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第五章 襲来に備える俺
139、受け入れ難い事実
しおりを挟む一睡も眠れなかった……。
どうやらセシノからアンナの事を聞いた俺は、レッドを肩に乗せたまま森エリアを彷徨っていたようだ。
そして明け方ようやく正気に戻り宿屋へと帰って来る事が出来た俺は、ダンジョンの力により綺麗に改装前へと戻っている宿屋を見て、慌ててセシノの所へ向かったのだった。
この時間は、いつも食堂で朝の仕込みを手伝ってる筈だけど……今日は客もいないし、ここにいるわけないよなぁ?
そう思って覗いた厨房には、セシノがせっせと食事の準備をしている姿が見えて、俺はホッと胸を撫で下ろす。
そして安心したせいなのか、グツグツと煮込まれているスープが良い匂いだったせいなのか、気がつくと俺のお腹はぐ~っと鳴っていた。
「あ、バンさん!」
お腹の音で気付かれた事に少し恥ずかしく思いながらも、俺は何食わぬ顔をして厨房に入っていく。
「おはよう、セシノ」
「おはようございます。あの、昨日は大丈夫でしたか……?」
「あー……その、昨日はごめんな。まだ話してる最中だったのに、気がつけば森エリアをうろついててさ……しかも知らない間にレッドはいなくなるし、俺は一体何をしてるんだかなぁ……。それよりも、セシノは宿屋のリセットに巻き込まれたと思うんだけど、大丈夫だったのか?」
ダンジョンは翌朝にはリセットされる。
しかしその時間帯に宿屋にいなかった俺は、それを確認する事ができなかったのだ。
「えっと……一瞬宿屋の外に放り出されましたけど、それ以外は特に問題ありませんでしたよ」
「放り出された!? モンスターや、あの女の子も?」
「そうですね。幸いあの子の近くには私がいたので、なんとか私の部屋にもう一度運ぶ事ができましたよ」
セシノは簡単そうに言っているが、眠っている人を運ぶのは大変だった筈だ。
「すまん! 本当なら俺が運んでやれば良かったんだけどよ……」
「それなら大丈夫です。偶然近くにいたレインさんに手伝ってもらいましたから」
「そ、そうか。それならよかったよ」
「ただ、少し心配なのは……あの子、外に放り出されたのに全く起きる様子がないんですよね。それに……私、あの子の事を何処かで見たことがある気がするんです」
「そうなのか……? じゃあもしかしてさ、あの子ってセシノが探してる子とかだったりして……」
俺の言葉にセシノは一瞬ハッとした顔をした。
そしてすぐに記憶を辿ろうとしたのか、首を傾げ覚えている名前をあげていく。
「ウラ、サシガ、レータ……それとも他の子?」
「確か売られた子たちは奴隷になってるんだよな? それなら過酷な環境にいたせいで、見た目が結構変わっていてもおかしくないと思うんだよなぁ」
「確かに……バンさんの言う通りかもしれません」
「事実がどうであれ、とにかく今は目を覚ますのをゆっくり待つしかないな」
コクリと頷いたセシノは鍋をかき混ぜてはいるが、早くあの子の所へと行きたそうにソワソワしている。
だから俺が変わってやればいいのだけれど、俺にはどうしてもセシノに聞かなくてはならない事があった。
それは、昨日の話についてだ。
あんな中途半端に逃げ出してしまったせいで、事実かどうかもわからなくて余計に悩んでしまい、そのせいで更に無駄な時間を過ごしてしまったのだ。
俺は冷静になるため食堂の椅子に座り、一度深呼吸してからセシノに話しかける。
「……あのさ、話は変わるんだけどよ」
「はい、何でしょうか?」
「き、昨日の話ってのは……本当の事なのか?」
「………………あ」
セシノは一瞬何の話だろうかと首を傾げたが、すぐにそれに思い当たったのか少し眉を寄せ心配そうに俺を見た。
「あの、大丈夫ですか?」
「返答よりも先に心配されるとは……いや、昨日みたいに気が動転して逃げ出したりしないからさ、安心して話してくれ」
どうやらその言葉を信じてないのか、セシノは鍋の火を止めて俺の所まで来ると、何故か腕を掴んだのだ。
「えっと、これは……もしかして逃走防止用なのか?」
「はい、そうです」
「はぁ、俺には全く信用がないってことか……」
その言葉に少しムッとしたのか腕をギュッと強く握るセシノを見て、これは怒らせない方が良さそうだと俺は口を閉じる。
「もう、ちゃんと聞いてくださいよ」
「わ、わかったから……」
「それじゃあ、もう一度話しますよ……昨日話した事は、あれは全て事実です。アンナさんは本当にバンさんが好きなんです!」
「……………………ん?」
「だから、アンナさんはバンさんの事が好きなんですってば!」
「………………んんん?」
「だーかーらーーー!」
俺はそれを理解する為に、何度も何度もセシノの言葉を聞いた。
そして数十回目にして、ようやく俺の脳はそれを理解した。
しかし理解した瞬間、俺は嫌悪感に耐えきれず吐いていた。
「…………うっぷ……うぇ…………」
アンナが俺を好いているという事実を、俺の思考だけでなく体の全てが拒否したのだ。
「バンさん、大丈夫ですか!? すぐに片付けるので待ってて下さい!」
俺の腕を離したセシノは急いで雑巾とバケツを持って戻ってきた。
しかし俺は、その事実を受け止められるようになるまで、ひたすら吐き続けてしまったのだ。
最後の方は胃の中身が空っぽなのに、ゲェゲェと発作のように呼吸が上手くできなくなってしまい、セシノに心配をかけてしまった。
「バンさん、落ち着きましたか?」
