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話し合い
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「……」
とりあえず二人で話し合いなさいと応接室に二人きりにされて、侑奈は全身に力が入ったまま隆文の隣に座っていた。
ちらりと隆文を盗み見るが、彼は侑奈から顔を背けたまま、こちらを向いてくれない。すごく機嫌が悪そうだ。
(やっぱり怒っているのよね?)
自分の愚かな行いのせいで家族にたくさん迷惑や心配をかけてきた。
祖父が女は必要以上に学ぶなと言うのも、実際は侑奈を心配しているのだと思う。侑奈が信用できないから……
(おじいさまはよく私を愚図だと言うけれど……それは私に何もさせないようにしているのよね)
自分でも変な子供であったことは分かっている。自分に対して無頓着すぎて危なっかしい部分も理解している。だから、ちゃんと学んで正しい道を進みたいと考えたのだ。
(また失敗しちゃった……)
「隆文、ごめんなさい……。私……本当にどうしようもないくらい馬鹿で……。自分の体で実験したらいけないってことくらい分かってるのに、いざその場に直面するとこれくらいいいやって軽く考えちゃうんです。私は大切なものが欠落している救いようのない愚か者です。直すように頑張るから嫌いにならないで……」
「ちょっと待て! きつく怒ったのは悪かったが、卑屈になりすぎだ。侑奈が自分自身に対して無頓着なのは悲しいが、だからといってそこまでは思っていないし、俺が侑奈を嫌いになることは絶対にない」
やっとこちらを見てくれた隆文はとても焦った表情をしている。彼の優しさに胸が苦しくなって、熱くなった目頭からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「侑奈……」
「ごめんなさい。泣かずに話さなきゃいけないのに……」
止めようと思っても止まってくれず侑奈が目をぐしぐしと擦っていると、隆文に腰を引き寄せられる。彼の膝に乗る形になった侑奈は鼻を啜りながら、ぎゅっとしがみついた。よしよしと背中をさすられているうちに少しずつ涙が引っ込んでいく。
久しぶりの隆文の匂いだ。こんなふうに抱き合えるのはいつぶりだろう。
「俺もカッとなりすぎて悪かった。でも侑奈を大切に思うがゆえなんだ。それは分かってほしい」
「はい。もう二度としないと約束します。お仕事だって、隆文が私のことを信用できるまでやめておきます」
「……侑奈はそれでいいのか?」
「いいです。それ以上に貴方を心配させ傷つけるほうが嫌ですから」
ポケットからハンカチを出して顔を拭いていると、隆文が安堵と苦悩が入り混じったような複雑な表情を浮かべた。侑奈がジッと見ると、強く抱いてくれる。
「ごめん……器の小さい弱い男で……」
「そんなこと……いえ、たまにそういうときもありますけど……別に弱くたって余裕がなくたっていいじゃないですか。私も完璧じゃないように隆文も完璧じゃなくていいです。どちらかが間違えるたびに、ちゃんと話し合っていけばいいだけですから」
隆文の首筋に頬ずりし力一杯抱きついた。彼は少し涙ぐんでいる。
「隆文……私、隆文のことが好きです。今回会えない間に身に沁みて分かりました。貴方は私がいないと駄目と言うけど、私もです。私も隆文がいてくれないと駄目なんです」
「……侑奈が俺を好き? 本当に?」
「本当です。大嫌いだった昔と同じくらい……いえそれ以上の強い気持ちで好きになってしまいました。私の心をひっくり返したんですから責任とってくださいね」
不敵な笑みを浮かべてジッと見つめる。その瞬間、隆文の瞳から涙がブワッとあふれた。
「隆文!?」
「嬉しい。責任取るよ。責任取って二度と離さない。ずっと俺の腕の中に閉じ込めておくから」
「それはちょっと……」
侑奈が困り顔で笑うと、隆文がキスをねだってくる。
その後は泣いて甘えてくる隆文を慰めながら何度もキスに興じた。
「それで教授のことなんですけど……」
お互いたくさん泣いてキスしあったせいで、真面目な話に戻るのはなんとなく気恥ずかしい。だが、しなければならないので、侑奈は隆文の胸に凭れ掛かりながら話を切り出した。
「罪に問えないんですか? 少なくとも、大学での件は立証されているんでしょう?」
「俺だって捕まえてやりたいけど、大学での事件は握り潰されているんだ。大学側が表に出ることを嫌ったのか、それとも余程の権力者と懇意にしているのか……どちらかはまだ分からないが、この件は表に出ていない。正直実家の力がなかったら何も出てこなかっただろうな」
(そんな……)
侑奈がショックを受けると、隆文がこちらを窺うように見てきた。
「いいのか? 尊敬していた教授だろ」
「だからこそ、ちゃんと罪を認めて償ってほしいんです」
教育者が私情を優先して、本来導くべき生徒を危険にさらした。純粋に教授を慕う生徒の心を裏切ったのだ。それ相応の報いを受けてくれないと、皆の気持ちも侑奈の気持ちもおさまらない。
「教授は裏切った生徒や媚薬で傷つけた人たちに誠心誠意謝るべきですし、一生をかけて責任を取るべきです」
「なら、なおのこと何としてでも媚薬の件との関連性を見つけ出さなきゃな。そうすれば、大学での事件も白日の下に晒せる」
「はい! 私も全力で協力しますね!」
ぐっと拳を握り込むと、隆文が侑奈の鼻を摘んだ。彼の膝の上から飛び退くと、彼が怖い顔でこちらを見てくる。
(どうしてそんな顔をするの?)
