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タイムトラベルの悪夢 編

ある日街の中、蜥蜴に出会った⤴

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  昼間だと言うのに、路地は暗がりに沈んで、湿り気に包まれていた。赤色のレンガの壁がそびえ立ち、間隔の狭い道は太陽光が差し込む隙がない。カビ臭い匂いが鼻について不快だ。

  コツコツと、地べたに敷き詰められたタイルを靴底が叩く音が響く。すると暗がりの中に人影の輪郭を見いだした。小刻みに肩を揺らしている。

「さっきからこちらを見ていたのは、お前だな。」

  言葉は帰ってこない。ハーメルンとの会合を覗き見ていた行動から考えて、完全に無視しているわけではない。何かに没頭して反応できないと考えるべきだ。


  肌を刺す張つめた雰囲気。緊張感が身体を駆け巡り、じっとりと肌が汗ばんできた。身体を向けなくても、殺気が体に降りかかっている事を体感している。

この感覚は覚えている。

   モノと島の森を駆け回っていた頃に虎と出くわした事があった。その虎は俺たちに気づいておらず、後ろ姿を茂みから垣間見えただけなのに、あのオリエンタルな虎模様を見ただけで足元が鋤くんでいた。
   結局俺たちは見つかることはなかった。無用な争いを避けるのも戦いだとその時に教わった。だが理由はそれだけではなかった。

  圧倒的な戦力差を持ってしても、勝てる自信が恐怖で蓋をされて沸いてこない。殺気を振り撒きながら悠々自適、思うがままに行動する虎の"自信"に当てられて、喰われるイメージが瞼に現れる。
まごまごした理由はあるが、端に"怖くて逃げた"ということだ。


  あの時の感覚が呼び起こされた。つまり目の前のいる、暗がりに潜んでいるヤツはそれと同じようなヤツ、ということになるのだろう。

「恐怖…しているな…」

  地鳴りのような低い声が這いずって、狭い空間の中で反響した。
  すると頭部らしき影がこちらに横目を流す。ここで違和感があった。動いた頭部の影は人間のような楕円形ではなく、後頭部から円を描き、突然隆起し、何らかの部位が前に突出している。これはガスマスク?それにしてはこの世界の景観にあっていない気がするが…

「していたらなんだ…」

  人影が身体を向けたとたん、カビ臭さに混じって鉄の匂いが漂った。細身の体。人間にしては歪な程に長い胴体、それに合わせて腰まで伸びた長い腕。鋭利な爪。そして短足。
視線を体の輪郭にあわせて流していく、足元には何かが地面に転がっていた。影のせいで確認ができない。だが目を凝らすと、朧気ながらに姿が見えてきた。

違う。転がっているのではなく、力なく寝ている血の池に浮かんだ人の死体だ。

「お前、人を殺したのかッ!」

  その瞬間、目でおいかけられない速さで影が動いた。地面を這って迫り来る影、驚いた俺は反射的に体が後退ってしまった。すると鼻っ柱の数センチ前で、空気を切る音が鳴る。
我に帰ると思考が追い付いた。迎撃すべく身体を流して足を振り抜く、長い胴体を狙った回し蹴り。だがまるで風のようだ。とらえどころのない俊敏さで避けられた。人影は後方へと飛んでいく。

「抗いがたい空腹が満たされたら、今度は仇の息子が目の前に現れるとは。」
「おまえ…俺がわかるのか?」
「わかるもなにも…なぁ」
「ふざけんな化け物…」
「化け物ではなく蜥蜴だが。…ふむ。時間をかけすぎた。」

人影は捨て台詞を残して、壁をよじ登り、逃げていった。

「また会おう!佐藤大輔!」
「くっそ!逃げん……は?」

  静寂と影が路地裏を占拠する。この中で、自分の名前を呼ばれたことを思い出す。俺を知っている人間が、この時代にいた。

「何なんだ。まぁいい…この死体をどうするか考えないと…」

身動きをしない亡骸。まるで時間が止まっているようだ。

  死体に歩み寄って眼下に見据える。いまだに赤い血液は死体から流れ出ていて、床に伸びて広がって、靴の先端が浸った。

「こりゃ…刺し傷…なのか?」

  中年の男。服は着ていない。着ていないというよりは、服を剥かれたのだろう。肌には小さくて細かい刺し傷が複数箇所。他にも痣や傷が沢山あったが、右腹部にとてつもない痕跡があった。

まるで齧られたような傷。肌は破れ、中身が露呈し、臓器が断面として露呈している。創部の周囲にも細かな傷が何度も何度も刺していた。

「ふむふむ…」

  森では死体から、縄張りや生息する生物を把握できる。それによる生活サイクルまでもが予測できるほどだ。だからわかる、奴はこの遺体を喰っていない事が。
  傷からみても、食い荒らしたと言うよりは噛みついただけ。まるで喰い方を試しているようだ。

  尚更奴の事がわからなくなってきた。
もしや、本当に蜥蜴か。喋れる生き物なんていない!なんて事も言えない。実際おれは、8ヶ国語を喋るゴリラと英語を理解する猿と生活していたのだ。
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