上 下
5 / 117
第一章 王太子妃

4.別れ

しおりを挟む
 ああ、どうしましょう。このままではカルロ様の身が危険です。


 己に付けられた枷を見つめながら、わたくしはお父様の言葉を思い出しておりました。



 これから、わたくしには耐えがたい試練がいくつも降りかかると、お父様は仰いました。きっと、お兄様の謀叛も、この王命もその試練なのですね。



『だが、耐えなさい。耐えて立ち向かいなさい。己で奮い立ち、戦える力を身につけ、いずれ其方がプロヴェンツァを背負って立たなければならない』


 お父様の言葉を思い出しながら、わたくしは涙を流しました。
 お父様は、あの時から全てを分かっていらしたのですね。だから、王族は味方ではないと仰ったのですね。


 お父様が仰った、『国王陛下は常にプロヴェンツァを取り込みたいと目論んでいる。夢を見るのはやめなさい』という言葉を、わたくしは身を以て思い知ることになりました。



 お父様さえ、お兄様を抑えて下されば、王命を退けれられます……。
 だけれど、お父様は仰いました。プロヴェンツァ家の血を引く者は全て殺されてしまうだろうと……。わたくしの周りで多くの血が流れるだろうと……。


 という事は、お父様は恐らく助からないのです……。そして、もしかすると、カルロ様も王命を退けた事を罪に問われてしまうかもしれません。



 わたくしの周りで流れる血とは、プロヴェンツァ家とカタルーニャ家の事だったら、どうしましょう……。


 わたくしは焦り、再度己の枷を見つめました。
 わたくしの魔力はプロヴェンツァ家にしては低くとも、外から見れば高い方です。


 きっと、この枷を作った者は、わたくしより魔力が低い筈です……何としてでも破壊しなければ……。



 それから数日ほど経った頃、わたくしの不安は現実のものとなってしまいました。
 国王陛下がカタルーニャ領に対し、王命を退けた件で反逆罪に問うと宣言され、カタルーニャ家をお取り潰しになってしまわれました。



 わたくしは毎日、この枷を壊し、何とか牢に捕らえられているカルロ様を助けようと思っているのですけれど、中々壊せないのです。ビクともしません。



「無駄だ。その枷を作ったのは王太子だ。王太子は、我が国一の魔力を誇っておる。余やニコーラよりも上だ。姫には、到底壊せまい」
「国王陛下……」



 わたくしは枷を壊す事に夢中で、陛下が入って来た事に気付きませんでした。
 ですが、これを作ったのは王太子殿下だったのですね……。魔力量が王位継承を決める我が国では当然なのかもしれませんが、そんなにもお強いのですね。


 お父様よりも強いだなんて……わたくし、これからこの方たちと渡り合っていけるのでしょうか。



「姫はカタルーニャ侯爵に会いたいかと思うてな。最期に会わせてやろう」
「陛下……、あの……カルロ様たちを罪に問うのはやめて下さい。わたくしなら喜んで従います。どうか、わたくしに免じてカルロ様を許して下さいませ」
「それは出来ぬ相談だな。姫の願いでも聞いてやる事は出来ぬ」
「お願い致します。何でもします。お願いですから、カルロ様を……カタルーニャ家の方々を助けて下さいませ」



 わたくしは陛下に跪き、靴に口付けました。絶対服従を示し、何としてでもカタルーニャ家の方々を助けて頂かなければ……。




「姫。交渉の場で何でもするは悪手以外の何物でもないぞ。それにだ、交渉するからには提示できるものが必要だ。姫は何を持っているというのだ?」
「……わたくしを差し上げます」
「其方は既に我が王室のものだ。もう良い。最期の別れをして来い」
「そんな……」


 


 わたくしは、どうしようもない事実に……涙が止まりませんでした。
 牢に行くと、カルロ様だけではなく、お義母様やカタルーニャ家の方々がいらっしゃいました。


 陛下は本当に一族郎党全てを処刑してしまわれるおつもりなのですね。



「カルロ様、申し訳ありません。お願いです。どうか、わたくしも連れて行って下さいませ。今ここで一緒に死んで下さい」
「そんな事は出来ません。貴方は王太子殿下の正妃として迎えられるのです。決して無体な扱いは受けないでしょう。どうか、辛くても受け入れて下さい……。どうか……私に貴方の命だけでも守らせて下さい」


 カルロ様は涙を流しながら、私の目を真剣に見つめ、そう言いましたけれど、わたくしは、泣きながら必死で首を横に振りました。


 こんなのは辛すぎます。わたくしは、常に貴方の傍にいたいのに…。


「嫌です。貴方の命が守られるなら、王太子殿下にこの身を捧げる価値もあるでしょう。ですが、陛下は聞き入れて下さいませんでした。わたくしは王太子殿下に差し出されるのに、カルロ様たちまで殺されてしまう。そんなの絶対に嫌です。お願い致します。わたくしを貴方の妻として死なせて下さい」
「ベアトリーチェ……」



 わたくしが牢に縋り付き泣いていると、お義母様が牢から手を伸ばして、わたくしの肩を掴みました。



「ベアトリーチェ、わたくしと約束して下さいませ。これから先、どんな辛い事があっても耐え忍ぶと……。自ら、命を断つ様な事だけはしないと……約束して下さいませ」
「嫌です! 絶対に嫌です! わたくしも一緒に死なせて下さいませ! わたくしが愛しているのはカルロ様です! 王太子殿下などに、この身を好きに扱われるくらいなら、いっそ死なせて下さいませ!」
「ベアトリーチェ!」


 お義母様は、泣きながらわたくしの名を咎めるように呼びました。


「強くなりなさい。その身を好きに扱わせるのではなく、王太子を籠絡し、この国で揺るぎなき力を手に入れなさい」
「お義母様……」
「貴方は王太子妃として、未来の王妃として、この国に君臨しなさい。二度とこのようなことが起きない国に変えなさい。それがわたくし達への供養にもなります」



 何故、そんな……お義母様もお父様と同じように何者にも負けぬ、王者の如き力を手に入れろと仰るのですね。



 わたくしは、お前のせいだと、いっそ責めてなじってくださった方が楽でした。
 それなのに、カルロ様もお義母様も……カタルーニャ家の方々は……誰一人として、わたくしを責めたり致しませんでした。



 わたくしは、それがとても辛かったのです。一緒に死のうと言って欲しかったのです……。




「ベアトリーチェに籠絡なんて無理だと思います。だから、王太子殿下を愛せるように頑張った方が良いよ」
「カルロ様?」
「王太子殿下を愛し、愛されて、憎しみではなく愛でこの国を治めて欲しいな」
「何故、そのような事を仰るのですか? そんな惨い事を……」




 どうせなら、あの日お母様と一緒に何がなんでも、お父様を説得し、最初から王室に嫁いでいれば良かったのです。そうすれば、カタルーニャ家の方々が処刑される事もなかったのです。
 カタルーニャ家の方々が、プロヴェンツァ家のお家騒動に巻き込まれる事もなかったのです。わたくしのせいで皆を失う事もなかったのです。



 それに、初恋の王子様が王太子殿下である保証もありません。だけれど、王太子殿下が例え、初恋の王子様だったとしても、それが何だというのでしょう。もう敵である事には変わりがありません。



 本当に進退両難とは、この事です。
 だけれど……何度後悔しても時が巻き戻る事はありません。










 そして、カタルーニャ家の方々の処刑の日を迎えました。わたくしは、処刑場を見渡せる場所で、国王陛下と夫になる予定の王太子殿下の側で、両手を魔力を封じる枷で拘束され、それを見つめておりました。


 国王陛下が手を上げると、次々と処刑が行われて行きます。


 転がる首、血飛沫、飛び交う悲鳴、嗚咽、嘔吐……それを見て高笑いする声や嘲笑う声……。


 その全てに、己の中で何かが音を立てて壊れていく……そんな気さえ致しました。


 わたくしは涙で目が曇り、まともに前を見る事も出来ていませんでした。それでも、わたくしは目を逸らしませんでした。この悲しみを目に焼き付け、いつの日か必ず仇を討ってみせると心に誓いました。


 必ず、わたくしの流れるこのプロヴェンツァの血で、王族を屈服させてみせるのです。





 そして、最後にカルロ様の番が来た時、カルロ様がわたくしの方を見つめました。すると突然聞こえる筈のない声が聞こえてきました。

 だって、魔力を封じられているのに……。



 カルロ様のお声で、「生きて下さい。そして幸せになって……。王太子殿下を受け入れ、貴方の優しい心を忘れずに愛でこの国を治めて下さい」と確かに聞こえました。

 そうです……、わたくしはこの時にプロヴェンツァ家の他者の思考を読む力が開花したのです。


 こんなの……嬉しくありません……嬉しくないの……。魔力を封じられても尚、聞こえてしまう程に強い心で……、本来眠っている筈のわたくしの力を目覚めさせてしまう程の強い心で……、そのような惨い事を願わないで……。





 カルロ様……、わたくしはこの事を隠す事に致します。
 わたくしにプロヴェンツァ家の能力がある事、そして正統なる後継者である事が陛下に分かれば、喜ばせるだけです。


 わたくしは、いつか復讐を成し遂げるその日まで、己の力を胸に秘める事を心に決めました。



 カルロ様……、わたくしは貴方の最期の願いを聞く事は出来ません。お願いですから、そのような惨い事を願わないで下さいませ。カルロ様を愛したままでいさせて下さい。そして、いつか復讐を成し遂げた時は貴方の傍に逝かせて下さいませ。


