上 下
34 / 36

意識回復

しおりを挟む
「侑奈、お願いだから目を開けてよ。侑奈……」

 遠くで侑奈を呼ぶ隆文の声が聞こえる。その声があまりにも悲痛に聞こえて、侑奈は彼に大丈夫だと伝えるために手を伸ばした。その瞬間、頭に痛みが走って呻く。


「痛っ……」
「侑奈! 大丈夫か?」

 痛みで目を開けると、隆文が手を握ってくれた。その顔はとても疲弊している。それに目が真っ赤だ。

(隆文……泣いてるの?)

「目が覚めたんだな。本当によかった……」
「隆文、泣かないで……」
「泣いてない」

 安堵の息をついて床に座り込む隆文の頭を撫でると、すかさず反論される。だが、立ち上がって抱きついてくる彼はやっぱり泣いていた。震える体をよしよしとさすると、隆文がゆっくりと体を離す。そして「少し眩しいぞ」と言ってから侑奈の目にライトを当てて対光反射の確認をし、脈をはかった。

(そういえばお医者様の資格を持っているんだっけ……)

 ぼんやり隆文のすることを見ていると、彼が侑奈の額を撫でた。


「問題はなさそうだな。吐き気は?」
「吐き気はありません。意識もはっきりしています。……ここは実家の病院ですか?」
「ああ。検査しても異常は見られないのに、三日も起きないから本当にどうしようかと思ったよ」
「そんなにも……!?」

 侑奈が驚くと隆文が侑奈の手をぎゅっと握り込む。そして殴られていないほうの頬に触れた。

「悠斗や侑奈のお父さんは、おそらく精神的ショックが原因だろうって言ってた……。侑奈、ごめん。あのとき一緒にばあさんに報告に行っていればよかった。侑奈から離れちゃいけなかったのに……本当にごめん。怖かったよな。痛かったよな。守れなくて本当にごめん」

 何度もそう言って謝る隆文に侑奈は胸が痛くなった。自分以上に彼のほうを怖がらせてしまったようだ。

(三日も目覚めなかったらそれもそうか……)

 逆だったら、隆文がもう目覚めなかったらどうしようと物凄く怖かっただろう。

 侑奈はこのままでは隆文に抱きつきにくいので、リモコンのスイッチを押してベッドの角度を調整し体を起こした。すると、隆文が「セキュリティ見直すから……」と呟く。


「教授……仲間を警備員として潜り込ませて、手引きさせたと言っていました。内部の人間が招き入れたら、そりゃ入れますよね……。でもセキュリティを見直して強化するのはいいことだと思います」
「篠原の言うとおり、警備員の採用に関して気を回していなかったのは事実だ。社員が安心して働けるように努めなければならないのに、あんな危ない男が容易く入り込めるほど杜撰なんて失態以外の何ものでもない」

 あのあと大々的に調べてみると今回の玲瓏薬品だけでなく、本社である四條製薬まで篠原の魔の手が伸びていたと隆文は言った。

(どうしてそこまで……私がどこに現れるか分からないから?)

 気に入った生徒には面倒見のいい先生だった。侑奈もとても良くしてもらったのを覚えている。だからと言って執着される理由が見当たらない。

(それに私が目的なら実家の病院にも手を回されていてもおかしくないわよね。四條製薬グループだけというのは……)

 そういえば篠原は隆文に敵意を向けていた。もしかすると、四條製薬に何か恨みでもあったのだろうか。


「隆文は教授がそこまでする心当たりとかありますか? 過去に……四條製薬と教授の間に何かがあったとか?」
「別にないよ。奴はうちに執着しているんじゃなくて侑奈にしているんだよ。侑奈が欲しくてたまらないんだ。俺のところに来てからは侑奈はほぼ実家に帰らずに俺の側にいるから、単純にうちに狙いを定めただけじゃないかな」
「それはないです。私にはそんな価値ないもの」
「あるよ。毒の知識と毒に耐性のある体。助手としても研究材料としても最適じゃないか」

(あ……)

 そういえば篠原は侑奈に手伝ってほしそうだった。
 隆文の言葉で篠原の言葉を思い出し、体が震えてくる。

「大丈夫。絶対守るから」
「はい。あ、そうだわ……私、教授にあの薬をかけちゃったんだけど、どうなりました? 経口からじゃないとやっぱり効果はなかったですか?」
「さあ……」
「ということは何も症状が出ていなかったということですよね。残念だわ」
「というより、カッとなってタコ殴りにしちゃったから正直分からないんだ。そのまま警察病院に運ばれていったし……。あとで確認しておくよ」

(え? タコ殴り?)

