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エピローグ

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「はぁ~っ、疲れた」
「あはは。お疲れさま」

 侑奈がぐったりとベッドに倒れ込むと、兄が呑気に笑いながら病室に入ってきた。ちなみに隆文は廊下で玲子たちとお話し中だ。

 祖父の雷が落ちたあと、祖母や両親、玲子や隆文の両親まで代わる代わる会いにきて、そのたびに泣かれ、叱られ、謝られ……めちゃくちゃ大変だった。

 心配をかけただけに仕方がないが、すごく疲れてしまったので、兄のお説教まで聞く余裕がない。侑奈はベッドから少し体を起こし、兄を見た。


「お兄様もお説教にきたの?」
「ううん。もう充分なくらい皆から叱られただろうし、僕からは診察と今後の診療計画の相談だけだよ」
「診療計画……? 何それ? 検査で異常がなかったら帰れるんじゃないの?」
「大体の検査は侑奈が眠っているときにしたけど、侑奈が自分の体で試した篠原の薬の影響についてはまだ調べられてないんだ。本当に何の影響もないか……徹底的に検査しようね」
「え……でも私、本当に大丈夫なのに」
「そんなの分からないじゃないか。見えないところで何かが起きている可能性は十二分にあるし、何より気を張った状況だからこそ症状が抑えられていた可能性もある」

 色々なことを考えて調べなければと笑顔で詰め寄ってくる兄の圧に負け、侑奈は首肯した。

(気力で抑えられるようなものじゃないと思うんだけど……)

 でもそれだけのことをやらかしたので、甘んじて受けようと思う。

 兄だけじゃなく、皆の声や表情からは心配や後悔、懺悔――色々なものが伝わってきた。侑奈のことをこんなにも愛し大切にしてくれる皆を二度と悲しませないように努めなければと、本気で思う。


「……」

 ちらりと応接用のテーブルを見る。隆文は侑奈の意識がない間、ここに泊まり込んで仕事をしていたようで、パソコンや書類などがそのまま置かれていた。

 そしておそらく侑奈が退院するまで、ここに居座るつもりなのだろう。

(まあここ……一番グレードの高い特別室だから、仕事するのに不便はないわよね)

 このベッドルームのほかにリビングや会議室兼応接室、秘書室まであるので然程困らないだろう。


「帰りたい気持ちも分かるけど、実家に帰ったつもりでのんびりしているといいよ」

 侑奈がそんなことを考えていると、兄がそう言って点滴を取り替えてくれる。そしてウインクして部屋を出ていった。

(確かに実家みたいなものだけど……)

 両親や兄が働いているので、ここにいるといつでも気軽に会える。だから寂しくはないのだが、やはり病院は病院なので家には帰りたい。

 侑奈が小さく息をつくと、隆文が戻ってくる。だが、その表情はかたい。

(どうしたのかしら?)


「隆文、おかえりなさい。もしかして改めてきつく叱られたんですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……実はパーティーの話をしてたんだ。あんなことがあったし、今回は婚約発表のみで侑奈は欠席させたほうがいいんじゃないかって、父さんが心配していて……」
「え? そ、そんなの嫌です! 頭の痛い問題を片づけて、これでやっと晴れやかな気持ちでパーティーに挑めるって喜んでいたのに、あんまりです」

 隆文の父親は四條製薬グループをまとめる四條製薬株式会社の社長だ。四條の屋敷での存在感は薄いが、玲子引退後に会長になるだけあって、とても強い力を待っている。そんな人に反対されたら、本当に欠席にさせられてしまうと、侑奈は隆文の父を説得するべく、病室を飛び出そうとした。だが、隆文に阻まれる。

「おじさまったらひどいわ。隆文、私話し合いに行くから離して」
「落ち着け。侑奈がそう言うと思って、俺とばあさんで、ちゃんと父さんを説得しといたから」
「本当?」
「ああ、だから今はまだ絶対安静だ。勝手にベッドからおりるな」

(良かった……玲子さんが味方についてくれるなら大丈夫ね)

 ホッと胸を撫で下ろしてベッドに戻る。
 パーティーまではあと一ヵ月くらいあるし、体調や顔の腫れについては心配ないだろう。

「大人しくしています」
「マジで頼むよ。もうあんな思いは御免だ」

 ベッドに腰掛けて首筋にすり寄ってくる隆文の髪に触れる。


「たくさん泣かせてしまってごめんなさい……これじゃ昔とあべこべだわ」

 そう言ってぎゅうっと抱きついて隆文の頭を何度も撫でると、彼が目を閉じた。そしてぐりぐりと頬ずりをしてくる。

「ちょっと、隆文……! くすぐったいです」
「別に侑奈になら泣かされてもいいけど、今回みたいなのは嫌かな」
「はい……ごめんなさい」
「もう謝らなくていい」

 そう言って隆文は侑奈を抱きすくめベッドに寝転がった。そのまましばらく沈黙が続く。ちらりと隆文を見ても、彼は目を閉じたままジッとしている。

「ねぇ、隆文……」
「ん?」
「無事に退院したら、お仕置きしていいですよ」
「は?」

 驚いたのか瞼を開けて、こちらを探るように見てくる隆文に気恥ずかしさを感じて目を伏せる。

(うう……自分で言い出したことだけど恥ずかしいわ……)

「ほ、ほら。私が失敗したらお仕置きするって話だったじゃないですか。今回壮大にやらかした自覚があるので仕方ありません。それに隆文を泣かせてしまった償いもしないと」

 それに怖かったことをすべて忘れさせてほしい。隆文の熱で全部塗り替えてほしい。侑奈が期待を込めて隆文を見ると、彼がフッと笑う。

「いや、お仕置きにならないだろ。侑奈は毒には強いかもしれないけど快感には弱いからな。ご褒美になっちゃいそうだけど?」
「ご、ご褒美だなんて……そんなことありません……!」
「あるだろ。俺に虐められるの好きなくせに。今だって自分からお仕置きをねだってさ。絶対Mだよな」

 とても失礼なことを言い出した隆文にくわっと目を剥く。侑奈が反論すると、さらに挑発的に笑われる。

(ムカつく……誰がMよ、誰が)

 ニヤニヤと馬鹿にしたような顔で見てくる隆文と暫し睨み合う。

 だが、先ほどまで元気がなかったくせに、いつのまにかいつもどおりの優しくて意地悪な隆文に戻っていて、なんだか笑ってしまう。

(ああ、幸せだなぁ)

 彼とこうしていると、日常が戻ってきたんだなと実感する。
 侑奈はクスッと笑って隆文にキスをした。そして額をコツンと合わせる。


「自分からお仕置きをねだるはしたない私は嫌ですか?」
「嫌じゃないよ。むしろ最高。大好きだよ、侑奈」
「私も大好きです」

 次は彼から唇を合わせてきた。そしてしばらく触れるだけのキスに興じる。彼は侑奈の顔が腫れていることや口の中が切れていることを考慮して、決して舌を入れてこない。その優しさが嬉しかった。

 本当はベッドの中の意地悪な隆文も大好きだ。でも悔しいから絶対に言ってあげない。

「愛してる」
「私も愛しています」

 隆文がくれる愛情は甘美な毒だ。ゆっくり侑奈の中に染み込んでいって雁字搦めにする。唯一侑奈が囚われる甘い毒。

 これからもこの優しくて意地悪で温かい。けれど、弱いところもある隆文の腕の中で生きていきたい。

(隆文、愛しています。もう二度と離さないで)
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