上 下
25 / 36

見つけ出したセーラー服

しおりを挟む
「はーい」

 使用人棟の事務所で鼻歌交じりに乾いたセーラー服にアイロンをかけていると、コンコンとノックの音が聞こえてきたので元気よく返事をした。すると、ドアが開いて隆文が入ってくる。

(え!? もう帰ってきたの?)

「……ただいま」
「隆文、おかえりなさい。今日は早いですね。びっくりしました」
「びっくりしたのは俺だよ。今日金曜日だって分かってる? 横浜のマンションのほうに帰ったら侑奈がいないから焦ったんだけど」
「あ、忘れてました!」

 ふとスマートフォンを確認すると、隆文から不在着信やメッセージが何件も入っていた。彼を女装させることに頭がいっぱいで、お泊まりの約束が吹き飛んでいたのだ。

 侑奈がエヘヘと笑って誤魔化すと、隆文が疲れきった顔で溜息をついた。


「まあいいよ。今から行こう」
「はい、じゃあその前にこれに着替えてきてください」
「は? 着替え?」

 アイロンをかけたばかりのセーラー服を綺麗にたたみ隆文に渡すと、彼は怪訝な顔でそれを受け取りピシッと硬直した。その表情はやや青ざめている。

「こ、これ……」
「高二の文化祭のときに女装カフェをしたってお兄様に聞きました。そんなに面白いことをしているなら、私も混ぜてください」
「……は? 悠斗のやつ……いや、それよりどこで見つけたんだ、これ」
「く、蔵で……」

 頬を摘まれて、侑奈は踠いた。だが、隆文は侑奈の頬をぐにぐにと摘んで逃がしてくれない。

「ごめん、なひゃい……」

 侑奈が白旗をあげると隆文が解放してくれる。侑奈は赤くなった頬をさすって、隆文を上目遣いで見つめた。


「文化祭行けなかったから、私だけ隆文の女装を見られていなくて寂しいんです。これ着て、私に可愛いタカコちゃんを見せてくれませんか?」
「タカコって呼ぶな。第一、お前が俺を避けてたんだろ」
「じゃあ、フミコちゃんって呼びますね」
「そういうことじゃねぇんだよ!」

 真っ赤な顔で声を荒らげる隆文に、侑奈はプハッと噴き出した。お腹をかかえて笑い出すと、彼の顔がさらに赤く染まる。

「侑奈! ふざけるのも大概にしろ」
「だって……幼馴染みの私たちがするはずだった色々なことをして、過去をやり直したいって言ったのは隆文ですよ。ねぇねぇ、やり直しましょうよ。文化祭の女装カフェ」

 甘えるようにすり寄り隆文の頬をツンツンとつつくと、彼の眉間に深く皺が刻まれた。だが、へらへら笑っている侑奈を見ながら何かを考えはじめた彼は、しばらくの長考ののち「分かった」と折れた。

(えっ……!?)

 もう少しごねると思ったのに、承諾されて拍子抜けする。侑奈が目を瞬かせると、隆文が侑奈の腰に手を回してきた。


「その代わり、侑奈も高校のときの制服を着てくれよ。すごく可愛かったから間近で見てみたかったんだよな」
「え? 私も? でも私が着ても何も面白くありませんよ……」
「面白くなくていいんだよ。俺に嫌なことさせるならご褒美を寄越せよ」

(ご褒美……)

 なんて図々しい男だ。侑奈は自分のことは高い棚に上げて、隆文をじっとりと見た。

「侑奈」

 だが、まるでセックスをねだってくるときのように優しくて甘い声で名前を呼ばれて戸惑う。

 頷けば、高校の制服を着たあとのことが簡単に予想できた。

(まさかその恰好のままエッチする気? 二人ともスカート穿いてるとか、シュールすぎない?)

 ほぼ毎晩求められているので、今さら拒むつもりはないが、それはちょっとと……侑奈は苦々しく笑った。そのとき、玲子と荒井が事務所に入ってきて嬉しそうに手を叩く。


「二人とも仮装するの? せっかくだからカメラマンを呼びましょうか」
「仮装じゃなくて女装だ。じゃなくて、馬鹿なこと言うなよ。頼むから話をややこしくしないでくれ」

 しっしっと手を振る隆文の頭を玲子がスパーンと雑誌で叩いた。思った以上に大きく鳴った音に侑奈が飛び上がると、玲子が何事もなかったようにたおやかに微笑む。

「その衣装だとスカート丈が長すぎるから切りましょうか。ミニスカートのほうが今どきよ」
「今どきとかそんなのじゃなくて脚を出したくないんだよ」
「荒井さん、このスカートの丈を直してくれる?」
「聞けよ!」

 玲子と隆文のやりとりについ笑ってしまう。
 いつのまにか事務所には屋敷の使用人が集まってきて、皆クスクスと笑っていた。侑奈も一緒になって笑っていると、隆文が侑奈の肩を掴む。

「頼むからばあさんを止めてくれ。女装で記念写真なんて洒落にならないぞ」
「えー、でも私もミニスカートを穿いた隆文が見たいです」
「……じゃあ、こうしよう。止めてくれたら、二人きりのときに侑奈のお願いを聞いてやる」
「お願い? なんでもいいんですか?」
「ああ、でも一つだけな」
「はーい」

 その後、侑奈は玲子に「カメラマンに撮ってもらうならかっこいい隆文のほうがいい」と進言した。すると、玲子もそれもそうかと考えたようで、パーティー前に正装で写真を撮ることを条件に解放してくれる。

(何を叶えてもらおうかしら……。あ、でもいざというときのために取っておくのもいいかも)

 侑奈はワクワクと考えを巡らせた。
 隆文に何をしてもらおうか考えるだけでめちゃくちゃ楽しい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

私はお世話係じゃありません!

椿蛍
恋愛
幼い頃から、私、島田桜帆(しまださほ)は倉永夏向(くらながかなた)の面倒をみてきた。 幼馴染みの夏向は気づくと、天才と呼ばれ、ハッカーとしての腕を買われて時任(ときとう)グループの副社長になっていた! けれど、日常生活能力は成長していなかった。 放って置くと干からびて、ミイラになっちゃうんじゃない?ってくらいに何もできない。 きっと神様は人としての能力値の振り方を間違えたに違いない。 幼馴染みとして、そんな夏向の面倒を見てきたけど、夏向を好きだという会社の秘書の女の子が現れた。 もうお世話係はおしまいよね? ★視点切り替えあります。 ★R-18には※R-18をつけます。 ★飛ばして読むことも可能です。 ★時任シリーズ第2弾

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...