52 / 124
タイムトラベルの悪夢 編
ある日街の中、蜥蜴に出会った⤴
しおりを挟む
昼間だと言うのに、路地は暗がりに沈んで、湿り気に包まれていた。赤色のレンガの壁がそびえ立ち、間隔の狭い道は太陽光が差し込む隙がない。カビ臭い匂いが鼻について不快だ。
コツコツと、地べたに敷き詰められたタイルを靴底が叩く音が響く。すると暗がりの中に人影の輪郭を見いだした。小刻みに肩を揺らしている。
「さっきからこちらを見ていたのは、お前だな。」
言葉は帰ってこない。ハーメルンとの会合を覗き見ていた行動から考えて、完全に無視しているわけではない。何かに没頭して反応できないと考えるべきだ。
肌を刺す張つめた雰囲気。緊張感が身体を駆け巡り、じっとりと肌が汗ばんできた。身体を向けなくても、殺気が体に降りかかっている事を体感している。
この感覚は覚えている。
モノと島の森を駆け回っていた頃に虎と出くわした事があった。その虎は俺たちに気づいておらず、後ろ姿を茂みから垣間見えただけなのに、あのオリエンタルな虎模様を見ただけで足元が鋤くんでいた。
結局俺たちは見つかることはなかった。無用な争いを避けるのも戦いだとその時に教わった。だが理由はそれだけではなかった。
圧倒的な戦力差を持ってしても、勝てる自信が恐怖で蓋をされて沸いてこない。殺気を振り撒きながら悠々自適、思うがままに行動する虎の"自信"に当てられて、喰われるイメージが瞼に現れる。
まごまごした理由はあるが、端に"怖くて逃げた"ということだ。
あの時の感覚が呼び起こされた。つまり目の前のいる、暗がりに潜んでいるヤツはそれと同じようなヤツ、ということになるのだろう。
「恐怖…しているな…」
地鳴りのような低い声が這いずって、狭い空間の中で反響した。
すると頭部らしき影がこちらに横目を流す。ここで違和感があった。動いた頭部の影は人間のような楕円形ではなく、後頭部から円を描き、突然隆起し、何らかの部位が前に突出している。これはガスマスク?それにしてはこの世界の景観にあっていない気がするが…
「していたらなんだ…」
人影が身体を向けたとたん、カビ臭さに混じって鉄の匂いが漂った。細身の体。人間にしては歪な程に長い胴体、それに合わせて腰まで伸びた長い腕。鋭利な爪。そして短足。
視線を体の輪郭にあわせて流していく、足元には何かが地面に転がっていた。影のせいで確認ができない。だが目を凝らすと、朧気ながらに姿が見えてきた。
違う。転がっているのではなく、力なく寝ている血の池に浮かんだ人の死体だ。
「お前、人を殺したのかッ!」
その瞬間、目でおいかけられない速さで影が動いた。地面を這って迫り来る影、驚いた俺は反射的に体が後退ってしまった。すると鼻っ柱の数センチ前で、空気を切る音が鳴る。
我に帰ると思考が追い付いた。迎撃すべく身体を流して足を振り抜く、長い胴体を狙った回し蹴り。だがまるで風のようだ。とらえどころのない俊敏さで避けられた。人影は後方へと飛んでいく。
「抗いがたい空腹が満たされたら、今度は仇の息子が目の前に現れるとは。」
「おまえ…俺がわかるのか?」
「わかるもなにも…なぁ」
「ふざけんな化け物…」
「化け物ではなく蜥蜴だが。…ふむ。時間をかけすぎた。」
人影は捨て台詞を残して、壁をよじ登り、逃げていった。
「また会おう!佐藤大輔!」
「くっそ!逃げん……は?」
静寂と影が路地裏を占拠する。この中で、自分の名前を呼ばれたことを思い出す。俺を知っている人間が、この時代にいた。
「何なんだ。まぁいい…この死体をどうするか考えないと…」
身動きをしない亡骸。まるで時間が止まっているようだ。
死体に歩み寄って眼下に見据える。いまだに赤い血液は死体から流れ出ていて、床に伸びて広がって、靴の先端が浸った。
「こりゃ…刺し傷…なのか?」
中年の男。服は着ていない。着ていないというよりは、服を剥かれたのだろう。肌には小さくて細かい刺し傷が複数箇所。他にも痣や傷が沢山あったが、右腹部にとてつもない痕跡があった。
まるで齧られたような傷。肌は破れ、中身が露呈し、臓器が断面として露呈している。創部の周囲にも細かな傷が何度も何度も刺していた。
「ふむふむ…」
森では死体から、縄張りや生息する生物を把握できる。それによる生活サイクルまでもが予測できるほどだ。だからわかる、奴はこの遺体を喰っていない事が。
傷からみても、食い荒らしたと言うよりは噛みついただけ。まるで喰い方を試しているようだ。
尚更奴の事がわからなくなってきた。
もしや、本当に蜥蜴か。喋れる生き物なんていない!なんて事も言えない。実際おれは、8ヶ国語を喋るゴリラと英語を理解する猿と生活していたのだ。
コツコツと、地べたに敷き詰められたタイルを靴底が叩く音が響く。すると暗がりの中に人影の輪郭を見いだした。小刻みに肩を揺らしている。
「さっきからこちらを見ていたのは、お前だな。」
言葉は帰ってこない。ハーメルンとの会合を覗き見ていた行動から考えて、完全に無視しているわけではない。何かに没頭して反応できないと考えるべきだ。
肌を刺す張つめた雰囲気。緊張感が身体を駆け巡り、じっとりと肌が汗ばんできた。身体を向けなくても、殺気が体に降りかかっている事を体感している。
この感覚は覚えている。
モノと島の森を駆け回っていた頃に虎と出くわした事があった。その虎は俺たちに気づいておらず、後ろ姿を茂みから垣間見えただけなのに、あのオリエンタルな虎模様を見ただけで足元が鋤くんでいた。
結局俺たちは見つかることはなかった。無用な争いを避けるのも戦いだとその時に教わった。だが理由はそれだけではなかった。
圧倒的な戦力差を持ってしても、勝てる自信が恐怖で蓋をされて沸いてこない。殺気を振り撒きながら悠々自適、思うがままに行動する虎の"自信"に当てられて、喰われるイメージが瞼に現れる。
まごまごした理由はあるが、端に"怖くて逃げた"ということだ。
あの時の感覚が呼び起こされた。つまり目の前のいる、暗がりに潜んでいるヤツはそれと同じようなヤツ、ということになるのだろう。
「恐怖…しているな…」
地鳴りのような低い声が這いずって、狭い空間の中で反響した。
すると頭部らしき影がこちらに横目を流す。ここで違和感があった。動いた頭部の影は人間のような楕円形ではなく、後頭部から円を描き、突然隆起し、何らかの部位が前に突出している。これはガスマスク?それにしてはこの世界の景観にあっていない気がするが…
「していたらなんだ…」
人影が身体を向けたとたん、カビ臭さに混じって鉄の匂いが漂った。細身の体。人間にしては歪な程に長い胴体、それに合わせて腰まで伸びた長い腕。鋭利な爪。そして短足。
視線を体の輪郭にあわせて流していく、足元には何かが地面に転がっていた。影のせいで確認ができない。だが目を凝らすと、朧気ながらに姿が見えてきた。
違う。転がっているのではなく、力なく寝ている血の池に浮かんだ人の死体だ。
「お前、人を殺したのかッ!」
その瞬間、目でおいかけられない速さで影が動いた。地面を這って迫り来る影、驚いた俺は反射的に体が後退ってしまった。すると鼻っ柱の数センチ前で、空気を切る音が鳴る。
我に帰ると思考が追い付いた。迎撃すべく身体を流して足を振り抜く、長い胴体を狙った回し蹴り。だがまるで風のようだ。とらえどころのない俊敏さで避けられた。人影は後方へと飛んでいく。
「抗いがたい空腹が満たされたら、今度は仇の息子が目の前に現れるとは。」
「おまえ…俺がわかるのか?」
「わかるもなにも…なぁ」
「ふざけんな化け物…」
「化け物ではなく蜥蜴だが。…ふむ。時間をかけすぎた。」
人影は捨て台詞を残して、壁をよじ登り、逃げていった。
「また会おう!佐藤大輔!」
「くっそ!逃げん……は?」
静寂と影が路地裏を占拠する。この中で、自分の名前を呼ばれたことを思い出す。俺を知っている人間が、この時代にいた。
「何なんだ。まぁいい…この死体をどうするか考えないと…」
身動きをしない亡骸。まるで時間が止まっているようだ。
死体に歩み寄って眼下に見据える。いまだに赤い血液は死体から流れ出ていて、床に伸びて広がって、靴の先端が浸った。
「こりゃ…刺し傷…なのか?」
中年の男。服は着ていない。着ていないというよりは、服を剥かれたのだろう。肌には小さくて細かい刺し傷が複数箇所。他にも痣や傷が沢山あったが、右腹部にとてつもない痕跡があった。
まるで齧られたような傷。肌は破れ、中身が露呈し、臓器が断面として露呈している。創部の周囲にも細かな傷が何度も何度も刺していた。
「ふむふむ…」
森では死体から、縄張りや生息する生物を把握できる。それによる生活サイクルまでもが予測できるほどだ。だからわかる、奴はこの遺体を喰っていない事が。
傷からみても、食い荒らしたと言うよりは噛みついただけ。まるで喰い方を試しているようだ。
尚更奴の事がわからなくなってきた。
もしや、本当に蜥蜴か。喋れる生き物なんていない!なんて事も言えない。実際おれは、8ヶ国語を喋るゴリラと英語を理解する猿と生活していたのだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる