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第五章 襲来に備える俺
134、静かな森
しおりを挟む宿屋に帰るよりも前に確認したい事があった俺は、ゴロツキがいた付近まで戻ってきていた。
「マスター、ここで降ろしていいのか?」
「ああ、森がどうなったのか気になるしここでいい」
「わかったぞ! それとフォグは、降りれないならそのままでもいいんだぞ?」
「レッド、そこまで心配しなくていいぜ。俺は一人でも降りれるから、よっと!」
軽快に飛び降りたフォグは、もうふらつく様子もなくしっかりと立っていた。その姿に少しだけホッとした俺も、その後を追うようにレッドから飛び降りる。
そして俺は、すぐに森の様子が先程とは異る事に気がついたのだ。
「あれ、そういえばモンスターたちの暴走は?」
「それなら完全に収まったぜ? マスターも、『アレ』を見たらその理由が分かると思うから、案内してやるよ」
「いや、ちょっと待て! まだフォグは動かなくていいから!」
俺たちを案内しようとするフォグを引き止めようと、俺はモフモフの体を抱きしめて押さえつける。
「マスター、俺はもう大丈夫だぜ?」
「それでもまだ安静にしてないとダメだ。それにフォグは暴走が収まった要因を既に見てるんだろ?」
「ああ、そうだな」
「それならここはまだ見てない俺とレッドで行ってくるから、フォグはもう少しここで休んでろよ」
「……わかった。マスターがそう言うなら、悪いが俺は少し休ませてもらうぜ?」
そう言うフォグはまだ少し辛いのか、ゆっくりとその場に座っていた。
「ふふん! マスターの事は俺様に任せてフォグはゆっくりするんだぞ!」
「ああ。しっかり頼んだぜ。それで俺が見て欲しいのはあっちを真っ直ぐ行ってすぐの所だぜ」
こうして俺たちは、フォグの指差す方向へ進んでいた。
そしてフォグの言う『アレ』は、本当に割とすぐの場所にあったのだ。
「マスター、もしかしてフォグが言ってたのってアレじゃないのか?」
「あー、……成る程アレの事か」
そこには、俺が張ったままの結界があった。
「そのままにしてたの忘れてたけど、これがあると言う事は……」
「あのゴロツキたちがいる場所って事になるぞ!」
「それなら、奴らは何処に……?」
アイツらがいるにしては、余りにも静か過ぎておかしい。気絶してるだけならいいんだけどな……。
そう願いながら恐る恐る確認した俺は、ゴロツキの変わり果てた姿に驚いてしまったのだ。
「……!?」
「おいおい、これは酷いんだぞ!」
レッドがそう言うのも無理はない。
何故ならそこには、すでに白骨化している男たちの亡骸があったのだから……。
「一体どういう事だ? 俺はコイツらにトドメなんて刺してないし、何より死体がこんなすぐに白骨化するなんてあり得ないだろ」
「俺様もこんなの初めてで、ビックリだぞ!」
「うーん、レッドもわからないか……。それなら、アイツらが最初から死んでた可能性とかは……?」
「充分あると思うぞ」
コクンと頭を動かすレッドを見て、死体が動いていたかもしれない事に俺は血の気が引いていく。
あの謎のモヤに変な球体。
それは魔法や魔力でもなく、謎の術が使われているのは間違いないだろう。
でも俺はこんな不気味な術、見た事も聞いた事もなかった。
「……なあ、レッド。俺にはモンスターがどうやって人を識別してんのかしらないけどさ、今回はゴロツキたちが白骨化した事で、モンスター達が対象を認知できなくなったから暴走が止まったって事だよな……でも、そんな単純に暴走って収まるもんなのか?」
「うーん、普通に収まると思うぞ。だってランク4以下のモンスターはマスター以外の事を、動いてる個体としか識別してない筈だぞ。だから今回みたいに対象が完全に停止していたり、ダンジョンから消失したらモンスターが怒る必要はなくなるんだぞ」
「へー、そうなのか」
そういえば昔ファミリーにいた頃、モンスターから隠れるときは息を潜めて絶対に動くなと言われていたが、あれにはかなりの効果があったようだ。
「なにより、マリーを傷つけた奴は既にダンジョンにはいなかったし、あの暴走はもとからそんなに長続きしない筈なんだぞ」
「それならさ、もしも奴がまたこのダンジョンに来た場合、モンスターは暴走するのか?」
「いや、モンスターはそんな長い期間相手の事を覚えてられない奴が多いから、そうはならないと思うんだぞ」
つまりマリーを傷つけた男が再びダンジョンに現れたとしても、そいつが誰なのかわからないと言う事だ。
しかし屋敷を一撃で半壊させる程の強さなら、モンスターの群に襲われたとしても一瞬で倒してしまいそうだし、無駄に死ぬモンスターがいないのは逆によかったのかもしれない。
「とりあえずここはギルドの人が検証にくるまでそのままにしておく。でもこんなのどうやってギルドに報告したらいいんだろうなぁ……?」
俺は白骨になってしまったゴロツキたちをもう一度チラリと見て、深くため息をついてしまう。
「はぁ……。いや、今はコイツらよりフォグの方が心配だ。フォグは何かを知ってそうだったし、治す方法を早く聞かないとな」
「マスター、それなら宿屋までの道も俺様に乗った方が早いんだぞ!」
「ありがとな、レッド。それじゃあ一先ず、フォグの所に戻るとするか……」
こうして俺たちはフォグを回収し、セシノたちが待つ半壊の宿屋へと急いで戻る事にしたのだった。
宿屋の前には、何故かセシノが立っていた。
俺が心配でずっと待っていた訳じゃないよな?
