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イ
しおりを挟む「気を付けてね。このお店のトイレ、すごく趣味が悪いうえに、怖いから。」
「いやちょっと何言ってるのか分かんないだけど。ていうかあなたの顔の方が怖い。」
トイレのために中座しようと立ち上がりかけた私に、この店に私をサシ飲みに誘ったパートナーが、急に真面目な顔になって、忠告なのか脅しなのかよく分からない事を言った。ほどほどに暗い店内の客席で、テーブル毎に設置された卓上ランプの灯りが、パートナーの顔を斜め下から照らし出し、謎の迫力を醸し出していた。
そして、パートナーはまるで予言者のようにゆっくりと低くいくぶん厳かに言葉を続けた。
「いいえ、あなたはトイレに入った瞬間、言い知れぬ恐怖!をきっと感じるのです。そして悟るのです。趣味悪っ!、と。」
「要するに面白いから一度経験しておけと。」
「…そうとも言う。」
このどこかお茶目なパートナーと私は、しばらく前から同居し、文字通り寝食を共にする生活をしている。
このパートナーが同居するのは私が初めてではないらしいのだが、私と知り合ってから、前の同居人を追い出すようにして、私と付き合い始めたというような事を以前言っていた気がする。
「あいつは私に対する執着心が強すぎて、同居してたのだって、あいつが勝手に押し掛けて無理矢理居ついたような感じだったし。」
私と同居するために、こっそり引っ越ししたのだとも言っていた。私は、その元同居人との面識はないはずだが、もし偶然にでも出会うような事があればいろいろ面倒そうだなとは思った。
それはさておき、面白い店を見つけたから飲みに行こう、と誘われたのがこの居酒屋だ。
昔ながらの煙くさい居酒屋というより、今風のバーのような居酒屋で、シックな色彩と装飾でまとめられた店内は、全体に暗めの落ち着いた照明に照らされており、テーブルや客席は、隣の客の表情が見えない絶妙な間隔で配置されており、周囲に邪魔されずに落ち着いて飲める雰囲気を醸し出していた。
オープンしてひとつきほどの新しい店だったが、既に客足も落ち着いていたようで、空いたテーブルもあり、混雑している様子は全くなかった。
こんなに趣味の良さを全面に押し出したお店なのに、既にこの店を堪能済みらしいパートナーの口から、トイレは悪趣味、と言われても全く想像が付かないのだが。
「なんか注文して待ってるから、さっさと行っといれー」
「ギャグ古っ!」
私は小型のバッグだけを抱えて、店の奥でぼやっと光る化粧室の案内板に向かって歩いて行った。
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