上 下
8 / 36

正された勘違い

しおりを挟む
 そして隆文エスコートのもと、車で十分くらいのところにある彼の行きつけの割烹料理店へ向かった。

(へぇ、お洒落なお店……)

 京都の有名料亭出身の大将のお店だそうで、カウンターのみの小さなお店だが、とても上品で雰囲気がいい。

「素敵なお店ですね」
「ここは目の前で天ぷらを揚げてくれるんだ。天ぷら好きだろう?」
「はい」

(お兄様情報かしら……)

 自分の情報がすべて相手に渡っていると思うと変な気分だが、今みたいに何も考えたくないときは、好き嫌いを熟知してくれていると楽だなと思う。

 侑奈が小さく頷くと、店員が角のほうの席に案内してくれる。肩を並べて座ると、隆文がメニューを開いた。

「俺は車だから酒飲めないけど、侑奈はどうする? 飲みたい気分?」
「そうですね。明日もお仕事なので少しだけ飲みたいです……」

 隆文のおかげで大分嫌な気持ちが晴れたが、それでもまだ浮上しきれないので、お酒を飲んで紛らわせたい気分だった。

 彼は「OK」と言って慣れた感じにオーダーをし、ついでとばかりに侑奈の頭を撫でてくる。

「やめてください」

 やんわり払いのけると、彼がクスッと笑った。

「おじいさんにもそう言えばいいじゃないか。身内なんだし嫌なことは嫌って言え」
「それができたら苦労しませんよ。偏屈で頑固だし苦手なんです……怖いし」

 侑奈が眉間に皺を寄せると、隆文は肩を竦めてグラスに口つけた。隆文の手の中のグラスが立てる氷の音を聞きながら、口をへの字にして彼を見る。

「侑奈は本当に打たれ弱いな。ちょっとしたことで簡単に悩むし泣くし」
「う、うるさいです。泣き虫になったのは隆文くんのせいなんですからね……」
「だからこそだよ。侑奈を泣かせるのは俺の専売特許なんだから、身内とはいえほかの男に泣かされないでくれよ」

 隆文の言い様に、口をぽかんと開ける。

(専売特許って何? 誰もそんなこと許してないわ)

 侑奈がキッと隆文を睨みつけると、先ほど来たばかりの海老の天ぷらを侑奈の唇にあててくる。

「熱っ……」
「ほら、あーん。怒ってないで食え。美味しいから」
「はい……」

 不満げに一口齧ると、さくさくとしていて本当に美味しかった。侑奈が目を輝かせると、もう一口食べさせてくれる。

「辛いことがあったときは美味いものを食べて元気出せ。どこでも好きなところに連れて行ってやるから」
「隆文くん……」
「今までたくさん泣かせた分、これからは俺が守るって約束する。侑奈のおじいさんにだってもう好き勝手はさせないから、落ち込むのはおしまいにしろ」

 柔らかく微笑んだ隆文の表情に目を奪われる。侑奈は高鳴りそうな胸を誤魔化すために、お酒を呷った。瞬間、くらりと眩暈がして頭を押さえると、隆文にグラスを取り上げられる。

「こら、一気に飲むな」
「ご、ごめんなさい……」
「なぁ、侑奈。おじいさんのせいで勘違いしてると思うんだけど……」

(また勘違い? そんなに私は何も分かっていないと言いたいの?)

 またもや『勘違い』という言葉が飛び出して高揚しかけていた気持ちが萎んでいく。侑奈が「してません」と反論して目を逸らすと、彼が手を握ってくる。


「してるよ。うちと侑奈の家は、別に改めて婚姻を結ばなくても大丈夫なくらい強固な関係じゃないか。もしもどちらかに何かあれば、必ず片方が助けるだろ」
「え……はい、そうですね。祖母も玲子さんも放っておかないと思います」
「だろ。俺も悠斗とは親友だし、今後もその関係は引き継がれていくよ」
「……」
「それでも婚姻を結びたいのは、本物の家族になりたいという祖母たちの願いだ。政略結婚ではないよ」

(あ……)

 侑奈が目を丸くすると、隆文がクスッと笑う。

「そもそもそこがズレてるんだよな。それに俺もちゃんと侑奈に好きになってもらってから結婚したいと思ってるから、別に侑奈が恋愛結婚を望んだからって間違ってない。身内だから難しいかもしれないけど、侑奈の祖父外野の言うことなんて気にせず、俺たちのペースで進めていこう」
「……っ!」

 隆文の熱い眼差しに動けなくなり、しばし見つめ合う。勝手に高鳴る心臓を悔しく思うのに目が離せなかった。

 すると、自分の頬に向かって隆文が手を伸ばしてきたので、咄嗟に避けると彼が苦笑する。
 

「俺たちは空白の時間も長いし、まずはお互いをよく知っていこう。侑奈の好きなものとか教えてよ」
「お兄様から聞いて知ってるでしょう」
「それでも知りたい」
「……うーん。一番好きなのは勉強でしょうか。知識は裏切りませんし」
「言うと思った。お前らしいな」
「隆文くんだって仕事好きでしょ」

 くつくつと笑う隆文に頬を染めて、薄く睨みつけると、また頬に手が伸びてくる。でも次は避けさせてもらえなくて、呆気なく頬を触られてしまった。

「もう少し仲良くなったら、研究所のほうで働けるようにしてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、任せておけ。うまく働きかけてやる」

(嬉しい!)

 先ほどとは違う高揚が胸を包む。
 思わず隆文に抱きついてお礼を言うと、彼が意地悪な笑みを向けてきた。そして隆文自分の唇をトントンと叩く。

「お礼はハグよりキスのほうがいいかな」
「ばっ、馬鹿! 何言ってるのよ!」

 顔を真っ赤にして立ち上がると、周りの驚いた視線が侑奈に集中し、途端に恥ずかしくなった。周りを憚りながら座り直し、隆文に恨みがましげな視線を送る。

「隆文くんの馬鹿。変なこと言わないで」
「変なことじゃないよ。俺の希望を伝えたまでだ」

(希望って……何言ってるのよ!)

 不貞腐れつつ、お酒に手を伸ばす。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

私はお世話係じゃありません!

椿蛍
恋愛
幼い頃から、私、島田桜帆(しまださほ)は倉永夏向(くらながかなた)の面倒をみてきた。 幼馴染みの夏向は気づくと、天才と呼ばれ、ハッカーとしての腕を買われて時任(ときとう)グループの副社長になっていた! けれど、日常生活能力は成長していなかった。 放って置くと干からびて、ミイラになっちゃうんじゃない?ってくらいに何もできない。 きっと神様は人としての能力値の振り方を間違えたに違いない。 幼馴染みとして、そんな夏向の面倒を見てきたけど、夏向を好きだという会社の秘書の女の子が現れた。 もうお世話係はおしまいよね? ★視点切り替えあります。 ★R-18には※R-18をつけます。 ★飛ばして読むことも可能です。 ★時任シリーズ第2弾

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...