諦めるために逃げたのに、お腹の子ごと溺愛されています~イタリアでホテル王に見初められた夜~

Adria

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1巻

1-2

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 ホテルに着き車が停まると、ドアマンの男性がにこやかに車のドアを開けてくれたので、テオさんがさっと降りる。そして私に手を差し出してくれた。ゴクリと息を呑み、その手を取ると柔らかく微笑んでくれる。
 なんだかお金持ちのお嬢様になったみたい。
 こんな扱いを受けた経験がない私は、胸が張り裂けそうなくらいドキドキしていた。車から降りると、若いポーターが飛んできて、荷物を降ろして運んでくれる。そこには私の荷物があった。
 あ! 私の荷物! 見つかったのね……!
 荷物を見ながら立ち止まっていると、テオさんが背中をさすってくれる。

「ミーナ、荷物は約束通り取り返してきたよ。何もなくなってはいないとは思うけど、念のためにあとで確認しようか」
「はい。ありがとうございます」

 自分の荷物が戻ってきたことに、まずは安心してホッと胸を撫で下ろす。
 一人だったら、きっと今頃途方に暮れていただろう。無事に見つかって本当に良かった。これもテオさんのおかげね。
 やっぱりテオさんはいい人だったのだと直感が確信に変わった。

「わぁ、すごい!」

 テオさんエスコートのもと、ホテルの中に入ると、思わず感嘆の声が漏れた。お行儀が悪いと思いつつも、キョロキョロしてしまう。
 踏み込んだエントランスホールは広々としており、宮殿と見紛うほど豪奢ごうしゃで美しかった。あっちを向いても、こっちを向いてもきらびやかで、何かしらが金色だ。私はその美しさに目がくらみそうだった。

「なんだか緊張しちゃいます。とても素敵……!」

 テオさんに手を引かれ、ふかふかの大きなソファーに腰掛けながら、私は初めて訪れる五つ星ホテルに心が浮き立った。
 置かれている椅子もテーブルも、今座っているこのソファーも、素人目で見ても素晴らしい逸品だということが分かる。

「ミーナは可愛いね」

 私が浮かれていると、テオさんがそう言って目を細めて笑う。
 あ……私……はしたなかったよね。

「すみません。浮かれすぎですよね……」
「違うんだ、そんな顔しないで。気分を害したかい? 見るものすべてに目を輝かせている君はとても可愛く魅力的だと言いたかったんだ」
「~~~っ!」

 テオさんのストレートな褒め言葉に、顔にボッと火がつく。熱くなった頬を両手で覆うと、ベルマンが目の前にウェルカムドリンクを置いてくれたので、気持ちを落ち着かせるために一口飲んだ。
 ここはイタリアよ。少しの賛辞くらいで動揺しちゃダメ。落ち着くのよ、私。……こんなふうに褒められたのは久しぶりだから、やっぱり動揺しちゃうのよね。

「あ、美味しい」
「それは良かった。ミーナ、チェックインするためにパスポートを見せてもらうよ」
「はい」

 私がうなずくと、彼が私の代わりにチェックインの手続きを行なってくれる。私はそれを見ながら、ドリンクをもう一口飲んだ。

「え? ミーナ、二十三歳なの? てっきり、もう少し若いと思ってた」

 彼は私のパスポートを見て目を瞬かせ、私とパスポートを見比べる。その意外そうなものを見る目が少し居心地悪く感じて、私は彼の視線から逃れるようにうつむいた。
 彼には――不注意で荷物をなくし、その上泣いたところまで見られてしまっている。そりゃ年齢より幼く見られても仕方がない。彼にとっては、母親とはぐれて泣いていた男の子と私、どちらも大して変わらないのだろう。もしかすると私のことも迷子を保護したように思っているのかもしれない。

「そ、そういうテオさんは、おいくつなんですか?」
「僕? 僕は三十歳だよ。ミーナからすると、おじさんに見えるかな?」
「いいえ。そんなことありません! テオさんはとても素敵です!」

 あははと笑うテオさんに力一杯首を横に振ると、彼は私の勢いに一瞬驚いた顔をした。でもすぐに「ありがとう」と微笑んでくれる。
 私ったら、力むようなことじゃなかったわ。恥ずかしい。でも本当にとても素敵なんだもん。
 私は熱くなった頬を押さえた。


 その後は部屋へ移動し、テオさんから設備やルームサービスについての説明を受ける。
 さすが、高級ホテル。部屋の中もすごい。それにベッドも大きくてふかふかだ。でも覚悟したほどゴージャスで派手ではなかったので、少しホッとした。
 良かった。これなら落ち着けそう。

「ごめんね、ミーナ」
「え?」
「もっといい部屋を用意したかったんだけど、今はバカンスシーズンでこの部屋しか空いていなかったんだ」
「謝らないでください! このお部屋もとても立派ですし、私にはもったいないくらいです。それに豪華すぎても落ち着かないので」
「そう?」
「はい!」

 テオさんの言葉に力一杯うなずく。
 というより、バカンスシーズンに部屋が空いていただけでも奇跡だ。それにこんな素晴らしいホテルに泊まるという経験をさせてもらえるだけで、とても幸せだ。

「なら、いいんだけど。じゃあ、荷物の確認をしようか?」

 テオさんは申し訳なさそうに、ページボーイが部屋まで運んでくれた荷物を私の前に差し出した。スーツケースを開き、一つずつ丁寧に確認していく。

「良かった……。全部あります」
「そう? それは良かった。でも、もし足りないものとか出てきたら、いつでも言ってね。すぐに用意させるから」
「ありがとうございます。でも大丈夫なので、お気持ちだけ受け取らせてください」
「……ミーナ。遠慮は美徳かもしれないけど、困った時はちゃんと隠さずに言うんだよ」
「はい……」

 私がうなずくと、彼は「モルトベーネ」と言って、また褒めてくれる。その優しい笑顔にふにゃっと笑った。テオさんに褒めてもらえると、なんだか嬉しい。

「ミーナ、コーヒーと紅茶どっちの気分?」

 照れ笑いをしながら広げた荷物を片づけていると、テオさんが問いかけてくれる。

「それは私がするので、テオさんは座っていてください」
「ダメだよ。ミーナはゲストだって言っただろう。ほら、どっち飲みたい?」
「えっと、じゃあ紅茶で」
「OK!」

 ウインクして私の申し出をスマートにかわす彼に戸惑っている間にも、彼は手際よくロイヤルミルクティーをれてくれる。

「さて、じゃあそろそろゆっくり過ごして」

 彼はテーブルに一人分のミルクティーを置くと、そう言って部屋を出ようとした。その言葉に私は思わず首を傾げて尋ねた。

「え? 一緒に飲まないんですか?」
「でも今日は色々あって疲れただろう? だから、これを飲んだあとは温かいお湯に浸かって当ホテル自慢のダイニングを楽しんで、ゆっくり休んだほうがいい。あと、それからこれはミーナへの宿題。明日行きたいところを考えておいて」
「え? そんな……。そこまでお世話になったら悪いです……!」
「ノー、ミーナ。言っただろう。君は一人にすると何かをやらかしそうで心配だって。僕の心の平穏のためにもミラノを案内させてほしい」

 ここまで至れり尽くせりしてもらって、本当にいいのかしら?

「いい子だね、ゆっくりおやすみ」

 ガイドブックを渡してくる彼に気圧けおされるようにうなずくと、そう言って、私の頭を撫でて彼は部屋を出て行った。
 誰もいなくなってしんと静まり返った部屋で、彼がれてくれたミルクティーに口をつける。深いコクとやさしい香りが私を包んで、ホッと息を吐いた。
 まあ私一人だと、また何か失くしそうだし迷子にもなりそうだから、任せたほうが安心なのかしら。それに現地の方に案内してもらったほうが、色々と楽しめそう。
 そうは思っても、迷惑をかけてしまったら申し訳ないわ。

「……」

 私はどうしたらいいのだろうと思いながら、ミルクティーを飲みきり、ふかふかのベッドに大の字で寝転がった。すると、疲れからか急速に眠気が襲ってくる。
 私ったらお風呂に入らなきゃいけないのに……。テオさんもお風呂に入りなさいって言ってた。それに夕食もまだなのに……。でも今日は色々あって疲れちゃったから、食事やお風呂は朝でも大丈夫よね。
 私は言い訳をしながらも、襲ってくる眠気に従い、目を閉じた。


