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第五章 襲来に備える俺
148、14日目
しおりを挟む突然現れた『ユグドラシルの丘』の集団は、いつのまに俺とアンナだけでなくモンスターさえも取り囲んでいたのだろうか……?
その人数はぱっと見ただけでも2、30人程いるというのに、何故か俺もアンナも全く気がつかなかったのだ。
そもそもこの10日間、ここには近づけないようにとレッドの仲間に見張りをお願いしていた筈だった。
まさかレッドにも何かあったわけじゃないよな。
俺は、そんな嫌な予感に首を振る。
なによりも謎なのはコイツらがなんで俺たちを待っていたのか、俺には全く思い当たるところがなかったことだ。
俺は一歩ずつ近づいてくるグラシルさんがこれ以上近寄れないように、俺とアンナだけではなくモンスターたちも守れるようにと結界を張り直す。
「……えーと、グラシルさん。この時を待ってたって、どういうことですかねぇ? 俺、『ユグドラシルの丘』に何か恨みでも買うようなことしちゃいましたっけ?」
とりあえず理由があるのなら謝ればいい、それがダメなら逃げるしかないだろう。
体は限界だけど、俺はここのダンジョンマスターなのだ。モンスターを駆使すればこんな窮地はどうとでもなる。
そう考えていた俺は、この状況を少し甘く考えていたのかもしれない。
「うん、そうだね……バンテット、いやバン。君は沢山、俺たちの邪魔をしてくれたからね。それに、君には、8年前に死んでもらう予定だったのに……まさか、しぶとく生き残ってるとはね」
その話に聞き覚えがあった俺は、もう一度グラシルさんをじっくり見ようとしたところで、目の前でおきた光景に唖然としてしまう。
ーーーパリンッ!
その音がしたと思った時には、既にグラシルさんは俺の『プロテクト・ゾーン』の中に入っていた。
一瞬割れる音がしただけで、最初からそこにプロテクト・ゾーンなんてないかのように、真っ直ぐ歩くその姿は異様だった。
俺の結界を破り、通過した男。
そんな男、俺は一人しかしらない。
……そう。それは爆弾事件にいたフードの男であり、マリーに致命傷を負わせ、フォグに呪いをかけた男。
ーーーコイツは、俺を今まで殺そうとした男だ。
つまり、俺の結界は全く意味を持たない。
そして今までの事を思い出しながら、俺は一つの仮説に辿り着いていた。
コイツは俺のプロテクト・ゾーンを何も無いもののかのように素通りした。
そしてもう一つ感じていた違和感の正体。
あれは温泉の説明をしたときのことだ。
試しにグラシルに使ってもらおうと思っていた瞬間乾燥装置が、何故か発動しなかった事があった。
あれはやはり、壊れてなんていなかったんだ。あの時、魔法陣が発動しない事に気がついた周りの女たちは、俺にその事がバレないようにあの装置を壊したのだろう……。
そしてこの二つには共通点がある。
それは、体に流れる魔力に反応して作用することだ。
つまりグラシルという男は、魔力が全くない人間だと考えれば辻褄があう。
だが俺は、生まれてから今まで体に魔力が流れていない人間なんて見たこともなかった。
しかし例外は何にでもある。例えば、聖力が効かない人は実際にいるわけで、それと同様に魔力が効かない人がいてもおかしくはないと思うのだ。
そして噂でしかないと思っていたけれど、魔力回路がない状態で生まれてくる人が1万人に1人の確率でいるらしいと、どこかで聞いた事があった。
しかしその仮定があったとして、魔力を持たずにファミリーのキング、それも高レベル冒険者になれるわけがないのだ。
そこで出てくるのが魔力を使わなくても使える、既に廃れている術式と言う事なのだろう。
まあ、それがわかったとしても俺を殺す理由は全くわからないんだけどな……。
そう思いながら、俺は無意識にアンナやモンスターを庇うように前に出ていた。
「いや、待てって……殺される前に、なんで俺が死なないといけないのか、教えてくれよ!」
目的は俺なのだから、コイツらに手を出させるわけにはいかない。
それに少しでも時間を稼いでレッドを呼び戻す事ができれば、ここから逃げ出す事が出来るかもしれないのだ。
ただ問題があるとすれば、既にレッドが『ユグドラシルの丘』の奴らに倒されている可能性があるという事だろう。
俺は無意識に、レッドに貰った鱗が入ってるポケットの上に手を置いて、アイツなら大丈夫だと言い聞かせる。
「……理由ね。うーん、今から死ぬ相手にそんな事を話しても意味がないと思わない? それにさっきから何かを気にしてるようだけど、もしかしてここに来る途中で見かけた……赤竜、のことかな?」
「……っ! まさか、アイツを倒したのか?」
「あははは! そんなの、どっちでもいいよね? だって、君もすぐにあちら側に行くんだから!」
そう言ってグラシルは俺の前に剣を突き立てる。
その大きな剣は折り畳み式なのか、何処に隠し持っていたのだと言いたくなるほど大きく、明らかにグラシルの身長を遥かに越えていた。
多分、グラシルの身長は俺より少し小さい。それなのにその剣は、それの倍ぐらいのサイズに見えるのだ。
いやいや、どう見ても人間が持てる長さじゃ無いだろ……。だけどよ、こんなデカい剣だからといって宿屋を真っ二つにできるもんでもないよなぁ?
つまり、グラシルの強さはただ剣がデカいだけじゃないと言うことだ。
剣自体に細工があるのかもしれない。
しかし今の俺にその剣をじっくり見ている時間なんてなかった。
「よし、それじゃあ大人しく死んでくれるかな!」
グラシルは動かなくなった俺を見て諦めたと思ったのか、剣を俺の首元にむけて横に払った。
それを咄嗟に避けようとした俺は、慌てたせいで足がもつれてしまう。しかし運良く尻餅をついた事でなんとかその攻撃を避けていた。
後ろを振り向くと、グラシルの攻撃で俺の後ろにあった岩が斬られて崩れていくのが見えた。
「……うそ、だろ」
もし、普通に後ろに逃げていたら俺の首は繋がっていなかっただろう。
「あれ~、おかしいね。まだ生きてる……次は外さないようにするから、動かないでくれよ?」
そう言って剣を振り上げようとしたグラシルの動きが、何故か急に止まった。
不審に思ってグラシルを見上げると、何処からか地響きが聴こえてきたのだ。
「……後方、何があった?」
「キング! 後方からレベル6以上のモンスターが隊列を組んでこちらに向かってきています!!」
「……そうか、成る程ね。このための時間稼ぎだったってわけだ」
そう言われても、コレは俺が呼んだモンスターじゃない。誰が呼んだのかはわからないけど、今はこの援軍がとてもありがたかった。
それにレベル6以降のモンスターなんて相手に出来る冒険者は少ない筈だから、何処かに俺が逃げるチャンスもあるかもしれないのだ。
そう思っていたのに、グラシルは全く動揺する気配もなく平然とメンバーに指示を出しながら、モンスターを倒し始めたのだ。
「あれ、な~んだ。よく見ると、ここに集まってるモンスターの大半が呪いを受けてるね。それに呪いの期限は今日までだったかな。……そうだ、バン。このモンスターの処理が終わるまでに君にいい事を教えてあげよう」
そう言いながら、軽やかにモンスターを斬り伏せていくこの男の姿は異常だった。
周りのメンバーは必死でモンスターと対峙してるように見えるのに、この男だけ強さのレベルが全然違うのだ。
その事実に俺は恐怖してしまい、何も言い返せない。
「あの呪いってさ、カウントがゼロになると必ず死ぬんだよね」
「……っ! うそ、だろ……」
「そして呪いを解呪する方法はただ一つ、俺を殺す事。それ以外に助かる方法はないんだよね」
俺はモンスター達の頭上にある数字を見る。
その数字は全て『1』と記されていた。
つまり今日中にコイツを倒さないと、呪いにかかったモンスターたちが死ぬ。
ーーーつまりは、フォグも死んでしまう。
そしてモンスターたちを助ける方法はひとつだけ、今ここでグラシルを殺すしかない。
しかしだ。どう考えても何の武装もしてない俺がグラシルを殺すのは難しいだろう。
だからと言って簡単に諦められなかった俺は、何か武器になるものはないかと自分の服を探ってしまう。そしてセシノから貰ったコートの内側を触っていたら、何か硬いものが入っているのに気がついたのだ。
……あれ、こんなの物いつのまに?
よく見るとコートの内ポケットには、見た事のない短刀が入っていた。
そしてその鞘には何か文字が彫ってあったのだ。
『何か困った時には、この短刀を使うがよい。マリーより』
その名前に俺は自然と目を瞑ってしまう。
いつもいつも俺の行動を見越して、全て準備をしてくれるマリー。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、一旦頭を切り替えグラシルの動きに集中する。
チャンスは、モンスターを薙ぎ倒すグラシルの隙をつくしかない。
そして、そのチャンスは今だ!
俺はグラシルがモンスターに足を取られたのを見逃さなかった。
体が傾いたグラシルの首元めがけて、俺は短刀を突き刺さす。
それは上手く行ったかのように見えた。
「あははは! 自分から死にに来てくれるなんて、嬉しいよ!」
確かにバランスを崩した筈なのに、グラシルは俺の攻撃を避けるとあり得ない角度から俺に向けて剣を振るう。
どうやらふらついた事自体が、俺を誘き寄せるためのフェイクだったのだと気がついた時には、もう手遅れだった。
避けるすべのない俺は、剣が俺の体にスローモーションで刺さっていく様をただ見ることしかできない。
「マスターーーーーー!!!」
その声と同時に、何かデカい塊が俺にぶつかったのがわかった。
突き飛ばされたのだと気がついたときには、俺は地面を転がり大きな岩にぶつかっていた。
しかもその衝撃で、少しの間意識を失ってしまったのだ。
いってぇ……。
一瞬だけど意識がとんだか? しかもこの痛み、どっかの骨が折れてるだろうな……だけど突き飛ばされたおかげで、どうやら刺されずにすんだみたいだ。
そう思いながらも、今がどう言う状況なのか確認したくて起き上がる。
そんな俺の目に入って来たのは、どう見ても全てが終わった後の光景だった。
「……どうしたら、こうなるんだよ?」
目の前には、押し寄せてきたレベル6のモンスターたちの屍がそこらじゅうに転がっていた。
しかし何故か『ユグドラシルの丘』のメンバーは俺の視界には見当たらない。
そして俺の目の前には俺を庇うように立っているフォグが、血まみれになって固まっていた。
よく見ると、その胸には剣が刺さってーーー。
「フォグ……フォグ!!」
そう叫んだ俺は、今すぐにでもフォグに駆け寄りたかった。
しかし体が痛くて思うように動けなくて、俺は再び地面に倒れてしまう。
くそっ……あの時、俺を突き飛ばして助けてくれたのはフォグだったんだ。
そして、モンスターの援軍をくれたのも……。
それなのに俺が馬鹿みたいに気絶している間に、一体何があったんだよ!
「フォグ! 頼む、返事をしてくれ……!」
しかし俺の願いは虚しく、剣を引き抜かれたフォグは目の前でゆっくりと傾きながら倒れていく。
そしてその隙間から、悪魔のようなあの男が首から血を流し、コチラを見てニコリと笑ったのだ。
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