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第五章 襲来に備える俺
140、アンナ襲来
しおりを挟む「あ、遊びに来てあげたわよ! 別に、あんたの為じゃないけど……!」
突然訪問してきたアンナは、ツンと顔を背けながらこう言い放った。
しかし俺は今、宿屋までの道である『トラパラロード』をセシノと直している最中だったので、何も反応出来ずにいた。
「なによ、せっかく来てあげたんだから何か言ったらどうなのよっ!?」
余りにも何も反応のない俺に怒ったのか、眉を吊り上げ抗議する姿は全くもって可愛げがなかった。
その姿に、コイツは本当に俺の事が好きなのかとセシノの方を見てしまう。しかしセシノは間違いないと自信があるのか、コクンと頷くだけだった。
仕方がなく、俺は恐る恐るアンナの顔をじっくり見る。どうやらアンナは怒ってるだけではなく照れているのか、チラチラとこちらを見る顔は少しだけ赤くなっていた。
これは……怒ってるから顔が赤いだけかもしれないし、よくわからないなぁ。
「ちょっと!」
「……あ、ああ。わるかったよ。この間少し宿の方で問題が起きてな……まだ完全に元通りになってなくてだな……」
そう言いながら、トラパラロードを改めて見る。
舗装と左右の植木まではなんとか準備出来たのだが、今は木を可愛く整えてくれたマリーがいないので、そこをどうしようかとセシノと話し合っていた所だった。
「嘘でしょ……」
アンナはセシノの話を聞いて可愛いが沢山あると思って来てくれた筈だ。
もし、可愛くないからすぐに帰るって言われたらどうすれば……!
俺の焦りを察知したセシノが、アンナに説明しようと口を開いた。
「あ、アンナさん。こ、これはですね……」
「こ、これよりも更に可愛い道になる予定なのっ!?」
「「……へ?」」
予想外の反応に、俺とセシノは同時に変な声をあげてしまう。
そんな唖然としてる俺たちを無視して、アンナはトラパラロードの可愛いところを語りながらウットリとしていた。
「この石畳なんて、ただの石を敷き詰めただけなんかじゃないわ。よく見るとウサギさんとか猫さんの顔の形をした石が偶に混ざってるのよ! それに植木鉢をよく見ると、ハート型とか星形とか拘って選んだのがわかる形をしてるのね……」
そう言われて、俺は初めてその事に気がつき驚いてしまう。
何故ならこの石畳みの石や植木鉢は、全てマリーが揃えてくれたものだったのだから……。
もしかして、マリーはいずれこうなる事までも予想していたんじゃ……いやいや、流石にそれは考えすぎだよなぁ?
そう思いながらセシノを見て俺は驚いてしまう。その瞳からは涙が溢れそうになっていたのだ。
きっとセシノも、俺と同じでマリーの事を思い出してしまったのだろう。
「セシノ、大丈夫か……?」
「あ……す、すみません。私、宿屋の方の準備をしてきますので……バンテットさんは準備が整うまでの間、アンナさんに宿屋周りの観光スポットの案内をしてあげてください……っ」
そう言って頭を下げたセシノは、目元を隠すように宿屋の方へと走り去ってしまったのだ。
それに驚いたのは俺よりもアンナのほうだった。
「なによ、セシノはどうしたってのよ!? べ、別に2人にして欲しいとか、そんなことを言ったつもりないんだけど……」
突然2人きりにされたからなのか、アンナは慌てながら変な事をぶつぶつと呟いている。
そんなアンナを見ながら俺は、以前とは違い2人きりでも落ち着いて話せている事に安堵していた。
……この調子なら作戦通り上手く出来そうだな。
そう思った俺は、アンナとの距離を縮める為に改めて自己紹介をする事にした。
「えっと、アンナだよな? まだ数回しか話してないけど、いつもセシノと仲良くしてくれてありがとな。俺の事も気軽にバンテットって呼んでくれよ」
「べ、別に……アンタに呼び捨てを許したつもりはないわよ。だけど、セシノにはよく助けてもらってるし、それに私もアンタのこと……バンテットって呼ぶから! と、特別に私のことをアンナって呼ぶのを許してあげてもいいわよっ!!」
凄い遠回しに呼び捨てを許可してくれたアンナの声は物凄く裏返っていた。そのせいで、イラッとする以前に笑えてしまう。
「ちょっと、なに笑ってるのよ!!」
おっと、どうやら声に出てしまったらしい。
「いや、悪かった。笑うつもりはなかったんだけどよ、必死で言ってるように聞こえてだな……」
「べ、別に必死なんかじゃ全然ないんだから!」
これ以上怒らせるのも面倒だから、適当にお世辞でも言って沈めるとするか……。
「いや、その姿が可愛く見えただけで悪い意味じゃないからな」
「な、なななーーーー!!」
俺の心のこもってないお世辞に、顔がトマトみたいに真っ赤になったアンナを見て、これはセシノの言う通り本当に脈アリなのかもしれない。なんて、今更そんな事を思う俺がいた。
それじゃあ、このまま押して押して完全に俺に落としてやるか。
ーーーここから、作戦開始だ!
