34 / 114
誕生編
笑顔の暴力
しおりを挟む
ドアを三回ノック。少し錆びたドアが音を立てて開いていくと、エスニックな匂いと共に老齢の黒人が出てきた。
「あら、ホワイト。こんな朝早くからどうしたの?」
ウチではよく贔屓にしてくれているおばあさんだ。とぼけた顔をしながら源氏名で俺を呼ぶ当たり、今の今まで依頼した事を忘れてたな。
「メアリー、仕事だよ。ほら。」
俺は三毛猫の脇を持って掲げるといつもの調子で鳴く。呑気なもんだ。こっちはどんだけ走り回ったとおもってる。
「あ!朝の依頼だねぇ。ありがとう。いつも気づいたら、いなくなるのよねぇ。」
「そっかなら気をつけてくれ。んじゃ俺はそろそろ行くよ。」
あまり相手をし過ぎるとかなり長い井戸端会議になる。ある程度のスルースキルで会話を切ったら、金が入った袋を渡してきたので断った。猫助けただけで金なんか貰えるか。
階段を降りて人の行き交う通りを歩く。黒人たちの笑い声、出店のジューシーな匂い、歓声、車の音。雑音のように聞こえて、全て命が鳴らす音。忙しなくて落ち着かなかった雑踏も、居心地のよさを今では感じる。
ポップとコンビを組むまでは全部が敵だった。この街に流れ着き、迫害され、助けられ、めちゃくちゃになりそうな考えと心を纏めてくれたのがポップだ。アイツを救ったように、俺もアイツに救われた。
「よぉ!ホワイト、一杯付き合えよ!」
バーのドアから白人の男がビール片手に出てきて酒に誘う。こいつは確か...ぁあそうだ。いい闇医者を紹介してやったんだ。
パパになりたての奴が昼間っから酒なんて飲むな。
「いやいい。早くかみさんのところに帰れよトーマス。」
「いいさ。どうせ俺の事なんかゴキブリより気にしてない。ポップによろしくな!」
俺もポップも今じゃ25歳。落ち着いて生活したい気持ちもわかる。その為の大金がいるのもわかる。でも今回は相手が悪すぎる。
バイオコープ。そしてドーベルマン部隊の彼らには、全身をバイオニックで施したサイボーグになっているって話だ。
局地的、又は戦術的にその装備を変られる汎用性。そして脳ミソにはブレインによる拡大強化。ナノマシンによる思考共有。ロボコップより質が悪そうな相手だ。
つまり結果は見えている。勝てる相手ではない。
積み荷がなんにしろ、リッカーマンが狙ってる時点で俺らがでれば間違いなくここでの生活はできなくなる。居場所と引き換えの金。
果たしてそれがイーブンなのか、考えてしまう。
「ぁあ!!うわぁあ!!!」
物事を考えていると、路地裏から何かが聞こえてきた。立ち止まって影を覗く。日が昇る午前なのに暗く、狭く、生ゴミの匂いが漂ってくる。
しばらくすると、小声だが微かに話し声が聞こえてきた。中に進めばその声がより聞き取りやすくなる。曲がり角がでてくるとその話し声はより鮮明に聞こえてきた。
「ねぇ…笑ってくれよ…俺のために、俺の為だけに笑ってくれ。」
そこにいたのは狂喜。笑顔に花咲く、悪魔の顔。
タキシードを着たスキンヘッドの男。細長く長身。190cmはあるのに身体はペンのように細い。
その長い手には、生首が掴まれていた。白い髪の老人の頭、足元にはその胴体が転び。三毛猫がすりよっていた。
「愛しているよ。だから笑ってくれよ…」
その生首は、先程会ったメアリーだ。男は生首にキスをする。
ポップはある地下寿司屋にいた。薄暗い店内には冷暖房の音と、デジタルアンダーグラウンドな曲が静かに流れる。胡散臭いカルチャーに耳を立てながらカウンターテーブルに座り、頼んでいたヤリイカの握りが2貫、寂しそうに座っている。
「それで、情報はあるのかい?」
ポップと横並びに座っている日本人がいた。
彼は湯飲みであがりをすすって、いか握りを食った。その合間に茶封筒を差し出す。
