鬼畜皇子と建国の魔女

Adria

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第二部

36.心の内(ルキウス視点)

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「ルドヴィカ、貴様……」



 ルドヴィカが私の下から瞬時に消えたかと思うと、扉の前に立ち、泣きながら、私に微笑んでいる。


 そのルドヴィカに、私は手を差し伸べてやる事が出来なかった。



「ルキウスは私が何を言っても信じられないのだろう? やはり、愛しているという言葉は嘘だったのだろう? 私はそれでも良かった。茶番でも、いつかそれを貫けば本物になると思ったから」
「ルドヴィカ、戻れ」



 ルドヴィカがボロボロと涙を流しているのが分かっていながら、その涙を拭ってやる事が出来なかった。
 近寄ると消えてしまいそうな危うさに、変な汗が頬をつたう。頭の中で警告音が鳴り響いている気がするのは気のせいだろうか……。



「もう辛い……このような行き場のない辛い思いを抱えて、ルキウスの隣で生きるくらいならば、私は喜んで従属の魔法陣に殺されよう」
「ルドヴィカ! 戻れと言っているのが聞こえぬのか!!」


 頭の中で響く警告音が大きくなる。
 今、この手を離してはならぬ……そう思うのに、ルドヴィカを引き止める事が出来ぬ……。



「ルキウス……さらばだ……」



 ルドヴィカが転移の為の魔法陣をえがき始めたので、私はハッとし、漸くルドヴィカを止めようとしたが、それはルドヴィカが張った結界に阻まれてしまい叶わなかった。



 目を瞬くほどの間に、そこにいた筈のルドヴィカの姿が消えてしまった。



「くそっ」


 失敗した……。私だとて分かっていたのだ。ルドヴィカは適度に優しくしてやらねばならぬ女だ。拒絶をすれば逃げる事くらい分かっていた。



 だが、今日の私は辺境伯とルドヴィカに腹を立てていた。どうしてもルドヴィカを泣いて謝らせ、私だけだと縋らせなければ気が済まなかったのだ。


 やり過ぎたのだろう……。
 クッ、ルドヴィカ。私の物を私の許しなく奪うなど、例えルドヴィカ本人でも絶対に許しはせぬ。



 其方は未来永劫、私の所有物だ。




「辺境伯! 今すぐルイーザを探せ! 城内、領内、全てだ。嫌がっても引きずり出せ!」



 私は部屋を飛び出し、辺境伯にルイーザの捜索を命じた。先程まで、私と部屋にいた筈のルイーザが突如行方不明と聞き、腑に落ちない顔をしながら、探し始めたが、恐らく見つける事など出来ぬだろう。



 魔力を感知できる者でなければ……難しいだろうな。
 だが、諦めはせぬ。ルドヴィカ、其方は私だけのものだ。




 それに、ルドヴィカは死んではいない。恐らく、近くにいる筈だ。
 従属の焼印を発動させたと見せかけ、己を死んだように思わせようと画策したのだろうが、そうはいかぬ。



 恐らく、既に忘れているのか……深く考えずに与えたのかは知らぬが……、あれには主従の契約が成される。
 主となった者には、従属者の気配や生死を感知する事が出来るのだ。どのような姿をしても、私にはルドヴィカの気配ならば分かる。他の者の気配を感じるのとは違う感覚で、気配を察知できるので、蜘蛛の姿をしていても分かったのだ。



 だが、今回は少し利口のようだ。
 気配を完全に消し去っている……だが、ルドヴィカ……其方は死んではいない。ならば、この私の近くにいるという事だ。




「ルドヴィカ……帰ってきたら覚えていろよ」



 私は皇城に帰った後も、暇があればルドヴィカを探し続けたが、余程巧妙に気配をしているせいか、見つける事が出来なかった。




「ルドヴィカ……」



 何処へ行ったのだ……。
 追い掛けごっこはもう良い。許してやるから出てこい。


 其方だとて、そろそろ限界の筈だ。
 大方、私の事が好き過ぎて離れられぬのだろう? ならば、いずれ私恋しさに謝ってくる筈だ。


 クッ、根負けするのを待つことしか出来ぬとは……何とも滑稽な事だ。



 だが、私だとてそろそろ限界だ。ルドヴィカをこの腕に抱いて、めちゃくちゃに啼かせてしまいたい。そんな衝動が込み上げてくる。



 愛している……この気持ちに偽りはない……。
 だが、アレに手をあげてしまうのは、もうどうしようもない。癖のようなものだ。恐らく、帰ってきても、腹が立つ事があれば殴るだろう。



 私はルドヴィカの快楽にぐずぐずになっている顔も好きだが、痛みに喘いでいるルドヴィカも好きなのだ。
 痛みも快楽も、痛烈な感覚を与えているのだと分からせてやるのは、実に愉快だ。なので、つい殴ってしまうし、斬ってしまうのだ。



