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第五章 襲来に備える俺

116、不満

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「これでワタクシが頼まれた話は以上ですわ」

 そう言って話を終えたマヨは、肩の力が抜けたのか机に突っ伏してた。

「はぁ、それにしても資料を届けに来ただけですのに、なんだか疲れてしまいましたわ」
「それは悪かったな、こんな場所までわざわざ来てもらってさ」
「そうですわよ、ダンジョンに入ってからここまでが遠くて……あっ、そうですわ!」

 途中で言葉を止めたマヨは、ハッと何かを思い出したのかガバっと起き上がった。

「忘れておりましたわ。ワタクシここに来るまでの景色で、言いたい事がありましたの!」
「け、景色……?」

 その言葉に俺は心拍数がドッと跳ね上がる。
 きっとマヨはダンジョンを弄った事について何か言うに違いない……。
 やはり突然地形を変えたのは不味かったか?

「バンテットさん、どうやったらこんな短期間であんな事になりますの?」
「え、えーと……それはだな」

 焦った俺は目を逸らしながら何か言い訳をしようと口を開く。
 それなのにマヨの予想外な答えのせいで、俺は何も言えなかったのだ。

「どうして可愛い物を作って起きながら、装飾品がないんですの!?」
「……え、怒るところはそこなのか?」
「そこ以外に一体何があるというのでして?」
「いやいや、こんなにもダンジョンが変わっていたらギルド職員として何か言う事はないのか?」
「ワタクシにとってダンジョンの地形が変わろうが、ここがダンジョンである事には変わりありませんわよ?」

 それはマヨの言う通りなんだけど……何故か俺にはしっくりこない。
 もしかすると、ギルド職員と冒険者ではダンジョンに来る頻度も理由も異なるから、ダンジョンへの認識そのものが違うのかもしれない。

「じゃあそれなら、マヨは一体何が不満なんだ?」
「そうですわね……入り口のトピアリーは確かに可愛いですわよ? ですがあれだけでは何か物足りないと、そう思いませんこと!?」
「いや、俺にはわからないなぁ……」
「バンテットさん、わからないと諦めてはいけませんわ!」

 机をドンっと叩いたマヨの圧が少し怖くて、俺はとりあえず頷いていた。

「いいですこと? あのトピアリーに足りない物、それは装飾品でしてよ! せっかくなら可愛いリボンやオーナメントを大量につければ、もっと良くなると思うのですわ」
「は、はあ……」

 そんなすごい剣幕で言われても、俺はアレで充分可愛いと思うんだけどな……?
 そう思って首を傾げてる俺に、マヨは満面の笑みで言ったのだ。

「と、言うわけで……買い出しですわ!」
「へ? 買い出しって、今から!?」
「もちろん、そうですわ!」
「いや、でも……」
「町は既にいつも通りですし、バンテットさんはそろそろダンジョンの外へ出ても大丈夫だと思いますわよ?」

 確かにマヨの話だと町はだいぶマシになったみたいだけど、今の俺が出るのは大丈夫だろうか……?
 お面を被ったまま外を歩いたりしたら、お面派を嫌ってる奴らに突然石を投げられるかもしれない。

「いやでもさ、俺はお面つけてるし……今の町ではこんな姿の奴は忌避されてるんじゃないのか?」
「言われてみれば、その通りですわね」

 それにお面派どうこうよりも、町には危険人物であるアンナがいるのだ。
 もしお面を外した状態で万が一、俺がアイツと鉢合わせでもしたら大変な事になるからな……。
 だから俺は、マヨの誘いを断ろうとした。

「そういう訳で、町へ行くのはやめようかと……」
「断るのはお待ち下さいまし! 実はワタクシ、今まさに最良の案を思いついたのですわ」
「いや、最良って……一応聞くけど、何を思いついたんだ?」
「バンテットさんは、一応その顔が隠れていれば何でも良いのですわよね?」
「まあ、そうだな……」

