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閑話休題

デビットハウアーの正体3

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{ターゲット逃走。予定どうりルートA17から脱出するだろう。}
{スカー。了解。段取りは済んでいる。}
「こちらスコープ。ドローンの配置も完了。」

 ワイヤレスイヤホンの通話を切ると、少し強めの夜風が吹きぬけた。屋上と言う立地で風が通りやすいと言うだけでなく、先ほどまで降っていた雨のせいか異様に寒い気がする。

「どうした。夜風が体に染みるか?」

 建設現場の向かいにある五階建てのビル。その屋上に狙撃手の私とバイクのヘルメットを被った男、ドローンがいる。彼は目の前にキーボードがさもあるかのように、何もない空間にタイピングを行っていた。そんな状態で何故私の事がわかったのかと辺りを見回していると、丁度頭上に四つの羽を持つよくめにするタイプのドローンがホバリングしていた。どこについているのかわからないがカメラもあることだろう。そう考えたらなんだか気分を害された。

「覗きの変態め。」
「心外だなぁ。スナイピング中のあなたを守ってくれる頼もしい機械ですよ?」
「ドローンじゃなくて君に言ったの。」

 彼が被っているのは特殊な情報処理変換装置AR型ヘッドギアだ。ヘッドアップディスプレイを使い、複数のドローンを操作。必要なユーザーインターフェースは拡張現実(AR)にて構成し使っているため、空でキーボードを打つように見えても彼の視覚内ではきちんと操作しているのだ。
  必要な技術、反射速度、情報処理能力は常人を超えた力量を必要とするが、頭蓋内に取り付けた特殊な人工知能によってそれを可能にしているようだ。

「お、そろそろくるんじゃないか?」
「あんたは後でお仕置きね。」
「ワァオ。そらご褒美だ。」

 私は地面に横たえた大きな狙撃銃を手に取り構えた。細く長い銃身を支えるための三脚を立ててスコープを覗く。

 100キロ離れたここからでも、かなり精度よく現場が見える。大きく て未完成な建物、あまたに存在する出入り口の一つに陣取り、外から中をにらみつけているスカーと、頭上には3機のドローンがホバリングしているのが見えた。
  そこは駐車場にするつもりであろう大きく開けた場所で、出入り口から少し離れて彼は立っていた。ミリタリーな装備を身に纏いつつもその手には刀身煌めく日本刀が握られている。暗闇の中で異質に煌めくボスの愛刀は今夜も鋭そうだった。

「ボス。よく見えてるよ。」
{頼むぜ。入り口から足音が聞こえてる。そろそろ出番が来そうだ。}

 出入り口を固める。正面にはプロの殺し屋と殺人マシンで3機が迎撃待機。仮にこれを抜け出せても遠距離から私が狙撃するという作戦だ。ターゲットはかなりの戦闘特化された傭兵だと聞いている。
  なんでも鼻がよく利くという特殊なスキルが相手だ、念押しくらいな方がいいと言うことで必要な気もする私が呼ばれている。

{来た。足音が近いぞ、警戒しろ。}

 スカーは腰を落とし、刀の切っ先を前に向ける。よくテレビでみる剣道の構えに見えるがスポーツにはほとほと興味がないので、実際のところさっぱりわからない。だが目つきは鋭くなって呼吸が浅くなって、先ほどまでの雰囲気でなくなったことはわかる。スカーはいつでも迎撃する用意ができたのだ。

「ん?」

 そんなことを考えていると出入り口から何かが二つ、スカーの足元に転がってきた。こちらからでは小さすぎて見えないが先ほどまで単調なリズムだった心臓が一気に駆け足になる。

「グレネードッ!!」

 叫びに対して反応したスコープ。飛び上がり距離を取ろうと機敏に対応したがそれでも遅かった。足元に転がってきたものが先に炸裂し、スコープ越しに光が溢れた。

「アアッ!」

 目に強い刺激が走り、苦痛で銃を手放した。遅れてイヤホンがザザッと音割れした耳障りに悪い何かが聞こえる。イヤホンを取り外し、痛いわけではないが違和感の続く右目を右手で抑えた。

「ぐっ!!閃光弾か・・・ドローン、大丈----」

 先ほどまで空に絵でも書くように動いていた彼は、無造作に手をたらせ口を開いている。どうやら気絶しているようだ。

「ただの閃光弾じゃない。視覚媒体でも強烈に脳が焼かれた...。私たち向けに威力を底上げしてる。今回のターゲットは只者じゃない。」

 遠く離れた現場に視線を向けると、先ほどまでなかった煙が立っていた。



























 出入り口から外を覗くと、広かった空間は煙で埋めている。外にいたスカーとドローン、スナイパーのスコープには悪いが"感覚刺激剤"の入った閃光弾を使わせてもらった。
  感覚を特化させた彼らには針を目に刺されるような刺激だろうが、こちらとしてはそれでも足りないほどだ。1対5の不利な戦況で使わざる終えなかったのだ。

 同時に煙幕弾を二つ投げ入れた。視界はもう濃霧の山中のように制限されている。

「いくか。」

 アサルトライフルのスリングに肩を入れて、背中に回して固定した。走る準備を整えて、外へと飛び出した。

 全速力で走るが周りの煙に満ちた景色と記憶に残った景色が合わず、一瞬だが煙に巻かれて方向感覚が混乱しているが嗅覚に頼れば問題ない。確認していた脱出路はただまっすぐだった。特に考える必要もなく走ればいい、迷いなく足を進めた。

「ん?何か匂ってきた・・・」

 足音が軽快なリズムを立てていると、急に乾いた汗のような匂いがどこからともなくこちらに向かってきた。急な事態に足を止めた。
 この煙は俺専用に改良したものだ。煙の中に人間がいると汗に反応して臭気を放つようになっている。これにより俺の超嗅覚で位置の把握ができる。他の誰も扱えない俺だけの武器。

 スカーの位置は今も把握している。だからそれを避けてルートを選んだのだから、この匂いの元が急な登場人物であることを知らせている。辺りを警戒したがそれらしい音も影も見当たらない。
  だがだんだんと匂いがキツくなって近づいてきていることがわかると、敵がどの方向から来ているのかすぐに見当がついた・

「上かっ!!」

 天を仰ぐ。空に浮かぶ煙が影を映していた。影が落下してくるのがわかると、体を左に捻って地面に転がった。
  数秒もない間に紙一枚の距離。間もなく影が力強く地面に降り立たって、何かを振り下ろしていた。間一発で避けたが左肩が少し斬られて血が垂れていた。

「だれだ!?」
「誰も何も私に決まっている。」

 煙が勢いに乗って引いていくと、そこには地面に手斧を刺した赤い髑髏が立っている。頑強そうな黒色のボディーアーマーに赤い髑髏のマスク。我らがドーベルマンのリーダー"マスター"だ。彼は地面を這う俺を見下ろした。

「ふん。知らなくていい事を。」

 土を穿つ斧を抜いた。

「悪いが死んでもらうぞ!!」

 斧を両手で携え振り上げた。俺は立ち上がる間も貰えず、地面を這いつくばってよける以外の動作を封じられる。振り下ろされる斧を避けては逃げるを繰り返す。

「なんだ。逃げるだけしかできないのか。」
「ばかめ!」

  言い終えて地面に深く刺さった斧は、今度は何故か抜けなかった。まるでくっついたようになってびくともしない。
  隙を突いて立ち上がり髑髏に向けて石を投げた。見事に当たって快活な音が響く。よろめくマスターのどてっぱらにボディーブローを決めると、今度は彼が地面を転がり這いつくばった。
 なんともなく立ち上がり、アーマーについた土くれを払う。

「・・・斧に何をした。」
「粘土を仕込んだんだよ。建設材料で作った強力な粘土な。」
「しょうもない小手先だ。」

 マスターは腰に手を当てて、偉そうに胸を張った。

「なぁマスター。そんなに俺を殺したいのか。」
「無論だ。貴様みたいな若輩者に長年の大成を邪魔されてなるものか。」

 それを言い終えた瞬間だ。煙幕が吹き飛ばされた。マスターの背後に20機を超える小型ドローンがまるで蜂の群れの様に集まり、騒音を立て小さなプロペラによって強風を巻き起こしている。周囲に張り付く白色のもやは背後に流れていき、景観を取り戻した。

「撃て。」

 遠く聞こえる一回きりの銃声が胸を貫いた。見えないし聞こえなかった高速の何かが、体を通り抜けた。勢いに耐えられず、地面へと吸い込まれていく。
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