ダンジョンで温泉宿とモフモフライフをはじめましょう!〜置き去りにされて8年後、復讐心で観光地計画が止まらない〜

猪鹿蝶

文字の大きさ
上 下
162 / 168
第六章 取り戻しに行く俺

162、命

しおりを挟む

 完全に視界は黒い霧で覆われ、何も見えなくなっていた。
 しかも先程まで、あんなに聞こえていたイアさんやレンさんの声すら、俺の元には届かなくなっていたのだ。
 ユリウスは俺たちの視覚、聴覚を奪ってどんな攻撃を仕掛けてくるのだろうと、俺は次の攻撃に備えて身構えていた。

「…………?」

 しかしいくら身構えても、何も起きない。
 それとも俺の周りで何もないだけで、仲間の方で何かあったのではないか。そう不安になりつつも、俺はモヤが晴れるのをじっと待つしかなかった。
 そして何事もないままモヤは徐々に薄くなり、仲間たちの姿や声も届くようになった頃、イアさんの声が俺の耳に聞こえたのだ。

「バン! よかった、無事でしたのね!?」
「はい、俺の方は何もなかったです……そっちも大丈夫でしたか?」
「ええ、此方も皆無事でしたわ。どうやらレンの方も無事みたいですわね」
「ああ、こっちも何も起きなかった。それなら、さっきの黒いモヤはいったい何だったんだ?」

 そう思った俺たちはユリウスの方を見る。
 しかしユリウスは、ただベッドの前で立ち尽くしているようにしか見えなかった。
 それでも俺はその立ち姿に何か違和感を覚え、首をかしげてしまう。

「うそ……なんで、ホージュの死体がなくなってんのよ!?」

 その事に最初に気がついたのは、アンナだった。
 確かにモヤが出る直前には倒れたホージュをユリウスが支えていた筈なのに、今その場所にはユリウスしかいない。
 それなら、ホージュは何処に消えたんだ……?
 そう思って俺は思い出す。
 以前、呪術によって人が生贄のように骨だけ残った事を……もし今回は骨ごと全て捧げられたとしたら、この後なにか仕掛けてくる可能性がある。

「多分だけど、呪術の生贄に使われたんだ。何が来るかわからないから、気をつけろ!!」
「いや、奴が動かないのをみるにまだ術の発動には時間がかかるのかもしれない。今のうちに畳み掛けるぞ!」

 そう言ってレンさんはユリウスへと近づこうとした。
 しかし、ユリウスはそれをさせなかった。

「……今、俺の邪魔をしないでほしいな?」

 気がつくとレンさんは謎の壁に弾かれ、後退を余儀なくされていた。

「く、なんだあれは……結界か?」
「いいえ、あれは魔力の塊がユリウスの周りを渦巻いているだけよ……」

 既に何かを悟っているのか、ラレンスがボソリと絶望した顔で呟いていた。

「やめろ、ユリウス!!」

 そう、叫んだのはクラウさんだった。
 何が起きているかわからない俺たちは、二人に説明を求めてしまう。

「一体どう言う事だ?」

 絶望し、既に諦めた顔をしたクラウさんは床に座り込んだまま、サバンの問いにゆっくりと口を開く。

「……ユリウスは、死ぬつもりなんですよ」
「「「「!?」」」」
「なんだって!?」

 その回答は、俺たちを驚かせるのには充分な内容だった。

「昔、一度だけユリウスがナナを救う為に自分を犠牲にすると言ったことがあるんです。その時の状況は今の状況とほぼ同じなんですよ……ただあの時はホージュや僕たちが必死で止めたし、止める人は他にも沢山いたんです。でも、今はアイツを止められる人間は誰もいない!!」

 つまり今のユリウスはホージュが死んでしまって、ヤケクソになったと言う事か……?

「そうね。ホージュが死んだからこそ、ああなったとも言えるわね……。ホージュと、ユリウスって確かにただの幼馴染のような関係だったのよ……でも私から見た二人は、互いに惹かれあってたわ。ただ関係を壊したくなくて、一緒になれなかっただけに見えたもの……」

 もしラレンスの言う事が本当ならばユリウスは先程、最愛の人を亡くしたと言う事になる。
 そしてクラウもその事を知っていたのか、頭を抱えて呟いていた。

「確かにそうだ。ホージュがいない今、ユリウスを止めることが出来る奴は本当にいなくなってしまった……」
「クラウ、これが彼の決めた道なら……私たちは黙って見守るしか出来ないわ」
「くそっ……僕たちはなんのために!!」

 地面を叩きつけるクラウは悔しそうに涙を流す。
 その姿を近くで見ていたマヨは、クラウを優しく抱きしめていた。

「本当……私がしたかった事って、こんな事だったのかしら……?」

 ラレンスはユリウスの方をボーッと見つめていたが、耐えられなくなったのか途中から目を逸らしたのだ。
 そしてそんな様子を見ていたレンさんは、舌打をしていた。

「終わりとしては胸糞悪いが、勝手に死のうとしてる奴なんて放っておけばいい。それよりもあの魔力の渦がそのうち爆発する可能性があるから、警戒を怠るなよ!」

 もしあれが本当に魔力の塊ならば、俺はあの渦を止める事ができるだろう……。
 殺された男を助けに行くべきなのか、俺の手で殺しに行くべきなのか……俺はどうしたいのかわからなくなっていた。

