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閑話休題

Magic of the Memories  part5 魔法にかけられ損

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「あーあ!」
「・・・」

 長い長い会話の末、二つのベットが並ぶ簡素な寝室に通された。王宮の一角にある安宿な部屋に土下座する幼女と腕組みして見下ろす俺がいる。二人の雰囲気が険悪なまま二、三時間はたっただろう。この構図もまるで絵画のように動いていない。

「誠に、申し訳ない。」

 結局あの後のブレイズの口車にまんまと乗せられてしまった。俺は嫌な予感はしていたが、ごろーちゃんの怒りのせいで止まることはなく。その結果、なぜか決闘と相成った。
 確かブレイズが"科学なんて卓上で繰り広げられる妄想。偶然にも合っていただけのお遊戯だ"と言い放つとごろーちゃんは"魔法なんてわからないことを神だの恩恵だのと名前をつけて、考えることをやめた猿知恵"と言ってしまったのが運のつき。どちらが上かと、また論争になりそうなところで王が決闘でハッキリさせろと言った。
 俺は断ろうとしたのに、目の前で土下座を繰り出すこの幼女は二つ返事をしてしまったのだ。

「何て時代錯誤なんだ・・・。」

 俺なんていい迷惑だ。どちらが上かなんてことなど、後回しでいい。今は元の時代に帰ることが最優先の筈が、よくわからない事にまきこまれてしまっているのが理解できない。寧ろ突っ込んでいる気さえする。

「考えもなしに、返事をしてしまい、申し訳ありません。」
「言った以上はやるけどさ。よくわからないものと戦う俺の見にもなってくれ。というかいい加減、頭を上げて。」
「いえいえ。どうにでもしてください。この幼い体を煮るなり焼くなり舐めるなり。」
「如何わしいことを…。」

 最悪な構図が出来上がった所で、最悪なタイミングにガチャリと扉は開いてしまった。少し開いた隙間からマリエさんが顔を覗かせている。彼女は動揺した目と震えた声を忍ばせた。

「あの…あまりそういうご趣味はよろしくないかと…。」
「ちがうッ!!勘違いだッ!!コイツが勝手に!」

 露骨な誤解を解くためにマリエさんを部屋にいれた。











 マリエさんは木製のトレイに食事を乗せていて、それを手慣れた手付きで小さなテーブルに置いた。これまた木製の器に注がれたクリームシチューは湯気立っていて、食欲をそそる匂いを部屋に漂わせている。

「マリエさん。無理を聞いて頂いてありがとうございます。」
「いえ、懸命な判断だと思います。ですが誰も気にかけない、誰もいない場所となるとこういった質素な部屋しか用意がありませんでした。どうか、ご容赦頂きたく。」
「そんな…わがままを聞いてくださってありがとうございます。」

 メイド服の可愛らしい姿でペコリと頭を下げる。無理な要望を聞いてもらった身からすると、かなりばつが悪い。
 すると言い出しっぺのごろーちゃんが、土下座を解除してマリエさんの前に進んで、キスできるほどに顔を寄せて綺麗な青い瞳を覗き込んだ。対人距離が近すぎて俺なら卒倒しそうだが、本音を言えば美少女にあれほど近づけて羨ましい

「それで。どうでしたァ?」
「要望通り、ご指定頂いた方にだけお伝えしております。他の者には言っておりません。」
「そろそろ教えてくれ。このかくしごとにはなんの理由があるのか。」

 するとごろーちゃんは表情を変えずに右手の人差し指と親指を擦り合わせた。すると何故か指からバチっと火花を散らす。まるでスタンガンのような手品を確かめて、そばに立っていたマリエさんを再び見る。どぎまぎとした表情で固まったマリエさんの喉へ、先程の指をあてがった。

「ちょっとごめんね。」
「な、なんでしょ----」

 間を置かない。部屋に先程の倍はある火花と音が反響した。さっきの火花は間違いなく電気によるもので、言ったとおりスタンガンの役割を果たしたのだ。放電による気絶。マリエさんは床に背を向けて倒れ込んだ。
 唐突なアクションに呆気をとられたが、マリエが倒れたと途端に気がついた。

「な、何してんだよ!」
「聞かれたらまずいんですよォ。怪我もしてないし、とりあえず落ち着いて話を聞いてください。」

 踵を返して俺と向き直る。あどけない表情ながらも、意志の固さが目つきを鋭く変えている。どうやら噛み付いたところで進展はしなさそうだ。
 椅子に腰掛け、ごろーちゃんの言葉を待った。

「では話を進めますネェ。」
「シチューが冷めないように頼む。」
「はいはい。最初に引っかかったのは大輔が拘留された話からです。」

  本当はタイムスリップをしようとしたのだが、気づくと酪農業を営む放牧地に立っていた。そこの農家を足掛かりにこの街にたどり着き、2ヶ月という月日をかけて俺を捜索してくれていた。
  だが足取りもなく、全くといっていいほど手がかりも掴めずにいた。
 街では親しくしていた情報屋から「墓に現れた男がブレイズ伯爵に捕まり、城内の何処かで勾留されている。」という話を聞き、すかさず乗り込む。本人は追い返される覚悟で身の上を話したところ、何故か信じてもらえ、すんなりと王座まで通されら、食客対応を保証され、大輔も返還するという話しになったらしい。
 勾留していた理由はブレイズ曰く、「得たいのしれない何かを客人として迎え入れる理由はない」とのことだった。何にしても一先ずはごろーちゃんのおかげもあって、今はこうしてマトモな食事にありつけているのだ。感謝はしないとな。


「普通に考えればですねェ。小説みたいな話をすんなり信じてもらえた事が不思議で仕方がない訳ですよぉ。こんな見た目が美少女な子供の話を、信じられますか?」
「まぁ…確かに。」
「借りに信じたとして、狙いは向こうの技術。というなら決闘せよと言い出すことに違和感を感じているのですよォ。」
「狙いは別にあるってこと?」
「だと考えていてですね、信用ならねぇからこんな安宿みたいな部屋まで来たと言うことです。王様や他の官僚の狙いを探らなくては。」
「…なぁ、そもそもこの世界は未来なのか?」
「その問いはまた今度にしましょう。取り敢えず明日の決闘の準備ですね。」

 視線を外して、はぐらかされてしまった。どうやら事はややこしいと見える。











「マリエさーん。おきてー」

 ごろーちゃんがマリエの体を大きく揺らす。起こそうと言い出した時、また指スタンガンを使おうとしたのでマトモに起こせと言った結果である。
 すると薄目を開けて、ゆっくり目蓋を広げていった。

「…あれ?私、何が…」
「まぁまぁ気にせず、取り敢えず立ってくださいねェ。」

 話題をはぐらかした。眠気眼を擦るマリエさんはどうやら直前の記憶がないらしい。これ幸いとごろーちゃんは自分の罪を隠蔽しようとしているようだ。そこに黙っていられなくて、つい口が動いてしまった。

「マリエさん、喉元いたくありません?」

 頭にはてなマークを浮かべるマリエさんと、こちらを一瞥して怒りの視線を送ったごろーちゃん。嘘はよくないよ。

「いえ?特には。」
「そうですよねェ!何を言ってるですかねェホント!そ、そういえば対戦相手はきまったんですよネェ?」
「そうですそうでした。えーとですね…あった!これをご覧ください。」

 羊皮紙だろうか。取り出したのは薄茶色のざらついた巻物。博物館でしか見たことのないような代物は細い紐で縛られている。

「この紙は動物の皮で作られた物です。王家を見届け人が選ばれた際に使われる正式な書式であり、いかなる法もここに書かれている誓約には抗えないというものです。つまりこれを承諾された結果、あなた方はいかなる結果でも表記に従っていただく事になります。では読みます。」
「お、お願いします。」

 少しゆるかった喋り方に張りが出た。目の前に現れるまでは冗談か何かだと思っていたが、どうやら本当に正式な書類のようだ。
 巻物を広げ、マリエさんは音読した。

「決闘書。エンツォ王を見届け人に、ブレイズ伯爵とT-56による代替決闘を執り行う。場所はコロシアム。時刻はおって連絡する。出場者はT-56から佐藤大輔、ブレイズ伯爵から弟子である"炎槍のエンブ"の二名。誓約は殺さないこと負けを認めるまで続ける事とす。武器への誓約もない。お互いの清く正しい戦いを守れると誓えるなら承諾されたし。以上になります。」
「ありがとうマリエさん。こちらはそれで異存ない。」
「了解しました。返事は私から贈っておきます。・・・・・・ふぅーー慣れないので疲れました。決正式な決闘書まで送るとは、ブレイズ伯爵も律儀ですね」

 肩に力が入っていたのか、業務的な対応は空気が抜けるように力みを抜いた。

「お疲れ様。何かお茶入れようか?」
「ダイスケさま。そんな悠長なことを言っている時間はありませんよ、作戦を練られたほうがいいかと。」
「そんなに強い相手なの。」
「ええ。間違いなく。」

 俺だってジャングルで体を鍛え、野生のゴリラやサイボーグに勝ち、弓に関しても自信がある。戦いの経歴で言えば誇っていいほどに強いはずだ。だがそんな自信も揺らぐほどに、マリエは怪訝な表情になっていた。言いたくなさげなマリエを見て、唇を動かす前にごろーちゃんが口を開いた。

「まずブレイズ伯爵。優秀な魔法使いでありながら、それにおごる事無くまい進を続け、現在では何百と弟子を抱えるエリート。加えて政務をこなす官僚。彼の得意なことは根回し裏工作と、人の目に着かないままに手段を講じることが得意。見てくれどうり陰気な奴ですネェ。」
「おどろきました・・・ごろー様、いつの間にそんなことを。」
「二ヶ月も遊んでたわけじゃないんですよォ。」

 すらすらと情報が吐き出されていく。内情まで心得ていると言うのが、俺が無為にした時間を感じさせた。ノスタルジーに浸る間も与えず話が進む。

「それと"炎槍のエンブ"。魔法騎士団中隊長。炎系統の魔法が得意。技も力も並外れているがそこに満足せず堅実的な戦い方が有名のようですネェ。まぁどちらも勝利にたいしては貪欲なようですから、十分気をつけて戦う以外はないですネェ。」
「支配階級の中で尋常ならざる速さで昇級をされた方二人。どういった戦いになるかわかりませんが、苦戦は免れません。」
「そこでですネェ、私に作戦があります。それにはある工程が必要なんですよ。」

 夜も更ける静かな異界、小さな間取りに三人だけの作戦会議が開かれる。寝るまでもう少しかかりそうだ。














                                                 


 暗い空間に浮かぶ三つのろうそくが浮かんでいる。吹けば消えそうな淡い灯火をブレイズは眺めていた。
 
「師よ。」

 背後から忍んだ声が耳に届くまで間が空いてしまう。

「・・・エンブか。」

 姿を暗闇に埋めて現さないが、呼び方と声音が正体を暴いた。ブレイズにとって長年の友であり弟子。わからないと言うほうがおかしいのだ。

「どうした。」
「いえ、どうされたのかと気になりまして。」

 エンブは気が使える。その身には余るほどのやさしさが備わっており、反面だまされやすくもある。得意とする槍のように真っ直ぐな男。付き合いの年月で言えば子供が青年に代わるほどの時間を付き合っているためにわかる事がある。彼はまだ迷っている。

「よもや、今になって考えが変わったのだと言うまいな。」
「いえ!そのような事はけして・・・」

 少しの狼狽。見立てどおり迷いが合ったように思えた。

「ですが・・・これで人類は救われるのでしょうか」

 彼が本音をいった。あまりにも珍しいことで少しおどろいた。だが、ならばこう言うしかないとブレイズはいつもの調子で声を出す。

「救われる。今だスタートラインに至ったところだが、どう転ぼうが救われることになる。」
「・・・了解した。」
「お前こそわざと負けようなどと愚考するな。お前の妻の命が、このろうそくに灯った火のように消えるぞ。」
「それこそありえません、異世界の業に打ち勝ってご覧に入れましょう。」
     
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