 まあ、今後は配慮はするが突発的なものは止められぬだろうな……。



 それに、ルドヴィカの気持ちを疑ったのは悪かったとも思っている……あのように裏表のない愚か者を疑うなど、どうかしていた……。



 疑うのが癖になっているとはいえ、ルドヴィカの心を否定するような事を言ってしまったのは迂闊であった。どこかで何を言っても、何をしても、私から離れはせぬと高を括っていたのも事実だ。



「ルドヴィカ……」



 これからは大切にすると誓おう。其方の心を否定などせぬ……私も愛情表現を偽るつもりは、もうない……。



 暴力に関しては、受け止めさせるつもりだが……それでも我が手の中で、心地良く愛してやる。





「殿下! 皇太子殿下! 見て下さい! この猫、ルイーザ様に似ていると思いませんか?」
「ルイーザ様と思って、お城で飼いましょう!」



 そんな事を考えながら、月日が経ち、私は正直なところ焦っていた。
 強情が過ぎるぞと苛々する日々を過ごしていた頃、女官たちが赤紫色の猫を連れて来た。


 そのような色の猫はいないぞ……ルドヴィカ……素直なのか……愚かなのか……。



「ルドヴィカ……」




 まあ聞くまでもなく、何処からどう見ても、その猫はルドヴィカだった。気配も消していないので、とても分かりやすい……もう追い掛けごっこに飽きたのだろうか……。


 だが、気取られてしまい、万が一逃がしてしまっては駄目だ……そう思った私はルドヴィカを恐る恐る抱き締めた。
 




「殿下! ルイーザです! 名前を間違えるとか最低ですよ!」
「確かにルイーザ様と魔女様は似ているかもしれませんが、何故此処で魔女様の名を出すのですか? 猫の名はルイーザです!」
「ああ、すまぬ」



 気が急いてルドヴィカと呼んでしまったのは迂闊だった。だが、女官たちが退室する前に私に、書類ですと渡してきたので、私はそれを受け取り、目を通した。



 そこには、ルイーザ様は謝って欲しいそうです。と書かれてあった。そして、愛してるって、ちゃんと言ってあげて下さいとも書かれてあった。



 クッ、何と間抜けな話だ。女官に売られているではないか……。


 私はその間抜けなルドヴィカを抱き締めたまま、執務机へと戻り膝に乗せた。ルドヴィカも、観念しているのか……諦めているのか……大人しくはしているようだ。



 政務の間中、ルイーザの名を愛おしそうに呼び、撫でてやると、ルドヴィカはとても嬉しそうにしたので、私は笑いが込み上げてくるのを必死でおさえ込んだ。






「ルドヴィカ……」


 数時間たち、夜になる頃には皆が退室していったので、私が名で呼ぶと弾かれたように、私の顔を見たあと、周りを確認するようにキョロキョロし始めた。


 クッ、間抜けな事だ。
 姿を偽っていたとしても、仕草も振る舞いもルドヴィカそのものだ。馬鹿さ加減が隠せておらぬ。



「ルドヴィカ……何処に行ったのだ……其方を愛している……帰って来てくれ」
「っ!」



 私がルドヴィカを抱き締め、愛の言葉を囁いてやると、ルドヴィカの体が跳ねた。聞きたい言葉を猫になった途端聞けて、とても驚いたのだろう。



 仕方がない。負けてやる。
 帰って来い。其方は私の物だ。


 愛している……その気持ちに偽りなどない。
 私はどうやら、其方がいないと駄目なようだ。



 すると、ルドヴィカが魔法を解き、猫からルドヴィカへと戻った。私が驚いて見せると、ルドヴィカは気まずそうに微笑んだ。



「ルドヴィカ……」
「ルキウス……私も愛している……もう離さないと約束するから、ルキウスも離さないでくれ」



 ルドヴィカが抱き締めている私に腕をまわし、ギュッと抱きついたので、とうとう笑いを堪える事が出来ず、笑ってしまった。



 ルドヴィカが訳が分からないという顔で私の顔を覗き込んでいるので、私は一頻り笑った後、ルドヴィカの髪を撫でた。



「ル、ルキウス!?」
「ルドヴィカ……この数ヶ月、何処にいたのか洗いざらい吐いてもらおうか」




 その後のルドヴィカの告白は、概ね予想通りだった。
 そもそも、己で考えて動けぬ愚か者なのだから、1人では大した事も出来ぬだろう。




 ルドヴィカ、愛している。
 もう離しはせぬ。この数ヶ月の私の愛と憤りを受け止めてもらうぞ。



 其方は私の物だ。二度と離れる事は許さぬ。
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