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第六章 取り戻しに行く俺
162、命
しおりを挟む完全に視界は黒い霧で覆われ、何も見えなくなっていた。
しかも先程まで、あんなに聞こえていたイアさんやレンさんの声すら、俺の元には届かなくなっていたのだ。
ユリウスは俺たちの視覚、聴覚を奪ってどんな攻撃を仕掛けてくるのだろうと、俺は次の攻撃に備えて身構えていた。
「…………?」
しかしいくら身構えても、何も起きない。
それとも俺の周りで何もないだけで、仲間の方で何かあったのではないか。そう不安になりつつも、俺はモヤが晴れるのをじっと待つしかなかった。
そして何事もないままモヤは徐々に薄くなり、仲間たちの姿や声も届くようになった頃、イアさんの声が俺の耳に聞こえたのだ。
「バン! よかった、無事でしたのね!?」
「はい、俺の方は何もなかったです……そっちも大丈夫でしたか?」
「ええ、此方も皆無事でしたわ。どうやらレンの方も無事みたいですわね」
「ああ、こっちも何も起きなかった。それなら、さっきの黒いモヤはいったい何だったんだ?」
そう思った俺たちはユリウスの方を見る。
しかしユリウスは、ただベッドの前で立ち尽くしているようにしか見えなかった。
それでも俺はその立ち姿に何か違和感を覚え、首をかしげてしまう。
「うそ……なんで、ホージュの死体がなくなってんのよ!?」
その事に最初に気がついたのは、アンナだった。
確かにモヤが出る直前には倒れたホージュをユリウスが支えていた筈なのに、今その場所にはユリウスしかいない。
それなら、ホージュは何処に消えたんだ……?
そう思って俺は思い出す。
以前、呪術によって人が生贄のように骨だけ残った事を……もし今回は骨ごと全て捧げられたとしたら、この後なにか仕掛けてくる可能性がある。
「多分だけど、呪術の生贄に使われたんだ。何が来るかわからないから、気をつけろ!!」
「いや、奴が動かないのをみるにまだ術の発動には時間がかかるのかもしれない。今のうちに畳み掛けるぞ!」
そう言ってレンさんはユリウスへと近づこうとした。
しかし、ユリウスはそれをさせなかった。
「……今、俺の邪魔をしないでほしいな?」
気がつくとレンさんは謎の壁に弾かれ、後退を余儀なくされていた。
「く、なんだあれは……結界か?」
「いいえ、あれは魔力の塊がユリウスの周りを渦巻いているだけよ……」
既に何かを悟っているのか、ラレンスがボソリと絶望した顔で呟いていた。
「やめろ、ユリウス!!」
そう、叫んだのはクラウさんだった。
何が起きているかわからない俺たちは、二人に説明を求めてしまう。
「一体どう言う事だ?」
絶望し、既に諦めた顔をしたクラウさんは床に座り込んだまま、サバンの問いにゆっくりと口を開く。
「……ユリウスは、死ぬつもりなんですよ」
「「「「!?」」」」
「なんだって!?」
その回答は、俺たちを驚かせるのには充分な内容だった。
「昔、一度だけユリウスがナナを救う為に自分を犠牲にすると言ったことがあるんです。その時の状況は今の状況とほぼ同じなんですよ……ただあの時はホージュや僕たちが必死で止めたし、止める人は他にも沢山いたんです。でも、今はアイツを止められる人間は誰もいない!!」
つまり今のユリウスはホージュが死んでしまって、ヤケクソになったと言う事か……?
