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第六章 取り戻しに行く俺
160、一人では
しおりを挟む俺とグラシルの戦いは、意外にも続いていた。
レンさんが動けなくなったことで不利になった事に違いないし、どうあがいても俺に勝ちめはないのもわかっている。
しかし先程、イアさんから連絡があった事をレンさんは俺に耳打ちしてくれたのだ。
それならば仲間が駆けつけてくるまでの間、俺は時間稼ぎすればいい。
そう思って俺は先程から攻撃を避ける為、以前セシノから受け取っていたマリー作のドーピング剤を飲みまくっていた。
スピード加速に、身体強化、防御力UP、他にも一回だけどんな攻撃でも身代わりになってくれる御守りなんかもあった。
正直、それらを使うと後々の自分に負担がくるのだが、今は生き残る事を優先するために俺は躊躇せず、次の液体を飲み干す。
そこまでして逃げ回る俺を見ていたユリウスの瞳は、可哀想な人を見る目をしていた。
「そんなふうに足掻いても苦しいだけで、時間の問題だよ? それにその液体、そろそろ副作用が出てくる物あるんじゃない?」
「うっさいなぁ、コレは市販のとは違うからまだまだいけるんだよ!」
攻撃を躱しながら虚勢を張ってみたものの、本当はユリウスの言う通り先ほどよりも体が重く感じるようになっていた。
マリーの作った薬は本当に副作用が少ない。
ただ俺が一度に色んな種類を飲み過ぎたせいで、思ったよりも早く副作用が出てしまったのだろう。
「そう言う割には、先程より動きが鈍っているよ」
「くっ!」
そう言いながら突然俺の速度に追いついてきたユリウスは、俺の脛を蹴り飛ばす。
「ぐぁっ!!」
俺は痛みに立ち止まりそうになるのを我慢して、ユリウスから距離を置くため床を転げ回り、何が起きたのか確認しようとした。
「コレで、簡単に殺せるかな?」
目の前に迫るユリウスの拳を、俺は更に転がり避ける。
今のでわかったが、ユリウスは速度を上げるために剣を置いてきたようだ。
確かにあの剣は重そうだし、俺みたいな雑魚を殺すのに武器なんてなくてもいけると、ユリウスは判断したのだろう。
そんな事を考えながら俺は2、3発に一度攻撃を受けつつ、逃げ回るように床を転がり続けるしかなかった。
だけど、もう逃げ回る場所もない……。
気がつけば俺は壁際へと追い込まれ、ユリウスからの攻撃をどう避けようか悩んでいた。
「……………………?」
しかしユリウスは、何故か一向に攻撃をしてこなかった。
どうやら何かに気がついて、動揺しているようにみえたのだ。
不思議に思って後ろを確認してみると、俺が壁だと思っていたのはベッドの周りに置いてある衝立だった。
そしてその向こうにはユリウスの妹である、ナナがいる。
もしかしてユリウスのやつ、ナナに攻撃が当たるのを嫌がって俺に攻撃してこないって事か?
これは、もしかしたら……。
使えるかもしれないなんて思っている間に、ユリウスは俺の首根っこを掴むと、広場の真ん中へと放り投げたのだ。
一瞬の浮遊感と床へ落ちる時の衝撃が俺の体を襲う。もう体がボロボロの俺は、受け身すらとる事も出来なくなってきていた。
ヤバいな……これは足、折れてるかもなぁ。
俺から見える足は、向きが変な方へ向いている気がする。
一応回復薬も貰ってはいるが即効性があるわけではない為、今飲んだところで治るまでにユリウスに殺されるだろう。
「全く、危ない危ない。ナナに汚い物を見せるわけにはいかないからね……君には、そこから動かずに死んでもらうよ!」
ユリウスの突き出した手から、黒いモヤが生み出されるのが見えた。
あれは、あの時と同じように呪いの一種なんだろうな……。
「動けない人間には、この方法が一番早く安らかに死んで貰えるんだよ。だから安心してこの黒い光に包まれて、今度こそ死んでくれ!」
ユリウスが放った黒いモヤは、ゆっくりではあるが確実に俺に向かって飛んできている。
初めは小さかった為、頑張れば避けられるのではないかと思っていたが、そのサイズは近づくにつれて大きくなり、今はもう俺を包み込むほどのサイズになっていた。
これは避けられないなと、俺が諦めそうになってしまったその時……。
「バン、頭を下げろ!!」
レンさんのその声に、俺は反射的に頭を下げていた。
その為何が起きたのかはわからなかったが、突然目の前の黒いモヤが光に飲み込まれ消失したのだ。
「っな!?」
それに驚いたのはユリウスも同じだったようで、俺の後ろを確認して動けなくなっていた。
その視線の後を追うように俺も後ろを振り向く。
「はぁはぁ……なんとか、間に合いましたわね」
かなり急いで走ってきたのか、そこには息切れをしたイアさんが立っていた。
どうやらイアさんは俺が黒いモヤに飲まれる前に、光魔法のような物を放ったようだ。
でもあの呪いに魔法は効かないし、イアさんが使える術を考えたらあの光は聖術だろうか……?
「はぁ……今時、呪術を使う方がいらっしゃるなんて思いもしませんでしたわ」
そしてイアさんはあの黒いモヤを呪術と呼んだ。
俺はその名前を初めて聞いて、割とそのままの名前なんだと思ってしまったのだ。
「それにしても呪術と聖術は相反する力と言われていますが、綺麗に相殺できてよかったですわ……」
イアさんはサポーターだけどヒーラーも兼ねている為、聖術も得意なのは知っている……だけどもしかしたら、呪術についても何か知っていたのかもしれない。
なんてフォグの事を思い出しながら、今更そんな事言っても仕方がないよなと、俺は首を振る。
そしてイアさんの後ろから、徐々に他の仲間たちが駆けつけてくるのが見えてきたのだ。
俺はそれに嬉しく思いながら、何か違和感を覚えていた。
おかしい……何故だろう?
俺の目には、敵だった人が何故か一緒にいるように見える。
その事に混乱していたのは、もちろん俺だけではなかった。
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