こうして俺は、アンナを陥れる為の観光案内という名の『デートもどき作戦』を実行していた。
行く場所は、宿屋周辺にある湖と、フラワーアートを作った花畑。
そして最後には、俺を置き去りにした山エリア付近へと案内する予定である。
勿論、最後の場所は観光地でもなんでもない。
ただ俺がアンナの反応を確認したくて連れて行くだけであり、嫌がらせの意味も込めてこの場所を選んだだけだった。
そして今俺たちがいるのは、フラワーアートの残骸。
ではなく、その残骸をどうにか動物(ウサギのつもり)に見えるように並べ直した花畑だった。
「わぁ~! 綺麗なお花畑ね。ここにいると、ダンジョンボックス内にいるなんて事も忘れそうだわ」
「こんなに喜んで貰えるなら、頑張って作ったかいがあったな。それにこの花畑にはさらに秘密があってだな……」
「秘密って!?」
「気になるか? よし、あっちに少し高台があるからな。そこから見たら更に驚くと思うぞ」
そう言って俺はアンナに手を差し出してやる。
勿論、これも演技にほかならないがな。
「……っ」
「すぐそこだけどエスコートしてやるから、遠慮すんなよ」
胡散くならないよう明るい声で言うと、アンナは顔を赤らめながらもそっと俺の手を握ってくれた。
「あ、ありがと……」
「おう」
そんなアンナを見て、高台を目指しながら歩く俺は内心ガッツポーズをしてしまう。
確かセシノは、もし相手が触れる事を許してくれたのなら、それは心を開き始めている可能性が高いのだと、そう教えてくれた。
つまりだ、アンナは俺を信用し始めているとも言えるだろう。
「よし、ここからなら綺麗に見えるな。アンナ、後ろ見てみろよ」
「わ、わかったからそんないきなり振り向かないでよ!」
そう言いながら、慌ててクルリと花畑の方を見たアンナは感嘆の声をあげる。
「す、すごっ……!」
「どうだ、凄いだろ?」
「ええ! 私、こんなの初めて見たわ。お花畑が絵になっているのね!」
「ちなみにさ、アレなんの絵かわかるか?」
「ええ、わかるわ! アレはハートなんでしょ?」
……は、ウサギのつもりなんだが!?
そう口から出そうなのを我慢して、俺は次の仕掛けの準備をする事にした。
「あ、ああそうだ。でも、こんなにもアンナに喜んでもらえたなら、頑張って花の位置を調整した甲斐があったな」
「もしかして、私の為に作ってくれたの?」
「ああ、セシノにアンナが可愛い物が好きだと聞いていたからな。せっかくなら楽しんで欲しくて作ってみたんだ」
「そ、そうなんだ……!」
再び嬉しそうに花畑を見つめるアンナを見て、俺はさっき準備した一輪の花をアンナに差し出す。
「あと、コレ……さっきの花畑からアンナに似合いそうなの持ってきたんだけどさ、せっかくだし髪につけてもいいか?」
実際は花畑からではなく、俺の後ろに生えていた花を適当に選んだだけだったりする。
そして俺はこれを用意する為に、わざわざこの高台に花畑に咲いてる花と同じ種類の花を植えておいたのだ。
だからアンナは、この花が今取ったものだなんて思いもしないないだろうな。
「あ、ありがとう……」
そう言いながらアンナは少し恥ずかしそうに、髪を耳にかけていた。
これは、多分そこにつけてもいいという事なのだろう。そう思った俺はアンナの耳に花をかける。
そしてそのついでに、アンナの襟元にサッとマジックアイテムを取り付けた。
これは以前、マリーに作り方を教えてもらっていたセシノが俺にくれたものだ。
簡単に言えば発信機であり、俺が持っているもう一つのマジックアイテムからアンナの居場所がいつでもわかるようになっている。
もし今回つけるチャンスがあればつけた方がいいと、俺にアドバイスしてくれたのもセシノだった。
「ねぇ、もうつけ終わったのよね?」
「ああ、可愛くつけれたとおもうぞ」
「それなら……いつまで、人の顔をじっと見続けるのよ!」
「そう言われてもなぁ。いくら見たって特に減るもんでもないだろ?」
「へ、減るからダメよ!!」
そう言って慌てて後ろを向いたアンナの顔は見えなかったが、その耳は真っ赤になっていた。
よし。よくわからんが、セシノに言われた通り見つめ続けたら好感度が上がったらしい。
俺は再び心の中でガッツポーズをとってしまう。
こうして俺はいい雰囲気を演出しながら、ついにアンナを最後の場所へと案内する事にした。
ここからはアンナに何処へ行くか気付かれないよう細心の注意を払い、歩いている最中も俺の話術でなんとか上手く誘導していく。
その結果、俺はどうにかアンナを山エリアへと連れ出す事に成功したのだ。
「アンナ、ここが最後のスポット。山エリアにある鉱山地帯だ。ここには、怠け者の赤竜がいてだな、そいつを近くで眺める事ができるという、珍しい場所なんだ」
勿論、そんな観光地なんてものはない。
アンナを連れてくる為に俺が勝手に作ったスポットである。
一応アンナを信じ込ませる為にそのスポットにはレッドが待機しており、怠け竜役をして貰っているところだ。
「すぐそこだから、竜が怖くなければ近くまで行かないか?」
「…………」
「アンナ?」
無言になってしまったアンナの顔を見て俺は察した。
その顔は恐怖に歪み、身体は震え始めていたのだから……。
ーーーやはり、アンナはあの日の事を覚えてる。
そう確信した俺が、改めてアンナを見た瞬間。
アンナは突然発狂した。
「あ、あああ、ああぁあぁああぁぁ!!!!!」
「あ、アンナ!?」
それに驚いたのは俺の方だった。
アンナは突然俺の腕を振り解き、来た道を何かから逃げるように走り出したのだ。
「おい、何処行くんだ! アンナ!!?」
まさか、ここまでトラウマになっているなんて思いもしなかった俺は、その姿に舌打ちをする。
「クソ! ここでアンナがダンジョンから逃げ出したら本末転倒だ。急いでアンナを探さないと……」
そう思って俺は、先程アンナにつけた発信機の位置を確認するため、もう一つのマジックアイテムを取り出したのだった。
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