「そうね。ホージュが死んだからこそ、ああなったとも言えるわね……。ホージュと、ユリウスって確かにただの幼馴染のような関係だったのよ……でも私から見た二人は、互いに惹かれあってたわ。ただ関係を壊したくなくて、一緒になれなかっただけに見えたもの……」
もしラレンスの言う事が本当ならばユリウスは先程、最愛の人を亡くしたと言う事になる。
そしてクラウもその事を知っていたのか、頭を抱えて呟いていた。
「確かにそうだ。ホージュがいない今、ユリウスを止めることが出来る奴は本当にいなくなってしまった……」
「クラウ、これが彼の決めた道なら……私たちは黙って見守るしか出来ないわ」
「くそっ……僕たちはなんのために!!」
地面を叩きつけるクラウは悔しそうに涙を流す。
その姿を近くで見ていたマヨは、クラウを優しく抱きしめていた。
「本当……私がしたかった事って、こんな事だったのかしら……?」
ラレンスはユリウスの方をボーッと見つめていたが、耐えられなくなったのか途中から目を逸らしたのだ。
そしてそんな様子を見ていたレンさんは、舌打をしていた。
「終わりとしては胸糞悪いが、勝手に死のうとしてる奴なんて放っておけばいい。それよりもあの魔力の渦がそのうち爆発する可能性があるから、警戒を怠るなよ!」
もしあれが本当に魔力の塊ならば、俺はあの渦を止める事ができるだろう……。
殺された男を助けに行くべきなのか、俺の手で殺しに行くべきなのか……俺はどうしたいのかわからなくなっていた。
それでも、知りたい。
そう思った俺は自分自身にプロテクト・ゾーンを張り、ユリウスの方へと歩き出していた。
「バン、お前何するつもりなんだ?」
「やめとけ、死にに行くつもりか!?」
なんて俺を静止する声が聞こえるが、この中に俺のプロテクト・ゾーンに干渉できる人は誰もいない。
だからその声を無視して、俺は前に進む。
そんな俺に気がついたのか、ユリウスは突然笑い出したのだ。
「はははは!!! 最後までお前は俺を邪魔するつもりなのか? だが、残念だったな……もう何もかも間に合わないさ! 俺は誰にも倒せない。何故なら俺が死ぬ時はララを救った時だからだ!」
そう言うユリウスの体は既に透け始め、消えかけているのがわかってしまった。
「最初からこうしてればよかったんだと、君たちは笑うだろう……。確かにそうだったと今なら思う。それでも俺がいなくなった後、ナナの手を取ってくれる人がいなかったら意味がないだろ? だけど、今なら大丈夫だって気づいたんだよ。俺を助ける為に止めようとしてくれる仲間が、俺にもいたのだから……」
そう言うと、ユリウスは自分の心臓から虹色に光る何かの塊を取り出すと、ユリウスの周りを渦巻いている魔力と合わせたのだ。
「ホージュの魔力と俺の魂を混ぜ合わせて妹に転移させる……。これならナナの魔力は俺の魂に引き寄せられて、身体の中を循環する。これでナナが病気で苦しむことはなくなる筈さ」
原理はよくわからないが、ユリウスの魂はナナの中に残るのか、魂ごと消失すると言う事だろう。
俺がそんな事を思っている間に、ユリウスはナナへとその力を注いでいく。
じっと見ている間に、何となくその姿に同情してしまったのからなのか、俺はつい口を出してしまったのだ。
「……ユリウス。最後に言い残す事があるなら、聞いてやってもいい」
「ははは……俺はお前を殺そうとした男だぞ、そんな奴の頼みを聞くとは思えないが……?」
「お前が、俺に一言でも謝ってくれたなら……一つだけ、お前の願いを聞いてやる」
俺は今までずっと復讐を目標にして生きてきた。
でもアンナに報復をしたとき、何か違うような気がしたのだ。
きっと俺は復讐なんかより、たった一言の謝辞が聞きたいだけだったのかもしれない。
「……俺が死んだ後のことなんて確認できないのにさ、君はずるい事を言うね……」
「それなら、やめておくか?」
今のユリウスは既に目が見えないのだろう。
音だけを頼りにこちらを向く瞳は、もう俺を見てはいない。
「いや、謝らせてくれ……バン、すまなかった。俺は君の人生を多大に狂わせてしまったのだろうね。何度も殺そうとした事も、謝っておくよ。本当に悪いと思っている」
きっとユリウスは、心の何処かで本気で悪いとは思っていないのだろう。
だけど自分が間違えた事に対してどこか反省しているように見えた俺は、全てを許してしまった。
だって、人生を狂わされたのは事実だがあの事件があったからこそ、俺は大事な仲間に会えたのだ。
絶対に口にはしないが、そのことだけは感謝してるのは事実だった。
「お前の謝罪は受け取るよ。それで、俺に頼みたい事ってなんだ?」
「こんな事、お前に頼むのは釈だが……出来れば、健康になったナナに色んな物を、世界を見せてやってほしい。どうかナナの事を、宜しく……頼む」
そう微笑んだユリウスは、光と共に妹であるララの体へと降り注ぎ消えてゆく。
その瞬間、本当に先程まで寝たきりだったのかと思うほど勢いよく、ララが目を覚まし飛び起きたのだ。
「っまって!! お兄ちゃん、やめて!!!!」
その悲痛な叫び声は広間全体に響き渡っていた。
しかしながら既にユリウスの姿は跡形もなく、その声もユリウスに届く事はなかった。
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