でもあの騒ぎはここまで届いてた筈だから、セシノも心配になったのかもしれない。
そう思いながらレッドから飛び降りた俺の姿を見て、セシノが俺に駆け寄ろうとした。
「バンさん……えっ?」
しかしセシノは俺の横に着地したフォグの頭上を見たのか、その姿に驚いて立ち止まってしまったのだ。
そして再びこちらを見たセシノは、俺に何もついてないのを確認してホッとため息をつくと、少し震えるその口をゆっくりと開いたのだ。
「皆さん、お帰りなさい……ご無事で、なによりです」
「ただいま、セシノ。見たらわかると思うんだけどさ……フォグが俺を庇って無事じゃないんだ」
「それじゃあ、やはりその頭上の数字は……」
「おいおい、二人ともそんな顔すんなって。これはマスターを守った、俺の勲章だぜ!」
「いや、勲章って……何言ってんだよ」
フォグが何故そんなにも誇らしげなのかわからないが、俺にはそれが強がりで言ってるようにしか見えなかったのだ。
「何って、そのままの意味だぜ?」
「こっちは本気で心配してんのに……でも、助けてもらったのは本当に感謝してる」
「……あの私からも、いいですか? フォグさん、バンさんを守ってくださって本当にありがとうございます」
突然フォグに頭を下げ始めたセシノの姿に、驚いたのは俺の方だった。
「いや、なんでセシノが頭を下げるんだよ?」
「マスターの言う通りだぜ嬢ちゃん。俺は当たり前の事をしただけだから、そんな気にすんなって」
「でも、ごめんなさい! フォグさんには申し訳ないんですが……バンさんに何もなくて、本当に、本当に良かったと思ってしまって……」
「なぁ、嬢ちゃん。モンスターである俺に申し訳なく思う必要はねぇからよ、嬢ちゃんはマスターの事だけを心配してやってくれ」
「フォグさん、ごめんなさい。でも、バンさんが無事で本当に良かった……」
突然、瞳から大粒の涙を溢しはじめたセシノに勢いよく抱きつかれた俺は、その姿に少し戸惑ってしまう。
そして俺は、この浮いたままの手をどうするべきか少し悩み、セシノが少しでも安心できればとその頭を撫でる事にしたのだ。
だけど、セシノを見て本当に安心したのは俺の方だったのかもしれない。
俺は、今日の出来事が怖くて仕方がなかった。
だってあのフードの男は、ゴロツキがここに残ることも想定してあんな罠を張っていたかもしれないのだ。
そんな相手にどうやって立ち向かえばいいのか、俺には全くわからなかった。
だけど、俺はこのまま大人しく殺されるなんてごめんだ……。
それに、今の俺にはアンナの事だってあるのだ。
あともう少しであの女を地獄へと落とせるんだから、殺されるにしてもアンナへの復讐が終わってからにして欲しい……。
その為に俺がやらないといけない事は沢山あるのだけど、まずは皆と話しを共有するところからはじめないといけないようだ。
そう思いながら改めて半壊の宿屋を見た俺は、ため息をついたのだった。
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