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本編

6.リナーシタ王国へ帰還

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 その後、わたくしたちはリナーシタ王国へと帰るためにアウルスがえがいた魔法陣の中へ入った。


「準備はよいか?」
「ええ。アウルスも早く戻って来てね」

 わたくしの言葉に頷き、額に口付けをくれたアウルスは「絶対にすぐ戻るから待っていてくれ」と言って、わたくしを抱きしめてくれる。

 その腕の力強さにドキドキした。


「では、何人たりとも魔法陣から出てはならぬぞ」

 アウルスのその言葉に息を呑むと、彼のよく通る声で詠唱が聞こえる。その瞬間、ぐにゃりと視界が揺れ、その不快感に目を瞑る。

 アウルスの転移魔法は何回か経験があるけれど、やっぱり慣れないわね……。自分で使えるようになれば、この不快感はなくなるのかしら?


「トゥッリア、よく帰ってきましたね」

 そんなことを考えているうちに、お母様の声が聞こえ目を開けると、もうリナーシタ王国の王宮に着いていた。王宮の広間には、お父様やお母様、お兄様たち……それに一緒に帰って来た者たちの家族もいた。

 その姿に……本当に帰って来られたんだと自覚して、目頭が熱くなる。


「お母様……お父様……」

 目に涙を溜めながらお母様とお父様に近づくと、しっかりと抱きしめてくださる。そして「よく頑張った」と言ってくださった。


「お父様……今までわたくしのワガママに、ご心配ばかりをおかけして申し訳ありませんでした。ずっと見守っていてくださってありがとうございます。助けてくださり、ありがとうございました……」
「もうよい。其方にとってもよい勉強になっただろう」

 お父様の優しい声に涙があふれてくる。

 本当によかった。
 アンドレアなんかに殺されなくて……全てを奪われなくて本当によかった……。


「トゥッリア、大丈夫か? だから言っただろう? 結婚するならアウルスにしておけって」
「エッツィオ兄様……」
「まあ十六歳の時に嫁いで二年か……よく頑張ったと思うよ。だけど、これからはもう少しアウルスに向き合ってあげなよ」
「アンジェロ兄様……」

 私と同じ真紅の髪から覗く金の瞳を細め、開口一番アウルスの話ばかりをしてくるお兄様方に苦笑をこぼす。

 そういえば、お兄様たちはアウルスと子供の頃から仲がいいというのもあって、ずっとブレずにわたくしにアウルスとの婚姻を勧めてきた。子供の時からずっとなので、余程アウルスのことが大好きなんだと思う。


「ええ、もちろん分かっているわ。それに以前は分からなかったけれど、今はアウルスがとてもわたくしを愛してくれているのを知っているから……次こそは間違えたりしないわ」

 わたくしの言葉にお兄様たちが満足そうにニヤリと笑う。

 余程、アウルスと家族になりたいのね……。王室とグイスカルド公爵家は建国まで辿れば元はひとつだし、今までも何度も婚姻関係を結んでいる。なので、すでに縁戚なのに……。


 お兄様たちのアウルス好きにも困ったものねとクスクス笑いながら、わたくしは休むために自室へと戻った。久しぶりの自室に入ると、空がもう明るくて……いつのまにか日を跨いでいたことを知る。


「もうこんな時間なのね……」

 その朝焼けの空を見てアウルスに想いを馳せた。

 彼ももう眠っているのだろうか?
 それともまだ協議中なのだろうか?

 一応冷静に話し合うように言っておいたけれど大丈夫かしら? 今回のことを一番怒っているのはアウルスだから、少し心配だ。
 誰よりも怒り、誰よりもわたくしのことを心配してくれているアウルス……。当事者であるわたくし以上に怒ってくれているので、不思議とわたくしは冷静になれている気がする。


「…………」

 でもまあ……そこはとても嬉しいのだけれど、アウルスの魔力は我が国一。つまりアウルスが本気になると、ストラーノ王国くらい容易く吹き飛ぶので、万が一アウルスが怒った時の諫め役として側にいたかったのよね……。

 ふぅと息を吐いてベッドに腰掛ける。

 アウルスは……。昔から、わたくしが嫌がることは基本的にしない。だからきっと大丈夫よ……。大丈夫、よね? 


「アウルス……早く帰って来てね……」

 これからはちゃんと貴方の側にいると約束するから……。

 そんなことを考えながらベッドへ入ると、疲れていたせいか、すぐさま意識が眠りへといざなわれていった。





「トゥッリア様。今日はグイスカルド邸に赴いて、婚姻の儀式やトゥッリア様のお部屋の内装のことなど、色々決めることが山積みです」
「ええ、分かったわ。お風呂に入ったら、グイスカルド邸に向かいましょうか」

 次の日、寝坊をしてしまったわたくしは、女官から今日の予定を聞きながら寝衣を床に脱ぎ落とし、自室に併設されているお風呂へと入った。

 ちなみに、ストラーノ王国で仕えてくれていた女官や侍女たちは、皆お休みだ。久しぶりの家族との時間が持てるように一ヶ月ほど休暇をあげておいた。


「あぁ~、気持ちいいわね」

 花びらを浮かべた浴槽へ、息を吐きながら体を鎮めると、侍女たちが髪や体を洗ってくれる。

「温度はどうですか?」
「とてもよい温度よ。体に染み込んでいって、とても安心するわ」
「それは久しぶりに帰ってこられたからですよ」
「そうかもしれなけれど、本当にちょうどよくて気持ちのいい温度なのよ。いつもありがとう」
「いつもって……トゥッリア様……」

 わたくしの『いつも』という言葉に涙ぐむ侍女たちに「そう……いつもよ。いつもありがとう」ともう一度言ってから、目を瞑った。

 二年いなくても、わたくしが好むお湯の温度を忘れないでいてくれる。『いつも』わたくしを気遣ってくれていた証だと思うもの。何度お礼を言っても足りないわ。


「はぁっ、本当に温かい。実家ということもあって……なんだかとても落ち着くわ。寝ちゃいそう……。ちょっとウトウトしていてもいいかしら?」

 目を瞑っていると、洗い終わったのか侍女たちがわたくしの体から離れて、バタバタとした足音と共に気配が遠ざかっていく。

「……?」

 おかしいわね。以前は洗い終わっても、そんなことなかったのに……。それに今のわたくしの言葉は無視されたの? ちょっと悲しいのだけれど……。
 そう思って目を開けると、目の前でアウルスが浴槽の縁に腰掛け、浮かんでいる花びらを手のひらで掬いあげているところだった。

「!!」

 「きゃあっ!」と悲鳴をあげそうになった瞬間、アウルスがわたくしの口を手で覆う。そして、人差し指を自分の唇に当てて、しーっという仕草をした。


「トゥッリア、あまり騒ぐと皆が変に思うぞ」
「で、でも……侍女たちにはもうバレているわ」

 そんなにも堂々と入ってきて人払いをしておきながら、何を言っているのか……と問いただしたい。

 浴槽の中で胸を手で覆い、脚を寄せて小さくなりながら、アウルスをジットリとした目で睨みつける。でも、彼はわたくしのことを嬉しそうに見つめていて、まったく気にしていなさそうだ。

 …………早く帰って来てくれたのは嬉しいんだけれど、いくらなんでもお風呂に入ってくるのは驚くし恥ずかしいから、やめて欲しい。

 不満げに彼を見つめると、彼はわたくしの髪に手を伸ばして、指先で弄び始めた。
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