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閑話休題

Magic of the Memories  part10 魔法にかけられ損

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 視界が戻る。緑色の草むらが現れ、その上にゴローちゃんが佇んでいた。見えていなかった世界が戻り、音と絵がマッチする。
 
「どうですか?」

 含みがありすぎるような言い方だ。聞きたいことはたくさんあるはずなのに、拒否されるのが怖くて聞けない。そんな心の葛藤が見えるようだ。だから心内を曝け出す。

「わかんない。」
「わからない・・・・ですか。」
「科学的なことなんて頭悪いから分からないし、ゴローちゃんの考えも分からない。考えて分からないのだからゴローちゃんの言葉を信じるよ。」
「・・・ほんとにあなた、人間不信なんですか?」
「他人限定だよ。」

 大きな瞳が無感情に向いている。俺の言葉を信じられないようだが、俺としては自分の中で最善の選択肢であったりする。
  彼女の口からレシートのように垂れる学術を八割も理解していない、と言うよりできないのだ。先も言ったとおりニートであってヒーローや学者ではない。なら詳しい人物に頼る以外ないのだ。
 

「貴方は私を怒っていいのです。ただ巻き込まれた貴方は、自分の意志もなく、私の勝手でココまで来たのに・・・あんな大口を叩いて出られないかもしれないなんて・・・。」
「ゴローちゃんが救ってくれるんだろう?」
「・・・。」
「俺に言ってくれたじゃないか、助けてくれるって。俺はただそれを信じるよ。」
「だいすけ・・・。」

 泣きそうな表情をする幼女は、まるで光が刺したかのように明るくなる。

「そういえば語尾はどうしたの?」
「なんです?」
「なになにですかァ?みたいな小文字のカタカナの奴。」
「今は人がいませんから解除してるんです。擬体機能の一つにある、個人特定防止プロトコルです。話し言葉から自己の存在をばらさないように____ダイスケ?」

 
  やっと落ち着いた二人の談笑。その邪魔をしたのは殺気だった。急に背中をなぞる冷たい感覚に言葉が詰まった。まるで張り付くような他人の気配、背後から当てられたその殺気に萎縮してしまったのだ。
  間が生まれ、風鳴りが静寂を払いのける。

「ここに居られましたか。資格者よ。」

 誰でもない第三者の声が風に乗る。聞いたことのない老人の声だ。ゆっくり振り返ると、そこには背中を丸めた黒色ローブを羽織るおじいちゃんがいた。
  彼は腰を曲げ、手に持つ茶色の杖を地面に突き刺し、それを支えに立っていた。フードの奥から覗く視線は鋭くて容赦がない、敵を睨むものだ。髭で隠れた口元はなおも動く。

「これよりは選定の時間。杖の音が三回なる時、かの者に"確乎"の試験を与えたまえ」

 そういうと老人は杖の底で地面を叩いた。耳に飛び込むように鋭く澄んだ音が、広域に響いていく。老人の痩せた腕からは想像できないくらいの音の大きさだ。

「おい!じいさん!あんた何者だ!」
「魂に根ざす記憶を呼び覚まし、揺ぎ無い意志を証明したまえ」

 俺の言葉を無視して、また地面を叩いた。こんどは先程よりも大きな音で軽く目眩がした。これ以上大きな音が来ると流石にまずい。そう思っていると急に肩にちいさな手が触れた。

「何だよゴローちゃん!」
「_____言ったでしょ。」

 大きく動く口。声はまるで聞こえなくなっていた。必死で何か伝えようとするゴローちゃんだが、全く伝わらない。
 そうしているうちに、杖の頭に紫色のワッカが生まれた。

「魔法か・・・。あんたも魔法使い。」
「眠れ。試練は来たり。」

 三回目の音が鳴ると、自分の意志に関係なく視界が暗転した。









 頬に暖かい熱が触れた。暗闇の中に光が入り込む。

「あら?起こしちゃったかしら・・・。」

 薄めで瞼を開くと、眠気眼で擦れた視界に女の人がこちらを覗いていた。まだ眠たくてぼやけているせいかハッキリとした人相は分からない。わからないが懐かしさを感じる声が、一つの答えをさしている。