   ***


「ん~、よく寝た」

 私はカーテンを開けて朝日を浴びながら、伸びをした。
 昨日は夕食も食べずに早々に寝てしまったせいか、今朝は早く目が覚めた。そのおかげで、ゆっくりとお風呂に入れて気分爽快なので、早く寝て良かったのかもしれない。
 そしてメイクをしながら、昨夜テオさんから出された宿題をするためにガイドブックを開く。
 ミラノって、有名なのはやっぱりミラノコレクションよね。だから、古代の遺跡や中世の街並みというよりは、モードやデザインの発信地ってイメージが大きい気がするわ。……ということはやっぱりハイブランドのブティックとかが多いのかしら。
 私はそういうものには興味がないので、買い物より観光を中心にしたい。行き当たりばったりの一人旅をするつもりだったから、黄金のマリア像があるミラノ大聖堂以外はどこに行こうか、まだ考えていなかったのよね。
 えっと。ミラノ大聖堂は絶対でしょ。あとは、教会にあるという『最後の晩餐』が見たいかも。

「あ、『最後の晩餐』は予約制なのか」

 じゃあ、今日は無理ね。
 独りちながら、ガイドブックとにらめっこをしているとノックが聞こえた。その音に顔を上げる。
 あら、テオさんかしら?

「ミーナ、おはよう。早起きだね。よく眠れたかい?」
「おはようございます、テオさん。はい、おかげさまで。朝までぐっすりでした」
「昨夜は当ホテル自慢のダイニングを楽しまなかったと聞いたけど、まさかあのあとからずっと眠っていたのかい?」

 扉を開けると、案の定テオさんがにこやかに立っていた。挨拶をわしながら招き入れると、彼は今日の新聞をテーブルに置き、モーニングティーをれる準備を始めてくれる。そんな彼を見ながら、えへへと笑った。

「安心したら気が抜けてしまって……」
「まあ、到着したばかりで疲れていたんだろうね。それに昨日は色々あったから仕方ないよ。じゃあ、ミーナは今とてもお腹が空いているだろう? 朝食会場には、フレッシュジュースもあるし、ミーナが好みそうなパンやペイストリーもあるから、これを飲んだら行ってくるといい」
「はい、そうします」

 うなずくと、彼がいい子だねとウインクしてくれる。
 とても細やかに世話を焼いてくれる彼の姿に、私の胸がトクンと高鳴った。胸の高鳴りに動揺して、はたと動きを止める。
 ちょっと私ったら……。でもこれはテオさんが素敵だから……
 自分の気持ちに言い訳をしても、私の胸はドキドキとけたたましい。
 ついこの間失恋したばかりで、もう恋なんてこりごりだと思っていたのに、旅先で素敵な男性に出会ったからってときめくなんてダメだわ。彼は親切なだけ! 変な勘違いはいけないわ、美奈!
 このまま好きになってしまうのは絶対にダメだ。これでは元カレのことを節操なしと言えなくなる。
 気をしっかり持つのよ、私!
 私はティーカップをガシッとつかんで、浮ついた心を落ち着かせるためにモーニングティーを一気に飲み干した。それを見たテオさんが目を見開く。

「ミーナ⁉ そんなに急いで飲むと火傷やけどしちゃうよ。大丈夫?」
「は、はい。そんなに熱くなかったので大丈夫です」
「……ミーナはなんとなく猫舌そうだから、温度には気をつけたんだ。それでも急いで飲むのはよくないよ」

 テオさんは「良かった。飲みごろにしておいて」と胸を撫で下ろしている。でも、私は猫舌とバレていることに正直驚きが隠せない。私はテオさんの言葉に目を丸くした。わざわざ伝えていないことまで、先読みして動いてくれるのはさすがとしか言いようがない。
 バトラーってすごい……!

「さぁ、早く朝食を食べておいで。ただし、朝食はさっきみたいに急いで食べちゃダメだよ」

 私が感心していると、彼はティーカップを片づけながら、揶揄からかうように笑う。

「はい。ゆっくり食べます……」
「そうしてくれると助かるよ。あと、ミーナ。観光に出掛けている間にルームメイドを入れてもいいかい?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「了解」

 テオさんに朝食会場まで案内してもらいながら、そう答えると、彼はウインクをして承諾してくれる。たったそれだけなのに、また私の胸はトクントクンと高鳴ってしまう。
 本当にどうしちゃったのよ? 私ってば……
 彼はイケメンだし、とても優しく気遣いにあふれている。だからって、旅先で会っただけの人なのに本気で好きになってどうするつもり? そんなの……あとで絶対つらくなるだけだわ。
 私は自分の心に戸惑いながら、テオさんと朝食会場の前で別れた。


   ***


「うう、お腹がいっぱいで苦しい……」
「ミーナ、良かった。たくさん食べられたようだね」
「はい。どれもとても美味しくて、選べませんでした」

 私が好みそうなパンやペイストリーがあるとは言われていたけど、本当に好きなものがたくさんあって、ついつい食べ過ぎてしまったのだ。
 昨日夕食を食べていないからって欲張りすぎたわ。恥ずかしい……。食いしんぼうだと思われたらどうしよう。
 私は頬を赤らめながら、いっぱいになったお腹をさすった。すると、テオさんが昨日と同じ運転手つきの高級車へスマートに乗せてくれる。

「さて、どこに行くか決めた?」
「はい。まずは定番のミラノ大聖堂に行ってみたいです」
「それはいい。大聖堂はミラノの象徴的存在でもあるし、聖母マリアに捧げられた世界最大級のゴシック建築でもあるんだ。それを一番に選ぶ君は素晴らしいよ」
「そ、そうですか?」

 事あるごとに褒めてくれる彼の言葉に面映おもはゆい気持ちになって、私は誤魔化すように笑った。そして、視線をガイドブックに落とす。
 女性を褒めることはイタリア人男性の礼儀だと聞いたことがあるけど、本当に彼は息をするように私を褒めてくれる。この褒め言葉攻撃に慣れないといけないのに、ついつい反応してしまう。私は小さくかぶりを振った。
 このままずっと彼にお姫様のように扱われていたら、本当に好きになってしまいそうだ。彼には何でもないことなのよ。勘違いは絶対にダメ。それに恋はもういいって決めたじゃない。でも……彼が恋人だったら毎日が幸せであふれていそう。
 ……テオさんみたいな人が恋人だったら良かったのに……
 私はうつむきながら視線だけで彼を盗み見た。



   2


「わぁ!」

 大聖堂に着くと、ドゥオーモ広場に面して堂々と聳え立っている建築物の正面ファサードに目を奪われた。白大理石と彫刻が美しい。

「素晴らしいですね」
「この彫刻はね、聖書の人物や聖人、預言者など、全体で約三千五百体あるんだよ。特に『テラモン』という男性の像を探してごらん。他の装飾や柱を支える役割も兼ねているから、色々な所にいるよ」

 そう言って、指を差す彼の指の方向に視線を向ける。
 確かに色々なポーズで柱を支えていて、とても遊び心があって面白い。
 このテラモンさんは何体いるのかしら?
 テオさんの解説を聞きながら興味深く見ていると、扉が五つあることに気づく。

「テオさん。扉がたくさんありますが、どこから中に入ればいいんですか?」
「入場口は一番右の扉だよ。でも、その前に中央扉を見よう。五つの扉の中で一番大きいんだ」

 彼はイタリアの有名な彫刻家が手掛けたレリーフがあると教えてくれた。花や果物、動物をモチーフにして聖母マリアの生涯が彫られているらしい。

「扉に向かって左側中央のレリーフが表現しているのは、天に召されたキリストを後ろで支える聖母マリアの姿だ。そして右側中央は、彼女の有名なエピソードの一つ『聖母マリアの被昇天』が彫られているよ」
「すごい……」

 口を大きく開けたまま、テオさんの説明を聞きながら、そのとても大きな扉のレリーフを見つめる。もう全部が素晴らしすぎて、すごいとしか言葉が出てこない。
 私がスマートフォンを取り出し、パシャリと写真を一枚撮ると、テオさんが私の手からスマートフォンを取った。

「あ!」

 もしかして撮っちゃいけない場所だったのかしら。私ったら……
 やってしまったという顔をした途端、彼が微笑みながら首を横に振った。

「違うよ、撮影はオッケーだよ。ただ大聖堂だけを撮るんじゃなくて、ミーナも写るといいって言いたかったんだ。撮ってあげるから、そこに立って」
「え? で、でも……」
「ほら、遠慮しないで。少し後ろに下がろうか」

 戸惑いつつも言われたとおりに後ろに下がって、中央扉の前に立つ。髪を手櫛てぐしでさっと整え、テオさんに向かってニコッと微笑んだ。

「じゃあ、撮るよ」

 そう声をかけて、彼が二、三枚シャッターを切ってくれる。

「これで大丈夫? 可愛く撮れたと思うんだけど」
「はい。ありがとうございます」

 スマートフォンの画面を見せてくれる彼と思わず体が触れ合って、胸がドキンと跳ねた。ほのかな甘さと男性的なセクシーな香りに、なぜかは分からないけど、ゾクゾクしてしまう。
 私ったら……!

