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瑞希の元交際相手①(康弘視点)
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「社長。それで一体どうするつもりですか? 安東に接触をはかりますか?」
「いや、まだだ。まずは瑞希の意見を聞いてからでないと」
「僕はその必要はないと思います。心に変な波風を立てるだけですし、何よりこの男……クズですよ」
怪訝な顔で言い放った市岡に、原田裕希より渡された報告書から顔を上げて、「それでもだ」と言い書類を机の上に置いた。
瑞希の元交際相手――安東は清々しいほどのクズだった。社会人になって落ち着くどころか、さらに拍車がかかり泣かせた女は数知れず。その上、どこかで瑞希の実家について嗅ぎつけたのか……最近では原田ホールディングスの本社に『原田瑞希の恋人だ』と乗り込んでくる始末。
なぜこんな男に、瑞希も含め世の女性たちは騙されるのか――ほとほと疑問だ。
(刺激を求めて悪い男に惹かれるものなのだろうか……)
まったくもって理解ができないと康弘は嘆息した。
「こんなハシビロコウみたいな顔をした男のどこがいいんですかね」
「は? 何? ハシビロコウ?」
突然頭上に降ってきた市岡の言葉に目を瞬かせる。どんな顔だったかとハシビロコウをスマートフォンで検索してみようとした時、瑞希からのメッセージを受信した。
『お弁当を作ったので、もしよければお昼をご一緒しませんか?』
(瑞希がお弁当を?)
「……瑞希が昼に社長室に来てくれるそうだ。その時に話し合うことにするから、君は相馬知紗さんと昼食を一緒にとってきてくれ」
思考が瑞希一色になり躍る心が抑えきれず、顔が綻ぶ。すると、市岡が眉をひそめた。
「は? どうして僕が相馬さんと? 意味が分からないのですが……」
「瑞希とうまくいくためには彼女の協力は必須だ。だからこそ、彼女の機嫌をとってこいと言っているんだ。彼女は君の顔が好みらしいから」
「……」
「俺が出すから何でも好きなものを食べてこい」
目を細めて抗議の視線を向けてくる市岡にしっしと手を振ると、彼が「一つ貸しですよ」と言って続きになっている秘書室にさがっていった。
「康弘さん、急にごめんなさい。お仕事大丈夫でしたか?」
「ええ。仕事くらいどうとでもなるので気にしないでください。瑞希さえ良ければ、こうしてタイミングが合う時は今後も一緒に昼食をとりましょう」
小さく頷いて室内に入る瑞希に座るように促し、冷たいお茶の用意をする。ちらりと瑞希のほうに視線を向ければお弁当を広げていた。
焼きたらこと青じそのおにぎりに卵焼き、唐揚げやきんぴらに香味ソースがかかった焼き鮭。夏野菜のマリネなんかもあって、その品数の多さに驚いてしまう。
(今朝、早起きをして何かをしているとは思っていたが、これを作っていたのか)
用意したお茶のセットを持って瑞希の向かいに座ると、彼女がぺこりと頭を下げてきた。
「ありがとうございます」
「それは俺のセリフです。こんなにたくさん作ってくれてありがとうございます。感動しました」
「やだ、康弘さんったら。これくらいだったらいつでも作りますよ」
にこりと微笑み取り分けてくれる彼女に頬が緩む。こんな幸せな時に彼女の心に影を落とすかもしれないことを話さなければならないと思うと気が重い。
(食事のあとに話すか……)
安東のことを心の奥に押し込めて、卵焼きに箸を伸ばす。出汁がよく効いていて塩味が感じられる卵焼きだった。
「美味しいです」
「ふふっ、よかった。ねぇ、康弘さん。知紗を買収するのはやめてくれませんか? 今日だってランチに市岡さんが誘いに来てびっくりしました」
「相馬さんは喜んでいませんでしたか?」
「鬱陶しいくらい喜んでましたよ。天崎さんのことといい、私の近しい人を抱き込んでいくのやめてくれますか? そんなことしなくても、もう逃げたりしませんよ」
「そんなつもりはなく、ただのお礼のつもりだったんです。先週の金曜日の件もありますし」
瑞希が逃げるとはもう思っていないが、一番親しい相馬知紗を抱き込んでおく必要性は高い。瑞希の好みも知りやすいし、万が一けんかをしてしまった時は仲裁もしてもらえるだろう。
現状、知紗以上の適任者はいないのだ。
(瑞希は本当に信頼できる者にしか素性を話していない。安東にすら話していなかったのに相馬さんには話している。それだけでも相馬さんは安東より上だろう?)
康弘は拗ねた顔で抗議してくる彼女を可愛いと思いながら、にこやかに笑って彼女の話を流した。
酔って迷惑をかけた自覚がある手前、その件を出されると言い返せないのだろう。瑞希はそれ以上何も言わず、その後は和やかに時間が流れた。
「実は一つ相談があるんですがいいですか?」
「ええ。俺も話したいことがあったのでちょうどいいです。お先にどうぞ」
食後、コーヒーを淹れながらそう促すと彼女は不安げに康弘を見た。どうしたのだろうと思い、マグカップを二つ持って隣に座る。
「どうしました? 仕事で何かあったのですか?」
「いいえ。仕事は順調です。ただ……昔付き合っていた人が私のことを探しているらしいんです」
知紗から聞いたのだと苦しげな表情で話してくれる彼女の背中をさする。
どうやら安東は随分と派手に動き回っているようだ。瑞希の耳にもこうして入るのだから、彼女の気持ち次第では至急動かなければならない。そんなことを考えながら、彼女の手に触れる。
(それにしても、この表情はどういう感情からくるものなんだろうか……)
「瑞希はどうしたいんですか? よりを戻したい?」
「え?」
「実は貴方のお兄さんからのテストは安東の件でした。どこからか貴方の実家のことを嗅ぎつけたらしく会社のほうに来るので、瑞希に知らせずに対処しろとのことでした。……が、貴方は詳しく知り選ぶ権利がある」
「選ぶ権利?」
瑞希の兄から渡された封筒を渡すと彼女が中身を確認しながら、弱々しい声を出す。
「俺の知る限りではどうしようもなく女癖が悪い男ですが、貴方にとっては過去好きだった男でしょう? 恋をしないとまで思わせた男でもあります。そのように考え方に影響を与えた相手が現れて、瑞希はどう思いましたか?」
これを聞いて瑞希は嬉しいと思うのだろうか。それとも終わった恋を蒸し返されて嫌な気持ちになったのだろうか。
瑞希の真意をはかりかねて彼女をジッと見つめると、彼女が安東のことが書かれている報告書を握りしめた。心なしか、わなわなと震えている。
(瑞希?)
「いや、まだだ。まずは瑞希の意見を聞いてからでないと」
「僕はその必要はないと思います。心に変な波風を立てるだけですし、何よりこの男……クズですよ」
怪訝な顔で言い放った市岡に、原田裕希より渡された報告書から顔を上げて、「それでもだ」と言い書類を机の上に置いた。
瑞希の元交際相手――安東は清々しいほどのクズだった。社会人になって落ち着くどころか、さらに拍車がかかり泣かせた女は数知れず。その上、どこかで瑞希の実家について嗅ぎつけたのか……最近では原田ホールディングスの本社に『原田瑞希の恋人だ』と乗り込んでくる始末。
なぜこんな男に、瑞希も含め世の女性たちは騙されるのか――ほとほと疑問だ。
(刺激を求めて悪い男に惹かれるものなのだろうか……)
まったくもって理解ができないと康弘は嘆息した。
「こんなハシビロコウみたいな顔をした男のどこがいいんですかね」
「は? 何? ハシビロコウ?」
突然頭上に降ってきた市岡の言葉に目を瞬かせる。どんな顔だったかとハシビロコウをスマートフォンで検索してみようとした時、瑞希からのメッセージを受信した。
『お弁当を作ったので、もしよければお昼をご一緒しませんか?』
(瑞希がお弁当を?)
「……瑞希が昼に社長室に来てくれるそうだ。その時に話し合うことにするから、君は相馬知紗さんと昼食を一緒にとってきてくれ」
思考が瑞希一色になり躍る心が抑えきれず、顔が綻ぶ。すると、市岡が眉をひそめた。
「は? どうして僕が相馬さんと? 意味が分からないのですが……」
「瑞希とうまくいくためには彼女の協力は必須だ。だからこそ、彼女の機嫌をとってこいと言っているんだ。彼女は君の顔が好みらしいから」
「……」
「俺が出すから何でも好きなものを食べてこい」
目を細めて抗議の視線を向けてくる市岡にしっしと手を振ると、彼が「一つ貸しですよ」と言って続きになっている秘書室にさがっていった。
「康弘さん、急にごめんなさい。お仕事大丈夫でしたか?」
「ええ。仕事くらいどうとでもなるので気にしないでください。瑞希さえ良ければ、こうしてタイミングが合う時は今後も一緒に昼食をとりましょう」
小さく頷いて室内に入る瑞希に座るように促し、冷たいお茶の用意をする。ちらりと瑞希のほうに視線を向ければお弁当を広げていた。
焼きたらこと青じそのおにぎりに卵焼き、唐揚げやきんぴらに香味ソースがかかった焼き鮭。夏野菜のマリネなんかもあって、その品数の多さに驚いてしまう。
(今朝、早起きをして何かをしているとは思っていたが、これを作っていたのか)
用意したお茶のセットを持って瑞希の向かいに座ると、彼女がぺこりと頭を下げてきた。
「ありがとうございます」
「それは俺のセリフです。こんなにたくさん作ってくれてありがとうございます。感動しました」
「やだ、康弘さんったら。これくらいだったらいつでも作りますよ」
にこりと微笑み取り分けてくれる彼女に頬が緩む。こんな幸せな時に彼女の心に影を落とすかもしれないことを話さなければならないと思うと気が重い。
(食事のあとに話すか……)
安東のことを心の奥に押し込めて、卵焼きに箸を伸ばす。出汁がよく効いていて塩味が感じられる卵焼きだった。
「美味しいです」
「ふふっ、よかった。ねぇ、康弘さん。知紗を買収するのはやめてくれませんか? 今日だってランチに市岡さんが誘いに来てびっくりしました」
「相馬さんは喜んでいませんでしたか?」
「鬱陶しいくらい喜んでましたよ。天崎さんのことといい、私の近しい人を抱き込んでいくのやめてくれますか? そんなことしなくても、もう逃げたりしませんよ」
「そんなつもりはなく、ただのお礼のつもりだったんです。先週の金曜日の件もありますし」
瑞希が逃げるとはもう思っていないが、一番親しい相馬知紗を抱き込んでおく必要性は高い。瑞希の好みも知りやすいし、万が一けんかをしてしまった時は仲裁もしてもらえるだろう。
現状、知紗以上の適任者はいないのだ。
(瑞希は本当に信頼できる者にしか素性を話していない。安東にすら話していなかったのに相馬さんには話している。それだけでも相馬さんは安東より上だろう?)
康弘は拗ねた顔で抗議してくる彼女を可愛いと思いながら、にこやかに笑って彼女の話を流した。
酔って迷惑をかけた自覚がある手前、その件を出されると言い返せないのだろう。瑞希はそれ以上何も言わず、その後は和やかに時間が流れた。
「実は一つ相談があるんですがいいですか?」
「ええ。俺も話したいことがあったのでちょうどいいです。お先にどうぞ」
食後、コーヒーを淹れながらそう促すと彼女は不安げに康弘を見た。どうしたのだろうと思い、マグカップを二つ持って隣に座る。
「どうしました? 仕事で何かあったのですか?」
「いいえ。仕事は順調です。ただ……昔付き合っていた人が私のことを探しているらしいんです」
知紗から聞いたのだと苦しげな表情で話してくれる彼女の背中をさする。
どうやら安東は随分と派手に動き回っているようだ。瑞希の耳にもこうして入るのだから、彼女の気持ち次第では至急動かなければならない。そんなことを考えながら、彼女の手に触れる。
(それにしても、この表情はどういう感情からくるものなんだろうか……)
「瑞希はどうしたいんですか? よりを戻したい?」
「え?」
「実は貴方のお兄さんからのテストは安東の件でした。どこからか貴方の実家のことを嗅ぎつけたらしく会社のほうに来るので、瑞希に知らせずに対処しろとのことでした。……が、貴方は詳しく知り選ぶ権利がある」
「選ぶ権利?」
瑞希の兄から渡された封筒を渡すと彼女が中身を確認しながら、弱々しい声を出す。
「俺の知る限りではどうしようもなく女癖が悪い男ですが、貴方にとっては過去好きだった男でしょう? 恋をしないとまで思わせた男でもあります。そのように考え方に影響を与えた相手が現れて、瑞希はどう思いましたか?」
これを聞いて瑞希は嬉しいと思うのだろうか。それとも終わった恋を蒸し返されて嫌な気持ちになったのだろうか。
瑞希の真意をはかりかねて彼女をジッと見つめると、彼女が安東のことが書かれている報告書を握りしめた。心なしか、わなわなと震えている。
(瑞希?)
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