やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria

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首座司教

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「アリーチェ。ルクレツィオとは、いつもこうなのか?」
「えっ? あ、あの……ルクレツィオ兄様とは年も近いので、喧嘩になると泣かされることが多いんです……」

 そう。それは前回から変わらない。基本的にはとても優しく甘いけれど、おそらく心はそんなに広くない。
 女性のバカみたいなわがままは好きらしいけど、己の意見を否定されたり、逆らわれたりすることを極端に嫌う。ひとたび怒らせてしまうと、泣いて謝るまでねちねちと言葉で責め立ててくるし、ひどい時は手も出てくるので要注意だ。

 私が殿下と距離を取りながらそう言うと、殿下が大きな溜息をついた。その溜息に体が飛び上がってしまい、慌てて大きく距離を取る。

 私は兄様より殿下のほうが怖い……。


「ルクレツィオ、アリーチェを泣かせることは断じて許さぬ。其方は年上なのだから、譲歩することを覚えろ」

 あ、ルクレツィオ兄様への溜息だったのね……。びっくりした。

 私は胸を撫で下ろしながら兄様の背中に隠れた。


「これは兄妹の問題なのだから、イヴァーノは口を出さないでくれる?」
「駄目だ。たとえ、兄妹喧嘩でも泣かせることは許さぬ」
「ふーん、随分とご執心じゃないか……。言っておくけど、アリーチェはイヴァーノのことを絶対に好きにならないよ」
「なに?」

 兄様は背中に隠れていた私を腕の中に閉じ込める。そしてクスクス笑いながら、殿下を挑発した。その言葉に、殿下の眉が寄る。


「ルクレツィオ兄様! イヴァーノ兄様! 喧嘩はやめてください!」
「だが、アリーチェ。ここではっきりしておかなければ……」
「わ、私はルクレツィオ兄様もイヴァーノ兄様も好きです。なので、喧嘩をしないでください」

 私は身が切れる思いで、殿下に好きだと告げた。

 殿下も本心では私に好いてもらいたいなんて思っていないだろう。でも今はこの場を収めるために、頑張って嘘をついた。

 私の言葉にルクレツィオ兄様が私を抱き締めたまま、「アリーチェは本当にいい子になったね」と頭を撫でてくる。その様子を、殿下が何やら腑に落ちない表情で見ている。

 だけれど、すぐに観念した顔をして大きな溜息をついた。

「まあよい。今はアリーチェからのその言葉で満足しておこう。いずれは本心から言ってくれるように私が努力すればいいだけの話だ。それよりも、アリーチェ。今後ルクレツィオに何かされた時は必ず報告するように」
「……はい」
「では、本題に入ろうか」
「本題、ですか?」

 私が頷くと、殿下が椅子に腰掛ける。

 属性検査の話だけじゃなかったの?

 首を傾げると、殿下が微笑みながら私たちにも座るように促したので、兄様が椅子を引いてくれる。私たちが座ると、殿下が話しはじめた。


「この国には現在アリーチェのほかに全属性の者が一人いるのだ。アリーチェも知っていたほうがよいだろう」
「首座司教様だね」

 殿下の言葉に兄様が頷く。

 首座司教様――国中の神官や神子すべての頂点に立つ人。そして首座司教様がいるイストリア神殿は、中央神殿と呼ばれ国の要であり、国王だとて自由にならない場所だと聞いたことがある。

 以前は中央神殿に行ったこともなければ、会ったこともなかった。でも今回は是非お会いしてみたい。

 同じ全属性の者として、教えを乞いたいという気持ちが芽生えてきて、私は心が浮き立った。


「そうだ。その首座司教により、我がイストリアは中央神殿を起点に結界が張られている」
「結界!?」

 つい口を挟んでしまい、慌てて手で口を覆うと、殿下が笑顔で頷いてくれる。

「中央神殿より張られた結界は、我が国を囲うように張り巡らされ、これにより害意ある者の侵攻を防ぐことができるのだ」

 そのようなものがイストリアに張られていたなんて知らなかった。それは勝手に国を出ても分かったりするものなんだろうか……。
 だから、以前バレたのかしら? でも、出る前からバレていたから関係ないのかもしれない。

 やっぱり最初から目をつけられていたんだと納得して、殿下を見つめる。


「どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「え? いえ、入って来る者を防げるなら、逆に出て行く者はどうなのかなと思っただけです」

 私の考えていることを察したのか、訝しげな表情で問いかけてる殿下に、小さく縮こまる。


「出て行く者への影響はないが……。アリーチェ」
「はい!」
「其方、興味本位で国境付近を見に行くような真似だけはしてはならぬぞ。結界は目に見えぬし、何より其方が行ってよい場所ではない」
「も、勿論です! 絶対に行きません!」
「ならば、よいが……」

 殿下の言葉に、私は何度も頷いた。

 決して逆らうつもりも逃げるつもりもない。私は絶対に同じてつは踏まない。

 両手を握りしめながら、もう一度「殿下の言いつけは絶対に守ります」と宣言した。


「でも、気になるよね。見てみたいと思っても不思議ではないけどな」
「ルクレツィオは好きにするがよい。あとで、ヴィターレに言っておこう」
「あ! 待って! それは駄目だよ! 分かった、分かりました! 行かないよ」

 殿下の言葉に慌てた兄様が、彼の肩を掴んで揺する。その姿を見ながら、いけないと思いつつも笑ってしまった。

 ルクレツィオ兄様はお父様に弱い。殿下もそれを分かっているのだろう。

 私が殿下と兄様のやり取りを見ながら笑っていると、兄様を引き剥がした殿下が手を伸ばして、私の手を握った。

 ひぇ……。

「アリーチェはそのように笑っているほうがよい。いつものように怯えた顔ではなく、これからはもっと笑顔のアリーチェを見せてくれ」
「え……っと」

 私が困った顔で殿下を見ると、彼は「焦らず、ゆっくりでよい」と言って、笑いかけてくれる。

 殿下……。

「それで? イヴァーノは何が言いたいの?」
「ん? つまり全属性は国の宝だ。なくてはならない存在なのだ。なので、私はアリーチェを神殿に入れ、首座司教の下で学ばせたいと思う。アリーチェとルクレツィオはどう思う?」
「私が……首座司教様に学ぶ、のですか? そのようなことできるのですか?」
「……僕としては少し不安かな。首座司教様は気難しい方だと聞くし。泣かされて帰ってきそう」

 ルクレツィオ兄様が厳しい表情で首を横に振った。

 確かに以前の私なら、絶対に無理だっただろう。
 でも、私は変わると決めた。イストリアにとってなくてはならない人間になると決めたのだ。

「ルクレツィオ兄様。私、頑張りたいです」
「でも、アリーチェ……」
「お願いです、ルクレツィオ兄様」

 難色を示す兄様の手を握って、必死にお願いすると、兄様がうーんと唸った。


「ルクレツィオ。アリーチェを信じて、一度首座司教に預けてみぬか? もし首座司教と合わなかったとしてもその時はその時だ……」
「……アリーチェが変わろうとしているのは分かるし。僕も変化を警戒せずに受け入れなければならないかな」

 兄様はぼそぼそと何かを呟いたかと思うと顔を上げて、「分かった」と言ってくれた。兄様が許してくれたことが嬉しくて、がばっと抱きつく。

「兄様! ありがとうございます!」
「きっと父上は嫌がるだろうから説得してあげるよ」
「私もヴィターレと叔母上を説得してみせよう」
「ありがとうございます」

 これは思ってもない嬉しい提案だ。
 その道の人から教えを乞えるなら、これほど心強いことはない。自分の力を伸ばすことができる。

 どんなに厳しくつらいことがあっても頑張りたい。
 殺される以上につらいことなんてないはずだから……。


「私、嬉しいです。イストリアの役に立てるように頑張ります」
「うむ、励め」
「はい!」
「それに……」

 私が元気よく頷くと、殿下が声をひそめた。なんだろう? と殿下の顔を見ると、彼の顔が私の耳に近づいてくる。

「それに其方はルクレツィオから離れたほうがよい。ルクレツィオの妹離れも急務だとは思わぬか?」

 兄様の……妹離れ?