 それでも、知りたい。

 そう思った俺は自分自身にプロテクト・ゾーンを張り、ユリウスの方へと歩き出していた。

「バン、お前何するつもりなんだ?」
「やめとけ、死にに行くつもりか!?」

 なんて俺を静止する声が聞こえるが、この中に俺のプロテクト・ゾーンに干渉できる人は誰もいない。
 だからその声を無視して、俺は前に進む。
 そんな俺に気がついたのか、ユリウスは突然笑い出したのだ。

「はははは!!! 最後までお前は俺を邪魔するつもりなのか? だが、残念だったな……もう何もかも間に合わないさ! 俺は誰にも倒せない。何故なら俺が死ぬ時はララを救った時だからだ!」

 そう言うユリウスの体は既に透け始め、消えかけているのがわかってしまった。

「最初からこうしてればよかったんだと、君たちは笑うだろう……。確かにそうだったと今なら思う。それでも俺がいなくなった後、ナナの手を取ってくれる人がいなかったら意味がないだろ? だけど、今なら大丈夫だって気づいたんだよ。俺を助ける為に止めようとしてくれる仲間が、俺にもいたのだから……」

 そう言うと、ユリウスは自分の心臓から虹色に光る何かの塊を取り出すと、ユリウスの周りを渦巻いている魔力と合わせたのだ。

「ホージュの魔力と俺の魂を混ぜ合わせて妹に転移させる……。これならナナの魔力は俺の魂に引き寄せられて、身体の中を循環する。これでナナが病気で苦しむことはなくなる筈さ」

 原理はよくわからないが、ユリウスの魂はナナの中に残るのか、魂ごと消失すると言う事だろう。
 俺がそんな事を思っている間に、ユリウスはナナへとその力を注いでいく。
 じっと見ている間に、何となくその姿に同情してしまったのからなのか、俺はつい口を出してしまったのだ。

「……ユリウス。最後に言い残す事があるなら、聞いてやってもいい」
「ははは……俺はお前を殺そうとした男だぞ、そんな奴の頼みを聞くとは思えないが……?」
「お前が、俺に一言でも謝ってくれたなら……一つだけ、お前の願いを聞いてやる」

 俺は今までずっと復讐を目標にして生きてきた。
 でもアンナに報復をしたとき、何か違うような気がしたのだ。
 きっと俺は復讐なんかより、たった一言の謝辞が聞きたいだけだったのかもしれない。

「……俺が死んだ後のことなんて確認できないのにさ、君はずるい事を言うね……」
「それなら、やめておくか?」

 今のユリウスは既に目が見えないのだろう。
 音だけを頼りにこちらを向く瞳は、もう俺を見てはいない。

「いや、謝らせてくれ……バン、すまなかった。俺は君の人生を多大に狂わせてしまったのだろうね。何度も殺そうとした事も、謝っておくよ。本当に悪いと思っている」

 きっとユリウスは、心の何処かで本気で悪いとは思っていないのだろう。
 だけど自分が間違えた事に対してどこか反省しているように見えた俺は、全てを許してしまった。
 だって、人生を狂わされたのは事実だがあの事件があったからこそ、俺は大事な仲間に会えたのだ。
 絶対に口にはしないが、そのことだけは感謝してるのは事実だった。

「お前の謝罪は受け取るよ。それで、俺に頼みたい事ってなんだ?」
「こんな事、お前に頼むのは釈だが……出来れば、健康になったナナに色んな物を、世界を見せてやってほしい。どうかナナの事を、宜しく……頼む」

 そう微笑んだユリウスは、光と共に妹であるララの体へと降り注ぎ消えてゆく。
 その瞬間、本当に先程まで寝たきりだったのかと思うほど勢いよく、ララが目を覚まし飛び起きたのだ。

「っまって!! お兄ちゃん、やめて!!!!」

 その悲痛な叫び声は広間全体に響き渡っていた。
 しかしながら既にユリウスの姿は跡形もなく、その声もユリウスに届く事はなかった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

冥界帰りの劣等冒険者 ~冥界の女王に気に入られた僕は死神の力を手に入れました。さっそくですが僕を裏切った悪い魂を刈り取りに行きます~

日之影ソラ
ファンタジー
傷ついたフクロウを助けた心優しい冒険者ウェズ。 他人の魂が見える『霊視』というスキルしか持たず、これといった才能もないウェズは、パーティー内で雑用係を務めていた。 パーティー内では落ちこぼれと罵られ、散々な扱いを受けつつも、一人では冒険者としてやっていけないことを理解し、仲間からの罵声に耐える日々を送る。 ある日、新しく発見されたダンジョンに潜った一行は、まだ誰も見つけていない隠し通路を見つける。一気に最下層までたどり着き、お宝の山に興奮する一行だったが、宝を守る強力なモンスターに襲われ絶体絶命のピンチに陥った。 仲間に脅される形で囮になったウェズは、そのまま見捨てられ、モンスターの前に置き去りにされてしまう。 死を覚悟した彼を救ったのは、冥界から来た死神の少女イルカルラだった。 彼女に連れられ冥界にやってきたウェズは、自分に死神の才能があると知り、冥王から力を授かって死神代行となる。 罪人の魂は赤い。 赤い魂は地獄へ落ちる。 自分を裏切った彼らの魂が、赤く染まる光景を思い出したウェズ。 さて、お仕事を始めようか? 赤い罪人の魂を刈り取りにいくとしよう。 小説家になろうにて先行連載中

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...