112 / 168
第五章 襲来に備える俺
112、セシノのスキル
しおりを挟むあの日、宿屋に泊まりに来た人は俺に言った。
「貴方が、お面の英雄バンテット様ですか?」
俺は初め何を言われているのかわからなくて、その時は何も返す事は出来なかった。
だけどその後も同じ事を聞いてくる人が何人もいた為、どういう事なのかと俺は確認してみたのだ。
「なんか今日は俺の事をそう聞いてくる人が多いんですけど、町の方で何かあったんですか?」
「いや、実はここにいるバンテットと名乗る男性が『真のお面の英雄』らしくてね。今、町ではその噂で持ちきりなんだよ。なんでもこの前の勇者派とお面派の争いも、彼一人で止めたとか……だから私もその人物を一目見ようとここまで来たわけなんだ」
そう興奮気味に話す男に、俺は内心驚いていた。
確かに争いを止める為に頑張ったけど、それは俺一人の力じゃない。だからそんな噂が流れている事が俺には信じられなかったのだ。
なにより、俺がお面の英雄なんて笑えない冗談はやめてほしい。
「えっと、お面の英雄ってお面派のリーダーの事じゃなかったですか?」
「実はね、それは偽物だったらしいんだよ」
「……偽物?」
「噂だと彼は派閥を作る為の工作員だったとか、英雄願望者だとか色々言われているけど、まだその男は捕まってないからね。そこら辺の詳しい事はわかってないらしいんだよ」
「そうですか、まだ捕まってないんですね……」
その事に少しガッカリしながらも、俺はお面派のリーダーを思い出す。
その顔はお面で見る事は出来なかったが、確かに英雄と言われる程のオーラは感じられなかった。
だからそいつが偽物だという予感はしていたけど、その代わりに俺がお面の英雄扱いされるのは意味がわからない……。
「それで、君はそのバンテットではないのかい?」
そして最後にその客も、やはり同じ事を言ったのだ。
だから俺は動揺を悟られないように考えていた。
もしこの客のようにその話を信じている人たちが宿屋に押し寄せたら、きっと混乱がおきる。
だから俺が今ここでバンテットだと認めるわけにはいかない。そう思って首を振ったのだった。
そんな訳で、数日前から俺は宿屋の客から逃げるようにモンスター牧場に来ていた。
そして今はセシノと一緒に、朝からトレーニングをしているところだったのだ。
「よいかセシノ。せっかくマスターと一緒に訓練するのじゃから、成果を見せて驚かせてやるのじゃ」
「はい、マリーさん」
俺は気合の入ったセシノが何をするのかと、のんびり様子を見ていた。
セシノはまだ慣れない手つきで指を踊らせると、魔法陣を描き始めたようだった。
「ここをこうして……これでよし。それでは『ブラックボックス』を召喚します!」
そう叫んだ瞬間、セシノの頭上には人が一人入りそうな黒い立方体が出現したのだ。
「対象に座標を定めて針を射出して下さい」
ブラックボックスと呼ばれた立方体はセシノの指示に合わせて角を少し開くと、真っ黒な針を俺めがけて飛ばしてきたのだ。
「おお、なんかよくわからないけど凄いな!」
俺は余裕で結界を張ると、向かってくる針を呑気に観察していた。そして思った通り針は俺の結界を超える事はできなかった。
だけど針は俺の予想とは違い、結界に触れるとバチッと黒いモヤを飛び散らせて地面に落ちていったのだ。
つまりその針は魔法で作られた物じゃなくて、本物の可能性があるのか……?
