまう事がある。
この場合、卵を産み付けられた獣は死なず、代わりに子宮の中で孵化した淫獣に精神が乗っ取られ、完全に支配されてしまう。
そして同種の個体の群の中に潜り込み、膣を通して産卵管を伸ばし、群の獣を次々に襲って、仲間を殖やすのである。
それが人間で起こった時、これを婬魔と呼ぶ。
「私は愛を司る神でもある。慈愛、博愛、友愛、情愛が、我が民の行く末を照らす光である。しかし婬魔はそこに邪の影を作り、民を破滅に導きかねぬのだ。」
「アディアナ様の威光で、婬魔を殲滅されてはいかがですか。」
「世界の管理者は、直接、世界を操作してはならないのがルールなのだ。私にできる事は、可能性を少しだけ弄る事だけだ。」
そこでアディアナ様は二つの可能性を世界にもたらしたのだという。
その一つは「魔王」の誕生。
「私は、淫獣に襲われても、精神が完全に支配される事なく、自我を保ったまま婬魔になる可能性を探った。それが魔王である。世界中の婬魔の頂点に立って君臨し、婬魔達にある種の指向性を持たせようとしたのだ。」
「…ですがその結果は、」
「そなたの思っておる通り、その企ては多少成功し、多少失敗した。」
婬魔に王が出現したために、それまでばらばらだった物が一定の指向性を持ち、結果として邪淫の気の濃度が一気に高まって世界中にひろまってしまったのだ。
それが世界中の人々の貞操観念を狂わせてしまった。それが『ユーテリアに祝福を!』の舞台となる世界の設定である。
そこでアディアナは残り一つの可能性を探った。それがゲームの主人公、「ユーテリア」の誕生だった。
「ユーテリアは、この世界を魔王の脅威から解放する救世主として誕生するのだよ。」
そう、ゲームの主人公であるユーテリアが、魔王をその身に封印し、パートナー達の助けを借りて殲滅して、世界をあるべき状態に戻す、というのが、ゲームの趣旨である。
「確かにユーテリアは私の期待通りに、魔王を葬ってくれるのだが…。」
「分かります。邪淫の気はそのまま残されてしまったのですね。」
「私はいくつもの可能性を探ったが、邪淫の気が消滅する可能性には、今一歩届かなかったのだ…。」
ここでアディアナ様は再び言葉を切り、しばし瞑目した。
「…アディアナ様?」
「…そこで私は一つの新たな決断をしたのだ。それは…」
それが、この世界の人物を、俺の前世の世界に転生させる事だったのだとか。
「その者は、そなたのいた世界でシナリオライターとして、私の世界の物語をコンピューターゲームという形で再現した。そして、多くのプレーヤーがそのゲームをプレーする事によって、私の世界で起こりうる様々な可能性に、ある種の方向付けをさせたのだ。」
それはひょっとすると、ゲームの様々な終わり方、つまりマルチエンディングの仕組みが、この世界で起こりうる未来を形成するという事だろうか。
「では、いわゆる真のエンディングというのが、この世界でのアディアナ様の望んでいる事の表れなのですね?」
「…」
何故かアディアナ様が急に口をつぐんでしまわれた。
「アディアナ様?」
「…それはあくまでもかのシナリオライターが望んだ事であり、多くの可能性の中の一つに過ぎぬ。それが私の望みかどうかは私には答えられぬのだ。済まぬな。許せ。」
アディアナ様は申し訳なさそうに、軽く頭を下げた。そしてアディアナ様は続けた。
「話をそなたらの転生に戻そう。」
「そうでしたね。私は何者に転生するのでしょう。」
アディアナ様は再び言葉を切り、元の威厳に満ちた雰囲気をまとった。
「そなたらには、ほかならぬゲームの主人公、ユーテリアに転生してもらいたい。」
「え…えっ?」
「そなたにユーテリアの人生を任せるぞ。」
「その、恐れながら、どうしてユーテリアなんですか?」
「そなたは、ユーテリアの一生をあらゆる点で知りつくしておるからの。きっと、ユーテリアを最善の未来へと導くであろう。そしてできる事なら、この世界と民の未来を、私に代わって救ってもらえれば幸いである。」
「でも、ユーテリアはゲームの主人公で…」
「私のわがままである事は重々承知しておる。管理者の私の頼みとあらば断りづらい事もわかっておる。だから、転生後は無理に私の意向に沿わなくとも良い。そなたの思うように好きに生きて構わない。それでも、この世界が悪いようにはならぬと、私は信じておる。」
「主人公は女の子ですよ?俺は転生して女として生きるという事ですか!?」
そう、『ユーテリアに祝福を!』の主人公は女の子なのである。
「そう気に病まずとも良い。転生に際して前世の記憶を多少操作し、前世で男として過ごした事が日常生活に支障がでぬようにするから安心せよ。ユーテリアが誕生してまもない赤ん坊の時期に転生させるから、社会常識を身に付ける時間は充分あろう。」
なんと、ゲーム本編開始時の魔法学園の入学時からでも、クリア特典で開放される前日譚の幼女時代からでもなく、さらに遡って、設定資料でしか見たことのない誕生時からの転生生活スタートとは。
「それでも、ユーテリアは産まれた時からすでにかなり不遇だったと思うのですが…」
「それが私にできる精一杯なのだ。そこは是が非でも飲んでもらいたい。まあ、多少の手土産は持たせてやろう。いわゆる転生特典だな。」
「…わかりました。そうまでおっしゃるなら。」
「そうか。私は嬉しいぞ。」
そう言ってアディアナ様は満面の笑みを見せる。
「最後に、私に聞いて起きたい事はあるかえ。」
「はい。前世で俺が死んだ時のいきさつと、死んだあと、俺の家族や知人が、その後どうなったかを知りたいです。」
「…済まぬな。知りたいという気持ちはわかるのだが、私らのルールでは、死者に、知り得ない過去の出来事を話す事は禁じられておるのだ。そう、ちょうど、生者に、知り得ない未来の出来事を話してはならないのと同じようにな…。」
「今、私らとおっしゃいましたね。ひょっとして前世の世界にも世界の管理者や神がいるのでしょうか。」
「それも答えられぬ。いるとも言えるし、いないとも言える。」
「そういえば、先刻から、アディアナ様は転生するのは『そなたら』とおっしゃっていますが…俺の他にも転生する者がいるのですか。」
「うむ、その答えは直に分かる。ではそろそろ転生してもらうとするかの。井野億人、そして埴紗羽音、ユーテリアの事を頼む。ま、気負わず、好きに生きるが良い。」
「え、さっちゃん!?」
いよいよ転生する直前、幼馴染みの名を聞いた俺は慌てて後ろを振り返ったが、ぼんやりとした何か懐かしい雰囲気をわずかに感じる事ができただけだった。
こうして二人の魂が神界を離れ、無事に転生できたのを見届けたアディアナは、独り言を口にした。
「頼りにしておるぞ、井野億人。なにせそなたは、ゲーム『ユーテリアに祝福を!』の全てのバグを発見したのだから。尤もそなたは、あれが最後のバグだとは気付いておらなんだが、そのたった一つ残されたバグこそが、私の最後の希望だからの。」
〔作者註〕
第1話から第3話までをまとめました。
各話のもとの題名は次の通りです。
・1:『ユーテリアに祝福を!』
・2:婬魔
・3:ユーテリア
☆☆☆
「さて、何から話そうかの。」
そう呟いて、アディアナ様は一瞬考えを巡らせている様子を見せた。
「では私の世界の話からしよう。そなたは生前、『ユーテリアに祝福を!』というコンピューターゲームに親しんでおったであろう?」
――『ユーテリアに祝福を!』
それは俺が生前、ショップの成人向けコーナーの棚で、発売日に偶然居合わせ、どこから見ても清潔さ溢れ健全すぎる見た目の、謎めいたパッケージに惹き付けられて衝動買いし、あまりのやり込み要素の多さにすっかりはまってしまった、いわゆるエロゲだった。
パッケージには「成人向け」とはっきり書かれているにも関わらず、パッケージの見た目に騙されて乙女ゲームのコーナーに置かれた店が少なくなく、誤って購入した(主に女性の)プレーヤー達から大量のクレームが入ったという。
そればかりか、見た目とは裏腹のゲーム内容の鬼畜さのために、中には体調を崩して日常生活に支障をきたすプレーヤーが出現し、ひとときちょっとした社会問題となった。
そんな事もあってか、このゲームは発売後間もなく、販売中止の憂き目を見る事となった。
「私が管理する世界というのはの、そのゲームの舞台となっておる世界そのものなのだ。」
「ゲームの世界は、こことは別の宇宙の創作物ですよね。それと同じ世界がここに実在するのですか。」
「ふふ、不思議よのう。されど、これは必然なのじゃ。なぜなら、『ユーテリアに祝福を!』のシナリオを書いたのは、こちらの宇宙からの多重転生者なのだから。」
「そうなんですか!?」
アディアナ様が仰るには、こちらの宇宙のある住人の、起こりうる様々な人生の可能性…つまり平行多重世界…を生きた同一人物達が、俺の前世の世界で一人の人間にまとめて転生したのが、『ユーテリアに祝福を!』のシナリオを書き上げた人物なのだそうだ。多重転生のために、当の本人はほとんど転生者としての自覚がなかったらしい。
「それでそなたは随分とそのゲームに入れ込んでおったようではないか。」
「はい。何故だかゲームに引き込まれてしまいまして…やり込み要素が豊富だった事もありますけども。」
「なんでも、ゲームの不具合のほとんど全てを発見したのが、そなただったとか。」
「そうなんですか?随分バグが多いなとは思ってましたが。」
『ユーテリアに祝福を!』のメーカーはたった四人だけで始めた新興の小さな会社だったため、製品としての完成度は必ずしも高くはなかったが、まさかほとんどのバグの発見者が俺だったとは…。
「全てのエンディングとサイドストーリー、スピンオフエピソードや隠しエピソードまでも開放しておるよの。」
「はい、このゲームのやり込み度にはちょっと自信がありますよ。」
「ふむ。…つまり、」
と、ここで今まで笑顔で話していたアディアナ様は言葉を切り、俺の方を真剣な眼差しで見つめ返して、言った。
「…これからそなたらに転生してもらう世界を、そなたは知り尽くしているという事になるのだな。」
「転生…ですか!?」
…薄々そんな気がしてはいたが、まさか本当にそうなるとは…。
それもよりによって、あの鬼畜極まりない『ユーテリアに祝福を!』の世界に…。
俺が驚いていると、アディアナ様が申し訳なさそうな表情で、話を続けた。
「実は、この世界の可能性を知り尽くしておるそなたに、折り入って頼みがあるのだ。」
曰く、アディアナ様の世界はいま、邪淫の気に侵されつつあるのだという。
「そなたは、婬魔というのを知っておるか。」
「…たしか淫獣が人と融合して変化したものだったかと。」
淫獣とは、身体中に触手を持ち、近付いた獣をその触手でからめとって捕まえ、皮膚の下に産卵管を突き刺して卵を産み付ける魔物である。
卵を産み付けられた獣は、しばらくは生きているが、少しずつ卵に生命力を吸いとられ、いずれ死ぬ。すると卵が孵化し、新たな淫獣となって他の獣を襲う。ひどい場合には一つの個体にいくつもの卵を産み付けられ、体の表面がぶくぶくのこぶだらけになる事さえある。
前世で聞いたような名称から連想されるいやらしい感じの生態では全くなく、この世界に於いて、危険ではあるがいたって普通の魔物である。
しかしごく希に、何かの拍子に雌の獣の子宮の中に(偶然、正規のルートで)卵を産み付けてしまう事がある。
この場合、卵を産み付けられた獣は死なず、代わりに子宮の中で孵化した淫獣に精神が乗っ取られ、完全に支配されてしまう。
そして同種の個体の群の中に潜り込み、膣を通して産卵管を伸ばし、群の獣を次々に襲って、仲間を殖やすのである。
それが人間で起こった時、これを婬魔と呼ぶ。
「私は愛を司る神でもある。慈愛、博愛、友愛、情愛が、我が民の行く末を照らす光である。しかし婬魔はそこに邪の影を作り、民を破滅に導きかねぬのだ。」
「アディアナ様の威光で、婬魔を殲滅されてはいかがですか。」
「世界の管理者は、直接、世界を操作してはならないのがルールなのだ。私にできる事は、可能性を少しだけ弄る事だけだ。」
そこでアディアナ様は二つの可能性を世界にもたらしたのだという。
その一つは「魔王」の誕生。
「私は、淫獣に襲われても、精神が完全に支配される事なく、自我を保ったまま婬魔になる可能性を探った。それが魔王である。世界中の婬魔の頂点に立って君臨し、婬魔達にある種の指向性を持たせようとしたのだ。」
「…ですがその結果は、」
「そなたの思っておる通り、その企ては多少成功し、多少失敗した。」
婬魔に王が出現したために、それまでばらばらだった物が一定の指向性を持ち、結果として邪淫の気の濃度が一気に高まって世界中にひろまってしまったのだ。
それが世界中の人々の貞操観念を狂わせてしまった。それが『ユーテリアに祝福を!』の舞台となる世界の設定である。
そこでアディアナは残り一つの可能性を探った。それがゲームの主人公、「ユーテリア」の誕生だった。
「ユーテリアは、この世界を魔王の脅威から解放する救世主として誕生するのだよ。」
そう、ゲームの主人公であるユーテリアが、魔王をその身に封印し、パートナー達の助けを借りて殲滅して、世界をあるべき状態に戻す、というのが、ゲームの趣旨である。
「確かにユーテリアは私の期待通りに、魔王を葬ってくれるのだが…。」
「分かります。邪淫の気はそのまま残されてしまったのですね。」
「私はいくつもの可能性を探ったが、邪淫の気が消滅する可能性には、今一歩届かなかったのだ…。」
ここでアディアナ様は再び言葉を切り、しばし瞑目した。
「…アディアナ様?」
「…そこで私は一つの新たな決断をしたのだ。それは…」
それが、この世界の人物を、俺の前世の世界に転生させる事だったのだとか。
「その者は、そなたのいた世界でシナリオライターとして、私の世界の物語をコンピューターゲームという形で再現した。そして、多くのプレーヤーがそのゲームをプレーする事によって、私の世界で起こりうる様々な可能性に、ある種の方向付けをさせたのだ。」
それはひょっとすると、ゲームの様々な終わり方、つまりマルチエンディングの仕組みが、この世界で起こりうる未来を形成するという事だろうか。
「では、いわゆる真のエンディングというのが、この世界でのアディアナ様の望んでいる事の表れなのですね?」
「…」
何故かアディアナ様が急に口をつぐんでしまわれた。
「アディアナ様?」
「…それはあくまでもかのシナリオライターが望んだ事であり、多くの可能性の中の一つに過ぎぬ。それが私の望みかどうかは私には答えられぬのだ。済まぬな。許せ。」
アディアナ様は申し訳なさそうに、軽く頭を下げた。そしてアディアナ様は続けた。
「話をそなたらの転生に戻そう。」
「そうでしたね。私は何者に転生するのでしょう。」
アディアナ様は再び言葉を切り、元の威厳に満ちた雰囲気をまとった。
「そなたらには、ほかならぬゲームの主人公、ユーテリアに転生してもらいたい。」
「え…えっ?」
「そなたにユーテリアの人生を任せるぞ。」
「その、恐れながら、どうしてユーテリアなんですか?」
「そなたは、ユーテリアの一生をあらゆる点で知りつくしておるからの。きっと、ユーテリアを最善の未来へと導くであろう。そしてできる事なら、この世界と民の未来を、私に代わって救ってもらえれば幸いである。」
「でも、ユーテリアはゲームの主人公で…」
「私のわがままである事は重々承知しておる。管理者の私の頼みとあらば断りづらい事もわかっておる。だから、転生後は無理に私の意向に沿わなくとも良い。そなたの思うように好きに生きて構わない。それでも、この世界が悪いようにはならぬと、私は信じておる。」
「主人公は女の子ですよ?俺は転生して女として生きるという事ですか!?」
そう、『ユーテリアに祝福を!』の主人公は女の子なのである。
「そう気に病まずとも良い。転生に際して前世の記憶を多少操作し、前世で男として過ごした事が日常生活に支障がでぬようにするから安心せよ。ユーテリアが誕生してまもない赤ん坊の時期に転生させるから、社会常識を身に付ける時間は充分あろう。」
なんと、ゲーム本編開始時の魔法学園の入学時からでも、クリア特典で開放される前日譚の幼女時代からでもなく、さらに遡って、設定資料でしか見たことのない誕生時からの転生生活スタートとは。
「それでも、ユーテリアは産まれた時からすでにかなり不遇だったと思うのですが…」
「それが私にできる精一杯なのだ。そこは是が非でも飲んでもらいたい。まあ、多少の手土産は持たせてやろう。いわゆる転生特典だな。」
「…わかりました。そうまでおっしゃるなら。」
「そうか。私は嬉しいぞ。」
そう言ってアディアナ様は満面の笑みを見せる。
「最後に、私に聞いて起きたい事はあるかえ。」
「はい。前世で俺が死んだ時のいきさつと、死んだあと、俺の家族や知人が、その後どうなったかを知りたいです。」
「…済まぬな。知りたいという気持ちはわかるのだが、私らのルールでは、死者に、知り得ない過去の出来事を話す事は禁じられておるのだ。そう、ちょうど、生者に、知り得ない未来の出来事を話してはならないのと同じようにな…。」
「今、私らとおっしゃいましたね。ひょっとして前世の世界にも世界の管理者や神がいるのでしょうか。」
「それも答えられぬ。いるとも言えるし、いないとも言える。」
「そういえば、先刻から、アディアナ様は転生するのは『そなたら』とおっしゃっていますが…俺の他にも転生する者がいるのですか。」
「うむ、その答えは直に分かる。ではそろそろ転生してもらうとするかの。井野億人、そして埴紗羽音、ユーテリアの事を頼む。ま、気負わず、好きに生きるが良い。」
「え、さっちゃん!?」
いよいよ転生する直前、幼馴染みの名を聞いた俺は慌てて後ろを振り返ったが、ぼんやりとした何か懐かしい雰囲気をわずかに感じる事ができただけだった。
こうして二人の魂が神界を離れ、無事に転生できたのを見届けたアディアナは、独り言を口にした。
「頼りにしておるぞ、井野億人。なにせそなたは、ゲーム『ユーテリアに祝福を!』の全てのバグを発見したのだから。尤もそなたは、あれが最後のバグだとは気付いておらなんだが、そのたった一つ残されたバグこそが、私の最後の希望だからの。」
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