「ああ……これでアンナの話を聞いても、もう大丈夫な筈だ。だからよ、アンナが……お、俺を好きだとかいう理由を、聞いてもいいか?」
どうにか言葉に出来るまでになってはいるが、俺は完全にその話を信じたわけじゃなかった。
だって俺をあれほど嫌っていたアンナが、俺を好きになるとか天変地異が起きない限りありえない。
それ以前にアイツの恋愛事情なんて聞きたくないし、ましてやそれが俺に関わる事だなんて考えたくもなかった……。
「落ち着いて、ゆっくりでいいので聞いてください。あれは、前にアンナさんに会ったときの話なんですけど……アンナさん、バンさんの話をする時とても嬉しそうに話してたんです。しかも明らかに顔が赤くなってましたし、私から見てもそれは恋をしてる女性の顔としか思えませんでした……」
「……え、それだけ? ただの見間違いとか、その時たまたま熱があっただけじゃ……」
「…………はぁ……これだから、鈍感な人は……」
溜息をついたセシノは、小声で何かを言いながら首を振っていた。
そして改めて俺に向かい合うと、更に詳しい説明をし始めたのだ。
「確かに、今のアンナさんは本当のバンさんに気づいていません。ですから正しくは、お面を被っている宿屋のバンテットという人物に、恋心を抱いているように見えました」
「うーん、そう言われてもなぁ。バンテットという人物像は俺の本来の姿を隠す為に作っただけで、最終的に俺である事には変わりないんだよなぁ……」
「確かにバンさんからしたらそうかもしれませんけど……何も知らないアンナさんからしてみたら、バンさんとバンテットさんは別人なんですよ。それにアンナさんが本当にバンテットさんを好きだとしたら……それこそアンナさんの心に、特大のダメージを与える絶好のチャンスになるかもしれません!」
そう言われてもと思いセシノを見るが、その山吹色の瞳は俺に嘘をついてるようには見えない。
「はぁ、まじでかぁ…………セシノは、本気でアイツが俺を好きだって思ってるんだな?」
「もちろん本気です! そうじゃなかったら、私は……」
そうブツブツと呟くセシノからは、何か嫌な殺気が溢れているような気がする。
やはり、アンナと会ったときに何かあったのだろうか?
しかし今のセシノの雰囲気はなんだか怖くて、一体何があったのか聞く事はできそうにない。
「わかったよ。あまり実感はないけどさ、俺はセシノの女の勘ってやつを信じるよ」
どうせ俺がバンだってわかれば、アンナにはちびって逃げるぐらいの衝撃があるだろうしな。そのうえ俺に惚れてんなら、そのショックはさらにでかくなる筈だ。
つまり、アンナが俺に惚れてた所で悪い事はないわけだ。
なんて前向きに捉え始めたからなのか、俺はすぐにアンナを陥れる為の罠を閃いてしまう。
でもこの方法はなぁ、正直いうと嫌だ……まず、俺の精神がもたない気がするし、他のを考えるか?
「うーん。いや、でもなぁ……」
「あの、バンさん。もしかして、何か閃いたのですか?」
「え……?」
いつのまにか嫌だと言う気持ちが声に出ていたらしく、セシノに気づかれてしまったようだ。
仕方ない。この際だから、セシノに相談してみるか……。
「まぁ、そうなんだけど少し悩んでてさ……よかったら今思いついた案について、セシノの感想を聞いてもいいか……?」
「寧ろ、私が気になるから聞きたいです」
「そ、そうか……。 じゃあもしもなんだけどさ、アンナが宿屋に来たときに俺がエスコートをして距離を縮めれば、アンナは俺にもっと気を許すと思うか?」
「つまり、デート作戦で完全に惚れさせるって事ですか?」
「で、デート!? いや、そんな大それた事ではないんだけどよ……」
「惚れさせれば惚れさせるほど、バンさんの正体を知った時のショックもそれはそれは大きくなると思います。だからその案、私はとても良いと思いますよ」
「そ、そうか……?」
でも、セシノよ。
本当にこの案が良いと思っているのなら、何故そんなにも真顔なんだ?
「……それに多分ですが、アンナさんは明日か明後日には来てしまうと思うので、今からやれるだけの飾り付けは皆でやった方がいいと思います」
「確かに、それは大事だな」
「……それと言い忘れてましたけど、フォグさんの事なんですが……フォグさんは暫く休養するそうで森エリアの奥の方へと行くそうです」
「え!? まだ、あれ以降何も話してもらってないのに??」
その事に驚いた俺は、つい立ち上がってしまう。
「その事でフォグさんからなんですが、これは自力で治すからバンさんには自分自身のことを優先させて欲しいって、そう言ってましたよ」
「……え、自力で治すだって?」
「ええ、そうです。……それに私も、フォグさんがそう言うのならきっと大丈夫なんだって思ってます。だからバンさん、今はアンナさんの事に集中しませんか?」
フォグの奴、後で話すって言ってたのに……それに自力で治せるならもっと早くからその事を言っていた筈だ。
きっと俺を心配させない為に嘘をついているに決まっている……。
そう思ってどうにかフォグに会う方法を考えたのだが、忙しさのあまりその後も俺がフォグに合う事はできなかった。
そして不思議なことに、今度来ると約束していた筈のマヨも何故かダンジョンに来ることはなかったのだ。
そして気がつけば襲撃から2日が過ぎ去ってしまい、今俺の目の前にはーーー。
既にアンナが、立っていた。
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