そう疑問に思いながらも、俺はセシノの攻撃を簡単に防いでしまった事に対して、これで良かったのかと不安になってしまいマリーを見たのだ。
しかしそこには嬉しそうにセシノへ抱きつくマリーの姿があって、俺はホッとしたのだった。
「セシノ、よく頑張ったのじゃ。ワシはセシノがこんなにも早く習得出来るとは思っていなかったのじゃぞ!」
「いえいえ、これは根気よく教えて下さったマリーさんのおかげです」
セシノはマリーを体から離すと、その手を取って頭を下げたのだ。
そんな二人はとても微笑ましい。
だけど俺は、完全に置いてけぼりになっていた。
「えーっと、喜びあってる所悪いんだけど聞いてもいいか?」
「は、はい。なんですか?」
「セシノはいつの間にこんな魔法を覚えたんだ? 俺、全く知らなかったんだけど……」
「そ、それは……」
マリーの手を離したセシノは俺を見ると何かを言おうとした。
だけどそれを遮るように、マリーがドヤ顔で言ったのだ。
「それは知らなくて当然じゃ。セシノはマスターと違って大真面目じゃから、毎日コッソリ特訓をしておったのじゃよ。それでいつかマスターを驚かせたいと言っておったのじゃ」
「ま、マリーさん!? そこまでは言わなくてもいいですから!」
「何故じゃ! せっかく頑張った結果なのじゃから、もっと自慢をしてもいいと思うのじゃ」
「で、でも……!」
どうやらセシノは密かに特訓していた事を知られたくなかったようで、恥ずかしかったのかその顔は真っ赤になっていた。
俺からしたら、こんなに成果が出ているのだから恥ずかしがらなくても良いのに……そう思ってしまったのだ。
「確かに魔法の才能がないって言ってたセシノが、魔法を使えるようになったのは凄いな。でも一つだけ気になってるんだけど、そのブラックボックスって一体なんなんだ?」
「えっと、それは……」
どう言うべきか悩んでいるセシノは、答えを縋るようにマリーを見た。
「仕方がないのぅ、セシノの代わりにワシが説明するのじゃ。実はこの魔法、魔法陣でセシノのスキルを無理矢理顕現させる事で成り立っておるのじゃ」
「スキルの顕現?」
「そうじゃ、その説明をする前にセシノが持つ本当のスキルについて話さないといけないのぅ」
「本当のスキルって……セシノは収納魔法付きのカバンを作れるスキルなんじゃないのか?」
「それは実のところ、半分間違いじゃ」
……半分ってなんだ?
そういえばセシノがここに来たばかりの頃、マリーにステータスが気にならないかと聞かれた事がある。
もしかしたらその時既に、マリーはセシノのスキルを把握していた可能性があるわけだ……。
「それなら本当のスキルって……?」
「うむ。セシノのスキルは、このブラックボックス……いや収納ボックスがスキルの本体と言えるじゃろう」
「収納ボックスが本体?」
「そうじゃ、今までそのスキルはカバンを通してでしか使えなかったじゃろ? そのせいでセシノは、収納魔法のついたカバンを作れるスキルだと勘違いしていたようなんじゃ」
確かにそれなら、セシノが作った収納カバンの容量が少なかったり、セシノ以外使えなかったりするのも納得が出来る。
だってそのカバンは、本当にただのカバンだったのだから……。
「つまりセシノは新しい収納カバンを生み出していたわけじゃなくて、毎回同じ収納ボックスにアクセスしていただけということか……」
「うむ、その通りじゃ!」
マリーの話に納得していると、セシノは顔を赤らめながら俺に言った。
「あ、あの……。私もスキルについて今更詳しく知ったのが恥ずかしくて……だから何も言わないで下さい」
「いやいや、それでも十分凄いって! 自分の収納ボックスを常に持ってるなんて、俺からしたら凄く羨ましいんだからな」
「そうかもしれませんけど……過去の発言を思い出すと、恥ずかしくて恥ずかしくて……!」
セシノはそう言いながら、手で完全に顔を覆ってしまった。
だからこれ以上刺激しない方がいいと思った俺は、頭上に浮かぶブラックボックスを見ながら話題を変える事にしたのだ。
0
お気に入りに追加
640
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
冥界帰りの劣等冒険者 ~冥界の女王に気に入られた僕は死神の力を手に入れました。さっそくですが僕を裏切った悪い魂を刈り取りに行きます~
日之影ソラ
ファンタジー
傷ついたフクロウを助けた心優しい冒険者ウェズ。
他人の魂が見える『霊視』というスキルしか持たず、これといった才能もないウェズは、パーティー内で雑用係を務めていた。
パーティー内では落ちこぼれと罵られ、散々な扱いを受けつつも、一人では冒険者としてやっていけないことを理解し、仲間からの罵声に耐える日々を送る。
ある日、新しく発見されたダンジョンに潜った一行は、まだ誰も見つけていない隠し通路を見つける。一気に最下層までたどり着き、お宝の山に興奮する一行だったが、宝を守る強力なモンスターに襲われ絶体絶命のピンチに陥った。
仲間に脅される形で囮になったウェズは、そのまま見捨てられ、モンスターの前に置き去りにされてしまう。
死を覚悟した彼を救ったのは、冥界から来た死神の少女イルカルラだった。
彼女に連れられ冥界にやってきたウェズは、自分に死神の才能があると知り、冥王から力を授かって死神代行となる。
罪人の魂は赤い。
赤い魂は地獄へ落ちる。
自分を裏切った彼らの魂が、赤く染まる光景を思い出したウェズ。
さて、お仕事を始めようか?
赤い罪人の魂を刈り取りにいくとしよう。
小説家になろうにて先行連載中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる