上 下
131 / 168
第五章 襲来に備える俺

131、失われた力(フォグ視点)

しおりを挟む

 俺の声に釣られて、他の三体も同じ方向を見上げていた。

「なんすかあの紫色のモヤモヤは!? 魔法にしては禍々しいっすけど……」
「レインちゃん、違うわ~。あれは魔法なんかじゃないと思うのよ~?」
「え、魔法じゃないっすか? それならアレはマジでなんなんすか!?」
「うーん、何しらね~。私の探知能力で調べているのだけど、今のところあのモヤから魔力を感じられない事ぐらいしかわからないわぁ~」

 『魔力を感じられない』その言葉にハッとした俺は、すぐさまシロに聞き返していた。

「今の話が本当なら、あのモヤは魔法じゃねぇって事だよな?」
「ええ、それは間違いないわねぇ~」
「てことは、アレは……」
「だから、魔法じゃないならアレはなんすか!? 俺っちにもわかるように説明してくださいっす」

 モヤの正体をある程度予測できた俺たちとは違い、話についていけてないレインにこの曖昧な答えを何と説明すべきか俺は迷っていた。
 あまり時間はかけてられてねぇが、少し頭の弱いレインへ簡潔に説明するのも面倒くさくなってきたぜ……。もういっその事、説明すんのやめるか?
 そう思って俺はレインを無視しようとした。
 しかしそんな俺の態度に気がついたのか、今まで静かにモヤを見続けていたクロが俺の代わりに、レインへと補足をしてくれたのだ。

「レイン、仕方がないから我が教えてやろう。あのモヤが魔法ではない場合、考えられるのは妖術や呪術のような、という事だ」
「ええ!? あ、あれが噂でしか聞いたことない力ってヤツなんすか……本当にまだそんなのあるんすね!」

 レインが驚くのは無理もない。

 既に忘れられた魔法以外の力。
 それは人間の間でも既に使われていない力であり、このダンジョンでも古くから生き続けているモンスターしか知らない力だった。
 この俺だって長く生きてたわけじゃねぇから、今まで実物を見た事がなかったんだぜ。
 そして俺は昔、その事をマリーから詳しく聞いた事があった。


 ーーー遥か昔、この世界は魔力のない人間が半分を占めていた。
 その為に魔力だけではなく霊力や妖力、星力に聖力など様々なモノから力を得て術を行使する人々がいたそうだ。
 しかしいつしか魔力を持って生まれる事が当たり前となった人々は、魔力を上手く活用する事に重きを置き始め、魔法やスキルを発達させていった。
 しかしその結果、他の力は徐々に衰退してしまったらしい。
 今もその名残で残ってる力は聖力ぐらいだろう。


 こうして廃れていった力を、今も使う奴がいるなんて流石に思わねぇだろうが……。
 それにこのままだとマスターの命が危ねぇ。
 俺は最悪の事態を想定してしまい、今すぐにでもマスターの所へ駆け出したかった。
 しかしそんな俺に、モヤの観察を終わらせたシロが話しかけて来たのだ。

「フォグ、探知能力で完全にスキャンした結果だけど、わかったのはあれが呪炎という事だけだわ~」
「呪炎?」
「ええ、恨みを持った人間が苦しみながら放つ呪いの炎だったかしら?」
「ひぇっ! 苦しみながら誰かを呪うなんて……呪いは本当恐ろしいっすよぉ~」

 レインが恐怖でそう叫ぶのは仕方がない事だろう。俺だって呪いで痛い目を見た記憶があるのだ。それはシロとクロも同じなのか、少し嫌そうな顔をしていた。
 そしてこんなにも呪いが嫌われているのには理由かある。呪いと言うものには必ず代償が必要になるからだ。その為、加害者や被害者のどちらもただでは済まない事が多く、そんな力を自ら進んで使う人間は少なかった。
 だがしかし俺の知る力のなかで、唯一その代償を払わなくてもいい術があった。

「もしやアレは呪術ってヤツじゃねぇよな……?」
「んー、呪術ねぇ~」

 呪術とは魔法で行う呪いとは違い、代償を支払う代わりに何かの力を集める事で呪いを行使する力だと俺は聞いた事がある。
 そして俺には、そう思う根拠があった。

「こんな巨大な呪いを行使したのなら、術者が一人死ぬだけで足りるとは思えねぇ。呪術をつかえば複数人で行う呪いぐらい簡単にできるんじゃねぇのか?」

 しかし俺の意見に、前足を軽くあげ少し考えたシロは、軽く首を振りながら言ったのだ。

「確かに、あんな大規模な術を見たらそうとしか思えないわよねぇ? だからフォグの言う通り呪術の可能性は高いかもしれないわ。でもね、今のところ確実にはそうとは言い切れないのよ~。呪術を使わなくても呪炎を膨らませる事はできるし、なによりも呪いは効果の強さこそが全てなんだもの~。そんな訳で、私の力ではアレが何の力なのかハッキリとわからないの、ごめんなさいね~」
「え、そうなのか……。いや、アレが魔法じゃねぇとわかっただけで充分だぜ。どうせ失われた力について、対策取れる程の知識は俺たちにねぇんだからな」
「まあ、そうねぇ。それは間違いなくフォグの言う通りだわぁ」
「それに例えどんな力だとしてもアレが魔法じゃねぇのならよ、マスターの身に危険が迫ってる事に変わりはねぇからな……」