「侑奈は何もしなくていい。しばらくは屋敷から一歩も出るな。外出禁止だ」
「え……でも……」
「本当なら今回の罰として一生屋敷の奥に閉じ込めてもいいんだぞ」
「な、なら……四條邸じゃなくて横浜のマンションがいいです。あそこなら今より会えますよね? もう一ヵ月も会えないなんて嫌なんです」
「分かった。なら、俺がいない昼間は見張りとして数人のメイドに交代で来てもらう。それならいいよ」
「はい!」
隆文の譲歩に侑奈は一も二もなく頷いた。
彼は見張りなんて言っているが、侑奈が日中退屈しないように配慮してくれたのだと思う。
侑奈が喜んでいると、隆文が仕方ないなと溜息をついて侑奈の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「無事に話し合いが終わったことを祖母に伝えてくるから、ここで待ってて。報告終わったらマンションのほうに俺が送るから」
「はい!」
「分かってると思うけど、勝手に動き回るなよ。無断でうろついたら今度こそ永久外出禁止にするからな」
「もちろん分かっています。えっと……それじゃ、先にお手洗いに行ってもいいですか?」
隆文にぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で整えながらそうお願いした途端、隆文がジト目で見てくる。
「だ、だって、万一玲子さんとの話し合いが長引いてトイレに行きたくなったら困るから……。無断でこの部屋を出たらいけないんでしょう?」
言い訳をすると、隆文が大仰な溜息をつく。そして内線で森岡を呼び出してくれた。
「は? 今手が離せない?」
だが彼女は研究所のほうに行ってしまったらしく、断られたらしい。舌打ちしながら電話を切る隆文を凝視する。
「……隆文ってロイヤルファミリーのくせに一般社員の人と仲良いですよね。大企業ってそういうのきっちり線引きされていそうなのに」
「ん? うちは一からきっちり学べが信条だから、そういうのは別に関係ないんだ。気を遣われることもなくはないけど、接してるうちにそういうのなくなっていったかな……」
隆文はそう答えながら、またどこかに内線をかけていた。
(それってやっぱり隆文だからよね)
彼は基本的に人懐っこいし面倒見もいい。だから最初は警戒していても皆自然と打ち解けていくのだろう。
そんなことを考えていると、ノックの音が聞こえ女性警備員が入ってくる。その姿を目にとめて、侑奈はとても驚いた。
(隆文ったらわざわざ警備員さん呼んだの?)
「こちらのお客様を化粧室に案内してくれ」
「かしこまりました」
お手洗いに行くだけなのに申し訳ないなと思いながら侑奈が会釈すると、女性警備員が深々とお辞儀を返してくれる。
「とても大切なお客様だから、失礼のないように。化粧室へ案内後も俺が戻るまでは彼女の側にいてくれ」
「承知いたしました」
「侑奈もトイレいったあとはこの部屋で大人しくしてるんだぞ。何かあったらすぐに連絡しろよな」
「はいはい。分かりましたから、さっさと玲子さんに報告してきてください」
何度も念を押す隆文を応接室から追い出し、侑奈は女性警備員と一緒に化粧室へ向かった。
(私のせいなんだけど……過保護すぎて困るわ……)
とりあえず二人で話し合いなさいと応接室に二人きりにされて、侑奈は全身に力が入ったまま隆文の隣に座っていた。
ちらりと隆文を盗み見るが、彼は侑奈から顔を背けたまま、こちらを向いてくれない。すごく機嫌が悪そうだ。
(やっぱり怒っているのよね?)
