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第2部
第18話:幼馴染みの呪縛
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「溜まってる……?」
「う、うん。そ、その……病院だからさ。一人でできないんでしょ?」
そこまで言わせないでよ。
そう主張するように、東雲翼の頬が完熟したリンゴのようになる。
エロいことに興味はあるが、積極的な態度を示すタイプではないようだ。
「だからさ……わ、わたしが……て、手伝ってあげるよ」
ゴクリ。
苔ノ橋剛は生唾を飲み込んだ。
「今なら誰もいないし……それに苔ノ橋くんは一人部屋だからバレないよ?」
「手伝ってあげるって……そ、その……うん。そ~いう意味だよね……?」
「…………そうだよ」
もはやエロ漫画の世界ではないか。
入院した彼氏のために一肌脱いでくれる彼女なんて最高じゃないか。
純情な男子高校生ならば、その提案になりたい気持ちもある。
ていうか、逆に乗らないと、コイツは本当に玉があるのか。
もしかして男が好きなのではないか。
そんな良からぬ疑いを掛けられてしまうのではないか。
そう悩みつつも、苔ノ橋剛の口から漏れ出た言葉は——。
「————却下でお願いします」
病院でエロいことをしてもらうのは、最高に堪らないだろう。
ただし、冒険をする男ではないのだ。
もう少しで夕ご飯を配膳しに来ることだろう。
もしも、バッタリとナースさんに見つかったら……。
「………………やっぱりわたしは女の子として魅力がないんだ……魅力が……」
この世にもう魂がないかのように、東雲翼は掠れた声で言う。
彼女として奮発しようと考えていたのに。
それを拒絶されてしまったのが、余計彼女の心を傷付けてしまったのだろう。
「違うよ、翼……ぼ、僕は……」
「それならどうして? わたしを受け入れてくれないの?」
東雲翼を愛している。
彼女のことが世界で一番好きだ。その言葉に何の偽りもない。
ただそれと同時に、自分が彼女を汚してもいいのかと思ってしまうのだ。
彼女みたいな美しい可憐な少女を、自分のような醜い存在が……と。
「苔ノ橋くんはさ、何かあったら……すぐに黙り込むよね」
「ごめん」
「それに……全然乙女心を理解していない」
「ごめん」
「彼女としては少しぐらい……彼氏にエッチな面でも見られたい気持ちもあるのに全否定するし」
「ごめん」
自分の不満を漏らす東雲翼と、謝罪の言葉を口にする苔ノ橋剛。
二人の上下関係は、もう目に見えて分かる。
「あのさ、苔ノ橋くん」
「どうしたの?」
「わたしとさ、苔ノ橋くんの関係は何?」
愛しの彼女は訝し気な表情を浮かべる。
お互いの意見が一致しているのか確認したいのだろうか。
「恋人同士だと、僕は思ってるんだけど……」
「うん。それはちゃんと分かってるんだね」
うんうんと、腕を組みながら、一つの提案をしてきた。
「ならさ、今後は謝るのやめようよ。さっきからずっと謝ってばっかりだよ」
言われてみれば、と苔ノ橋は思い出す。
東雲翼が言う通りに、ずっと謝ってばっかりだったなと。
何度ごめんと呟いてきたことか。
「そ、そのごめん……全然気付いてあげられなくて」
「だから!! それをやめようと言ってるの!!」
「……ごめん。これは……そ、そのクセだから……」
「クセ……?」
「うん。昔から悪いことをしたら、リリカに謝らなければならなかったから」
苔ノ橋剛と西方リリカは家の近所に住む幼馴染み同士。
何かある度に、リリカと一緒に遊ぶ生活を送っていた。
そのときに身に染み付いてしまったのだ。
意見が食い違うと、優しい彼女は目付きを豹変させて。
『剛くん。ごめんなさいって謝ろうか? 自分が悪いことしたんだからさ』
謝罪の言葉を述べるように命令してきたのだ。
