やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria

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私の妹(ライモンド視点)

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 アリーチェが十三歳になり、ノービレ学院に入る年齢となった。

 月日が経つのは早いものだ。
 あの小さくわがままだった妹が、己の短所や欠点に気づき改めようと努力を始めた時、私は今のアリーチェと同じ年齢だった。


 アリーチェの入学に合わせ、カンディアーノ領から帰ってきた私は、その月日をしみじみと感じ、過去を思い返していた。

 七歳の時に全属性の魔力を示し、それに伴う神殿入り。加えて、十一歳でイヴァーノ殿下と婚約。妹が変わったと思い始めた時から、その周囲をも目紛しく変わっていった。

 無論、それは私も同様だ。
 私は椅子に腰掛け、小さく笑った。

 留守中に可愛い妹が奪われていたのは少々癪に触るが、まあ元々殿下はアリーチェを好いていたし、アリーチェもまんざらではない様子だった。なので、これはなるべくしてなったということなのだろう。
 それに、あの色事に興味のなさそうな妹を落とすとは大したものだ。そこは褒めてやってもよいとは思う。ルクレツィオは不満そうにしていたが……。


「…………」

 私は机の上の書類を見ながら、頬杖をついた。

 先日、領地から戻った時に父から話があった。とても衝撃的な話が。

 宰相を継ぐならば知っておかなければならないと、父はアリーチェの出生の秘密を私に告げた。
 もちろん、殿下はそれを知った上でアリーチェを妃に望んでいるということも、そのことを陛下がよく思っておらず交換条件のもとで婚約が成ったことも、アリーチェ本人がすでにすべてを知っていることも……聞いた。

 殿下は大きな覚悟をもってアリーチェを愛しているのだ。
 私もそれを聞いたからといって何かが変わることはない。いや、むしろ一層兄として助けになってやりたいという想いが強くなったように思う。


 アリーチェが変わったと感じたあの日、アリーチェはすでにすべてを知っていたのだ。たった五歳の時にそれを知ってしまった心の中は一体どういうものだっただろう。
 アリーチェの異常なまでの頑張りようから、その心の痛みが推し量れて、私はぎゅっと拳を握りしめた。

 殿下とアリーチェの覚悟を私も側で支えられる宰相になりたいと強く思う。


「アリーチェの努力を無駄にしないためにも、私も考えねばならんな」

 私はアリーチェの出生の秘密を聞いてから、気になったことを調べさせた報告書を手に取った。

 アリーチェが持つ全属性は、血筋や生まれによるものなのだろうかと思い、調べたのだ。聞くところによると、コスピラトーレの王族は近親婚が当たり前だと聞くし、血が濃いゆえなのかとも思ったが、コスピラトーレにはもう長い間、全属性の者は産まれていないようだった。それどころか、その意識さえ潰えているほどだ。先代の王が身罷ってから、コスピラトーレから神事がなくなってしまったらしい。

 やはり全属性が稀有な存在であることは変わらないのだという確信と共に、コスピラトーレがまともでないようにも感じた。

 同盟を破棄し、戦を仕掛けてきた時点でまともではないのだが、神職を廃止し、神事を行なわない。とても異常に見える。本当なら、こんな国でアリーチェが育っていたのかと考えるだけでゾッとする。

 なので、これで良かったのだ。アリーチェはカンディアーノ家の娘だ。間違いなく私の妹だ。


 私は椅子に背を預け、目を瞑った。

 そういえば十四年ほど前――母は体調不良を理由に幼い弟を連れて、王室が持つ保養地に籠もったことがあった。
 あの時、ルクレツィオは連れて行ってもらえるのに、なぜ私は連れて行ってもらえないのかと悩んだものだ。それどころか会わせてすらもらえなくて、ひどく不満に思っていた。悔しさと母を恋しく想う気持ちから、よく隠れて泣いたものだ。

 その後――一年ほどが経った頃、母は産まれたばかりのアリーチェを連れて帰ってきた。子供だった私は、母の体調不良は懐妊のせいだったのかと納得したが、これはアリーチェの出生の事実を歪曲させるためだったのだと改めて得心がいった。

 腹が膨れないのに、アリーチェを産んだことにするには無理がある。だからこそ、一年近く、姿を隠したのだ。
 アリーチェが産まれた当時、まだ二歳のルクレツィオと八歳の私では、その選択も仕方がなかったのだと今なら分かる。……八歳の私を側に置いては、幼いながらにアリーチェが母から産まれていないと分かってしまう。

 両親は少しの懸念も断ちたかったのだ。
 私もそうすべきだと今なら理解ができる。


「…………」

 私は後継者として、幼い頃より厳格に育てられてきた。甘えなど許されなかった。だが、アリーチェは父も母も初めての娘が嬉しかったのか、溺愛ぶりが凄まじく、わがまま放題に育った。ゆえに、私はアリーチェが嫌いだった。あの時はまだ妹は五歳だったが、私は目に見えて愛されているように見える妹に嫉妬をしていたのだと思う。

 それと同時に、いつかとんでもないわがままを言い出し、両親を困らせるだろうとも考えていた。それがどうだろう、八年前――そう、あれはルクレツィオがアリーチェの髪の色を変えてからだ。あの一件から、見違えるように変わった。
 髪と一緒に性格まで変えてしまったのかと思うほどに、アリーチェは変わっていった。学院の休暇で帰るたびに、それは目を見張るほどだった。いつも逃げ出していた勉学にも積極的に取り組み、マナーやダンスのレッスンにも文句を言わずに取り組んでいた。

 ――私は評価を変えざるを得なかった。


 その上、アリーチェが神殿に入るなど、さらに驚いた。以前のアリーチェならば、癇癪を起こし直ぐに帰って来ただろう。それがまさか、あの偏屈で有名な首座司教様と師弟関係を結ぶことができるとは……。

 それもすべて、己の出生の秘密を抱えた上での努力だったのだと知り、私はすとんと腑に落ちた。アリーチェは並々ならぬ覚悟と決意を、あの五歳の時に固めたのだ。ならば、私も覚悟を決めよう。

 いずれ王妃となり首座司教となり、完全に人質ではなくなるその時まで、私が、我が家が、アリーチェを守る盾になろう。

 国王陛下からも守ってみせよう。

 ふぅと小さく息を吐き、私はゆっくりと目を開けた。

 近頃、仕事が捗らない。
 どうすれば妹が幸せになれるか……。妹の稀有な力を利用されたりはしないか……そればかりが頭を巡る。

 だが、アリーチェにとって神殿入りは本当に良かった。神殿は王といえど、不可侵の場だ。有事の際には、首座司教様がアリーチェを必ず守ってくれるだろう。その力は、カンディアーノ家よりも強い。
 万が一、陛下がコスピラトーレの姫を要らないと判断した時、我らや殿下では何処まで守りきれるか分からない。私はそれが心配で仕方がないのだ。が、首座司教様なら最後まで陛下に立ち向かうことができる。


「交換条件か……」

 陛下はアリーチェの稀有な力を利用しようと考えているのだろうか。コスピラトーレを呑み込み、国土の拡大を企んでいるのではないだろうか。
 陛下は妹である母の願いを聞き入れ、アリーチェを人質としてではなくカンディアーノ家の公女として扱うと約束してくれている。だが、あの陛下のことなので、否定ができぬのが辛いところだな。


 その不安を掻き消すようにかぶりを振った。それと同時に、ノックの音が部屋に響く。

 ……アリーチェか。

「どうぞ」
「こんにちは、ライモンド兄様」

 私が入室を許すと、アリーチェがドアから顔だけを出し、にっこりと笑った。私が手招きをすると、アリーチェが嬉しそうに入ってくる。

 本当に可愛らしく美しく成長したものだ。
 この笑顔を曇らせるようなことだけは、絶対にしてはならない。いや、絶対にしたくない。

 そのためなら、私は陛下に刃を向けよう。
 必要ならば、殿下を旗印に陛下を玉座から引きずりおろすことも厭わない。

 私は心の中で静かに決意を固めた。


「お呼びと聞いたのですが……」
「ああ。其方と腹を割って話がしたいと思い、呼んだのだ」
「なんでしょう? あ! この前のテストの結果ですか? あ、あれは私も、もっと努力を」
「違う」
「え?」

 アリーチェが百面相をしたあと、きょとんとした。

 まったく……。こちらの気苦労など、何も分かっていないという顔をしおって……。

 私は大仰な溜息をついたあと、ソファーに座るように促し、私も隣に座った。


「先日、父上から報告を受けた。宰相を継ぐ以上把握しておかねばならないと……。アリーチェ、其方の出生の件だ」
「え……?」

 アリーチェの瞳が驚愕の色を映す。だが、その色は徐々に諦めへと変わっていった。
 私から拒絶されると考えているのだろう。

 みくびってもらっては困る。其方は私の大切な妹だ。


「アリーチェ、私は真実がどうであれ、其方が私の可愛い妹である事実は変わらぬ。それが私にとっての真実だ。それを伝えたくて呼んだのだ」
「ライモンド兄様……」

 私の言葉に、口を手で覆いながら大粒の涙を流すアリーチェを力強く抱き寄せる。


「アリーチェ、案ずることはない。私たち家族は其方の味方だ。無論、ルクレツィオも。知ったとしても何一つ変わらぬだろう」
「ライモンド兄様」
「だから、辛いことは辛いと言いなさい。もう一人で抱え込んだりするな」

 アリーチェは何度も頷きながら、私にしがみつき声を出して泣いた。

 可愛い妹。
 家の奥深くで守ってやれたら、どんなによいだろう。
 だが、アリーチェは全属性を示し、首座司教様の庇護下に入り、殿下の婚約者となった。私たちが干渉できる範囲をすでに超えている。それに、家の中に閉じこもっていては、アリーチェの時は止まる。

 ならば、私は次期宰相としてアリーチェが伸び伸びと生きられる国にしよう。


「其方は、我が妹は、人質などでは決してない。大切な我が家の姫だ。これは揺るぎない事実だ。アリーチェ、これから先何があっても、それだけは忘れるな」
「はい! はい! ありがとうございます! ライモンド兄様、大好きです! ライモンド兄様!」

 おそらく、これから先――考えられないような辛いことがアリーチェの身に降りかかるかもしれぬ。だが、それでも負けないでいてほしい。
 私たちは絶対にアリーチェを守る。だから、絶対に折れたりしないでくれ。

 愛している。私の大切な可愛い妹。
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