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――いや、違うな。
うまくは言えないが、どう見てもそんな感じには見えなかった。
大道が感じたのは、近田の少女を助けたいという気持ちだったのだ。
それも自分の命を賭けてまでも。
数日後、近田から連絡があった。
各方面に手をまわしているから、母親の逮捕も近いと言うことだ。
電話の声は心なしか弾んでいた。
大道が集めたマンションの住人の証言も使いたいとのことだ。
大道はもちろん承諾した。
近田が言った。
「これで虐待もなくなるだろうさ」
「そうですね」
近田につられたのか、大道もなんだか嬉しくなってきた。
確かに虐待はなくなった。
近田も大道も想像していなかった形で。
いや、そのうちこうなるかもしれないという思いは、十分にあった。
それが思っていたよりも早くなっただけだ。
翌日、和子の死体が見つかったのだ。
その日、仕事が休みだった和子は、マンションの親しい主婦連中と、例のまずい喫茶店でお茶会をしたのだ。
そして帰宅したのが午後四時ごろ。
一時間後に学校が休みなのにもかかわらず、朝から姿の見えなかった好子が帰ってきた。
そこで母親の無残な姿を見たのだ。
検死の結果は溺死だった。検死官が言った。
「このガイシャ、どう見ても少なくとも十日以上は水の底に沈んでましたね」
もちろん近田は反論した。
「いや、そんなはずはない。死体が発見される一時間ぐらい前までは、ちゃんと生きていたんだから」
「ありえないですよ。いったいなにをどうしたら、一時間程度でこんなにもりっぱなどざえもんが出来上がるんですか。人体の構造から見ても、まったくかんがえられないですね。ありえない」
「それは……」
近田は次に言うべき言葉が見つからなかった。
和子の死体は確かに常識では考えられないものかもしれないが、これまでの死体だって十分すぎるほど非常識だったのだから。
だからと言って、この死体の非常識さが薄まるわけではないということを、近田はいやと言うほど知っていた。
「とにかく、誰がなんと言おうと、この死体は十日以上水の中にいたんです。間違いない。報告書にはそう書いておきますから、あとはそっちでなんとかしてくださいね」
「ああ、わかった」
「頼みましたよ」
検死官は近田が今までに見たことがないほどに、いらだっていた。
検死官だってわかっているのだ。
この死体が発見される一時間前までは生きていたということを。
自分が今まで培ってきた知識や経験などを真っ向から否定し、それを超越したこの死体の存在に、いらだちを覚えているのだ。
近田は検死官の肩をぽんと叩くと、理不尽な死体の眠る部屋を後にした。
正木好子は児童保護施設に入ることとなった。
遠い親類はいないでのないのだが、誰も引き取りたがらないという。
それはそうだろう。父親母親ともども不可解で無残な殺され方をした娘なんて、気持ち悪くて仕方がないと感じるのは当然のことだ。
血の薄いそんな少女を快く出迎えてくれるようなお人よしは、そうそういない。
「明日には保護施設に入るみたいだな」
うまくは言えないが、どう見てもそんな感じには見えなかった。
大道が感じたのは、近田の少女を助けたいという気持ちだったのだ。
それも自分の命を賭けてまでも。
数日後、近田から連絡があった。
各方面に手をまわしているから、母親の逮捕も近いと言うことだ。
電話の声は心なしか弾んでいた。
大道が集めたマンションの住人の証言も使いたいとのことだ。
大道はもちろん承諾した。
近田が言った。
「これで虐待もなくなるだろうさ」
「そうですね」
近田につられたのか、大道もなんだか嬉しくなってきた。
確かに虐待はなくなった。
近田も大道も想像していなかった形で。
いや、そのうちこうなるかもしれないという思いは、十分にあった。
それが思っていたよりも早くなっただけだ。
翌日、和子の死体が見つかったのだ。
その日、仕事が休みだった和子は、マンションの親しい主婦連中と、例のまずい喫茶店でお茶会をしたのだ。
そして帰宅したのが午後四時ごろ。
一時間後に学校が休みなのにもかかわらず、朝から姿の見えなかった好子が帰ってきた。
そこで母親の無残な姿を見たのだ。
検死の結果は溺死だった。検死官が言った。
「このガイシャ、どう見ても少なくとも十日以上は水の底に沈んでましたね」
もちろん近田は反論した。
「いや、そんなはずはない。死体が発見される一時間ぐらい前までは、ちゃんと生きていたんだから」
「ありえないですよ。いったいなにをどうしたら、一時間程度でこんなにもりっぱなどざえもんが出来上がるんですか。人体の構造から見ても、まったくかんがえられないですね。ありえない」
「それは……」
近田は次に言うべき言葉が見つからなかった。
和子の死体は確かに常識では考えられないものかもしれないが、これまでの死体だって十分すぎるほど非常識だったのだから。
だからと言って、この死体の非常識さが薄まるわけではないということを、近田はいやと言うほど知っていた。
「とにかく、誰がなんと言おうと、この死体は十日以上水の中にいたんです。間違いない。報告書にはそう書いておきますから、あとはそっちでなんとかしてくださいね」
「ああ、わかった」
「頼みましたよ」
検死官は近田が今までに見たことがないほどに、いらだっていた。
検死官だってわかっているのだ。
この死体が発見される一時間前までは生きていたということを。
自分が今まで培ってきた知識や経験などを真っ向から否定し、それを超越したこの死体の存在に、いらだちを覚えているのだ。
近田は検死官の肩をぽんと叩くと、理不尽な死体の眠る部屋を後にした。
正木好子は児童保護施設に入ることとなった。
遠い親類はいないでのないのだが、誰も引き取りたがらないという。
それはそうだろう。父親母親ともども不可解で無残な殺され方をした娘なんて、気持ち悪くて仕方がないと感じるのは当然のことだ。
血の薄いそんな少女を快く出迎えてくれるようなお人よしは、そうそういない。
「明日には保護施設に入るみたいだな」
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