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探求編
研究成果はまぁまぁ
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ジョナサンダグラスは緑色の手術衣を羽織りマスクをかけてゴム手袋をはめ、手術室にいた。
白い床と壁の部屋、その中央には照明でライトアップされた手術台に麻酔により眠ったゴリラがいた。
黒い毛並みのなかに白毛が混ざっていて、顔の皺の深さから老齢であることが伺える。呼吸をする度に膨らむ胸が、息ずいている生物だと再認識した。
いまから私はこの生物を殺すかも知れない。
たが無駄な命などない、この胸にある使命感を以て全うする。ダグラスは自分の行いがうむ自責で心が折れそうになるが、使命感で気持ちを立て直す。
「テレサくん。モノのバイタルはどうかね?」
「モノ?」
女性の声が響く。すると手術台の近くにダグラスと同じ格好をした胸の大きい女性が現れる。彼女はテレサ。今回一緒に臨床試験をするパートナーだ。
彼女は小首を傾げて考えて、なんとか答えに行き着いたようで掌の上に拳をうつ。
「ギリシャ語ですね!被験体一番なんてかたっくるしく呼ぶのは可愛そうですものね!でも個人的にはゴリぞうくんの方が…」
「ゴリぞう…日本語のネーミングセンスはよくわからないな。」
「センスとフィーリングですよ。フィーリングで言えばあなたは冷めてる印象だったんですが、意外に心身深いんですね。ダグラスさんは。」
「そういうつもりではないんだがね…まぁ冷たい人間と思われるよりはいいな。」
モノとはギリシャ語で1を表している。長くて業務用の冷めた言葉で呼ぶよりはいいと思ったからで、特に他意はなかった。
「バイタルは安定しています。麻酔もよく効いていて、身体の反射反応も完全にカット、切っても煮ても起きることはありません。」
「そうか、今から私がバイタルをモニターする。君は臨床試験を手順通りに。」
「りょーかいです。」
「…気になったので聞いてもいいかねテレサくん?」
「スリーサイズはちょっと…」
「違う。この臨床試験についてどう思ってるか聞こうと思ったんだ。」
テレサは元獣医だ。彼女が救う立場の動物を、実験台に使う心境を聞いておきたかったのだ。場合によっては邪魔されかねないとダグラスは心配になった。
「…私は動物が好きです。ですがそれより人間が、家族が好きなんです。ダグラスさんはしっていますか?アルツハイマーや、発達障害者が受ける憎悪犯罪があることを。」
「勿論だ。彼らが受ける身体的、又は社会的問題をなくすことも私の夢だ。」
「私の弟はADHDでした。すごく重い症状で簡単に忘れたり、感情をコントロールできずに苦しんでたり、色々と大変でした。」
テレサはダグラスの目を見ながら、声を震わせて語る。やり場のない怒りの感情が言葉から伝わってくる。
「やっとこぎつけた就職も上手くいかず、虐められ、迫害されて、自殺しました。そういう人たちを無くしてあげたいんです。」
「…そうか、わかった。」
「ダグラスさん。発達障がいや、脳の病気はなくなりますか?」
テレサの気持ちは受け取った。いままで目指した夢を思い出したダグラスは、より強まった決意を胸にノートパソコンを開いた。
「ジョナサンでいい。無くなるさ、いずれな。」
「りょーかいです!」
手術台の上に置いたトレイに一本の注射器を、テレサが持った。
「これがブレインですね。」
細く長い針が怪しく光る。シリンダーの中で赤黒く蠢く粘り気のある液体が入っていた。その液体こそ、ブレインだ。
「そうだ。脳の知性を上げ、損傷箇所を治し、正常な状態に戻してからさらにその脳力を強化する。」
「素晴らしいね。」
スタンドライトに掲げて透ける、赤く光る液体が覗く。一見すれば綺麗な液体だ。原材料を聞けば、彼女は素晴らしいなんて言葉を次から放さないだろう。
「いつでも打っていいぞ。」
「それじゃ、行くわ。」