理不尽だなと思うこともあったが、西方リリカには嫌われたくなかった。
だからこそ——苔ノ橋剛は『ごめんなさい』と謝るクセができてしまったのだ。
『よしっよしっ。いい子だね、剛くんは。素直な剛くんは大好きだよ❤︎』
ただ、当時の苔ノ橋は何も思わなかった。
逆に、それを喜んで受け入れていたまである。
言う通りに行動すれば、大好きな幼馴染みが無邪気な笑みを浮かべてくれるから。
「あの人のことを知れば知るほどに苛立ちが止まらないんだけど!! ていうか、本当に何様って感じ。謝罪を強要してくるタイプは、本当に最低だよ。昔から根本的に腐ってるんだろうね」
苔ノ橋の昔話を聞いて、東雲翼は言いたい放題だ。
余程、西方リリカのことが気に食わないようだ。
大好きな彼氏に害を為す存在は嫌われて当然とでも言えるが。
「苔ノ橋くんはさ、まだあの女のことが好きなの?」
「好きじゃないよ。嫌いだよ、大嫌いだよ。あんな奴なんて……」
「そっか。それならまだ……心の奥底に残ってるのかもね、あの子の言葉が」
一度染み付いてしまった習慣を取り除くことは難しい。
特に幼少期に身についたものは、今後も継続的になることが多い。
例えば、性格などがその一番良い例だろう。
子供の頃から何事も積極的だと、大人になってからも自分から動く。
だが、子供の頃から消極的だと、大人になってからも自分から動くことはせず、周りに流されて生きていくことだろう。
勿論、環境の問題で変動はあるが、それは一時的なものだと研究で明かされている。
「ならさ、わたしがあの子のことを忘れさせてあげる」
「忘れさせる……?」
「うん。わたしが優しくしてあげるから安心して」
東雲翼はそう呟き、顔を近づけてきた。
目を瞑って、こちらに顔を向ける美しい彼女。
このまま襲ってしまいたい気持ちになる。
彼女の唇を奪ってしまいたい。
あぁ、もうあと少しで唇と唇が触れてしまうのではないか。
「苔ノ橋さん~。夕ご飯のお時間ですぅ~」
扉の向こう側から聞こえてきた明るい声。
苔ノ橋剛の面倒を見てくれているナース——南海春風だ。
最悪のタイミングとでも言うのか。
餌を前にしているのにお預けを食らった犬みたいな気分で、若い恋人たちは顔を逸らす。
必死に何も変なことをしていません。
そう誤魔化しているのだが、南海春風が黙って見過ごすはずがない。
「えっ……? どうかされたんですか? お二人さん」
クスクスと含みのある笑みを浮かべるナースさん。
完全に、何か良からぬことをしていたと思っていることだろう。
僅かに細められた瞳は、特大ネタが手に入ったと嬉しそうだ。
看護師の間で、二人の恋仲を早速出汁にして楽しく言い合うはずだ。
「い、いや……べ、別に何でもないんですけど……そうだよね? 翼」
「う、ううううんんんんん!! そうだよね、ええへへへ。苔ノ橋くん」
身の潔白を証明しようとするのだが、相手は一枚上手である。
「ふぅ~ん。そうですか……まぁ、こんな病院の中ではねぇ~」
◇◆◇◆◇◆
病院の消灯時間は早い。
午後10時に廻る頃には、常夜灯を残して消されてしまうのだ。
苔ノ橋は東雲翼と撮影した写真を見返しながらも、さっさと寝ることにする。
別に眠たいわけではない。ただ、眠らなければ嫌なことを思い出すからだ。
『お前のせいだ』
(まただ……また今日も……僕を苦しめるのか)
『お前よりも鳥城先生がよかった』
(これは幻聴だ……それは分かっているが、はっきりと聞こえてくるのだ)
『鳥城先生を返せ。鳥城先生を返してよ!!』
病院生活を始めてから、夜は毎日うなされている。
先生のことが今でも気になってしまうのだ。
自分が傷つけてしまったのだから。
自分のせいで、彼女を傷つけてしまったのだと。
(早く翼に会いたい……早く明日になってほしい……)
枕元を変え、横向きに寝てみる。
ベッドから見える街の景色は、鮮やかな光に満ちていた。
ヘッドライトを放つ車。ファミリー向けマンション。大型ショッピングモールに設置された巨大な観覧車。この街を一望することができるタワー。
赤、青、黄、白、紫と様々な色に恵まれ、輝いている。
まるで、自分だけを残して、この世界が回っているかのように。
この世界に、お前が居なくても、この世界は回っているんだというように。
『どうしてアンタが生きてるの? 意味が分からない』
ごめんなさい。
『アンタみたいなクズはもうこの世界で生きている意味がないんだよ』
ごめんなさい。
『アンタはさっさと死んでほしい。アンタみたいな奴はさっさと消えて』
ごめんなさい。
『アンタが死ねばよかったのに』
ごめんなさい。
『アンタが消えればよかったのに』
ごめんなさい。
『ねぇ、早く死んでよ。アンタは生きる意味なんてないんだから』
ごめんなさい。
『アンタは生きる資格なんてないんだから。人様の人生を潰した時点で、アンタは一生幸せになれないんだからさ。だからさ、さっさと死んで償いなさいよ。それがアンタの罰でしょ……?』
死ねば償えるのか。
死ねば楽になれるのだろうか。
(どうせ……僕が死んでも、誰も悲しまないだろう)
「だから……もう死んだほうがいいのかな……?」
心が挫けそうなときに、スマホの着信音が鳴り響く。
一体誰だ。
もしかしたら、東雲翼かもしれない。
翼なら、心を癒してくれるかもしれない。
儚い願いを込めて、電話を取ってみると——。
『バチャ豚❤︎ どうしたの? あたしに電話をかけてきて』
相手は最悪な相手——西方リリカだ。
どうしてコイツは毎回毎回タイミングが悪いときなのだろうか。
ともあれ、どうしてもコイツには聞かなければならないことがある。
「お前に聞きたいことがあるんだよ」
東雲翼が教えてくれた情報を辿るに——。
コイツらは、通り魔事件に関与している可能性が高いはずだ。
『あたしに聞きたいこと? 何かなぁ~❤︎ 奴隷にしてほしいってことかなぁ~?』
思考回路がどうなっているのか、是非とも調べてほしい。
自分から奴隷になりたいですと電話を掛けるバカはいないだろう。
「……お前ら、あの通り魔事件に関係しているだろ?」
スマホの向こう側で、不思議な沈黙が起きた。
呼吸音が一度だけ途切れた。何か思い当たる節でもあったのか。
ともあれ、それは数秒だけで、悪びれる様子もなく、挑発した声で。
『そうだよ、あたしが犯人だよ❤︎ バチャ豚のお母さんを殺した主犯格の一人❤︎』
「う、うん。そ、その……病院だからさ。一人でできないんでしょ?」
そこまで言わせないでよ。
そう主張するように、東雲翼の頬が完熟したリンゴのようになる。
エロいことに興味はあるが、積極的な態度を示すタイプではないようだ。
「だからさ……わ、わたしが……て、手伝ってあげるよ」
ゴクリ。
苔ノ橋剛は生唾を飲み込んだ。
「今なら誰もいないし……それに苔ノ橋くんは一人部屋だからバレないよ?」
「手伝ってあげるって……そ、その……うん。そ~いう意味だよね……?」
「…………そうだよ」
もはやエロ漫画の世界ではないか。
入院した彼氏のために一肌脱いでくれる彼女なんて最高じゃないか。
純情な男子高校生ならば、その提案になりたい気持ちもある。
ていうか、逆に乗らないと、コイツは本当に玉があるのか。
もしかして男が好きなのではないか。
そんな良からぬ疑いを掛けられてしまうのではないか。
そう悩みつつも、苔ノ橋剛の口から漏れ出た言葉は——。
「————却下でお願いします」
病院でエロいことをしてもらうのは、最高に堪らないだろう。
ただし、冒険をする男ではないのだ。
もう少しで夕ご飯を配膳しに来ることだろう。
もしも、バッタリとナースさんに見つかったら……。
「………………やっぱりわたしは女の子として魅力がないんだ……魅力が……」
