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はるか昔の第二妃様の話①
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わたくしは今、あてがわれた王宮の一室の窓際に立って、少し前に即位なされたばかりの新王陛下のお渡りをまっております。
侍女に美しく整えられて夜の装いはしてはいますが、自分の首もとに光る首輪が鏡に映ると、しょせん虜囚であると思い知らされるのです。
どうしてわたくしはこうなってしまったのでしょう。
わたくしはただ、故郷を離れて 王宮勤めをして、そこで知り合った騎士様と恋をして、もうすぐ王宮を辞して彼の領地で結婚式を挙げるばかりだったというのに。
わたくしは もともと王国のなかでも、最も辺境にある田舎領主の娘でした。
母を早くに病気で失い、父は後添いを迎え入れましたけれど、義母との間に早々に男児をもうけると、幼いわたくしの居場所はなくなっていました。
わたくしは父と義母にとって、ごくつぶし以外の何物でもなく、わたくしは息をひそめるようにして静かに過ごしていたのです。
そんなわたくしを救ってくれたのはおとぎ話の本を読むことでした。
それは病気のお母様の為に、病気を治す魔力の宿ったお花を探しにいくお話でした。
でもそれはおとぎ話ではなく、遠い昔に実際にあったことがお話になったのだと誰かが教えてくれました。
建国2000年を誇るこのエクエスト王国には、数百年に一度といった具合に、<魔眼持ち>またの名を<祝福されし者>とよばれる者が昔から現れてきたそうなのです。
ごく稀に現れるその者は、魔石を見つけたり、薬草を見つけたりできるので、昔から特別な存在として崇められてきたそうです。
この世界の住人は、魔法を使うときに魔素を感じることはできても、それを見ることは決してないのですが、<祝福されし者>は、本来 誰にも見ることができない 魔力のもとである魔素の流れを見ることができ、自身も多くの魔力を持っているのだそうです。
足元に生える草花を見て、只人が何の変哲もない雑草だと思う一方で、<祝福されし者>の目を通すと、その内部に魔素が溜り魔力を宿しているものだということが分かるのだそうです。
この王国の建国の祖である王様も、<祝福されし者>だったそうです。
ほかならぬ わたくしも800年ぶりに現れたのかもしれない<祝福されし者>でした。
なぜそんな但し書きを付けたかというと、魔素が見えると本人が言わない限り、誰にもそうと知られないからです。
もともとは、魔素を含む鉱脈を発見したり、魔法薬になる薬草を見つけたりすることのできるものへの尊称として<祝福されし者>の名が呼ばれるようになった由来からもわかるとおり、なにも言わず、なにもしなければ誰にも分かるはずもないのです。
なぜ、わたくしがそんなことを言うのかと言いますと、わたくし自身、自分が<祝福されし者>であることを周りに決して知られないようにしてきたからです。
この屋敷で肩身を狭くして生きているわたくしが、<祝福されし者>であるとわかれば、かならず政略の駒にされるでしょう。わたくしは、どうしてもそれは嫌でした。
ですから、<祝福されし者>であることを隠したまま、大きな魔力量を買われて王宮への出仕のお声がかかったときは、ここからやっと解き放たれる喜びでいっぱいだったのです。
王宮には、王様とお妃さま、王太子さまとお姫様がおられました。
わたくしは、お姫様のお茶の給仕などを行うメイドとしてお仕えすることになりました。
はじめはうまく仕事がこなせず、お姫様にお叱りを受けたり、教育係に厳しく指導されたり、大変なこともございましたが、だんだん仕事をこなせるようになりました。
そんな時、わたくしを見初めてくださる殿方が現れて、互いの気持ちを確かめ合い、結婚を誓い合ったのです。
婚約した事と、王宮を先々やめたいとの申出を 上の者にしたところ、何事もなく認められました。
それから彼の故郷に向かう日を指折り数える毎日に、わたくしは毎日がふわふわと幸せでした。
その日は、お姫様のご友人のご令嬢が数人、私室に招かれ、わたくしがお茶の給仕をしておりました。
何人かのご令嬢のうちのお一人、控えめな佇まいのご令嬢にわたくしは目をとめました。
なぜならその方は、とある伯爵家のご令嬢で、最近 見目麗しくも文武両道であると評判の公爵家のご令息と婚約を結ばれたばかりだったからです。
わたくしのような者とは比較にはなりませんが、同じような立場に、ほんのすこし親近感がわいたのだと思います。
お茶を皆様にお配りして、後ろの壁に立って控えていた時、それは見えたのです。
お姫様が一番離れたお席に座ったその伯爵令嬢を目にとらえたと思ったその時、お姫様からまっ黒い煙のようなものが立ち上り、伯爵令嬢の方に漂っていくと、張り付くようにとりつき、やがてご令嬢の口から中に入っていったのです。ずるずると、絶え間なく入っていって、とうとう全部ご令嬢の中に消えてしまいました。
わたくしはただ目を見張って立っていることがやっとでしたが、近くでそれをご覧になっているはずのご令嬢たちは動揺するそぶりもなく、わたくし以外見えていないと確信したのです。
それが何なのか 初めて目にしたわたくしにはわかりませんでした。
ですが、わたくしのみが視認できるそれは、おそらく何かしらの魔素であると判断しました。
体の内にあの黒い魔素を取り込んだご令嬢も、その後のお茶会の席で、とくに変わった様子を見せなかったので、わたくしは心からほっといたしました。
ところが、それからしばらくして、ご令嬢が原因不明の病で倒れられたとの声が聞こえてきたのです。
結婚を控えたご令嬢のご家族は、恐らくできる限りの手を尽くされたでしょうが、そのままあっけなく亡くなってしまったのです。
侍女に美しく整えられて夜の装いはしてはいますが、自分の首もとに光る首輪が鏡に映ると、しょせん虜囚であると思い知らされるのです。
どうしてわたくしはこうなってしまったのでしょう。
わたくしはただ、故郷を離れて 王宮勤めをして、そこで知り合った騎士様と恋をして、もうすぐ王宮を辞して彼の領地で結婚式を挙げるばかりだったというのに。
わたくしは もともと王国のなかでも、最も辺境にある田舎領主の娘でした。
母を早くに病気で失い、父は後添いを迎え入れましたけれど、義母との間に早々に男児をもうけると、幼いわたくしの居場所はなくなっていました。
わたくしは父と義母にとって、ごくつぶし以外の何物でもなく、わたくしは息をひそめるようにして静かに過ごしていたのです。
そんなわたくしを救ってくれたのはおとぎ話の本を読むことでした。
それは病気のお母様の為に、病気を治す魔力の宿ったお花を探しにいくお話でした。
でもそれはおとぎ話ではなく、遠い昔に実際にあったことがお話になったのだと誰かが教えてくれました。
建国2000年を誇るこのエクエスト王国には、数百年に一度といった具合に、<魔眼持ち>またの名を<祝福されし者>とよばれる者が昔から現れてきたそうなのです。
ごく稀に現れるその者は、魔石を見つけたり、薬草を見つけたりできるので、昔から特別な存在として崇められてきたそうです。
この世界の住人は、魔法を使うときに魔素を感じることはできても、それを見ることは決してないのですが、<祝福されし者>は、本来 誰にも見ることができない 魔力のもとである魔素の流れを見ることができ、自身も多くの魔力を持っているのだそうです。
足元に生える草花を見て、只人が何の変哲もない雑草だと思う一方で、<祝福されし者>の目を通すと、その内部に魔素が溜り魔力を宿しているものだということが分かるのだそうです。
この王国の建国の祖である王様も、<祝福されし者>だったそうです。
ほかならぬ わたくしも800年ぶりに現れたのかもしれない<祝福されし者>でした。
なぜそんな但し書きを付けたかというと、魔素が見えると本人が言わない限り、誰にもそうと知られないからです。
もともとは、魔素を含む鉱脈を発見したり、魔法薬になる薬草を見つけたりすることのできるものへの尊称として<祝福されし者>の名が呼ばれるようになった由来からもわかるとおり、なにも言わず、なにもしなければ誰にも分かるはずもないのです。
なぜ、わたくしがそんなことを言うのかと言いますと、わたくし自身、自分が<祝福されし者>であることを周りに決して知られないようにしてきたからです。
この屋敷で肩身を狭くして生きているわたくしが、<祝福されし者>であるとわかれば、かならず政略の駒にされるでしょう。わたくしは、どうしてもそれは嫌でした。
ですから、<祝福されし者>であることを隠したまま、大きな魔力量を買われて王宮への出仕のお声がかかったときは、ここからやっと解き放たれる喜びでいっぱいだったのです。
王宮には、王様とお妃さま、王太子さまとお姫様がおられました。
わたくしは、お姫様のお茶の給仕などを行うメイドとしてお仕えすることになりました。
はじめはうまく仕事がこなせず、お姫様にお叱りを受けたり、教育係に厳しく指導されたり、大変なこともございましたが、だんだん仕事をこなせるようになりました。
そんな時、わたくしを見初めてくださる殿方が現れて、互いの気持ちを確かめ合い、結婚を誓い合ったのです。
婚約した事と、王宮を先々やめたいとの申出を 上の者にしたところ、何事もなく認められました。
それから彼の故郷に向かう日を指折り数える毎日に、わたくしは毎日がふわふわと幸せでした。
その日は、お姫様のご友人のご令嬢が数人、私室に招かれ、わたくしがお茶の給仕をしておりました。
何人かのご令嬢のうちのお一人、控えめな佇まいのご令嬢にわたくしは目をとめました。
なぜならその方は、とある伯爵家のご令嬢で、最近 見目麗しくも文武両道であると評判の公爵家のご令息と婚約を結ばれたばかりだったからです。
わたくしのような者とは比較にはなりませんが、同じような立場に、ほんのすこし親近感がわいたのだと思います。
お茶を皆様にお配りして、後ろの壁に立って控えていた時、それは見えたのです。
お姫様が一番離れたお席に座ったその伯爵令嬢を目にとらえたと思ったその時、お姫様からまっ黒い煙のようなものが立ち上り、伯爵令嬢の方に漂っていくと、張り付くようにとりつき、やがてご令嬢の口から中に入っていったのです。ずるずると、絶え間なく入っていって、とうとう全部ご令嬢の中に消えてしまいました。
わたくしはただ目を見張って立っていることがやっとでしたが、近くでそれをご覧になっているはずのご令嬢たちは動揺するそぶりもなく、わたくし以外見えていないと確信したのです。
それが何なのか 初めて目にしたわたくしにはわかりませんでした。
ですが、わたくしのみが視認できるそれは、おそらく何かしらの魔素であると判断しました。
体の内にあの黒い魔素を取り込んだご令嬢も、その後のお茶会の席で、とくに変わった様子を見せなかったので、わたくしは心からほっといたしました。
ところが、それからしばらくして、ご令嬢が原因不明の病で倒れられたとの声が聞こえてきたのです。
結婚を控えたご令嬢のご家族は、恐らくできる限りの手を尽くされたでしょうが、そのままあっけなく亡くなってしまったのです。
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