 あははと悪びれもなく陽気に笑う隆文に唖然とする。

(教授、大丈夫かしら……生きてる?)

「ちゃんと償ってもらわなきゃならないんだから、やりすぎは駄目ですよ。毒薬をかけた私が言えたことじゃありませんが……」
「そうだな、ごめん。でも侑奈に危害を加えられたと思ったら怒りを抑えられなかったんだ。でも状況が状況なだけに傷害事件とかにはならなかったよ」

 そう言う隆文を見て、彼に一線を越えさせないためにも、これからはもっと気をつけようと心の中で誓った。

(きっと警察にも玲子さんたちにもめちゃくちゃ怒られただろうし、私から言い過ぎるのはやめときましょう)


「それより教授が起こした件についてはどうなりました? 罪を明らかにできましたか?」
「うん、侑奈があいつとの会話を録音しておいてくれたおかげでね」

 隆文はこの一件で篠原が起こした事件だけじゃなく彼のバックにいる奴らもまとめて罪に問えそうだと言った。

「良かった……」
「本当によくやってくれたよ。侑奈が機転をきかして録音していてくれなかったら、ここまでスムーズじゃなかったと思う。ありがとう」

 えらいえらいと褒めてくれる隆文にすり寄ると、隆文が「だが……」と侑奈の肩を掴んだ。

(へ?)

 キョトンとすると、額をペシッと叩かれる。


「無茶しすぎだ。あんなに煽って本当に連れ去られて四肢を切られたらどうするつもりだったんだ!」
「会社の中だったので、隆文がすぐに来てくれると信じていたから……」
「それでもだ。殴られて頭打ちつけてるんだぞ。打ちどころ悪かったら大変なことになってたんだ。頼むから危ないことはやめてくれ」
「ごめんなさい」

 謝ると隆文が強く抱きしめてくれる。彼は侑奈を抱きしめたまま、侑奈の意識が戻ったことを伝えるためにナースコールに手を伸ばした。すると、押すよりも先に「馬鹿者!」という祖父の怒鳴り声が聞こえて二人して飛び上がる。


「侑奈の意識が戻ったら報告しろと言ってあっただろう。何のためにここへの滞在を許してやったと思っているのだ! イチャつかせるためではないぞ!」
「も、申し訳ありません……。でも今俺、皆を呼ぼうと……」
「言い訳はいらん!」

(やばいわ……めちゃくちゃ怒ってる)

 叱られるのはもちろん当たり前のことなのだが、鬼のような形相をした祖父が怖すぎて、侑奈は隆文の後ろに隠れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

私はお世話係じゃありません!

椿蛍
恋愛
幼い頃から、私、島田桜帆(しまださほ)は倉永夏向(くらながかなた)の面倒をみてきた。 幼馴染みの夏向は気づくと、天才と呼ばれ、ハッカーとしての腕を買われて時任(ときとう)グループの副社長になっていた! けれど、日常生活能力は成長していなかった。 放って置くと干からびて、ミイラになっちゃうんじゃない?ってくらいに何もできない。 きっと神様は人としての能力値の振り方を間違えたに違いない。 幼馴染みとして、そんな夏向の面倒を見てきたけど、夏向を好きだという会社の秘書の女の子が現れた。 もうお世話係はおしまいよね? ★視点切り替えあります。 ★R-18には※R-18をつけます。 ★飛ばして読むことも可能です。 ★時任シリーズ第2弾

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...