 わたくしは、もうこの世界で生きていたくないのです。死にたいのです。けれど、貴方への復讐を成し遂げるまでは頑張ります。頑張るから、生きろなどと言わないで……死なせて……貴方の傍に逝きたいの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】侯爵令嬢、断罪からオークの家畜へ―白薔薇と呼ばれた美しき姫の末路―

雪月華
恋愛
アルモリカ王国の白薔薇と呼ばれた美しき侯爵令嬢リュシエンヌは、法廷で断罪され、王太子より婚約破棄される。王太子は幼馴染の姫を殺害された復讐のため、リュシエンヌをオークの繁殖用家畜として魔族の国へ出荷させた。 一国の王妃となるべく育てられたリュシエンヌは、オーク族に共有される家畜に堕とされ、飼育される。 オークの飼育員ゼラによって、繁殖用家畜に身も心も墜ちて行くリュシエンヌ。 いつしかオークのゼラと姫の間に生まれた絆、その先にあるものは。 ……悪役令嬢ものってバッドエンド回避がほとんどで、バッドエンドへ行くルートのお話は見たことないなぁと思い、そういう物語を読んでみたくなって自分で書き始めました。 2019.7.6.完結済 番外編「復讐を遂げた王太子のその後」「俺の嫁はすごく可愛い(sideゼラ)」「竜神伝説」掲載 R18表現はサブタイトルに※ ノクターンノベルズでも掲載 タグ注意

麗しのシークさまに執愛されてます

こいなだ陽日
恋愛
小さな村で調薬師として働くティシア。ある日、母が病気になり、高額な薬草を手に入れるため、王都の娼館で働くことにした。けれど、処女であることを理由に雇ってもらえず、ティシアは困ってしまう。そのとき思い出したのは、『抱かれた女性に幸運が訪れる』という噂がある男のこと。初体験をいい思い出にしたいと考えたティシアは彼のもとを訪れ、事情を話して抱いてもらった。優しく抱いてくれた彼に惹かれるものの、目的は果たしたのだからと別れるティシア。しかし、翌日、男は彼女に会いに娼館までやってきた。そのうえ、ティシアを専属娼婦に指名し、独占してきて……

宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される

こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!? ※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください ※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

【R-18】嫁ぎ相手は氷の鬼畜王子と聞いていたのですが……?【完結】

千紘コウ
恋愛
公爵令嬢のブランシュはその性格の悪さから“冷血令嬢”と呼ばれている。そんなブランシュに縁談が届く。相手は“氷の鬼畜王子”との二つ名がある隣国の王太子フェリクス。 ──S気の強い公爵令嬢が隣国のMっぽい鬼畜王子(疑惑)に嫁いでアレコレするけど勝てる気がしない話。 【注】女性主導でヒーローに乳○責めや自○強制、手○キする描写が2〜3話に集中しているので苦手な方はご自衛ください。挿入シーンは一瞬。 ※4話以降ギャグコメディ調強め ※他サイトにも掲載(こちらに掲載の分は少しだけ加筆修正等しています)、全8話(後日談含む)

★完結 【R18】変態だらけの18禁乙女ゲーム世界に転生したから、死んで生まれ変わりたい

石原 ぴと
恋愛
 学園の入学式。デジャブを覚えた公爵令嬢は前世を思い出した。 ――ああ、これはあのろくでもない18禁乙女ゲームの世界だと。  なぜなら、この世界の攻略対象者は特殊性癖持ちのへんたいばかりだからだ。  1、第一王子 照れ屋なM男である。  2、第二王子 露出性交性愛。S。  3、王弟の公爵閣下 少女性愛でM。  4、騎士団長子息で第一皇子の側近 ドMの犬志願者。  5、生徒会長 道具や媚薬を使うのが好きでS。  6、天才魔術教師 監禁ヤンデレ。  妹と「こんなゲーム作った奴、頭おかしい」などと宣い、一緒にゲームしていた頃が懐かしい。 ――ああ、いっそ死んで生まれ変わりたい。  と思うが、このゲーム攻略対象の性癖を満たさないと攻略対象が魔力暴走を起こしてこの大陸沈むんです。奴ら標準スペックできちがい並みの魔力量を兼ね備えているので。ちな全員絶倫でイケメンで高スペック。現実世界で絶倫いらねぇ! 「無理無理無理無理」 「無理無理無理無理無理無理」」  あれ…………?

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

処理中です...