この世にもう魂がないかのように、東雲翼は掠れた声で言う。
彼女として奮発しようと考えていたのに。
それを拒絶されてしまったのが、余計彼女の心を傷付けてしまったのだろう。
「違うよ、翼……ぼ、僕は……」
「それならどうして? わたしを受け入れてくれないの?」
東雲翼を愛している。
彼女のことが世界で一番好きだ。その言葉に何の偽りもない。
ただそれと同時に、自分が彼女を汚してもいいのかと思ってしまうのだ。
彼女みたいな美しい可憐な少女を、自分のような醜い存在が……と。
「苔ノ橋くんはさ、何かあったら……すぐに黙り込むよね」
「ごめん」
「それに……全然乙女心を理解していない」
「ごめん」
「彼女としては少しぐらい……彼氏にエッチな面でも見られたい気持ちもあるのに全否定するし」
「ごめん」
自分の不満を漏らす東雲翼と、謝罪の言葉を口にする苔ノ橋剛。
二人の上下関係は、もう目に見えて分かる。
「あのさ、苔ノ橋くん」
「どうしたの?」
「わたしとさ、苔ノ橋くんの関係は何?」
愛しの彼女は訝し気な表情を浮かべる。
お互いの意見が一致しているのか確認したいのだろうか。
「恋人同士だと、僕は思ってるんだけど……」
「うん。それはちゃんと分かってるんだね」
うんうんと、腕を組みながら、一つの提案をしてきた。
「ならさ、今後は謝るのやめようよ。さっきからずっと謝ってばっかりだよ」
言われてみれば、と苔ノ橋は思い出す。
東雲翼が言う通りに、ずっと謝ってばっかりだったなと。
何度ごめんと呟いてきたことか。
「そ、そのごめん……全然気付いてあげられなくて」
「だから!! それをやめようと言ってるの!!」
「……ごめん。これは……そ、そのクセだから……」
「クセ……?」
「うん。昔から悪いことをしたら、リリカに謝らなければならなかったから」
苔ノ橋剛と西方リリカは家の近所に住む幼馴染み同士。
何かある度に、リリカと一緒に遊ぶ生活を送っていた。
そのときに身に染み付いてしまったのだ。
意見が食い違うと、優しい彼女は目付きを豹変させて。
『剛くん。ごめんなさいって謝ろうか? 自分が悪いことしたんだからさ』
謝罪の言葉を述べるように命令してきたのだ。
理不尽だなと思うこともあったが、西方リリカには嫌われたくなかった。
だからこそ——苔ノ橋剛は『ごめんなさい』と謝るクセができてしまったのだ。
『よしっよしっ。いい子だね、剛くんは。素直な剛くんは大好きだよ❤︎』
ただ、当時の苔ノ橋は何も思わなかった。
逆に、それを喜んで受け入れていたまである。
言う通りに行動すれば、大好きな幼馴染みが無邪気な笑みを浮かべてくれるから。
「あの人のことを知れば知るほどに苛立ちが止まらないんだけど!! ていうか、本当に何様って感じ。謝罪を強要してくるタイプは、本当に最低だよ。昔から根本的に腐ってるんだろうね」
苔ノ橋の昔話を聞いて、東雲翼は言いたい放題だ。
余程、西方リリカのことが気に食わないようだ。
大好きな彼氏に害を為す存在は嫌われて当然とでも言えるが。
「苔ノ橋くんはさ、まだあの女のことが好きなの?」
「好きじゃないよ。嫌いだよ、大嫌いだよ。あんな奴なんて……」
「そっか。それならまだ……心の奥底に残ってるのかもね、あの子の言葉が」
一度染み付いてしまった習慣を取り除くことは難しい。
特に幼少期に身についたものは、今後も継続的になることが多い。
例えば、性格などがその一番良い例だろう。
子供の頃から何事も積極的だと、大人になってからも自分から動く。
だが、子供の頃から消極的だと、大人になってからも自分から動くことはせず、周りに流されて生きていくことだろう。
勿論、環境の問題で変動はあるが、それは一時的なものだと研究で明かされている。
「ならさ、わたしがあの子のことを忘れさせてあげる」
「忘れさせる……?」
「うん。わたしが優しくしてあげるから安心して」