自分の愚かな行いのせいで家族にたくさん迷惑や心配をかけてきた。
祖父が女は必要以上に学ぶなと言うのも、実際は侑奈を心配しているのだと思う。侑奈が信用できないから……
(おじいさまはよく私を愚図だと言うけれど……それは私に何もさせないようにしているのよね)
自分でも変な子供であったことは分かっている。自分に対して無頓着すぎて危なっかしい部分も理解している。だから、ちゃんと学んで正しい道を進みたいと考えたのだ。
(また失敗しちゃった……)
「隆文、ごめんなさい……。私……本当にどうしようもないくらい馬鹿で……。自分の体で実験したらいけないってことくらい分かってるのに、いざその場に直面するとこれくらいいいやって軽く考えちゃうんです。私は大切なものが欠落している救いようのない愚か者です。直すように頑張るから嫌いにならないで……」
「ちょっと待て! きつく怒ったのは悪かったが、卑屈になりすぎだ。侑奈が自分自身に対して無頓着なのは悲しいが、だからといってそこまでは思っていないし、俺が侑奈を嫌いになることは絶対にない」
やっとこちらを見てくれた隆文はとても焦った表情をしている。彼の優しさに胸が苦しくなって、熱くなった目頭からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「侑奈……」
「ごめんなさい。泣かずに話さなきゃいけないのに……」
止めようと思っても止まってくれず侑奈が目をぐしぐしと擦っていると、隆文に腰を引き寄せられる。彼の膝に乗る形になった侑奈は鼻を啜りながら、ぎゅっとしがみついた。よしよしと背中をさすられているうちに少しずつ涙が引っ込んでいく。
久しぶりの隆文の匂いだ。こんなふうに抱き合えるのはいつぶりだろう。
「俺もカッとなりすぎて悪かった。でも侑奈を大切に思うがゆえなんだ。それは分かってほしい」
「はい。もう二度としないと約束します。お仕事だって、隆文が私のことを信用できるまでやめておきます」
「……侑奈はそれでいいのか?」
「いいです。それ以上に貴方を心配させ傷つけるほうが嫌ですから」
ポケットからハンカチを出して顔を拭いていると、隆文が安堵と苦悩が入り混じったような複雑な表情を浮かべた。侑奈がジッと見ると、強く抱いてくれる。
「ごめん……器の小さい弱い男で……」
「そんなこと……いえ、たまにそういうときもありますけど……別に弱くたって余裕がなくたっていいじゃないですか。私も完璧じゃないように隆文も完璧じゃなくていいです。どちらかが間違えるたびに、ちゃんと話し合っていけばいいだけですから」
隆文の首筋に頬ずりし力一杯抱きついた。彼は少し涙ぐんでいる。
「隆文……私、隆文のことが好きです。今回会えない間に身に沁みて分かりました。貴方は私がいないと駄目と言うけど、私もです。私も隆文がいてくれないと駄目なんです」
「……侑奈が俺を好き? 本当に?」
「本当です。大嫌いだった昔と同じくらい……いえそれ以上の強い気持ちで好きになってしまいました。私の心をひっくり返したんですから責任とってくださいね」
不敵な笑みを浮かべてジッと見つめる。その瞬間、隆文の瞳から涙がブワッとあふれた。
「隆文!?」
「嬉しい。責任取るよ。責任取って二度と離さない。ずっと俺の腕の中に閉じ込めておくから」
「それはちょっと……」
侑奈が困り顔で笑うと、隆文がキスをねだってくる。
その後は泣いて甘えてくる隆文を慰めながら何度もキスに興じた。
「それで教授のことなんですけど……」
お互いたくさん泣いてキスしあったせいで、真面目な話に戻るのはなんとなく気恥ずかしい。だが、しなければならないので、侑奈は隆文の胸に凭れ掛かりながら話を切り出した。
「罪に問えないんですか? 少なくとも、大学での件は立証されているんでしょう?」
「俺だって捕まえてやりたいけど、大学での事件は握り潰されているんだ。大学側が表に出ることを嫌ったのか、それとも余程の権力者と懇意にしているのか……どちらかはまだ分からないが、この件は表に出ていない。正直実家の力がなかったら何も出てこなかっただろうな」
(そんな……)
侑奈がショックを受けると、隆文がこちらを窺うように見てきた。
「いいのか? 尊敬していた教授だろ」
「だからこそ、ちゃんと罪を認めて償ってほしいんです」
教育者が私情を優先して、本来導くべき生徒を危険にさらした。純粋に教授を慕う生徒の心を裏切ったのだ。それ相応の報いを受けてくれないと、皆の気持ちも侑奈の気持ちもおさまらない。
「教授は裏切った生徒や媚薬で傷つけた人たちに誠心誠意謝るべきですし、一生をかけて責任を取るべきです」
「なら、なおのこと何としてでも媚薬の件との関連性を見つけ出さなきゃな。そうすれば、大学での事件も白日の下に晒せる」
「はい! 私も全力で協力しますね!」
ぐっと拳を握り込むと、隆文が侑奈の鼻を摘んだ。彼の膝の上から飛び退くと、彼が怖い顔でこちらを見てくる。
(どうしてそんな顔をするの?)