「これは?」
「リッカーマンとドーベルマンの情報だ。…ここの寿司はどこよりも不味いな。」
「ここはラム酒がうまい寿司屋だからな。」
「ならバーでいいじゃん…俺酒飲めたらなんでもいいのに。」
「寿司もこの辺りじゃ一番だぞ。秘密話をするのにもな。」
ポップが受け取り、中の紙を抜き取る。出てきた紙には写真と詳細が書いてあった。ドーベルマンに関してはノーズマンに聞いている通りだ。だがリッカーマンについては、聞きなれない単語があった。
「なぁ伸一。このスマイリーって奴何者だ?」
「ポップでもわからないのか?」
「噂は聞く。狂喜乱舞のスマイリー、笑顔に花咲く悪魔の顔。アイツを見た奴はいない。見た奴は死んでるからな。何者なんだ?」
「…奴は人間だ。とびきりにイカれた人間。殺し屋だよ。」
「お前、何やってん____」
「笑顔をくれよ!」
スキンヘッドのイカれ野郎は俺の顔を見るなり襲ってきた。飛びかかると行った方がいい。まるでコメディコミックの跳躍力で宙を舞って、細長い手が俺に伸びてきた。
「こっちおいでぇええ!」
「男に偏る趣味はねぇ!!」
俺の固く握りこんだ両拳を縦一直線に並ぶように構える。俺に伸びてくる手々は裏拳により撃墜、細長い腕が射線の外側に大きく逸れて行く。
「熱い口付けを交わそうぅううういいいあああ!!」
残った顎が大きく開いて、俺に噛みつこうと真っ直ぐ飛んでくる。
「執拗い!!」
だから正拳突きで迎え撃った。2発。首の骨が大きく歪む程の威力と手応えが手首と肩に痛いくらいにしっかり入る。
「決まった!」
「そのまま、愛のままに」
変態笑顔男の体は重力に従って、そのまま身体ごと覆い被せてきた。勢いのまま地面を転がり、そしてタコみたいに長い手足が絡みつく。流す。レスリング仕込みの寝技を使って流し切り、返し技を使う。細長い程決めにくいとされる肘十字固めだ。
組んだ腕は股から腹にかけて動かないよう固定し、ためらいなく身体を弓なりに伸ばす。固定した腕のつっぱいていた感触が一気に抜けた。腕の骨が折れたのだ。
「あっはぁ!!」
痛々しいほどに形が湾曲している腕。男はゆらりと身体を揺らしながら、ただ笑っていた。
一言で言えば不気味。絶対に相容れないであろう残虐さを纏っているのが影越しにも伝わってくる。体を持った狂気。そんな印象だ。
「なんだてめぇ...何考えてやが___うぉ!」
骨を折られて笑うスキンヘッドは、まるで何事も無かったかのように、平然と立ち上がった。
「腕折れてんだぞ!平然と立ち上がりやがって!」
「愛は不滅。笑顔が絶えることはない。」
折れていたい筈の腕を組み付いた俺ごと振り上げ、なんの躊躇いもなく地面に打ち付けた。体内の中で何かが壊れる音が聞こえて、酸素が残りカスも無く口から吐きでる。
「愛。愛。愛。愛。」
必死に組み付いているが、スキンヘッドの男は何度も何度も俺を腕ごと地面に叩きつける。振り払おうとしていない。俺を殺そうとしているのだ。
「くそ_____これ以上は」
痛みをものともしない奴に間接技は効かない。激痛が走る身体を酷使して技を解いた。勢いを殺すことすら許されず、地面をボーリングのように転がる。
「これは使いたくなかったが___」
なんとか体勢を変えて立ち上がり、ズボンに隠したリボルバーを抜いて構えるが、銃口の先に奴はいなかった。
「逃がした。クソッ!」
周囲を警戒していれば、嫌でも目に付く体から切り離された頭。首のない身体にすりよって離れない三毛猫。凄惨な殺害現場。そして逃げた犯人。
これは奴らからの忠告だ。自分がもう逃げられない状況にイラつき、手近にあった生ゴミの袋を蹴りあげる。
「クソックソクソクソ!絶対殺す!メアリーの仇は俺がとる!!!絶対だッ!!!」
「あら、ホワイト。こんな朝早くからどうしたの?」
ウチではよく贔屓にしてくれているおばあさんだ。とぼけた顔をしながら源氏名で俺を呼ぶ当たり、今の今まで依頼した事を忘れてたな。
「メアリー、仕事だよ。ほら。」
俺は三毛猫の脇を持って掲げるといつもの調子で鳴く。呑気なもんだ。こっちはどんだけ走り回ったとおもってる。
「あ!朝の依頼だねぇ。ありがとう。いつも気づいたら、いなくなるのよねぇ。」
「そっかなら気をつけてくれ。んじゃ俺はそろそろ行くよ。」
あまり相手をし過ぎるとかなり長い井戸端会議になる。ある程度のスルースキルで会話を切ったら、金が入った袋を渡してきたので断った。猫助けただけで金なんか貰えるか。
階段を降りて人の行き交う通りを歩く。黒人たちの笑い声、出店のジューシーな匂い、歓声、車の音。雑音のように聞こえて、全て命が鳴らす音。忙しなくて落ち着かなかった雑踏も、居心地のよさを今では感じる。
ポップとコンビを組むまでは全部が敵だった。この街に流れ着き、迫害され、助けられ、めちゃくちゃになりそうな考えと心を纏めてくれたのがポップだ。アイツを救ったように、俺もアイツに救われた。
「よぉ!ホワイト、一杯付き合えよ!」
バーのドアから白人の男がビール片手に出てきて酒に誘う。こいつは確か...ぁあそうだ。いい闇医者を紹介してやったんだ。
パパになりたての奴が昼間っから酒なんて飲むな。
「いやいい。早くかみさんのところに帰れよトーマス。」
「いいさ。どうせ俺の事なんかゴキブリより気にしてない。ポップによろしくな!」
俺もポップも今じゃ25歳。落ち着いて生活したい気持ちもわかる。その為の大金がいるのもわかる。でも今回は相手が悪すぎる。
バイオコープ。そしてドーベルマン部隊の彼らには、全身をバイオニックで施したサイボーグになっているって話だ。
局地的、又は戦術的にその装備を変られる汎用性。そして脳ミソにはブレインによる拡大強化。ナノマシンによる思考共有。ロボコップより質が悪そうな相手だ。
つまり結果は見えている。勝てる相手ではない。
積み荷がなんにしろ、リッカーマンが狙ってる時点で俺らがでれば間違いなくここでの生活はできなくなる。居場所と引き換えの金。
果たしてそれがイーブンなのか、考えてしまう。
「ぁあ!!うわぁあ!!!」
物事を考えていると、路地裏から何かが聞こえてきた。立ち止まって影を覗く。日が昇る午前なのに暗く、狭く、生ゴミの匂いが漂ってくる。
しばらくすると、小声だが微かに話し声が聞こえてきた。中に進めばその声がより聞き取りやすくなる。曲がり角がでてくるとその話し声はより鮮明に聞こえてきた。
「ねぇ…笑ってくれよ…俺のために、俺の為だけに笑ってくれ。」
そこにいたのは狂喜。笑顔に花咲く、悪魔の顔。
タキシードを着たスキンヘッドの男。細長く長身。190cmはあるのに身体はペンのように細い。
その長い手には、生首が掴まれていた。白い髪の老人の頭、足元にはその胴体が転び。三毛猫がすりよっていた。
「愛しているよ。だから笑ってくれよ…」
その生首は、先程会ったメアリーだ。男は生首にキスをする。
ポップはある地下寿司屋にいた。薄暗い店内には冷暖房の音と、デジタルアンダーグラウンドな曲が静かに流れる。胡散臭いカルチャーに耳を立てながらカウンターテーブルに座り、頼んでいたヤリイカの握りが2貫、寂しそうに座っている。
「それで、情報はあるのかい?」
ポップと横並びに座っている日本人がいた。
彼は湯飲みであがりをすすって、いか握りを食った。その合間に茶封筒を差し出す。
「これは?」
「リッカーマンとドーベルマンの情報だ。…ここの寿司はどこよりも不味いな。」
「ここはラム酒がうまい寿司屋だからな。」
「ならバーでいいじゃん…俺酒飲めたらなんでもいいのに。」
「寿司もこの辺りじゃ一番だぞ。秘密話をするのにもな。」
ポップが受け取り、中の紙を抜き取る。出てきた紙には写真と詳細が書いてあった。ドーベルマンに関してはノーズマンに聞いている通りだ。だがリッカーマンについては、聞きなれない単語があった。
「なぁ伸一。このスマイリーって奴何者だ?」
「ポップでもわからないのか?」
「噂は聞く。狂喜乱舞のスマイリー、笑顔に花咲く悪魔の顔。アイツを見た奴はいない。見た奴は死んでるからな。何者なんだ?」
「…奴は人間だ。とびきりにイカれた人間。殺し屋だよ。」
「お前、何やってん____」
「笑顔をくれよ!」
スキンヘッドのイカれ野郎は俺の顔を見るなり襲ってきた。飛びかかると行った方がいい。まるでコメディコミックの跳躍力で宙を舞って、細長い手が俺に伸びてきた。
「こっちおいでぇええ!」
「男に偏る趣味はねぇ!!」
俺の固く握りこんだ両拳を縦一直線に並ぶように構える。俺に伸びてくる手々は裏拳により撃墜、細長い腕が射線の外側に大きく逸れて行く。
「熱い口付けを交わそうぅううういいいあああ!!」
残った顎が大きく開いて、俺に噛みつこうと真っ直ぐ飛んでくる。
「執拗い!!」
だから正拳突きで迎え撃った。2発。首の骨が大きく歪む程の威力と手応えが手首と肩に痛いくらいにしっかり入る。
「決まった!」
「そのまま、愛のままに」
変態笑顔男の体は重力に従って、そのまま身体ごと覆い被せてきた。勢いのまま地面を転がり、そしてタコみたいに長い手足が絡みつく。流す。レスリング仕込みの寝技を使って流し切り、返し技を使う。細長い程決めにくいとされる肘十字固めだ。
組んだ腕は股から腹にかけて動かないよう固定し、ためらいなく身体を弓なりに伸ばす。固定した腕のつっぱいていた感触が一気に抜けた。腕の骨が折れたのだ。
「あっはぁ!!」
痛々しいほどに形が湾曲している腕。男はゆらりと身体を揺らしながら、ただ笑っていた。
一言で言えば不気味。絶対に相容れないであろう残虐さを纏っているのが影越しにも伝わってくる。体を持った狂気。そんな印象だ。
「なんだてめぇ...何考えてやが___うぉ!」
骨を折られて笑うスキンヘッドは、まるで何事も無かったかのように、平然と立ち上がった。
「腕折れてんだぞ!平然と立ち上がりやがって!」
「愛は不滅。笑顔が絶えることはない。」
折れていたい筈の腕を組み付いた俺ごと振り上げ、なんの躊躇いもなく地面に打ち付けた。体内の中で何かが壊れる音が聞こえて、酸素が残りカスも無く口から吐きでる。
「愛。愛。愛。愛。」
必死に組み付いているが、スキンヘッドの男は何度も何度も俺を腕ごと地面に叩きつける。振り払おうとしていない。俺を殺そうとしているのだ。
「くそ_____これ以上は」
痛みをものともしない奴に間接技は効かない。激痛が走る身体を酷使して技を解いた。勢いを殺すことすら許されず、地面をボーリングのように転がる。
「これは使いたくなかったが___」
なんとか体勢を変えて立ち上がり、ズボンに隠したリボルバーを抜いて構えるが、銃口の先に奴はいなかった。
「逃がした。クソッ!」
周囲を警戒していれば、嫌でも目に付く体から切り離された頭。首のない身体にすりよって離れない三毛猫。凄惨な殺害現場。そして逃げた犯人。
これは奴らからの忠告だ。自分がもう逃げられない状況にイラつき、手近にあった生ゴミの袋を蹴りあげる。
「クソックソクソクソ!絶対殺す!メアリーの仇は俺がとる!!!絶対だッ!!!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる