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タイムトラベルの悪夢 編

蜥蜴のしっぽ切り

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「ソリシアにそんなことが…」
「そうだ。だから俺達は、あいつの親代わりだったのさ。」

少し長い昔話をパン屋の店主。彼の熱い手が肩に乗っていて、胸に秘めた暖かな親心を表しているようだ。

「つまりだ…」
「うッ!!」

  暖かな手に力が入っていき、まるで万力のような力強さで肩を握りこんできた。骨が軋んで、肉の筋を潰されたような痛みが襲う。

「なんでお前がソリシアに服をかってやったんだ!!ナンだてめぇ女遊びでうちの娘誑かしているんなら容赦しねぇぞ!」
「いたいいたい!違いますって!彼女、メイド服しか着るものをもってなかったから、それを不憫におもってですね…」
「今の話聞いてもわかんねぇか!まぁいいだろう!!」

  一生離れないかもと半ば諦めていたが、急に握力の呪縛から解放された。
  痛む肩をさすりながら店主の顔を見ると、となり部屋で何かしているソリシア達を、壁越しにだが見つめていた。程なくして目尻から一粒の涙が溢れていた。感情の意図が読めずに不覚にも混乱してしまった。

「え?な…どうすればいいの?」
「黙ってろ。お前も人の親になれば、一人立ちしていく子供をみて寂しさを覚えるだろうよ。」
「はぁ…」


  涙を拭っている間に、のれんを潜ってソリシアが現れた。
彼女の手にはバケットに山盛りと形容できない程の量の多種多様なパン、そして紙袋に詰められたパンの耳をもっていた。
  両手に抱えた圧倒的物量で足取りおぼつかず、千鳥足みたいな状態で、いつ転けてもおかしくなかった。慌てて全てのパンを奪い取ってやると、忌々しそうに睨まれてしまった。

「彼氏面しないで…」
「ジト目でみるなソリシアさん。服だってかってやったんだし…」










  パン屋を出た後、研究室に戻ると何故か門前払いを食らってしまった。どうやらお客様が来ているようで、夜まで帰ってくるなと言うことらしい。
  仕方がないとソリシアの導きである場所に行こうと言うことになって、今はでかくて広くて長い石階段を上っていた。


夕暮れ時、オレンジ色の石階段を上るのは異国情緒があって大変によろしいんですが。ソリシアは何故か俺と一定の距離を置いて歩いている。

「あのーソリシアさん。なんで距離をそんなに開けてるんですか…」
「…………………………知らない。」
「なんやねん…でも、まぁいいか。」

  ソリシアは俺が買ってやった服を着ている。風に遊ばれるスカート。その時に見えた彼女の口元は、笑顔だった。
  無感情に見えても彼女なりに噛みしめてちゃんと嬉しかったと思えていたなら、多少の苦行はどんとこいといった心持ちになる。

「でもどこに向かってるんだ?」
「……この街は海に囲まれている。街の反対側は森になっていてそこから見える夕暮れと、オレンジ色の水平線が見える。すごく綺麗で……その……男女でいくと……」
「……」

  最後の方はもごもこして何を言っているか聞こえなかったが、俺も彼女の言葉を読めない程うぶではないつもりだ。だから何故かからかいたくなってしまった。

「ん?ぼくと、恋人同士になりたいのかな?………………あ、待って置いてかないでっ!!」

言葉を聞くなり足早に頂上を目指すソリシア。後を追いかけて、もう少しで追い抜けそうになったそのときだ。


光が射し込んだ。


射し込んだというよりも射し込んでいたと言うべきだ。
水平線に沈む夕陽が美しい。水面から跳ね返ったオレンジ色の夕暮れを俺とソリシアは体いっぱいに浴びる。二人の間を駆け抜ける潮風は、ほどよい温度を残していて、まるで母親に包まれているかのようで心地よい。