「侑奈は何もしなくていい。しばらくは屋敷から一歩も出るな。外出禁止だ」
「え……でも……」
「本当なら今回の罰として一生屋敷の奥に閉じ込めてもいいんだぞ」
「な、なら……四條邸じゃなくて横浜のマンションがいいです。あそこなら今より会えますよね? もう一ヵ月も会えないなんて嫌なんです」
「分かった。なら、俺がいない昼間は見張りとして数人のメイドに交代で来てもらう。それならいいよ」
「はい!」
隆文の譲歩に侑奈は一も二もなく頷いた。
彼は見張りなんて言っているが、侑奈が日中退屈しないように配慮してくれたのだと思う。
侑奈が喜んでいると、隆文が仕方ないなと溜息をついて侑奈の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「無事に話し合いが終わったことを祖母に伝えてくるから、ここで待ってて。報告終わったらマンションのほうに俺が送るから」
「はい!」
「分かってると思うけど、勝手に動き回るなよ。無断でうろついたら今度こそ永久外出禁止にするからな」
「もちろん分かっています。えっと……それじゃ、先にお手洗いに行ってもいいですか?」
隆文にぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で整えながらそうお願いした途端、隆文がジト目で見てくる。
「だ、だって、万一玲子さんとの話し合いが長引いてトイレに行きたくなったら困るから……。無断でこの部屋を出たらいけないんでしょう?」
言い訳をすると、隆文が大仰な溜息をつく。そして内線で森岡を呼び出してくれた。
「は? 今手が離せない?」
だが彼女は研究所のほうに行ってしまったらしく、断られたらしい。舌打ちしながら電話を切る隆文を凝視する。
「……隆文ってロイヤルファミリーのくせに一般社員の人と仲良いですよね。大企業ってそういうのきっちり線引きされていそうなのに」
「ん? うちは一からきっちり学べが信条だから、そういうのは別に関係ないんだ。気を遣われることもなくはないけど、接してるうちにそういうのなくなっていったかな……」
隆文はそう答えながら、またどこかに内線をかけていた。
(それってやっぱり隆文だからよね)
彼は基本的に人懐っこいし面倒見もいい。だから最初は警戒していても皆自然と打ち解けていくのだろう。
そんなことを考えていると、ノックの音が聞こえ女性警備員が入ってくる。その姿を目にとめて、侑奈はとても驚いた。
(隆文ったらわざわざ警備員さん呼んだの?)
「こちらのお客様を化粧室に案内してくれ」
「かしこまりました」
お手洗いに行くだけなのに申し訳ないなと思いながら侑奈が会釈すると、女性警備員が深々とお辞儀を返してくれる。
「とても大切なお客様だから、失礼のないように。化粧室へ案内後も俺が戻るまでは彼女の側にいてくれ」
「承知いたしました」
「侑奈もトイレいったあとはこの部屋で大人しくしてるんだぞ。何かあったらすぐに連絡しろよな」
「はいはい。分かりましたから、さっさと玲子さんに報告してきてください」
何度も念を押す隆文を応接室から追い出し、侑奈は女性警備員と一緒に化粧室へ向かった。
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