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第五章 襲来に備える俺
144、団体客
しおりを挟む復讐の日がやってきた。
それなのに、どうしてこうも上手くいかない事だらけなのだろうか……。
今朝、気持ちよく起き上がった俺は作戦をすぐに遂行する為、アンナを出迎えようと早めに起きて宿屋の営業準備に取り掛かっていた。
設備のチェックやモンスターが近くまで来ていないかなど、客は来なくても細かい所まで確認する癖が俺にはついていた。
「とはいえ、誰も来ないんだけどなぁ……」
あの事件以降、この宿屋に客は全く来ていない。
物珍しい物を見に来るような一般客は、安全が確認出来るまできっと来ることはないだろう。
正直いってここ数日に限ってだが、アンナに集中したい俺としては客が来ないでくれるのは、大変ありがたい事だと思っていた。
「マスター」
準備が終わり、宿屋の中に戻ろうとした俺に声をかけたのは、いつのまにか俺の肩に乗っていたレッドだった。
「どうした、ダンジョン内で何か異変でもあったか?」
「俺様、さっき朝の散歩に空を飛んでたんだぞ。そしたらゲートから大量の人間が出てきたんだぞ」
「大量の人間、って事はだ……どっかのファミリーがここで大討伐でもするつもりなのか?」
「俺様は戦いとか面倒な事は嫌だから、暫く隠れる事にするつもりなんだぞ」
そういえばレッドは、ダラダラするのが目的で俺たちに着いてきてたんだよな……。
最近はずっと俺の肩にいるから、便利な乗り物みたいな扱いをしていた。
この際だし、暫くレッドにはしっかり休んでもらってもいいだろう。
「わかった。もしそいつらが宿屋に来たら、何が目的か探りをいれておくから、安心して休んできてくれ」
「……ありがとうだぞ、マスター。それじゃあ、俺様はもう行くんだぞ。あと、何かあった時の為に俺様の鱗を渡しておくんだぞ。これがあれば俺様と通信ができるから、俺様がすぐに駆けつける事ができるんだぞ。それと今日の夜は俺様の子分たちも手伝ってくれるらしいから、何かあればそいつらに言いつけてやって欲しいんだぞ」
「なに、ここまでしてもらってるんだ。手伝ってくれる奴らに文句なんて言えないさ」
そもそも、レッドはこのダンジョンのエリアリーダーでもなんでもない。だから俺にそこまで尽くす必要なんて全くないのだ。
何より怠け者のコイツが、ここまで準備をしてくれた事が俺は嬉しかった。
「マスター、またすぐ戻ってくるんだぞ。それまでにくたばるんじゃないんだぞ!」
そう言って、レッドはそのままのサイズで森の奥へと消えて行った。
小さいサイズのままなのは、今元のサイズに戻って冒険者の良い的にはなりたくなかったのだろう。
「はぁ……ついにレッドまでいなくなるとはな」
セシノに話したら、また寂しくなるって言いそうだよなぁ……。
そんな事を思いながら、今度こそ宿屋に戻ろうとした俺の耳にトラパラロードの方から、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきていた。
「はぁ……嫌な事は的中するもんだなぁ」
こんな日に限ってまさかの団体客が来るとは……本当、俺ってついてない星に生まれたのかもな。
そう思いながら、俺は団体客を迎え入れる為に宿屋を開店させようと、ドアを開いたのだった。
宿屋に来たのは、『ユグドラシルの丘』に所属する第一部隊のメンバー、つまり凄い強い奴らが勢揃いで宿屋に来たと言う事だった。
確か『ユグドラシルの丘』と言えば、東エリアだけではなく、国一番の大規模ファミリーであり、総勢150人以上が所属しているとか聞いた事がある。
その第一部隊には30人ほど冒険者がいて、誰を見てもエリート中のエリート、つまり全員がキングの素質を持っている奴らの集まりだとか……。
前にそんな話をセシノから聞いて、俺はひっくり返りそうになってしまったことがある。
「やあ、君がここの主人かい?」
そして、今気さくに俺に話しかけてるこの男こそが、『ユグドラシルの丘』のキングだった筈だ。
キングというからにはこの中で一番強いのだと思うのだけど、その見た目はだいぶ若く見える。
なんだろう、ほかのキングに比べてオーラが無いというか……黒髪黒目で小柄だし、わりと地味なせいでこの大部隊のキングをしてるとは全く思えなかった。
「そ、そうです。今日はどういったご用件で?」
「まずは自己紹介をさせてもらうよ、僕の名はグラシル。『ユグドラシルの丘』でキングをやらせてもらっているんだけど、僕たちは今日から10日ほどこのダンジョンにこもって、湖エリアのボスに挑もうと思っているんだ」
「ボスの討伐なんて凄いですね、もしかしてその間うちの宿屋で寝泊まりを?」
「そうしたい所なんだけど……少し人数が多くてね。その中で一部のものだけでも、この宿に泊めてもらえたらと思っているんだ」
今ここにいるのが一部ということは、一体何人の人間がこのダンジョンボックスに来たんだ?
「他の人たちは野宿って事ですか?」
「そうなるね。でも宿泊しなくとも、温泉や食事処は別料金で利用できると聞いているから、そこだけでも使わせて貰えると助かるよ」
「それは、構いませんが……」
その人数によっては、宿屋を切り盛りする俺たち従業員の数が圧倒的に足りなくなりそうだ……。
「もし従業員が足りないのだったら、一部の者たちを手伝いにまわしてもらっても構わない。僕たちは拠点としてここを使わせてもらいたいだけだからね」
「そこまで、仰るのでしたら……。ただ、今は他のお客様もいますのでその方の迷惑にならないのでしたら、拠点として使って頂いても構いません」
正直、今の俺にはこんな団体を相手にしてる暇はないので、その提案はとてもありがたい事だった。
「そう言ってもらえて、よかったよ」
「では、手伝いをしてもらう方にはこちらの従業員を後で1人つけますので、そちらから基本的な事を教えてもらって下さい」
「わかったよ。メンバーは、後で連れてくるとして……先にここの名物である温泉とやらに、案内して貰えるかな? ここだけの話だけどさ、実はそこが楽しみで来た所もあるんだよ」
「そうでしたか……そう言って貰えるなんて、うちとしても嬉しい限りですよ。ではさっそく温泉の方にご案内させて頂きますね」
俺が温泉に案内している間、グラシルさんは他のメンバーに先程の手伝いの件の伝言をお願いしているようだった。
コイツらが温泉から出た頃には、そのお手伝いにくる奴らも揃ってる頃だろう。
本当なら朝からアンナと接触したかったのに、この調子だと昼以降になりそうだと、俺はため息をついたのだった。
そして俺は今、温泉の施設について軽く説明をしていた。
ここには普通のお風呂にはない物が沢山ある。
変に触って怪我でもされたら困る為、宿屋に来る人たちには必ず最初に説明をしていた。
「……では次にですね、この瞬間乾燥装置についてですが……これは試しに乗ってもらうのが早いと思うので、グラシルさん少し良いですか?」
「ええ、もちろん。瞬間乾燥装置なんてそんな便利な物があるなら、僕も欲しくなってしまうね」
そんな軽口を叩きながら、グラシルさんは瞬間乾燥装置の魔法陣がある上に乗った筈だった。
「……あれ? 変ですね」
間違いなく上にのっている筈なのに、魔法が発動していない。
「変って……?」
「本来なら、この上にのるとすぐに魔法が発動する筈なんですが……」
そう言った次の瞬間、グラシルさんの後ろにずっと付き添っていた女性たちが、突然その装置に雪崩混んできたのだ。
「あ、あらごめんあそばせ~」
「後ろから押されて雪崩れちゃったみたいなの……ごめんなさい!」
「押したの誰よ~、痛かったんだけど!」
よく見たら、グラシルさんに付き添ってるのは女性ばかりで、今にも喧嘩が始まりそうだった。
困惑する俺をおいてそのうちの1人が、他の瞬間乾燥装置の上に乗っていた。
「わぁわぁ~。な、なんですかコレ~!」
「何よ、ちゃんと起動するじゃない」
「もしかして、コレが壊れてただけじゃないの?」
そう言うと、女性たちはグラシルさんを起こして俺に文句を言い始めたのだ。
「え、いや……そんな筈は……」
俺も試しに、先ほどグラシルさんが乗っていた瞬間乾燥装置の上に乗る。
「あれ、本当だ。動かないな……」
おかしい、今朝確認したときは動いていた筈だ。
「ほら、言った通りやっぱり壊れてるわ~」
「す、すみません。こちらは私の確認不足でした。ただ今は直せる者がいないので、こちらは使用不可と明記しておきますね……」
こうして俺は釈然としないまま、どうにか説明を終えたのだった。
温泉から立ち去るときに、沢山の女性に囲まれているグラシルさんを見て、少し羨ましいとか思ってしまったのは内緒である。
でも、なんだか説明だけでどっと疲れたな……。
そう思いながら俺は、トボトボと玄関ホールへと戻ろうとしていた。
そんな俺の耳に、今度は何やらザワザワとしている声が聞こえてきたのだ。
「……なんだ?」
そう思って玄関ホールへと出ると、セシノが誰かに抱きついているのが見えたのだ。
「久しぶりです! お元気でしたか?」
「セシノも、元気そうでよかったわ」
それは、かつてセシノがいたファミリー『黒翼の誓い』にいたメンバー、つまりはセシノの知り合いの冒険者がそこにはいたのだった。
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