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第五章 襲来に備える俺
141、独白(アンナ視点)
しおりを挟むここは山エリアだと、バンテットは言った。
ただそれだけの事なのに、私の思考は完全に固まってしまった。
そして次の瞬間、何処からか声が聞こえてきたのだ。
『ーーーお前のせいで、俺は死んだ』
これは幻聴だと、何度も聞いてきた私にはわかっていた。
何よりこの場所は、バンを置いてきた場所でもなんでもないのだ。
それなのに、私の体は血の気が引き震えが止まらなくなっていた。しかも警告のように、逃げろ逃げろという言葉が私の頭の中をリフレインして、どんどん現実と区別がつかなくなっていく。
ーーーああ、またモンスターが来る。
今度は、亡霊となったバンと一緒に……。
そう思ってしまった私は何もかもが怖くなってしまい、あの場から逃げだしてしまったのだ。
恐怖のあまり何も考えられず、足だけを動かして走っていた。そのせいで、ここが何処なのか何処に向かって走っているのかもわからない。
ただ、私は早く山エリアから離れたかった。
「はぁはぁっ……あ……!」
そして気がつけば、全速力でひたすら走り続けていた私の目の前に湖が広がっていた。
流石に足を止めざるを得なくなった私は湖の前で立止まり、荒い呼吸を整えながら少しずつ冷静を取り戻す。
周りを見回しここがかなり大きな湖であることを確認する。そして自分が山エリアから湖エリアまで逃げて来てしまった事に苦笑してしまったのだ。
あんな姿を見せておいて、今更バンテットの所に戻っても仕方がないわよね……。
そう思いながらなんとなく湖の水に手が届きそうな位置へと座り込む。
水面に映る自分の顔を見つめると、髪はボサボサで目は血走っている。そんな醜い姿に、私は乾いた笑いが出てしまう。
「はは……私、ここへ何しに来たのかしら……あはは……ははは……」
本当は今すぐにでもこのダンジョンから抜け出したい。それにここから出口ゲートへ向かう方向だってわかっているのだ。
それなのに、私はゲートに向かおうとはしなかった。
「そうよ、逃げるっていっても……一体何処に逃げたらいいのよ」
私には、もう帰る場所なんてないのに……。
そう思いながら今までのことを思い出し、私は苦笑してしまう。
ファミリーを追い出された私には帰る所なんてない。しかも私には親もいないから帰る実家もない。
そうよ、私ったら何を言ってるのかしら……私の帰りを待っていてくれる人なんて、最初からいなかったじゃない。
そもそも生まれてからずっと、私の居場所なんて無かったのに……。
だって、私は生まれた時から孤児だったもの。
誰かと一緒に過ごすなんて、今まで一度も考えたことなかったわ。
あの頃は生き残る為には人の物を奪う事、誰かを見捨てる事なんて当たり前だった。
だから人の温もりなんてしらないし、誰かに優しくする意味も、その仕方だって今でもよくわからないもの。
だからこそ私はあの日まで、自分さえ生き残れればそれで良いと思っていた。
バンをトロッコから突き落とした事自体、私が生き残る為の行動として間違っていないと今でも思ってる。
……それなのに、なんでこんなにも苦しい程の罪悪感が今も残ってるのよ。
『ーーー好きと嫌いは表裏一体って言うじゃないですか、もしかして好きだったりとか?』
その瞬間、ホージュに言われた言葉を思い出してしまい、私は首を振る。
「……絶対に認めない!」
今の私が好きなのはバンテットであって、アイツなんかじゃない……。
そうよ、私は彼に会う為にここまで来たのよ。
ダンジョンに入るのにどれだけ勇気を振り絞ったと思ってるのよ!
ダンジョンに入って発作が起きなかったときは、ようやくトラウマが克服出来たと思ったのに……。
「あんな姿、怖くて引いたでしょうね……きっと嫌われたに決まってるわ」
そもそも私みたいな人格破綻者が、誰かを好きになった事が間違いだったのよ。
こんな感情自体、私みたいな人間には必要ないもの……。
「……それなら、こんなに苦しんでまで私が生き続ける意味ってあるのかしら……。だって、誰にも必要とされない私って……いなくてもいい存在だと思うのよね……それにこのまま生きていくのも、もうなんか疲れた……」
静かに揺れる湖の何処からか、綺麗な歌声が聞こえてくる。それは私を湖へと誘うように優しい声で、聞いているうちに全ての事がどうでもよくなっていく。
私はその歌声に惑わされ立ち上がると、ゆっくり湖の方へと足を向けていた。
足がチャポンと水につかり服が濡れるのも気にせず、私はさらに前進していく。
「これ以上、私が生きる意味なんてないんだわ……あの時だって、バンじゃなくて私が降りればよかったのよ……そうすれば、こんな事にはならなかったのに……」
そんな後悔ばかりが、口からブツブツと溢れてしまう。
「死んだら、すぐにアンタに謝りに行くから……待ってなさいよ、バン……」
そして私はまた一歩、足を進めようとした。
しかし、それはできなかった。
「アンナ!!」
私の名を叫ぶ声とともに、誰かが私の腕を引いたのだから……。
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