上 下
15 / 21
本編

15.私の想い

しおりを挟む
「……ん」

 ベッドの中で目を覚ましたわたくしは、気怠い体を起こした。そして窓から見える茜色に染まる空を仰ぐ。

 もう夕方なのね……。

 思わず溜息が出た。
 今日は……朝早くお兄様たちがやって来て、それから……アウルスからとても驚く告白を受けた。彼が、初代国王の血を色濃く受け継ぎ、人よりも魔族に近いということを……。

 わたくしはベッドから立ち上がり、窓のほうに寄る。そして初代国王を祀ってある大神殿の方角へと視線を向けた。


 …………わたくしたち、ずっと一緒だったじゃない。
 そう。幼い頃よりずっと一緒だった。だから知っている。グイスカルド家の前当主であるアウルスのお父様は間違いなく人であったはずだ。
 でも……今の今までアウルスのことも普通の人だと思っていたのだから……わたくしが何も知らないだけなのかもしれない。

 けれど、アウルスは稀に現れる……と言った。ということは、もしかするとアウルスのお父様には魔族の血や力は顕現していないのかもしれない。


「…………アウルスのご両親は知っているのかしら?」

 ポツリと呟く。だけれど、返事が返ってくることはない。当たり前だ。この部屋にはわたくし一人しかいないのだから。
 ……もしもグイスカルド家においてもその力や血が現れることが限定的にしか伝わっていないとして、アウルスはそれをご両親に伝えることができていなかったとしたら?

 そう思うと、わたくしはアウルスが打ち明けてくれた本当の姿について、もっとちゃんと向き合うべきだったのではないかと強く反省した……。
 アウルスがわたくしを魔力で縛っていると言ったり、突然蛇を出すから驚いてしまって……つい混乱して怒ってしまったけれど……、それってとてもよくないことだったと思う……。わたくしの態度は、秘密を打ち明けてくれた彼に真摯ではなかった。


「アウルスはどう思ったかしら?」

 拒絶されたと思ったかもしれない。
 打ち明けてくれたアウルスの心を思うと、胸が苦しくなってきて、わたくしは胸元をギュッと掴んだ。

 彼はもしかしたらずっと一人で抱え込んで悩んでいたのかもしれない。


「せっかく話してくれたのに、わたくしったら……」

 アウルスはあの蛇も体の一部だと言った……ということは蛇も彼だということだ。

 …………蛇、苦手だけれど……アウルスの一部なら受け入れてあげたいと思う。頑張りたいと思う。
 わたくしは胸の前で両方の手を握り込み拳をつくる。そして、次は取り乱したりせずに彼と向き合おうと心に決めた。


「起きたのか……トゥッリア」

 わたくしが決意を固めていると、アウルスが軽くノックをして部屋へと入ってくる。
 その彼の声に振り返ると、彼はわたくしに「冷えるぞ」と言って羽織ものを掛けてくれた。

 わたくしの肩にある彼の手に自分の手を重ねる。


「アウルス……さっきはごめんなさい。せっかく話してくれたのに驚いてしまって……。わたくし、不誠実だったわよね」
「そのことは別によい。あんな話をされれば、誰しも驚くし信じ難いと思うのが当然だ」
「ち、違うわ。確かに驚いたけれど、信じていないわけではないの。ただ蛇が苦手なの! で、でも、アウルスがたくさん悩んで貴方の力と本当の姿について、わたくしに打ち明けてくれたその想いを、わたくしも受け入れたいと思うわ。だから、貴方の蛇ならわたくし大丈夫よ! ちゃんと好きになれるわ」
「トゥッリア、無理をするな……。私は、其方のその気持ちだけで充分嬉しい……だから焦らずともよい」


 アウルスの言葉に首を横に振る。

 焦ってなんていない。わたくしたち、幼い頃からずっと一緒だったのよ。そんなこと・・・・・を受け入れられないような関係じゃないと分かって欲しい。

 それにアウルスはいつでも……どんな時でもわたくしが困っていたら助けてくれた。ストラーノ王国でのことだってそうだ。
 ……ずっと魔法で見ていたからかもしれないけれど……それでもわたくしはあの時貴方が助けに来てくれて嬉しかった。


