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探求編

悲惨な思い出

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スプリンクラーの消火剤が地面を打っている。雨とは違い、少し化学薬品の匂いが鼻をついできたので目が覚めた。

「グッ_____生かされてしまったか。」

  僕は身体を起こし、歩き出した。
焼け焦げ斑に白くなるアスファルトや木箱、食糧を踏みつけながら階段まで歩く。痛む足や身体を引きずりながら、仲間の無事を願って。





  途中で見つけた非常階段を上がって行くと、管制室の玄関にたどり着いた。
ドアを開けると、天井クレーンの制御パネルの上にジョナサンが倒れていた。

「父さん!生きてるか!」
「おぉ…モノか…」

苦しそうな声。身体を起こしてやると、胸から血が流れていた。

「おいおい…痛むからゆっくりと動かしてくれ…」
「なにされたんだ…」
「赤い髑髏にな、何回か刺された…」
「そんな…」

  血の泡を吐きながら話を続けるジョナサンは僕に耳打ちした。それを聞いて、それしか方法がないということもわかった。でも僕は拒んだ。

「頼むから…僕にそんなひどい事は、させないでくれ…」
「これしかない。後に続く者に託すことしか、私にはできない。息子よ。助けてくれ。」

  いくら拒んでも、いくらでも頼み続けるジョナサン。ぼくは根負けして、研究フロアのある部屋まで上がった。







  階段を抜けて廊下を歩く。薬莢や研究員の死体が転がり、壁には穴、天井には割れた蛍光灯が点滅を繰り返している。
血を流し、意識が朦朧としているジョナサンを抱えて、物や死体を避けながら歩く。
ある地点まで行くと、声がした。

「来たわね。モノ、待ってたわ。」
「カレン。」

   研究フロアの奥にある次元研究室。その自動ドアの前にカレンが立っていた。彼女の顔は切り傷だらけ、所々に焼け焦げた白衣を着ているのを見て、悲惨な出来事が襲いかかり逃げ延びた事が伺える。

「無事だったんだね。」
「まぁね。…他の人はもうダメだけど。」
「…クソッ」
「避けられなかった事よ、気にしないで。そんな事よりもよ、あなた達は用事があるんでしょ…部屋には用意ができてるわ。」
「待って。なんの用意がでてるんだよ。」
「脳を摘出するんでしょ?」

   唐突に言い当てた。今からする事を察せると言うレベルではない。やりたいことを、最初から知ってたような口振りだ。

「言っておいてよ。」
「す…まない。なかなか言い出せなかっ…た。」
「まぁ仕方ないわよ。私の研究は脳ミソに隠された扉、次元へのゲートのアクセス方法を知ることだもの。察する事も難しいわ。」
「またとんちんかんな話を…」
「研究室で冗談を言い合うゴリラも充分とんちんかんよ。」

  脳には解析できない空間が存在する。その空間は死後消えてしまうことで更に解析ができず、オカルトな推論しか無かった。ブラックボックスとかダークマターとか色んな噂や議論があった。この研究所では、よりオカルトなアプローチでその研究を進めていた。
  転生。つまり、死後の魂は別の時間軸にて昇華して別の肉体に新しい命として生まれ直す。
 
 ジョナサンダグラスの時間軸移動転生論を元に、その扉が脳の空きスペースにあって、そのアクセス方法調べる事がカレンの目的であった。
そして扉は見つかった。4次元空間を証明した。三次元には存在しない多胞体、テッセラクトを脳の空間に定義できたのだ。

「よくわからないよ。カレン」
「頭の中に四次元空間が元々あるのよ。それは不安定な穴なんだけど、一定のエネルギーを足すと確立できるの。それで扉が開く。五次元は四次元の上だから、未来に繋がる時間軸を見る事ができるようになったの。証明はできないけど、私は今も多岐に渡る可能性の川を眺めているわ。」
「つまりなんだ…カレンは未来予知ができる?」
「未来予見ね。見てきたわけだから。ジョナサンを渡して。」

  カレンがジョナサンをお姫様だっこをする。体勢を崩すかと思えば、意外にもしっかりとした力強さで支えた。
  拍子抜けしたぼくの顔を見て、カレンは平然と答えた。

「元プロレスラーだからね。」
「そ、そうだったんだ。とりあえず父さんを頼むよ。」
「任せて。モノ、もうすぐお客様がくるから一時間は凌いで。」

  そういってカレンは部屋に入っていった。そこから間も開けずに床が揺れる。
  轟く足音。弾ける壁。粉塵が舞い上がって視界を塞ぐ。
煙の中にいる大きな影がこちらを見ている。

「私は、だれ?」
「お客様。ここは立ち入り禁止なんでね、お帰り願う。」









  広い研究室に手術台、その上にはジョナサンダグラスが寝ている。側には、手術衣を着こんだカレンが立っていた。

「本当にいいのね。あなたのブレインによる予測しない作用を、私はまだ信じられない。」
「カレンが解決してくれた、次元アクセスによる"魂の繋ぎ止め"。モノが解決してくれた"老衰減退防止作用"、記憶の混同で苦しむ可能性はあっても、私の記憶は、ブレインによって残る。」

ジョナサンは涙を流しながらカレンの手を強く握る。

「でもすまない...死ぬのは怖い!…後の世代には残さなくては意味がないが、こんなにも無頓着だった生にしがみつくとは。だが阿久津に全てを渡すことはできない!私の知識と研究データはブレインとなって隠す。ふさわしい者が現れるまで。」

強く握った手をほどいて、胸に重ねる。

「やってくれ。」
「わかった。鎮痛剤から始める、すぐに眠くなるわ。」

ジョナサンの涙に濡れた目に、目蓋が降りる。

(頼むぞ。息子よ)







  ゴリラの巨大な身体に拳を叩きつけると、足腰が崩れてしまう。
  膝で立ち、血を吐いていた。苦しそうに呼吸してもなお、野獣の眼を此方に向けている。

「君は、テレサなのか?」
「わたしは…テトラ…でも…テレサ?」

  記憶の混同は起きていない。ジョナサンの言う記憶の混同し認識ができないと言うことは、魂の繋ぎ止めが完全ではないことを示す。つまり、テレサはいない。死んだのだ。その知識と記憶の断片だけを残して。

「すまないテトラ。今の私ではどうしようもない。」

顎に一発だけ、それも渾身の力を込めた一発が駆け抜ける。きっと痛みもなく意識を失った筈。気絶したテトラは床に倒れた。

「おわったね…モノ…」

   振り替えると壁によりかかり、顔が青白くなったカレンがいた。疲れきってもなお、その達成感に満ちた表情に、ブレインの精製に成功したことを感じさせる。
弱々しい彼女に歩み寄ると、僕の胸にたおれこんだ。

「どうして…殴ったの?もう、抵抗できないでしょ。」
「これ以上暴れられても困るから…」
「そりゃ…そうよね。うっ!!」

  血反吐を吐く。床に赤い血をぶちまけた彼女の心音は、徐々に弱くなっていた。

「カレン…」
「次元アクセスの副作用よ…仮死状態から…完全に身体が起きられなくてね、もうダメなのよ…やることなくなったし…安心して。」

  笑顔を向けて安心させようとするが、口元に残る血が死を連想させる。愛おしい友人の死が、僕の胸を締め付ける。

「これを…あげる。」

カレンは白衣から、正四角形のカウンターと細長い注射器を取り出した。

「注射器はナノマシン抑制薬…テトラのマインドコントロールが治るわ…そしてこのカウンターの…すうじが0になったら…島のデコイが消えて…ジョナサンの言う"ふさわしい人"があらわれる…」
「ふさわしい人?」
「ジョナサンの知識を…受け継ぐ…正しい…ひ…と…」

身体から漏れる生命の鼓動が弱まっていく。消えていく眼の光に、僕はなにもできないでいた。

「いやだ…一人にしないで…僕はとーさんにも、カレンにも…マディソンにも…誰にもなにもできないで…」

  溢れる言葉と涙は止めどなく、後悔の念に押しだされている。この言葉と涙は僕の感情ではない。気持ちの奥深くに眠っていたダニーパーカーの気持ちが、僕の心に伝播しているのを感じた。
みんなといた記憶とその志半ばで倒れたダニーは、きっと後悔の中で死んでいった。その気持ちが表面化したのだ。

「なぁ…ダニー。いや違うね、モノ。…お前たちのお陰で…マディソンと生き残った同僚は…海に逃げれた…死んじゃったけど…ジョーダンは私のこと…守ってくれた…テレサも私もジョナサンも、あんたがいないと…もっと悲惨に死んでたよ…」

カレンの暖かい手が頬に触れる。

「ダニーの知識と…ゴリラの身体…二つの自己認識が…壊れることなく合体した…モノという魂。全ての命を大切にして…生きて…ゆきなさい……」

  眼の中に宿した光は消えて、手から力が抜ける。糸が切れた人形のように項垂れる。死んでしまった友人の亡骸を、僕は抱き締めることしかできなかった。
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