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第六章 取り戻しに行く俺
157、ラレンスとシェイラ(セシノ視点)
しおりを挟むバンさん達を先に行かせた私たちは今、ラレンスさんと対峙している。
ラレンスさんといえば元『黒翼の誓い』のクイーンであり、ランクも7とその実力は誰もが認めるほど高い。
バンさんには見えを張ってあんなこと言っちゃったけど、きっと私たちの状況は良くないよね。
なにより『プロテクト・ゾーン』に囲われている為、ラレンスさんとの距離をとることもできない状態なのだ。
私は対魔法防御用の魔道具の指輪を中指にはめ、ラレンスさんがいつ仕掛けてきても対処できるように、警戒する。
そんな私を見てラレンスさんは溜息をつくと、先程まで持っていた赤い魔道具を何故か放り投げたのだ。
地面についた瞬間に何かが起きるのかと、手を前に構える。
しかし、その魔道具は何も起こらない。
「はぁ~。アナタたちのせいで標的に逃げられたじゃない……しかも二人を殺したところで、この結界がある以上ここから逃げられないなんて、こんなの戦うだけ無駄ね」
そう言って、戦う意志はないと手を振る。
「それにアナタたち二人が増えたところで、どうせ彼に対抗できるとは思わないし、人数を減らせただけでも良しとするわ」
そんなラレンスさんの姿に、罠かもしれないと私は警戒を緩めずに話しかける。
「ラレンスさん、どうしてこんな事をしたんですか?」
「こんな事って……彼がやってる事に加担した事を言ってるのかしら?」
「そうです……私はラレンスさんにも何か事情があったんじゃないかって、思ってるんです」
「…………」
ラレンスさんは何故かシェイラさんを見ると、少しだけ悲しげに目を伏せて少しずつ話し出したのだ。
「そうね……この話を聞いて少しでも同情してくれたら、二人とも私の仲間になってくれるかもしれないものね」
「それは、一体どういう……?」
「セシノあれを見て!」
驚くシェイラさんの指差す方には、先程ラレンスさんが投げた赤い魔法具が転がっていた。
そこには今現在の中央エリアでの様子が映し出されているのか、中央ギルド付近で既に戦闘が始まっているのが見えていた。
しかし、よく見ると戦っている人たちの目は全員虚で、操られているように見えたのだ。
「まさか! 今進軍している人たちは全員自分の意志で戦ってるわけじゃないんですか!?」
「流石に全員ではないわ。でもね、私たちの話を聞くと、皆が皆同情してくれるの……そうなれば、私たちのしている事が正しいって、私たちの為に一緒に戦おうって言ってくれるのよ?」
「そんな……」
絶句するシェイラさんを私の方へと引き寄せて、ラレンスさんの話術に呑まれないようにするのと同時に、そっとシェイラさんへと耳打ちをする。
「シェイラさん、落ち着いて聞いてください。私はラレンスさんに対抗できるのは、シェイラさんだけだと思っているんです。だからラレンスさんを説得するのに手伝って貰えませんか?」
私はラレンスさんが、昔からシェイラさんに甘い事を知っていた。
きっとそれには何かしらの理由がある筈で、勝利の糸口はそこしかないと思っている。
真剣な私の問いに、シェイラさんは快く頷く。
そして私たちは、まずラレンスさんの話を聞くことにしたのだ。
「そこまで言うのでしたら、ラレンスさん。聞かせてください。アナタの話を……」
そして、ラレンスさんは淡々と語り始めたのだ。
自分がどうして、グラシルの助けをしているのかという事を……。
昔、ラレンスさんには妹がいた。
そしてラレンスさんは、妹さんが10歳の頃から冒険者を始めたそうだ。才能があったラレンスさんは、冒険者として頭角を表すのは早かったらしい。
しかし、そんなラレンスさんを妬んだ冒険者がいいた。ラレンスさんは嫌がらせを受けつつも、冒険者を続けたそうだ。
そんな日々を耐え抜いていたある日、ラレンスさんがダンジョンに潜っている間に妹さんは殺されてしまう。
もちろん、その首謀者はラレンスさんを妬んでいた冒険者によるものだった。
ラレンスさんは、すぐギルドに違反行動だと訴えた。にも関わらず、ギルドはその冒険者達に罰を与えないどころか、妹さんを事故死として処理したのだ。
後々、その冒険者とギルド幹部が裏で繋がっていた事を知ったラレンスさんは、ギルドに深い恨みを持つようになる。
そしてギルドの裏を知ってしまったラレンスさんも妹さんのように、殺されそうになったそうだ。
その所を偶然グラシルさんに助けてもらい、『ユグドラシルの丘』へと所属を移したのだ。
命の恩人であるグラシルに絶対の忠誠と、憎きギルドへの報復が同時に出来るのならと、ラレンスさんはファミリー内で裏の仕事をするようになった。
グラシルの妹を延命させる為に魔力を集め、ファミリーを崩壊させては使えそうな人材を集めていったそうだ。
「……そしてついに、ここまで来たの。私の願いはグラシルの妹を助ける事。そしてギルドを潰す事。だってそこまでしないと、私の妹が報われないと思わない? それにね。同じ妹がいたからこそ、私には彼の気持ちが痛いほどわかるの……!」
そう語るラレンスさんの瞳からは、涙が溢れていた。
確かに可哀想な話だと思うし、同情もする。
だからこそ、余計にひっかかる事があった。
そしてその気持ちはシェイラさんも同じなのか、シェイラさんはラレンスさんに近づくと問いを投げかけたのだ。
「ラレンスさんの事情はわかりました……。でも、一つだけ気になる事があるんです。そんな事があったのに……ラレンスさんは、どうして私を気にかけてくれたんですか?」
「………………」
「どうして、あの時も私を見逃して……助けてくれたんですか?」
「それは…………あなたが、余りにもあの子に似てたから……それだけ、だわ……」
ラレンスさんがシェイラさんにだけ優しかったのは、妹に似ていて放っておけなかったから……?
「もし妹さんがここにいたとしたら、きっとお姉さんにこんな復讐なんて望んでないと思うんです。だってラレンスさんは本当はとても優しい人なんですから……」
「何、勝手な事を言うの! アナタは私の妹じゃないのに!!」
「そうです。でも私にとって、ラレンスさんは本当のお姉さんみたいな人だから……そんな人に、私は苦しんで欲しくないんです」
その言葉に、ラレンスさんの動きが止まる。
ラレンスさんがシェイラんさを大事にしていたように、シェイラさんもラレンスさんとの関係を大事に思っていたのだろう。
だからこそ、シェイラさんの想いがラレンスさんへと届いた。
それならば後一押しだと、私は二人に近づいてその手を取る。
「ラレンスさん。本当にグラシルさんがこの戦いに勝てると思いますか?」
確かにグラシルさんの起こした事で、多大な被害は出るだろう。しかしながら、今の彼に勝ち目はないと誰もが思っている。
だからこそ、被害が酷くなる前に早く止める必要があるのだ。
「このままだと、本当に誰も救えないまま終わってしまいます。彼らを救いたいなら今止めるしかないんです。それに救う方法なら他にあるかもしれませんし、ラレンスさんの復讐だって違う方法で叶えられるかもしれないですしね」
今の私には沢山の人脈がある。
それは全てバンさんのおかげだけど、もしかしたら違う角度からこの人たちを救う方法を見つけられるかもしれない。
「はぁ……。確かに今の戦況はよくないと思ってはいたけど……セシノがそこまで自信を持って言うのだったら、その通りかもしれないわね。それにやり直す為の方法が他にあるのなら、その話を聞くのもいいかもしれないなんて思ってる私がいるわ……。不思議よね。妹はもういないはずなのに、シェイラを見ているとあの子が言ってるように思えるんだもの……私も、そろそろ疲れてしまったのかもしれないわね」
そう言って、ラレンスさんはシェイラを抱きしめる。
「ふふっ……アナタたちを取り込もうとしたのに、逆に取り込まれてしまうなんてね……」
そんなラレンスさんを見て、どうにか説得できた事にホッとしたシェイラさんは、何かを思いついたのか少し恥ずかしそうに言ったのだ。
「あの、ラレンスさん。私が本当の妹さんになる事は出来ないんですけど……ただ、ラレンスさんのこと……お姉ちゃんって呼んでもいいですか?」
「……ッ! ええ、ええ……もちろんよ」
2人は嬉しそうに暫く抱きしめ合っていた。
そんな2人を見ながら私はホットため息をつく。
私には出来ることなんて対してなかったけど、どうにかやりましたよ……バンさん。
そんな事を思いながら抱きしめ合う二人を見ていた。次の瞬間、突然結界がゆっくりと消えていったのだ。
「え?」
私は目を疑い、結界があった場所よりも向こう側へと歩いていく。
「結界が……壊れた」
つまりそれは、バンさんの身に何かが起きたというサインでもある。
そして結界が消えた事に気がついたのは、私だけではなかった。
「セシノ、シェイラ。どうやら急いだ方がいいみたいね」
「はい、そうですね……って、ラレンスさんもついて来てくれるんですか?」
「ええ。もう、引き返せないかもしれないけど……あの二人を救いたい気持ちに嘘偽りはないわ!」
そう言うラレンスさんの瞳は、ここで会った当初よりも明るくなったように見えた。
こうして私たちは、次の階へと向かう為の階段を駆け上がったのだった。
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