「わたくし……あの時、貴方が来てくれなかったら、もう此処にはいないわ。きっと死んでいたから……」
「トゥッリア……」
「だから、わたくしも貴方を助けられる人になりたいの。貴方の理解者になりたいのよ……。そ、それに、わたくしたちは家族も同然なのよ。幼い頃からずっと側にいたじゃないの。貴方が何であれ、わたくしは逃げたりなんてしないわ」

 そう言って、彼にギュッと抱きつくと、彼もわたくしを力強く抱きしめてくれる。そして、小さな声で「ありがとう」と言った。
 その声に顔を上げると、彼はとても切なそうな……泣きそうな顔でわたくしを見つめてくる。


「まさかそのように言ってもらえるとは思っていなかった……。トゥッリアは私が魔力で縛ったことを怒っていただろう? だから私は……」
「それに関してはもちろん怒っているわ」
「…………」

 アウルスの言葉を遮るように認めると、彼は一瞬固まる。そしてとても拗ねたような目でわたくしを見つめてきた。

 そんな目をしてもダメよ。アウルスの本当の姿を受け入れたいと思うことと、わたくしを縛っている件については別物だ。目に見えるとか見えないとかの問題ではなく、人は縛ってはいけないのよ。


「アウルス……。わたくしは何があっても逃げないわ。絶対に逃げない。たとえ、貴方が魔族でも。初代国王と同じ蛇がいっぱい巻きついた獅子でも逃げたりしないわ。わたくしは……そんな表面上のことより貴方の内面を大切にしたいの。幼い頃から共に過ごした時間を大切にしたいのよ。だから、縛る必要なんてないわ」

 ……男性として意識し始めたのはつい最近だけれど、貴方は最初から家族みたいなものだから、家族としての愛情や絆は確かにある。それは揺るぎないものだ。簡単に壊れたりしない。少なくとも、わたくしはそう思っている。

 覚悟を決めたとても強い視線でアウルスを見つめると、彼は揺れた目でわたくしを見つめ返す。


「ねぇ、アウルス。何度も言うけれど、わたくしは貴方がわたくしを想ってした行き過ぎた行為の数々について逃げたりすることはないわ。もちろん怒ることは、これから先もあるでしょうけど……」
「トゥッリア……」
「確かにわたくしは一度差し出してくれた貴方の手や想いから背を向け、ほかのひとを選んだわ。でも、今のわたくしは貴方と共に生きたいと思っているのよ。貴方の手を取り添い遂げたいと思ったの。その気持ちに嘘はないわ。それとも、わたくしのような他のひとに心を移したことのある女の言葉なんて信じられないかしら?」
「そんなことはない!」

 わたくしの言葉に、アウルスがブンブンと首を横に振る。

「ならば、わたくしのことを信じて頂戴。貴方は、己が愛している女のことをもう少し信じるべきだと思うわ。わたくしは……アンドレアのように貴方がわたくしを裏切らない限りは、貴方から離れたりはしないし、愛想を尽かしたりもしないと誓えるもの。貴方が望むなら血の誓いを立ててもいいわ」

 血の誓いは……破ること即ち死を意味する。

 アウルス……わたくしは貴方が安心できるのなら、血の誓いくらい立ててあげる。だから、もう縛ったり監禁したりしなくていいのよ。

「トゥッリア……」

 わたくしの言葉にアウルスが泣き出す。「よしよし」と彼の背中をポンポンとすると、彼は泣きながらぎゅうっと抱き締める手に力を込める。その力強さに背骨が軋む音がした。

「っ! 痛っ、アウルス、痛いわ! 力を……」
「あ、すまぬ。つい……」

 つい……じゃないわよ。
 わたくしは呆れた目でアウルスを睨みつける。

 そういえば、助けに来てくれた時も同じような力強さで抱き締められて背骨が折れるかと思った。
 アウルスには、まず抱き締める力加減から教えなければいけないのかもしれない……。


「とりあえず、魔力で縛るのはやめて。わたくしは、何があっても貴方から離れないから」
「だが、血の誓いは私の魔力で縛る以上に重いものだぞ」
「構わないわよ。見えない鎖で雁字搦めにされているよりマシよ。それで貴方が安心するなら、誓いくらい、いくらでも立ててあげるわ」

 ニッと挑発的な笑みで彼を見つめると、彼はわたくしの肩に額を押し当てる。そして押し当てたまま、「本当に私の姿を見ても逃げぬか?」と小さな声で呟いた。

 その言葉に……やっぱり彼の心に本当の姿がかなり引っかかっているのだと確信した。きっとずっとその姿に悩み苦しんできたのだ。
 それを抱えているからこそ、アウルスは本当の意味でわたくしを信じられないのかもしれない。縛りつけないと安心できないのかもしれない。

 自分の本当の姿を見て、わたくしが怖がることが怖いのだ。

 わたくしは彼の背中を優しくさする。拒絶の意はないと示すために。


「ええ。それが本当の貴方なら受け入れるわ」

 そう答えると、アウルスがわたくしをとても真剣な眼差しで見つめてきた。なので、わたくしも同じように彼を真剣な眼差しで見つめ返す。

 すると、彼は体から力を抜き、小さく息を吐いた。


「分かった。トゥッリアのその想いと言葉を信じよう」

 そう言って、彼はゆっくりとわたくしの頬に触れてきた。そして親指の腹で小さく撫でる。


「ねぇ、アウルス。アウルスの本当の姿。わたくしに見せてくれる?」
「……ああ」

 わたくしがそう言うと、アウルスは吹っ切れたように小さく笑い頷いた。そして一度ゆっくりと目を閉じる。
 そうすると、アウルスの姿が光に包まれた。その様に、ゴクリと生唾を飲み込む。


「……!」

 光の中から出て来たのは黒々とした立派なたてがみを持つ獅子だった。そしてやっぱり蛇がたくさん体に巻きついている……。

 わたくしが言葉を失ったまま固まっていると、アウルスがわたくしの手にスリッと一度だけ頬擦りをした。蛇は……遠慮をしてくれているのか、少し離れてお尻のほうにいてくれている。


「アウルス……」

 名を呼び、彼の頭を撫でる。フワフワで柔らかい猫っ毛のような手触りに、わたくしは誘われるように両手で彼のたてがみに触れた。


「トゥッリア……くすぐったい」

 わたくしが夢中でモフモフしていると、アウルスが軽く頭を振る。その様に、なんだか胸の奥がほわっと温かくなって、自然と頬が緩んだ。

 この姿は彼からの愛と信頼を受けた証なのだと思うと素直に嬉しい。


「アウルス、とても毛並みがいいわね。触っていると心地いいわ」
「恐ろしくはないのか?」
「どうして? 蛇は……確かにちょっと苦手だけれど、その姿自体は恐ろしくなんてないわ。だって、どんな姿でもアウルスでしょう?」

 わたくしの言葉にアウルスが人へと姿を戻し、「ありがとう」と言って抱き締めてくれる。


「アウルスこそ怖がらないで……。わたくしは、貴方の妻になるの。貴方がどんなわたくしでも受け入れてくれるように、わたくしだってどんな貴方でも受け入れられるのよ。その覚悟くらい、貴方と枕を交わした時からできているの」

 その言葉にアウルスが涙を流し、ぐしぐしと己の涙を拭う。そして、お互いの額を合わせて見つめ合う。


「トゥッリア……愛している。其方を信じよう。そして私もトゥッリア同様に血の誓いを立てると約束する」
「ふふっ。なら、婚儀の時にお互い誓いましょうか」

 普通とは違う誓いだけれど、わたくしたちらしくていいと思う。

 ねぇ、アウルス。
 独占欲が強くて歪んでいて、とても重たい貴方の愛も含めて貴方だもの。信じて寄りかかってきなさいな。それくらい受け止めてあげるわ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...