鬼畜皇子と建国の魔女

Adria

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第一部

23.過去(ルキウス視点)

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『母上、どういう事ですか?』
『それが皇后陛下の意向なのです。わたくしには、どうする事も出来ません』
『ならば、父上に直談判をして来ます!』
『辞めなさい! これは皇帝陛下もご存知の事です』


 あの当時、私はまだ5歳だった。ひと月前に生まれたばかりの弟を皇后が育てると言って取り上げて行った日の事は未だに忘れる事は出来ぬ。



 母は父上の側室で、私は第2皇子だった。皇后と側室達との仲は険悪で、勿論皇子や皇女たちの仲もお世辞にも良いとは言えなかったが、それでも均衡は保たれていた筈だった。




 そんな中、その均衡を打ち壊すかのように、皇后が産んだ第1皇子……当時の皇太子が兄弟殺しを行っているという噂が立った。



「兄弟殺し?」
「己の帝位を脅かす者を排除する為だ」
「だが……」
「静かに聞け」



 私は前のめりに問いかけてくるルドヴィカを制し、話を続けた。


 後継者争いによる帝国分割の危機を避ける為という大義名分を抱え、兄弟殺しは密やかに行われた。
 最初は父上にバレないように、父上にとって関心のない皇子や側室が密やかに消されてはいたが、その行為は次第にエスカレートしていく事となる。




 そんな中、私は生きる為に必死で剣を学んだ。剣だけではなく、体術やどんな武器でも扱えるようになる術を学び、私は水面下で皇后や皇太子に不満を募らせる者を取り込んでいく事にした。




 そうやって私が必死に現状に抗って生きていた8歳の頃、下町である占い師と出会った。如何にも怪しそうな見た目の男だったが、何やら無視出来ぬものがあったので、私は話を聞いてみる事にした。



「まさか……」
「そう、その占い師がルイーザの事を予言したのだ。帝国の国境沿いの小さな村に3ヶ月前に生まれた女の赤子は、長じてのち初代皇帝と共にいた魔女と同等の力を使う事が出来ると……そして、それが後々私を助ける星となると……その占い師は言ったのだ」
「ルキウスを助ける星……」



 目を瞬かせながら聞いているルドヴィカに、私は言葉を続けた。



「言われた通りの場所に行けば確かに女の赤子と仲睦まじそうな夫婦がいた……」
「その夫婦を殺して奪ったという訳か……」
「仕方がなかったのだ。金を出して売ってくれと頼んだが、それを拒否したのだ……。だが、どうしても私はルイーザが欲しかった……」




 ルドヴィカの、「クズ……他にやり方がなかったのか」という言葉を無視して、私はルイーザを城へと連れ帰ったと話した。




 あの時の私は、どうしても皇后や皇太子に勝ちたかった。今ほど人を殺す事に慣れていなかったので戸惑ったが……それでもルイーザを手に入れる為には致し方なかった事なのだ。
 それに最初は殺すつもりなどなかった……何度か頼みに行っている内に、ルイーザの父親が激昂して刃物を取り出し向かって来たので、咄嗟的に斬ってしまったのだ。



 その光景を見たルイーザの母親の錯乱した声を聞いて、私はもう殺すしかないと思い、ルイーザの母親までをも手にかけてしまった。




 それから城に連れて帰り、乳母と母上の協力を得て、ひっそりとルイーザを育てる事にした。ルイーザの持つ魔法の力は、まだよく分からなかったが、赤子のルイーザを可愛らしいと思った気持ちに嘘はない。ひと時の平穏を得て、このままルイーザが無事に育ち、魔力を示してくれれば、血を流さずに帝位を奪う事が出来るのではないかと思っていた。



 そのような平和ボケしたような事がある訳がなかったのだ……そんな甘い考えを持っていたからこそ、私は皇后と皇太子の企みに気付く事が出来なかった。




 私が11歳となり、弟が6歳となった日の……皇帝が不在の時に、それは起こってしまった。
 私がいつものように離宮へとルイーザに会いに行った帰り、城の広間が騒がしかったので、悪い予感がした私は慌てて、そこへと向かったが、既に遅かった。



 広間に行くと、数多の側室と、その側室が生んだ皇子と皇女が殺され、広間の中央に積まれていた。



 それだけではない私の母上は縛られ、皇后側の者に凌辱されている真っ只中だった。気がついた時には私は剣を抜き、その男どもを斬り殺していた。




『おおっ、怖い、怖い。ルキウス、皇帝陛下の側近を殺して、良いと思っているのですか?』
『それを言うのなら貴様もだ! 皇后でありながら、父上不在時に国が傾くような惨劇を起こすとは! 一体何を考えているのだ!? 国家反逆罪に問われても仕方がない事をしているのだぞ!』
『国家反逆罪に問われるのは其方と其方の弟だ』
『何?』



 私が弟に目をやると、皇太子が何やら弟に耳打ちをしていた。すると、弟は剣を持ち、縛られ、凌辱されて放心状態の母上の胸に剣を突き立てようとした。



『待て! ガイウス、それは其方の母だ!』



 私が慌てて、母上の側に駆け寄った時には遅かった。弟によって、母上の胸には剣が突き立てられ、皇太子の嫌な高笑いが広間にこだました。



 弟を生んだのは母上だが、育てたのは皇后だ。目の前にいるこれは弟ではなく……敵だ。私はそう思い、母上に馬乗りになって剣を突き立てている弟の首を刎ね、その流れのまま、皇太子を殺し、皇后の片手を斬り落とした。




 私はその後、長年取り込んでいた者と共にクーデターを起こし、反発する者を全て殺していった。私はこの事件で学んだのだ。少しの甘さが命取りとなる事を……。少しの疑惑すらも取り逃してしまえば、それが知らぬ内に大きくなって、私に刃を向けるものになるやもしれぬという事を。



「だから、疑わしい者や少しでも意に沿わぬ者を殺しているのか……」
「ルドヴィカ……何故、其方が泣いているのだ?」
「だって、こんなの酷い。酷すぎる! 皇帝は何をしていたのだ! 不在だからといって、このような事が起きるまで、何もしなかったのか? 無能ではないか!!」




 私は鼻をすすりながら泣いているルドヴィカの涙と鼻水を布で拭ってやりながら……父上は皇后に頭が上がらない方だからなと嘲笑混じりに伝えると、ルドヴィカは怒りを露わにした。



「己の妃を抑える事も出来ぬ皇帝が国を治められる訳がない! あのような皇帝……今病床についてなければ、私が殺してやるのに……」





 泣きながらシーツを握り締め、悔しそうに言うルドヴィカに私は溜息を吐いた。



 だから其方は甘いというのだ……本気で父上は病気で眠っているとでも思っているのか? あれは邪魔だから眠って頂いているのだ。
 私はクーデターを起こし、力で皇太子の座を手に入れたが、それでも国内を納得させ安定させるには時間が必要だ。そして、ルイーザの力の覚醒を待つ意味もあり、表向きは病気として、眠らせているだけだ。



 不要になれば殺すまでだ……。



「そういえば、皇后はどうなったのだ? 片手を斬り落としたのだろう?」
「…………私が皇太子となった後、四肢を斬り落とし、囚人の監獄に放り込んでおいた」
「え?」
「クッ、その死体は酷いものだったぞ。血と精液と汚物にまみれていたのでな。それを見ても胸がすく事はなかったが……」




 ルドヴィカが唖然としている。だが、八つ裂きにしてやるより、あの気位の高い女にはお似合いの末路だ。




「さて、ルドヴィカ。話してやったのだから、生涯、其方は私のものだ」
「ルキウス……。そのような酷い過去を経験したのだから、全てが敵に見えるのは仕方がないのかもしれぬ。だが、全ては敵ではない筈だ。少なくとも、気に入らぬからといって下々の者を殺すな」
「…………………」
「着ているものに水をこぼしただけで、侍女を殺したと聞いたぞ! 今後はそういう事はやめろ! それに政治上、敵になる者なら殺さずとも追い落とす方法や牽制する方法を探そう! 私は馬鹿だが、それでも一緒に真剣に考えるぞ!」




 着ているものに水……?
 私は思い起こしてみたが、いまいち思い出す事が出来なかったが、私はそのようなくだらぬ事で殺した事はない筈だ。



 くだらぬ事で手が出るのはルドヴィカ相手にだけだ。




 まあ、スパイや、私が怪しと思う者はその真意を調べる事なく斬り殺しているので、その内のどれかの話をしているのだろう。別に興味などないが……。



「それに私が侍女に扮している時に、侍女全員を殺め、入れ替えただろう? ああいう事も、今後はやめろ」
「……あれは、其方に余計な事を吹き込んだからだ。私の計画の邪魔をする者は何人たりとも許す事は出来ぬ」
「だが……それでは……」
「うるさい。もう黙れ。それに関しては、今後其方が大人しくしていれば起きぬ悲劇だ。侍女や女官を殺されたくなければ、せいぜい大人しくしているのだな」



 私が、ぎゃあぎゃあうるさいルドヴィカを押し倒し口付けをしてやると、ルドヴィカは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。



 実に面白い……。飽きぬ女だ。


◆後書き◇

 何となく怪しそうな占い師って街中にいるじゃないですか? それ的なもので、今後物語に干渉してくる事はありません。
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