 確かに俺はこのお面じゃないと絶対に嫌というわけではない……だけど凄く楽しそうなマヨの姿に、なんだか嫌な予感がするのは何故だろう?
 少し不安になってきた俺は、マヨが次に発する言葉に身構えた。

「それでしたら、今回だけは仮面の貴人になりませんこと?」
「か、仮面の貴人……!?」

 名前から絶対に遠慮したい。
 だけど俺がマヨの押しに勝てるわけないと、すぐに諦めた俺は楽しそうなマヨを見た。

「実はワタクシ、貴人セットをお兄様の部屋で見た事がありますの。ですので町に出たら先にワタクシの家に向かいますわよ」
「いや……俺が家に行って大丈夫なのか?」
「その事でしたら、問題ありませんわ! ですがワタクシの家に着くまではその姿ですので、少しでも誤魔化す為の変身セットを探しますわよ!」
「え、えーっと……それなら、セシノがやってるお土産屋さんに変わった服とかあるから少し見て行くか?」
「まあ、お土産屋さんですの!?」

 マヨの瞳が一瞬キランと輝いた。
 そう思った瞬間、マヨは俺の前へと移動したのだ。
 そして俺の手を掴むと興奮気味に言った。

「ワタクシお土産屋さんって大好きですの! 早くそこへと案内して貰えますかしら?」
「わ、わかったけど……とりあえず手を離してくれるか?」
「あら? ワタクシとした事が、淑女としてはしたない事をしてしまいましたわ……ふふっ」

 俺からスッと離れたマヨは本物の淑女のように微笑んだ。
 その姿に育ちの良さを感じた俺は、マヨが本当に貴族令嬢なのではないかと思ってしまったのだ。
 そのせいで俺はマヨの家に行く事に不安を感じ始めていたのだった。


 その後、マヨに急かされた俺はトラパラのお土産屋へと来ていた。
 しかし表に出られない俺は、マヨとセシノが話しているのを裏から聞く事しか出来なくて、なんだか不審者の気分だった。
 
「マヨさん、この頭飾りはどうでしょうか?」
「それでは部族の人みたいで逆に目立ってしまいますわ。それよりもこちらの可愛いマスクはどうかしら?」
「ちょっとバンテットさんには可愛いすぎるような……」

 その話に、二人が一体俺にどんな格好をさせるつもりなのかと、俺は身震いしてしまったのだ。
 しかし何とか決まった格好は、思ったよりも普通だった。

「バンテットさん、二人で決めた変装はどうですの?」
「いや、思ったよりましでよかったよ」

 今、俺はフードのついたローブにそのままお面を被っていた。
 凄い普通過ぎて、逆に変装になってるのか心配なんだけど……?

「バンテットさん、気がつきまして? ローブには狼の耳がついていて可愛いのですわ」
「え? これ普通のローブじゃないのか」
「ここはお土産屋ですからね。やっぱりトラパラの象徴は狼ですので、狼グッズは沢山の用意してあります!」

 いやいや、流石に俺の歳で耳ありフードはキツいものがあるだろ……。

「……今からチェンジは駄目なのか?」
「ダメに決まってますわ! それにコレなら狼のお面を被っていても、ただの狼愛好家にしか見えませんわよね?」
「そうですね。それとフードは狼の仮面と似合うと思って私が選んだのですけど、想像以上に合っててよかったです!」

 凄くキラキラした瞳で俺を見てくるセシノに、このフードが嫌とか言える訳がなかった。
 それにこれはマヨの家までの辛抱だから、そう思った俺はこのまま町に行く事を決めたのだ。
 そして俺たちの話を聞いていたセシノも、町へ行く事になった。

「私はアンナさんを誘う為、別行動しますね」
「そっか……それなら俺もアンナを誘き寄せる為の装飾品、頑張って持って帰るよ」
「はい、帰りに合流するまでは落とさないで下さいね」
「ああ、任せろ!」

 こうしてニカっと笑い合った俺たちは、久しぶりに町へと繰り出したのだった。
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