   この光景が目に入ると、美しいの一言以外言えなくなってしまった。

「ここはなんて綺麗な場所なんだ。」

  言葉が聞こえたのかソリシアが振り向いて笑って見せた。
   後光を背負い、鉄火面のような無表情が綻ぶように笑って見せた。なんとも言えない気持ちがわいてきて愛おしく思えてしまった。綺麗なソリシアに見惚れてしまっていた。
俺の間抜け面を見た彼女はコロコロと笑う。

「なんて顔、してるんですか?」
「あ、ああ綺麗だと思って…」
「!!」
「違う!この光景が綺麗だと思ってな!俺も前の時代に同じ……よう……な」



  海と隣接している白い砂浜。そのとなりには広大な森があって、緑色のコントラストに一ヶ所剥げているところがあった。そこには見覚えのある小屋が建っていた。

  目を擦った。目を擦って確認してを何度も繰り返した。

海と白い砂浜と森林のパノラマ。この光景を、俺は見たことがあった。
というよりも俺が忘れるはずもない事だ。俺は違ってくれと願いつつ、ソリシアに恐る恐る質問をぶつけた。

「なぁ…ソリシア、この島の名前を教えてくれないか?」
「この島の名前は"ユートピア"です。」

  足から力が抜けてへたりこむ。目の前の現実が信じられなくて、推測を否定できる情報をソリシアに求めた。

「だ、大丈夫ですか?」
「なぁソリシア。モノって名前の喋るゴリラって知ってるか?」
「ダイスケ…ゴリラとはなんですか?」

  ソリシアも俺の視線に合わせてくれた。彼女が不安げな瞳で俺を覗き見ている。

「ソリシア、この世界の外では何が起こったか教えてくれないか?」
「この島以外に世界…というよりは大陸はありませんよ…。」
「あはは…なんだよそれは…」

  ゴリラを知らず、外の世界もしらない。推測の域をでないが、今いるこのタイムラインはおおよそ、俺のいた時間から考えつかないほど時間が過ぎていると思われる。
  つまりこの島に友人は愚か、知人が生きていることすらない。助けてくれる者は、この世にいないのだ。


正直予測はしていた。だが予測よりも遥か上をいっている。

絶望、孤独。心の杯がどろどろとした感情で溢れている。ソリシアの声が遠くから聞こえるがしったことかそんななもの。俺はもう、この世界で箱詰め状態になってしまったのだから。

  だんだんどうしていいかわからなくなって、涙が溢れてきた。俺はどうすればいい。どうするべきなのか。つぎはぎだらけの思考回路が、理性と言う脆い糸が抜けていくのを感じている。


混乱する俺をソリシアが抱き締めた。そよぐ甘い匂いと、弱々しくも暖かな体温を感じた。それが妙に落ち着いて、涙も引いていった。
ソリシアは俺の耳元で囁く。

「落ち着いて…全部教えて…」

俺は抱き返し、記憶にあること全てを彼女に話した。





 




  夕陽が沈み月夜にかわっても独白が続いた。それでもソリシアは頷き続け、俺の気持ちを受け止めてくれる。
この島に漂流した事。喋るゴリラや言葉を理解する動物に助けられた事。死んだ幼馴染みやブレインの事。そして、決戦にて死んでしまった事を。そして、ここまできてもなお、報われなくて辛い事を。

「そんなことがあったの。」
「そうだよ。…そもそもニートの俺には辛すぎることばかりだ…」
「なにか言った?」
「いやなにも。」

  ニートということは黙っている。なぜか恥ずかしくて言えなかったのだ。

「…こんなに弱音を吐いたのは久しぶりだよ。」
「そうなんだ。でも今の聞いてたら、そんなことを言う暇なんてなさそうだけど。」
「うん。だからこんなにゆったりとすごせたのは、嬉しい。と言っても死んでるんだけどね。」

  地面に胡座をかいて座っていると、隣にソリシアが座って小さくて軽い頭を俺の肩に乗せた。
感触が肩から頭に伝わると、いきなり胸が弾んで恥ずかしいと言う気持ちが沸いてきた。その気持ちの中にもっとやってくれと叫ぶ本音がいて、頭はパニックになっていた。とりあえず冷静を装う。