ゴリラの毛深くて堅そうな二頭筋に、ゆっくりと針が入っていく。起きるんじゃないかと、ダグラスは少しびくついた。だがテレサの言った通り、まるで死んでるかのように反応がない。
「いったでしょ。」
テレサがダグラスにウィンクしたあと、シリンダーの中身がゆっくりと減っていく。そして全てが入りきった。
針を抜いて空になった注射器をトレイに戻した。針についた血が銀色のトレイに滴っているのを見て、工程の一つが終ったことにダグラスは安堵した。
「終わったわ。」
「とりあえず手順1はな。次は身体を暖めるんだ、電熱線の入ったウォーマーを用意するんだ。…いや、まて」
膝の上に置いたノートパソコンにはモノのバイタルが表示されている。それはリアルタイムでグラフ化されていて、中央の緑色の線を跨ぐ黄色の線が臓器の動作によって上下に振れている。
ブレインを投与した途端、グラフはものすごい勢いで下がりだし、今まさに危険域まで降りていった。
ダグラスは息を飲んだ。理解が及ばない状況に思考が飛んだ。
「ジョナサン?」
テレサの声も聞こえないほどにパニックになっていた。
二の足を踏んでいる間に、グラフは下がっていき、絶望的な状態になっていることを知らせる警報が部屋に鳴り響く。
「な、なに?どうしたの?」
「バイタルが下がりすぎた。除細動器だ、電圧は高めで。」
なれた手付きであっという間に除細動器をセットし、モノの身体に電流を流す。
跳ねる身体。痺れて硬直した筋肉が引き起こす、不自然な動きがダグラスの不安を煽る。
焦る気持ちが頭の中をかきむしる。
「もう一回だ。」
テレサは何度か電気マッサージを続けた。だがグラフは上がってはすぐ下に落ちる。
死んだ。
モノと呼ばれたゴリラは死んだのだ。グラフは危険域のさらに下にぶつかり、平行線が延びているだけ。その身体も呼吸の度に膨らんだ胸も、時おり見せる筋肉の硬直も、動かなくなった。完全に死んでいる。
「ジョナサン…」
「まだだ。」
ダグラスはポケットから一本の注射器を取り出した。
「それは?」
「ナノマシンだ。体内浸透型蘇生用の機械さ。」
躊躇無く太くて屈強な腕に打ち込んだ。
「悪あがきよジョナサン…バイタルは完全に…」
「諦めるな。蘇生すれば、ブレインが助けてくれる。」
話し終えた瞬間、モノの身体は海老ぞりに起き上がった。身体を固定するベルトが幾つか弾けとぶ。
「な、成功したの___」
テレサの言葉が消えるほど、モノは大きく叫んだ。咆哮だ。部屋に響いて、近くにいた2人を微弱に震わせる。
「ぉおおおぉおぉおお!」
聞き慣れた鳴き声ではなく、人間に近い言葉で叫ぶ。よくみると喉まわりの筋肉が波打っていた。どうやら形を変えて、声帯ができているようだ。
「た、助けてくれ!ぉおおおおおぶれ!おおおおお!」
完全な言葉を放った。テレサがダグラスの目を見て、アイコンタクトを送る。それに頷いた。まぎれもなく、言葉を放ち、ダグラスたちはそれを聞いたのだ。
「そうこ!おおぉおうおおお!げぇえええとおおお、おお…」
声が収まり、海老ぞり姿勢がゆっくりと崩れて、そのまま仰向け、ベットに横たわる。
「一体なにが…。」
「わからない。たがバイタルは戻ったみたいだ。」
グラフは正常値を示していた。モノは息を吹き替えしたのだ。
「一先ずは経過観察だ。とりあえず後は頼んだ。」
「わかりました。ちゃんと見れる自信はなくなりましたがね」
手術衣を脱ぎ、くしゃくしゃに丸めた。
臨床試験の1つ目がなんとか終わった。興味深い事が発生したが、それもまたレポートにして報告を上げなければ。
テレサとモノに背を向けて、丸めた手術衣を角のゴミ箱にいれようとした時だ。
「ここは…どこだ。」
単調だが、意味の通じるハッキリとした発音の英語。低い声音が新鮮に聞こえてくる。その声の主がテレサではないことは明らかだ。
振り向くと、床に尻餅をついたテレサ。そして身体を起き上げたモノがダグラスに顔を向けていた。
「ここはどこだ。」
言葉に合わせて唇と顔が動く。モノは、喋れるようになった。つまり、高度な知性を獲得したのだ。
実験は成功した。
白い床と壁の部屋、その中央には照明でライトアップされた手術台に麻酔により眠ったゴリラがいた。
黒い毛並みのなかに白毛が混ざっていて、顔の皺の深さから老齢であることが伺える。呼吸をする度に膨らむ胸が、息ずいている生物だと再認識した。
いまから私はこの生物を殺すかも知れない。
たが無駄な命などない、この胸にある使命感を以て全うする。ダグラスは自分の行いがうむ自責で心が折れそうになるが、使命感で気持ちを立て直す。
「テレサくん。モノのバイタルはどうかね?」
「モノ?」
女性の声が響く。すると手術台の近くにダグラスと同じ格好をした胸の大きい女性が現れる。彼女はテレサ。今回一緒に臨床試験をするパートナーだ。
彼女は小首を傾げて考えて、なんとか答えに行き着いたようで掌の上に拳をうつ。
「ギリシャ語ですね!被験体一番なんてかたっくるしく呼ぶのは可愛そうですものね!でも個人的にはゴリぞうくんの方が…」
「ゴリぞう…日本語のネーミングセンスはよくわからないな。」
「センスとフィーリングですよ。フィーリングで言えばあなたは冷めてる印象だったんですが、意外に心身深いんですね。ダグラスさんは。」
「そういうつもりではないんだがね…まぁ冷たい人間と思われるよりはいいな。」
モノとはギリシャ語で1を表している。長くて業務用の冷めた言葉で呼ぶよりはいいと思ったからで、特に他意はなかった。
「バイタルは安定しています。麻酔もよく効いていて、身体の反射反応も完全にカット、切っても煮ても起きることはありません。」
「そうか、今から私がバイタルをモニターする。君は臨床試験を手順通りに。」
「りょーかいです。」
「…気になったので聞いてもいいかねテレサくん?」
「スリーサイズはちょっと…」
「違う。この臨床試験についてどう思ってるか聞こうと思ったんだ。」
テレサは元獣医だ。彼女が救う立場の動物を、実験台に使う心境を聞いておきたかったのだ。場合によっては邪魔されかねないとダグラスは心配になった。
「…私は動物が好きです。ですがそれより人間が、家族が好きなんです。ダグラスさんはしっていますか?アルツハイマーや、発達障害者が受ける憎悪犯罪があることを。」
「勿論だ。彼らが受ける身体的、又は社会的問題をなくすことも私の夢だ。」
「私の弟はADHDでした。すごく重い症状で簡単に忘れたり、感情をコントロールできずに苦しんでたり、色々と大変でした。」
テレサはダグラスの目を見ながら、声を震わせて語る。やり場のない怒りの感情が言葉から伝わってくる。
「やっとこぎつけた就職も上手くいかず、虐められ、迫害されて、自殺しました。そういう人たちを無くしてあげたいんです。」
「…そうか、わかった。」
「ダグラスさん。発達障がいや、脳の病気はなくなりますか?」
テレサの気持ちは受け取った。いままで目指した夢を思い出したダグラスは、より強まった決意を胸にノートパソコンを開いた。
「ジョナサンでいい。無くなるさ、いずれな。」
「りょーかいです!」
手術台の上に置いたトレイに一本の注射器を、テレサが持った。
「これがブレインですね。」
細く長い針が怪しく光る。シリンダーの中で赤黒く蠢く粘り気のある液体が入っていた。その液体こそ、ブレインだ。
「そうだ。脳の知性を上げ、損傷箇所を治し、正常な状態に戻してからさらにその脳力を強化する。」
「素晴らしいね。」
スタンドライトに掲げて透ける、赤く光る液体が覗く。一見すれば綺麗な液体だ。原材料を聞けば、彼女は素晴らしいなんて言葉を次から放さないだろう。
「いつでも打っていいぞ。」
「それじゃ、行くわ。」
ゴリラの毛深くて堅そうな二頭筋に、ゆっくりと針が入っていく。起きるんじゃないかと、ダグラスは少しびくついた。だがテレサの言った通り、まるで死んでるかのように反応がない。
「いったでしょ。」
テレサがダグラスにウィンクしたあと、シリンダーの中身がゆっくりと減っていく。そして全てが入りきった。
針を抜いて空になった注射器をトレイに戻した。針についた血が銀色のトレイに滴っているのを見て、工程の一つが終ったことにダグラスは安堵した。
「終わったわ。」
「とりあえず手順1はな。次は身体を暖めるんだ、電熱線の入ったウォーマーを用意するんだ。…いや、まて」
膝の上に置いたノートパソコンにはモノのバイタルが表示されている。それはリアルタイムでグラフ化されていて、中央の緑色の線を跨ぐ黄色の線が臓器の動作によって上下に振れている。
ブレインを投与した途端、グラフはものすごい勢いで下がりだし、今まさに危険域まで降りていった。
ダグラスは息を飲んだ。理解が及ばない状況に思考が飛んだ。
「ジョナサン?」
テレサの声も聞こえないほどにパニックになっていた。
二の足を踏んでいる間に、グラフは下がっていき、絶望的な状態になっていることを知らせる警報が部屋に鳴り響く。
「な、なに?どうしたの?」
「バイタルが下がりすぎた。除細動器だ、電圧は高めで。」
なれた手付きであっという間に除細動器をセットし、モノの身体に電流を流す。
跳ねる身体。痺れて硬直した筋肉が引き起こす、不自然な動きがダグラスの不安を煽る。
焦る気持ちが頭の中をかきむしる。
「もう一回だ。」
テレサは何度か電気マッサージを続けた。だがグラフは上がってはすぐ下に落ちる。
死んだ。
モノと呼ばれたゴリラは死んだのだ。グラフは危険域のさらに下にぶつかり、平行線が延びているだけ。その身体も呼吸の度に膨らんだ胸も、時おり見せる筋肉の硬直も、動かなくなった。完全に死んでいる。
「ジョナサン…」
「まだだ。」
ダグラスはポケットから一本の注射器を取り出した。
「それは?」
「ナノマシンだ。体内浸透型蘇生用の機械さ。」
躊躇無く太くて屈強な腕に打ち込んだ。
「悪あがきよジョナサン…バイタルは完全に…」
「諦めるな。蘇生すれば、ブレインが助けてくれる。」
話し終えた瞬間、モノの身体は海老ぞりに起き上がった。身体を固定するベルトが幾つか弾けとぶ。
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テレサの言葉が消えるほど、モノは大きく叫んだ。咆哮だ。部屋に響いて、近くにいた2人を微弱に震わせる。
「ぉおおおぉおぉおお!」
聞き慣れた鳴き声ではなく、人間に近い言葉で叫ぶ。よくみると喉まわりの筋肉が波打っていた。どうやら形を変えて、声帯ができているようだ。
「た、助けてくれ!ぉおおおおおぶれ!おおおおお!」
完全な言葉を放った。テレサがダグラスの目を見て、アイコンタクトを送る。それに頷いた。まぎれもなく、言葉を放ち、ダグラスたちはそれを聞いたのだ。
「そうこ!おおぉおうおおお!げぇえええとおおお、おお…」
声が収まり、海老ぞり姿勢がゆっくりと崩れて、そのまま仰向け、ベットに横たわる。
「一体なにが…。」
「わからない。たがバイタルは戻ったみたいだ。」
グラフは正常値を示していた。モノは息を吹き替えしたのだ。
「一先ずは経過観察だ。とりあえず後は頼んだ。」
「わかりました。ちゃんと見れる自信はなくなりましたがね」
手術衣を脱ぎ、くしゃくしゃに丸めた。
臨床試験の1つ目がなんとか終わった。興味深い事が発生したが、それもまたレポートにして報告を上げなければ。
テレサとモノに背を向けて、丸めた手術衣を角のゴミ箱にいれようとした時だ。
「ここは…どこだ。」
単調だが、意味の通じるハッキリとした発音の英語。低い声音が新鮮に聞こえてくる。その声の主がテレサではないことは明らかだ。
振り向くと、床に尻餅をついたテレサ。そして身体を起き上げたモノがダグラスに顔を向けていた。
「ここはどこだ。」
言葉に合わせて唇と顔が動く。モノは、喋れるようになった。つまり、高度な知性を獲得したのだ。
実験は成功した。
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