勘違いで別れを告げた日から豹変した婚約者が毎晩迫ってきて困っています

Adria

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稀一の想い②

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 呼吸が少し苦しくなった気がして胸元をぎゅっと掴んで顔を俯ける。

(ずっと彼に抱かれたかった。でも……)

 今告げた想いに嘘はない。稀一ともう少し先に進みたいと本気で思う。だが、先程まで別れるつもりでいたこともあって、そっち方面の覚悟が少し弱くなっているのも事実だ。彼を誘ったのは自分のほうなのにおかしな話だが、いざそうなると怖くて彼の顔を見ていられない。胸元を掴む手に力を込めた次の瞬間、彼の膝からソファーにおろされた。

 突然背中に当たるソファーの座面に、慌てて上体を起こす。


「き、稀一さん! ちょっと待ってください……!」
「無理」

 彼は短くそう言って覆い被さってきた。ソファーに右手をつき体を支え、ギプスを装着した左手で弱々しく彼の胸を押す。当たり前だが、びくともしない。

 彼はそんな詩音の抵抗をよそに、服のボタンに手をかけた。


「きゃっ、待って! 急すぎます! 心の準備が……」
「心の準備ならもうできてるだろ? 俺のために努力してくれているって言ったじゃないか」
「それは……そうなんですけれど……」

 詩音が返答に窮すると、稀一は詩音の左手を恭しく取り、そっとキスを落とした。大きくて温かい手。熱を帯びた唇。指先から感じる彼の体温に、背中にぞくっと何かが走った。

(まさかこんなにもすぐ応じてもらえるなんて……。今まで悩んでいたのはなんだったのかしら。こんなことなら、もっと早く言っておけば良かったわ)


「……俺としては詩音を怖がらせないように、結婚まで待つつもりだったんだ」
「えっ!?」

(結婚まで……?)

 話し合うことの大切さを痛感していると、突然稀一から告げられた予期せぬ言葉に、飛んでいた思考が戻ってくる。すると、彼が自嘲気味に笑った。

「俺に好意を持ってくれているのは分かっていたが……どこまで踏み込んでいいのかを量りかねていたんだ。詩音に嫌われたくなくて我慢してた。本当にすまなかった。そのせいでずっと悩ませていたよな。君から言わせるなんて、すげぇ情けない」
「情けなくなんてないです。そ、それに私が貴方を嫌いになることなんてあり得ません」
「ありがとう。だが、今回俺は詩音を失うところだった」

(う……)

 そう言った稀一が甘えるようにすり寄って、抱きついてくる。彼の言葉を聞く前に噂を信じてしまった。それに対しての罪悪感に加えて、稀一が切羽詰まったような表情で縋ってくるから、もう何も言えなくなった。

 でも、嬉しい。
 稀一が自分を強く求めてくれている。普段は見せない弱い部分を見せてくれている。それが嬉しくてたまらなかった。

 体から力を抜きジッと彼を見つめると、彼が詩音の耳元に唇を寄せる。


「なぁ、詩音。俺のために手入れしてくれた肌と下着――見ていいか?」
「は、はい……」

 耳元で囁かれて体が震える。
 ぞくぞくとしたものが走って、胸が張り裂けそうなくらい激しく鼓動を打った。

 望んでいたこととはいえ、このままでは心臓が壊れてしまいそうだ。


「あ、あの……優しくしてくださいね? 私、今ドキドキしすぎて不整脈でも起こしたみたいなんです。これ以上は心臓が壊れてしまいます」
「へえ、それは大変だ。だったら俺が隅々まで診てやるよ」
「っ!」

 稀一がリモコンで部屋の明かりを落とし、ソファーの座面に手をついて、のし掛かってくる。そしてにやりと笑った。


「い、今の変態っぽいです」

 じっとりした目で睨むと、彼がぷはっと吹き出し「確かに」と笑った。何やら笑いのツボにはまったようで、肩を震わせながらずっと笑っている。そのたびに首筋や肩に彼の毛が当たって、くすぐったい。


「もう。笑いすぎです」
「ごめんごめん。変態なことはもう言わないし、詩音が嫌がることも絶対にしないって誓うから、君に触れてもいいか?」
「っ! は、はい!」

(いよいよだわ……!)

 詩音は意を決して、こくりと頷いた。すると、稀一の手が伸びてきて詩音の頬に優しく触れた。


「これからはなんでも話そうな。自分の気持ちを言葉にすることの大切さを今日思い知ったよ。だから、詩音。何処が気持ちいい場所なのか言葉にして教えてくれよ」
「~~~っ!」

(そ、そんなの……)

 意地悪な彼の物言いに一気に顔に熱が集まってくる。それとこれとは違うと言ってやりたいのに、口がぱくぱくと動くだけで言葉にならなかった。詩音が彼を睨むと挑発的に笑われる。


「それに詩音は俺のためになんでもしてくれるんだろ? さっき言ってたもんな?」
「っ! あ、あの噂は結局嘘だったんから無効です! 無効!」

 思いっきり否定すると、彼が残念そうに笑う。だが、すぐに何かを企んだ顔に変わった。嫌な予感がして少し体を引くと、彼の手が詩音の唇に触れる。不意に感じた手の熱さに体が震えた。

 まるで捕食するかのように見つめる彼の視線から逃れるように、ぽそっと呟いた。

「わ、私、イタリア人美女みたいにスタイルも良くないし胸もないです……」

 どのイタリア人美女と比べているのかと問われれば困るが、一般的に外国の女性は魅惑的なイメージがある。

 拗ねたように唇を尖らせると、稀一がくすっと笑って手をすべらせ頬をなでる。そしてゆっくりとその手が髪に移動した。そのまま指を通し、梳くように撫でられる。

(稀一さん……)

「この――肩まである綺麗な黒髪に、夢中になると輝く黒い瞳。俺の腕の中にすっぽりとおさまるくらい華奢な体。すべてが俺を夢中にするよ。よその女なんて眼中にない。俺が欲しいのは詩音だけだ」
「~~~っ!」

 耳に唇をつけてそう囁かれ、稀一の声が鼓膜を揺らした。詩音が何も言えずに固まっていると、彼が「くれるか?」と追い討ちをかけてくる。

 観念して頷くと、「いい子だ」と囁いた彼のキスが額に落ちてきた。
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