「ど、どうしたの?」
「なんでもない…」
「そそそそうか…」

   妙な間が生まれて、本当に冷静さを取り戻せた。そう言えばソリシアには"時間を観測"できる能力をもっている。なのに何故こんな面倒ごとの相手をしているのか、気になった。

「…ソリシア。そう言えばお前、未来が見れるんだろ?そうならこんなめんどくさいこと避けたらよかったのに。」

彼女はもともと用意していたのか、特に間を置かずに答えた。

「私の力は確かに時間を見ることだけど、ハーメルン博士の機械がないと自由に扱えないの。それに未来が私にとって重要な事ほど、その未来を変えられない。それは観測した時点で現実から未来にとっての"確定事象"となって、どんな経緯になろうとも変えることができなくなるのよ」

彼女の言う確定事象とは

現在  ペットボトルをあける→未来蓋の空いたペットボトルになり、リサイクルされた。

と言った1つの起こった出来事から未来で起こるはずの出来事を観測することによって、数多の選択肢を観測した結果に因果律を固定する理論の事だ。
  時間という概念の中には運命という言葉がある。それは人間が選ぶことによって実現する結果の事だ。だが結果を先取りして観測してしまうと、どうしても因果律によって結果を固定されてしまうという。

これは長年人を救おうと行動しても、必ず観測した死という結果になる彼女の持論だそうだ。

「難しいんだね…」
「まぁ仕方ない。それを変えようと、今も研究してるわけだし。今はできないってだけで悲観はしない。」
「強いんだな…ソリシアは」
「強くなったのよ。にぶちん。」

スッキリした心持ちと、彼女への疑問を孕んだまま、帰路に着いた。















「あ。やっと帰ってきたねぇ!お帰りねぇー!」

  明かりはなく、薄暗い部屋の中で幼子のような声が響いた。相手は俺達に気づいたようだが、所在まではわからないだろうと思いこっそりソリシアに耳打ちをする。

「ソリシア、俺達の他には仲間がいたのか」
「いないわ。私たちだけよ。」

  暗がりの中を少しだけ歩くと本棚を見つけた。その影に隠れながら顔を出し、中の様子を伺う。

  天井から吊られた灯りが、2人を淡く照らす。椅子に座っていたハーメルンに股がる少女がいた。長く床まで伸びた白髪に似合わない小柄な体、少し大きめの白いローブを羽織っていた。小さな右手には刃渡りの小さなナイフが握られていて赤く染まっている。
  左手はハーメルンの髪を鷲掴みして、上に引っ張りあげていた。

「なにやってんだよ…」

  あまりの光景に思わず声を出してしまった。少女は呆気なく悩んだふりをしたあと、簡潔に吐き捨てた。

「人殺し!」

  ハーメルンの頭は体から離れていた。右手のナイフによって首を切断されて左手に掴まれ、まるでゴミみたいに床へ投げ捨てられた。
  ゴロゴロと重さが楕円して転がる音が響いた。

「博士…」
「お!君がソリシアちゃんだねぇ!まあ佐藤大輔くんにも用があったのでねぇ、一石二鳥だね!」

  彼女のまるで底なし沼のような歪な目がソリシアに向く。視線を遮るようにソリシアの前に出るも、まるで関係なく俺越しでソリシアを見つめていた。

「なんのようだ。」
「そうそう。私が誰で何故博士を殺したのかはねぇ。教えたげるねぇ。私はsa-56、"タイムライン警察"とでも名乗っておきますねぇ。ゴローちゃんとでもよんで下さいねぇ!」

  また新しい言葉が出てきた。するとゴローちゃんは椅子からおりて、小さな体を必死に動かしながら敬礼をした。

「本管の仕事は時間軸に干渉する不届きな輩を捕まえる事。因果律の崩壊を防ぐ機関でありますねぇ。」
「組織的な人間なんだ…」
「一昨日、ハーメルン博士及びそちらのソリシア嬢には"時間軸干渉罪"の疑いがかけられておりますねぇ」
「まって!一昨日は確かに五次元干渉実験をやろうとしたけど、結局中止になりました…」
「それと"時間軸往復罪"の疑いもあり、博士の同意を経てここで尋問させていただきましたねぇ。」

  ゴローはどうやら人間が触れてはいけない部分を守る仕事をしているようで、五次元のアクセス方法を知った二人を裁きに来たようだ。干渉するだけでも罪に問われるとは難儀な話だ。

「なにもしらない大輔さんに変わって、時間軸往復罪を説明しますとですねぇ。所謂タイムリープですねぇ。」
「タイムリープ?」
「記憶を保持した状態で意識だけが、タイムスリップする事ですね。ソリシアさんの場合、ハーメルン博士が作った機械ができた時点まで可能だったようですね。」

ゴローちゃんは笑顔のままソリシアに歩み寄ってきた。だから俺がゴローちゃんに歩み寄ってやり、見下ろしてやった。

「まぁ開発した機材は破壊させてもらいました。」
「ッ!!」
「余罪追求もしてもよかったですがねぇ、博士がもつ情報との交渉であなたたちの命引き換えに、博士の命を頂きましたねぇ。今回はこれで引き上げさせてもらいますねぇ。」

するとブカブカの袖から細く小さい腕がひょこっとでてきて、握られた紙を手渡された。

「なんだこれは?」
「私からのプレゼントですねぇ。明日以降お読みになってくださいねぇ。」
「…もう1つ聞きたいことがある。」
「ハーメルン博士殺害の件ですねぇ。未来を変える可能性のある人物は、その驚異指標に基づいて処罰されます。」
「いやいや、それだと確定事象ってのと話が違うんじゃ」
「観測し、認識された未来は因果律によって固定され、どういった経緯をもってしても集約されるという理論ですね。確かにそうですが、今回のこの事件には"次元の揺らぎ"があります。」

ハーメルン博士とあった時に聞いた単語だ。

  次元の揺らぎというのは、因果律の縛りをほぐし、ある一定のタイミングにおいては正規の歴史が変わる可能性があるという。原因はわからないし、いつおきるかもわからない。わかっていることは、未来が変わると言うことだ。


とゴローちゃんは身振り手振りを交えて話す。内容が専門的なだけに、子供が親に説明するような動作に違和感を覚える。

「とまぁとりあえずハーメルン博士は未来を変える可能性。というよりは死して記憶を逆行させ続け、研究の底上げをしてきましてねぇ。ソリシアさんが未来観測した事によって確定事象で守られた未来は、どうあがこうと収束していました。」
「けれど、次元の揺らぎによって未来が変わる可能性があると。」
「大正解ですねぇ!ですのでハーメルン博士は処刑することにしたんです…そ、れ、でぇ」

頭を傾げるゴローちゃん、眼球がコロコロ動いてソリシアを睨み付ける。害意の視線が向けられソリシアは身をすくめた。
怯えているソリシアを庇うようにさら前にでる。彼女の視線は俺に変わると、プレッシャーが両肩に重く乗る。
底なしの黒い瞳が微動だにせず、真っ直ぐに俺をとらえている。絶対に殺すと言わんばかりの圧力が伝わって、足元がすくんでしまう。

「勇者さんですねぇ…さすがはアース123からわたってきた男…」
「何言ってるのか知らないけど、ソリシアには手を出させない。」
「自分の世界の事も知らないんですねぇ。冥土の土産に教えてあげますよ。この世界のなり----」

  彼女のプレッシャーとはまた別の圧力を肌で感じた。研ぎ清まされたナイフのように鋭く冷たい殺気。それが部屋の中で蠢いてるようだ。
急に場の雰囲気がガラリと変わって、怯えるソリシアは俺の背中を掴んだ。

「ダイスケ…なにかいるの?」
「いたようだけど、いなくなった。」

  モノとの訓練のお陰で闇夜の中でもある程度目が効く。闇の中からあふれでる程の殺気なら、逃しようもないほど感覚は研ぎ清まされているはずなのに気がついたら気配は消えていた。
  少し落ち着きため息を溢す。するとゴローちゃんの小さな頭がコロリと首から落ちた。

床には二つの生首が転がっている。
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