「つ、次はテオさんと一緒に撮りたいです!」
「喜んで、ミーナ」

 上擦うわずった声で、この勢いに乗って図々しいお願いをしてみる。彼が快諾してくれたのでどさくさ紛れにテオさん一人の写真もゲットし、ご満悦でスマートフォンを抱き締めた。
 嬉しい! いい思い出になったわ!

「テオさんが撮ってくれた写真、とても綺麗に写っていてびっくりしました。写真撮るのお上手なんですね」
「ノー。僕が上手なんじゃなくて、被写体がいいんだよ。ミーナはとても可愛く美しい。だから、綺麗に写るのは当たり前のことだ」
「~~~っ!」

 頬を撫でながらそう言われて、全身の血液が頬に集まったんじゃないかと思うくらい、彼が触れている場所が熱をもつ。
 彼の態度に、自分がとても大切にされている錯覚に陥ってしまう。勘違いしちゃいけないのに、勘違いしてしまいそうになる。私は慌てて触れられていないほうの頬をパシーンと叩いた。それを見たテオさんがすごく驚いている。

「ミーナ? 急にどうしたんだい?」
「いいえ。ちょっと弱い自分の心と戦うために気合を入れようと思いまして……」

 どうやら私の心は失恋を新しい恋で癒そうと思っているらしい。でも、テオさんと私はこの旅行中だけの関係だ。本気で好きになっても実らない。それにそんなの親切なテオさんにも迷惑がかかっちゃうわ。いいかげんフラフラしてないで、純粋に旅行を楽しまなきゃ!

「は?」

 私の言葉にテオさんはいぶかしげな表情で首を傾げている。

「ほら、早く中に入りましょう」

 そんな彼に誤魔化すように笑って、私は手を引いた。

「違うよ。こっち」
「……え?」

 先ほどテオさんが言った一番右の扉に並ぼうとすると、彼は私の腰に手を添えて体の向きを変える。そして、入場口には目もくれずに歩き出した。
 え? 入らないの?
 私の手を引いて歩き出すテオさんに、顔を後ろに向けながら離れていく入場口を見つめた。

「あの、テオさん? ついさっき一番右の扉が入場口だって言いませんでしたか?」
「うん、言ったよ。でも見て分かるとおり、とても混雑しているから、屋上テラス行きの入場口から入ったほうが早いんだ」

 へぇ、そうなんだ。私一人だったら、あそこに並んでいたかもと思いながら、空いている手でガイドブックを開く。あ、本当だ。屋上テラス行きのほうがおすすめって書いてある。エレベーターか階段か選べるのね。テオさんの後ろを歩きながらガイドブックを確認していると、突然彼が立ち止まったので、背中にぶつかってしまう。

「すまない、大丈夫かい?」

 鼻を押さえながらうつむくと、慌てた彼が振り返って私の顔を覗き込む。

「大丈夫です。ごめんなさい、ガイドブックを見ながら歩いていた私が悪いです」
「いや、気をつけていなかった僕が悪い。ちょっと見せて」
「……っ!」

 テオさんが私の頬に手を添えて、ぶつけたところを確認する。彼の吐息を感じてしまうくらい近くに顔が近づいてきて、私は思わず息を止めた。
 その時、数人のスタッフらしき人が近づいてくる。そしてテオさんにうやうやしく頭を下げた。
 ……え? どういうこと?

「お待ちしておりました、ミネルヴィーノ様。こちらからどうぞ」
「ありがとう」
「……」

 状況が理解できずにテオさんと数人のスタッフを交互に見ていると、テオさんが私の腰に手を添え、そのスタッフの案内で中へ入っていく。その光景になんとなく違和感を覚えながらも私は黙ってテオさんについていく。

「昨日、ホテルの名で予約を取っておいたんだ」
「あ……そうなんですね」


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マシュマロを送るマシュマロ
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