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第一章 宿屋をやると決意する俺
25、宿屋をやりましょう
しおりを挟むダンジョンに宿屋???
未知の発言に数分固まった俺は、セシノが提案したその理由を聞いてしまう。
「えっと、なんで宿屋?」
「いえ、別に宿屋じゃなくても武器屋でも道具屋でも何でもいいんです。このダンジョンに他の魅力を付け足すのが大事なんですから」
「魅力って……」
「8年も待ち人は来なかったというなら、今と同じ環境ではもう二度このダンジョンに来ないかもしれない訳ですよ。だからここを観光地にするぐらいの気持ちがあってもいいかもしれません」
何となくセシノが言いたい事がわかってきたぞ。
セシノはこのダンジョンの付加価値を上げる事で、今までこのダンジョンを避けていた冒険者、ましてや一般層さえも取り込もうと考えた訳だ。
そうすれば、もしアンナが冒険者を辞めていても、冒険者を続けていたとしても訪れる可能性が増えるという事だ。
「流石セシノは宿屋の娘なだけあって、客を集めるためにはどうするか的な発想をするんだな……今までアイツが来たらどうするかしか考えてなかった俺とは全く違う」
「いえ、バンさんの考えが間違いだとは思いませんよ。だって8年もその相手の事を考えて生まれた作戦で、私は助けて貰ったんです……だから、その人を誘き寄せるために一緒に頑張りましょう!」
「せ、セシノ……なんて優しいんだ」
もし子供が出来たらこんな優しい子が欲しい!!
そう切に願う程、俺は感激していた。
「マスター、馬鹿みたいに頬が緩んでいて気持ち悪いのじゃ」
「気持ち悪いは要らないだろうが!」
「そんな事よりも、その案を採用するのじゃったら何をやるのか決めなくてはならんのじゃぞ?」
正直ダンジョンで勝手に商売を始めて良いのかさえもわからないが、やってみて怒られたら他の方法を考える事にしよう。
「うーん、そうだなぁ。俺は宿屋でいいと思ってるけど、せっかく外に出るんだから町を見回りながら決める事にしないか?」
「いいですね。私も少し買い物をしたかったので丁度よかったです」
「ついでにマスターの服も新調するのはどうじゃ?」
「いや、俺は別に……」
「そ、そうですよね。商売人になるのでしたらもっと流行に合わせた服を着ましょうよ!」
目をキラキラさせて言ってくるセシノのパワーに、俺は拒否なんてできる訳がなく……。
「う……わかった。俺もあんまりお金がないから程々にな」
「はい!」
元気に返事をしたセシノは楽しそうに微笑むと、目の前の料理を見て今度は青ざめたのだった。
「あぁっ! つい話すのに夢中でご飯の事忘れてました……お腹すいてましたよね、ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫、セシノの料理はゆっくり堪能させて貰うから」
「はい、どうぞ。召し上がれ」
俺はセシノが作ってくれた料理をフォークで食べる。
まずはコロッケからだと、その丸いフォルムを噛むと衣がサクリと音を立てた。
「む……」
「ど、どうですか?」
「これ凄く美味しいよ、セシノ! 冷めてるのにこんなに衣がサクサクなんて、どうやって作ったんだ?」
「ふふ、宿屋でご飯の手伝い歴は長いですからね。企業秘密ですよ」
「そうか、それなら仕方がないな」
でも、もし本当に宿屋を開業するならセシノにはそのまま料理を作って貰うのもいいかもしれない。
いや、看板娘も捨てがたいけど……変な虫がつくのも嫌だしな。
うんうんと突然悩み出した俺の思考を、セシノの声が引き戻してくれた。
「ば、バンさん。どうしました? 何か味がおかしかったですか……?」
「いや、凄く美味しいよ。でもセシノがこんなに料理が上手いならさ、ご飯屋も出来そうだよなーって思ってさ」
「……バンさん」
「なんじゃ、マスターはもうセシノを頭数に入れて何をやるか考えておるのじゃな」
くくく。と笑うマリーに指摘されて、そういえばまだセシノはここに残るのが確定じゃない事を思い出し、恥ずかしくなってしまう。
「べ、別に考えるだけなら良いだろ? これでセシノがここに残れなくても、俺一人でやれる事を探すだけだからな」
俺は誤魔化すように、今度はじゃがいもとチーズの肉巻きを口に含んだ。
チーズとお肉の旨味がじゃがいもに合ってて美味しい……。
そして食べれば食べるほど不思議に思っていた事があった。
「それにしても俺の家の調理器具と材料じゃ、こんなご飯作れないはずなんだけど……」
「さっきも言いましたけど、材料の一部はマリーさんが買って来て下さった物です。それと調理器具なんですけど、これは私のポーチに少し入っていたので……。私ってファミリーではよくシェイラさんと一緒に料理番を任されていたんです」
「シェイラさん?」
って、確かあの『黒翼の誓い』にいた魔女のお姉さんにパシリにされてた子の事だよな?
「あ、シェイラさんって言うのは私と同じような理由で、あのファミリーに入った2つ上の女性なんですけど……」
「それって前にセシノが心配だって言ってた子でいいのかな?」
「そ、そうです。最後に見たのがあれだったので、シェイラさんに何も無いといいのですけど……って話がそれちゃいましたね、すみません」
「いやいや、俺も気になるから町に出たときにはついでに探してみよう」
「はい、そうですね!」
こうして俺たちは、明日の予定を組み立てながら美味しいご飯を食べ終えた。
デザートとして食べたバースーバイシューなる物は、周りの飴が芋に絡んでいてとても甘くて美味しかった。
だから俺は、また作ってくれとセシノに頼んでしまったのだ。
「作るのは良いですよ。でも私は今度、バンさんの郷土料理が食べたいです」
なんて交換条件を出されてしまったので、もしセシノがこのダンジョンに住む事になったときには、目一杯ご馳走を作ってやりたい。
こうして牧場脱走事件も幕を閉じ、俺たちは明日に備えて俺の家に帰る事にした。
セシノに自室のベッドを貸してるせいで、ダイニングの床で寝ている俺は思った。
こうなったらダンジョンリフォームをフル活用して、大っきな宿屋でも建ててセシノを喜ばせてやろう。
なんて親気分でウキウキしていたら、その日はすぐに寝りに落ちていた。
しかしこのときの俺は、明日セシノの両親に会う事をよく考えていなかった。
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