法令外指定タイマン!!

佐藤さん

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VS ゴラレス皇太子

最悪の最悪。

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「ふぅ...」

    あの日から1ヶ月半が経った。ベンチとロッカーが並ぶ控え室に、僕と黒人のセブだけがいる。

「あーーーーキンチョーしてきたーーー!」
「何言ってんだヒカリ!」

   ベンチに座りながら緊張感に気圧されて落ちる肩を、セブが強めに叩いて、バチンと重い音を響かせる。痛みより驚きが先行して僕は吠えた。

「な、何すんだぁ!!!」
「いやっはっはっ、元気でよろしい!」

    セブはセコンド役として僕についてくれた。公務的取引とかよく分からないことばかりだけど、引き続きという異例の事態だ。

「お前さんには仲間が2人着いている。安心して戦ってこい。」
「2人?」
「そうさ!!このボクサー界では有名なわし、セブ・ロドリゲス様がいる!それから、その刀。」

    セブは何か悲しそうな目で、僕の刀を見る。

「この刀?」

    日本政府とマサヒロって言う人から預かった刀。これは私のスタイルに合わせて作られたものだが、柄には前回挑戦者の立花の遺品が組み込まれている。

「そうだ。立花がお前を支えてくれているんだよ。」
「そっか。」

   妙に納得したというか、安心感が湧いてきた。

「奴はもう右手がない。立花が繋いでくれたチャンスを、無駄にするなよ。」

   そうだ引き継がれていく気持ち。僕もそれを手繰り寄せて戦わないと。












 

   スポットライトが降り注ぐリングの上で、2人が相対する。叩き上げの不良戦士 高橋光。もう1人は灰色の皇族 ゴラレス皇太子。外ではこんな触れ込みが回っている。
    新聞紙なんかには「隻腕の宇宙貴族に、女子高生は勝てるのか?」みたいな煽り文句が街を流れていく。僕もそんな期待に当てられたりして。

   だが予想に反し、全てが事態を悪くさせる。

「なんで...」

   ふたつの足で立っている灰色の肌を晒す宇宙人、ゴラレスは凶悪な笑みを浮かべて僕を見ている。

「なんだなんだそんな顔をして。確か17歳と聞いたが、反応が初々しいな。」
「いや、あの。」
「ハハッ!!いい反応だ____ああこれか?くっつけた。」

    ゴラレス皇太子は笑いながら、リングコーナーに背を預けて右手を掲げる。細かく言えば肘の部分から、灰色ではなく肌色の腕がくっついていた。
    いやまさか。とみんなが思っただろう。静けさに落ちたリングの上に私と宇宙人だけが照らされる。間を空けて、ゴラレスは心底楽しそうに笑いながら言った。
  
「パーツはあったんでな。もらっといた。」
「やりやがったぁ!!!やりやがったなぁあ!!!!」

     静けさが、怒号で破られる。それはリングの外でセブが叫んだからだ。

「人間の遺体を残してくっつけたんだ!まるで戦利品のようにな!!!屈辱だ!死して魂を怪我すような____」

    怒りが怒髪天をついたのは、セブだけじゃない。僕だってそうだ。だから右手を狙ってやる。

「ほう...音を立てずそこまで...」
「____光が消えた...だと」

   彼らから見れば、まるで手品のように、私がリングの上から消えたように見えただろう。
    違う。単なる力技だ。抜き足と筋力を配合した「瞬発キックスタート」。これによって音も立てず、どこにでも素早く移動できる。このゴラレスの背後にですら。

「立花より早いぞ。お前。」

   身体を蛇のようにまとわりつく寒気。これは殺意だ。

「避けろ光!!!」

    セブの声が耳に届いて八っとした。そして咄嗟にリングコーナーから宙返り。その後を追うようにして、爆発したような風圧が起こる。目で追いかけられたから分かる。
 
「ただのジャブなのに____あんなに早くッ」
「動きもさることながら、目ですら追えてる。お前何ものだ貴様ぁ。」

     拮抗はしていない。だが負ける可能性が少し減ったんだと確信した。
    もっと強いかと思ってたけど、これなら______

 











    まるでサーカスのようにふわりと浮かんだ制服姿、短髪の美少女は灰色の宇宙人の前に降り立った。

「流石だ。俺とマサヒロで仕込んだだけの事はある。」

   常人ならとっくにバラバラになっている攻撃を避けた。きっと俺の知らない所で沢山の練習を積み、持ち前のフィジカルを仕上げてきたのだ。

「だからどうなるってんだ..トレーニングしかさせられなかった事が仇になった...。」

    単なる意識を向けられただけで我を忘れる脆弱さ。これはまずい。光には圧倒的な対人経験がないのだ。殺されそうになるという経験が。

「喧嘩だけじゃ得られねぇ、殺意というプレッシャーへの耐性。これがまるで足りてねぇ。」

    俺はまた祈る事しかできない。頼む。神様。この若いのに、立花並の胆力を授けてやってくれ。
        
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