「おか・・ん?」
「そうよ。まだねむいんと違う?まだ寝ててもいいで。」

 まどろみの中で、眼が冴えた。物静かな部屋で寝ていたが、急に玄関の施錠が開く音で眼が覚めたのた。

「だれ?」

 部屋の中を空虚に響いて消える。体を起こすと、遊んだままになって散らかる子供の部屋があるだけで、誰もいなかった。

「………私よ。」

 振り返る。視界の反対側、窓際の隅っこで母親が立っていた。彼女の手に何が握られている。

「何でそんなところにい____」

 闇にとけていた輪郭は徐々に形を浮き上がらせる。それはいつも台所に置いてあった包丁だった。母親はその包丁の切っ先を俺に向けて、飛び込んできた。

「なにすんねん!」
「あんたが悪いねん!!!」

 間一髪のところで避けられた。左頬を掠める包丁は顔を通りすぎるが、母親の手は俺の喉を掴む。

「ぐっ…………やめてよ………」
「あんたが悪いねん!全部あんたが…愛ちゃんもしんで、何も守れんあんたがッ!!」

   口から吐き出る呪詛、そして喉を締める握力は俺の命を削っていく。呼吸が浅くなるに連れて意識が眠気に沈んでいくような感覚だ。
  なぜこうなったのかわからない。いつも笑顔を絶やさず、優しかった母親の顔は沸き上がる殺意に歪んでいる。そうさせたのは俺なのかすら、わからない。

「絶対にここで、この場所で殺す!!」

 更に喉を絞ってくる。その目に写った俺を、確実に殺す気でいるようだ。

(いきができない…)

 気が遠くなっていく。朦朧とする意識の中で死だけが身近に感じている。状況の打破は叶わない。この子供の力では、貧弱な身体では、どうしようもない。抗えない。もがくだけ苦しみがながくなるのなら。諦めが考えに指向性を与える。

「死ね!諦めてしまえ!生きながらえるだけ無駄だ!!」
「うっ…………ぐくぁ……あぁ……」

 その通りだと、力みを抜いていく。するとボヤけた視界に写る母親の背後に、人影が現れた。

____諦めるな。

 男の声だった。聞き覚えのない若い男の声だ。

(無理だ……)
____無理ではない。お前は無理だと思ったことを全てこなしてきた筈だ。犠牲が伴おうとも、その世界でできうる限りのことをしてきた筈だ。

 思い出す島での出来事。無人島に漂流し、力をつけて立ちむかった日々。悲劇や暴力が襲い来よう持ちえているものを使って戦ってきた。
 これは試練だ。目の前にいる形をもった暴力。打ち勝つ方法はもう知っている。

 苦しみの中で手を取った。喉にまとわりつく指を握り潰す。

「諦めろ!死ね!死ね!」

 母親の形を持った悪意が呪詛を並べている。知ったことか。向かってくる母の顔を掴み、潰すつもりで握ってやる。

「諦めろ!!諦めろぉおおお!」

 もはや母親の面影はない。獣のような咆哮を手の中で受け止めて、更に力を込めた。

「じゃあな化物。」

 母親の顔は砕けた。圧に耐えかねた頭蓋骨が粉々に砕け、頭はまるで潰れた果物のように、その中身は指の隙間から抜けていく。

____良くやった。

 また男の声が聞こえる。

「ありがとう。君のお陰で助かった。」
____試練を終わった。マリエにタジマにあったと言えば、事態は変わるだろう。
「それは君の名前か…?」
____そうだ。形を無くした魂だけの存在だ。…………時間のようだ。いけ。目覚めるんだ。















「ぶはぁ!!!!」

 急な覚醒で飛び起きる。まるで深く眠っている時に水でもかけられたような感覚だ。だが実際は体を草原に横たえていただけだ。
 目に見える青空で自分が夢から覚めた事を確信した。

「………夢?」
「夢ではない。起きられよ転移者。」
「誰だって___おぉう!」

 老人の声が聞こえると、ふわりと紙が風にふきあげられるように体が浮いた。驚く間に地面に足をついて立ち上がる。

「い、今のも魔法か。 」

 未曾有の体験に狼狽していると、気配を感じる。気配の方向に顔を向ければ、そこには占い師のような格好をし背を丸くした老人が長い杖を突き立て立っていた。その老人は目深に被ったフードから声を漏らす。

「試練を終えし、転移者よ。目の前に現れたモノの名を言え。」

  それが何を意味するのかわからない。けれど、躊躇わずに答えられるのは、きっとそれが運命だからだ。

「タジマ。母親に襲われてる時に、俺を助けてくれた。」
「……………。本来であれば、出てくる人間は一人に限られる。だがそうか。彼は君をそこまで。」

 意味ありげに息を漏らして、咳払いをして仕切り直した。

「では転移者ダイスケよ。タジマの名をマリエに言うがよい。さすれば賢者の遺産を手に入れることができるだろう。」
「それは一体な___」
「 だが王にはタジマの名を告げるな。あれは民よりおのが願いを優先するだろう。」

 言い終えると同時に杖の底で地面を叩いた。乾いた音が耳に届くと、また眠気が意識を覆ってくる。

「くそ………何回眠らせれば気が………す………」

 微睡みが口を閉じさせる。瞼が垂れ幕のように視界を埋めて、目の前を暗闇で閉ざした。

「……………我は先導の役割を持つ者なり。お前の事を見守っているぞ。」

 その言葉を最後に、俺はまた眠りに落ちた。
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