「それは……私が兄様の周りをうろうろするのが、お気に召さないということですか?」
「は!? 違う。逆だ。ルクレツィオが妹にべったりすぎるのが気に障るのだ」
「え?」

 言われた言葉の意味を理解しようと、殿下の言葉を頭の中で反芻していると、彼が私の腰を抱く。そして「幼いアリーチェにはまだ分からぬかもしれぬが、私を其方の恋の候補に入れて欲しい」と囁いた。

 は? え? 恋の候補?

 もっと理解できない言葉が耳に飛び込んできて、私はギギギッと錆びついた音が出そうなくらい、ゆっくりと殿下の顔を見た。すると、彼は熱のこもった目で私を見つめてくる。

「それは……どういう意味ですか?」
「分からぬのなら、今は分からぬままでよい。今は其方の兄として、其方を守ろう」

 そう言って、私の腰を抱き手の甲に口付けが落ちてくる。その殿下の行動に、私は心臓が止まりそうなくらい驚いた。

「泥棒猫とは、こういうことを言うのかな? どう思う? イヴァーノ」
「さて、なんのことか……」

 ルクレツィオ兄様が腰を抱いている殿下の手をはたきながら睨むと、殿下はしれっとした顔で私を離してくれた。

 慌ててルクレツィオ兄様の後ろに隠れる。

「では、アリーチェ。明日、昼頃に中央神殿へと行け。話は通しておく」
「はい!」

 殿下はふっと笑い、兄様の背中に隠れている私の頭を撫でて去っていった。


「兄様、私は都合のいい夢を見ているのでしょうか? 少し頬をつねってみてください」
「アリーチェ、これは夢ではないよ。まあ、イヴァーノが本気でアリーチェに恋をしたなら、それはそれで安心といえば安心だけど。でも、まだ油断はできないな。だから気をつけるんだよ」
「はい、兄様」

 何度も何度も頷くと、兄様は「いい子だね」と言って、私の手を引いて屋敷の中へエスコートしてくれる。

 兄様は兄様で、殿下が私に構うことに懸念があるみたいだ。それもそうよね。殿下が私に構うなんて誰が見てもおかしいもの。


 ◆     ◇     ◆


「綺麗……」

 次の日の昼頃、馬車でイストリア神殿へと行くと、その素晴らしさに圧倒された。ぽかんと口を開けて、その佇まいを見上げる。

 正面の破風には青銅のレリーフが飾られていて、基礎の上部に円堂と半球形のドームが載った構造のとても大きな白い建物だった。

「中に入ると広さと丸さに、さらに圧倒されますね」
「ええ。まるで円の中にすっぽり入ったみたいです」

 護衛の人と、そう話しながら神官の人に中まで案内してもらう。私はきょろきょろと中を見まわしながら、さらに感動した。

 ここで待つようにと案内された礼拝堂は上品な黄色で統一されていて、とても美しかった。黄色い大理石を円柱に使い、床は大理石で造られたカラフルな模様が目を引く。

「あの天井のドーム頂上部分にある開口部もすごいですね。光があそこから入ってきて、神殿内を照らしてとても綺麗」
「あれはオクルスですよ」
「え?」

 お腹に響くくらい低く重厚な声に振り返る。すると、猩猩緋しょうじょうひ色の髪に、金の瞳が印象的なとても聖職者とは思えないくらいに大柄な男性が立っていた。筋肉質でがっちりしていて、とても強そうだ。
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