 マスターの結界は魔力を帯びた物しか防げない。
 つまり今のマスターは、自分の身を守る術が何もねぇって事になる。
 だから、今すぐにでもマスターを助けに行かねぇと……!

「確かにその通りだわ、マスターにとってこの状況は良くないわよね~。そうなるとフォグはマスターが心配って事かしらぁ~?」
「ああ、そう言う事だ。だから悪いんだが、俺はマスターの所へ今すぐにでも戻らせてもらうぜ?」
「え、兄貴!? 今から戻るって、あのモヤの中に突っ込むつもりっすか? どう考えても自殺行為っすよ?」
「そんな事はわかってんだぜ。それとな、いつも言ってるがレインは俺の心配よりも先にマスターの事を心配したらどうなんだ? それにお前らはこの後山エリアに避難するだけなんだ。だからよ、ここから先の事はレインに任せてもいいか?」
「で、でも……」

 不安そうに尻尾をショボンと垂らすレインを見て少し心配になったが、今の俺に意思を変えるつもりはない。なにより今の俺は、すぐにでも引き返したくて既にマスターの方向へと足を向けていた。
 レインを説得する時間なんて勿体ねぇ……もうコイツら置いて戻るか?
 そう思って、俺はすぐに走り出そうとした。しかしそんな俺に気がついたのか、シロが突然口を開いたのだ。

「フォグ、ちょっと待ちなさい。それからレインちゃん、今のフォグには何を言っても聞いてくれないと思うわよ~?」
「うぅ……わかってるっす、でも俺っちは無謀な事をしようとしてる兄貴の事が心配なんすよ。二人は違うんすか?」
「私たちだって勿論心配してるわよねぇ、クロ?」
「うむ。シロの言う通りその気持ちは我らとて同じだ。しかしレインよ、フォグはマスターの側近のような存在であり、ただのモンスターである我らとはその思いが異なるのだろう。だからお前がフォグの舎弟だと言うのなら、その気持ちを汲んだ方がいいのではないか? そしてマスターの身はフォグに任せて、我らは我らが出来る事をやればいい」

 クロの話を聞いていたレインは、シロとクロを交互に見てショボンと耳を前に倒していた。そしてコクリと頷いたと思ったら、すぐに俺の方へと向いたのだ。
 その顔は少しだけ寂しそうに見えたのだが、どうやらそれは俺の気のせいだったのか、そこにはいつもの明るいレインの姿しかなかった。

「うう……そうっすね。わかったっす! それなら兄貴は、マスターの事も自分の身も絶対に守ってくださいっすね!」
「………………あー、悪ぃが後は任せたぜ」

 俺はレインの言葉に上手く返事をする事が出来ずに、そのまま走り出していた。だってあそこに戻れば無傷に帰る事が出来ないのは、俺にもわかっていた事だからだ。
 それにもしレインに答えを返していたら、俺はあのモヤに恐怖を覚えてしまったかもしれない。しかし今からマスターを助けに行くこの俺が、ここで怖気付くわけにはいかなかった。

 だって俺は、あの時にマスターを助ける為なら命をかけてでも守ると決めたんじゃねぇか。
 だからこの体がなくなる事ぐらい、俺は怖くねぇぜ……!

 そう気合を入れ直した俺に、もう迷いや恐怖なんて物はない。だけどそんな俺の目には、無慈悲な事に紫色のモヤが更に広がっていくのが見えていた。
 くそっ。頼むからどうかまだ無事でいてくれよ、マスター!
 不安に後押された俺は、更に速度を上げていく。

 こうして俺はマスターの無事を祈りながら、そのモヤめがけてひたすら走り続けたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。 しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。 とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。 『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』 これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

異世界勇者のトラック無双。トラック運転手はトラックを得て最強へと至る(トラックが)

愛飢男
ファンタジー
最強の攻撃、それ即ち超硬度超質量の物体が超高速で激突する衝撃力である。 ってことは……大型トラックだよね。 21歳大型免許取り立ての久里井戸玲央、彼が仕事を終えて寝て起きたらそこは異世界だった。 勇者として召喚されたがファンタジーな異世界でトラック運転手は伝わらなかったようでやんわりと追放されてしまう。 追放勇者を拾ったのは隣国の聖女、これから久里井戸くんはどうなってしまうのでしょうか?

処理中です...