東雲翼はそう呟き、顔を近づけてきた。
目を瞑って、こちらに顔を向ける美しい彼女。
このまま襲ってしまいたい気持ちになる。
彼女の唇を奪ってしまいたい。
あぁ、もうあと少しで唇と唇が触れてしまうのではないか。
「苔ノ橋さん~。夕ご飯のお時間ですぅ~」
扉の向こう側から聞こえてきた明るい声。
苔ノ橋剛の面倒を見てくれているナース——南海春風だ。
最悪のタイミングとでも言うのか。
餌を前にしているのにお預けを食らった犬みたいな気分で、若い恋人たちは顔を逸らす。
必死に何も変なことをしていません。
そう誤魔化しているのだが、南海春風が黙って見過ごすはずがない。
「えっ……? どうかされたんですか? お二人さん」
クスクスと含みのある笑みを浮かべるナースさん。
完全に、何か良からぬことをしていたと思っていることだろう。
僅かに細められた瞳は、特大ネタが手に入ったと嬉しそうだ。
看護師の間で、二人の恋仲を早速出汁にして楽しく言い合うはずだ。
「い、いや……べ、別に何でもないんですけど……そうだよね? 翼」
「う、ううううんんんんん!! そうだよね、ええへへへ。苔ノ橋くん」
身の潔白を証明しようとするのだが、相手は一枚上手である。
「ふぅ~ん。そうですか……まぁ、こんな病院の中ではねぇ~」
◇◆◇◆◇◆
病院の消灯時間は早い。
午後10時に廻る頃には、常夜灯を残して消されてしまうのだ。
苔ノ橋は東雲翼と撮影した写真を見返しながらも、さっさと寝ることにする。
別に眠たいわけではない。ただ、眠らなければ嫌なことを思い出すからだ。
『お前のせいだ』
(まただ……また今日も……僕を苦しめるのか)
『お前よりも鳥城先生がよかった』
(これは幻聴だ……それは分かっているが、はっきりと聞こえてくるのだ)
『鳥城先生を返せ。鳥城先生を返してよ!!』
病院生活を始めてから、夜は毎日うなされている。
先生のことが今でも気になってしまうのだ。
自分が傷つけてしまったのだから。
自分のせいで、彼女を傷つけてしまったのだと。
(早く翼に会いたい……早く明日になってほしい……)
枕元を変え、横向きに寝てみる。
ベッドから見える街の景色は、鮮やかな光に満ちていた。
ヘッドライトを放つ車。ファミリー向けマンション。大型ショッピングモールに設置された巨大な観覧車。この街を一望することができるタワー。
赤、青、黄、白、紫と様々な色に恵まれ、輝いている。
まるで、自分だけを残して、この世界が回っているかのように。
この世界に、お前が居なくても、この世界は回っているんだというように。
『どうしてアンタが生きてるの? 意味が分からない』
ごめんなさい。
『アンタみたいなクズはもうこの世界で生きている意味がないんだよ』
ごめんなさい。
『アンタはさっさと死んでほしい。アンタみたいな奴はさっさと消えて』
ごめんなさい。
『アンタが死ねばよかったのに』
ごめんなさい。
『アンタが消えればよかったのに』
ごめんなさい。
『ねぇ、早く死んでよ。アンタは生きる意味なんてないんだから』
ごめんなさい。
『アンタは生きる資格なんてないんだから。人様の人生を潰した時点で、アンタは一生幸せになれないんだからさ。だからさ、さっさと死んで償いなさいよ。それがアンタの罰でしょ……?』
死ねば償えるのか。
死ねば楽になれるのだろうか。
(どうせ……僕が死んでも、誰も悲しまないだろう)
「だから……もう死んだほうがいいのかな……?」
心が挫けそうなときに、スマホの着信音が鳴り響く。
一体誰だ。
もしかしたら、東雲翼かもしれない。
翼なら、心を癒してくれるかもしれない。
儚い願いを込めて、電話を取ってみると——。
『バチャ豚❤︎ どうしたの? あたしに電話をかけてきて』
相手は最悪な相手——西方リリカだ。
どうしてコイツは毎回毎回タイミングが悪いときなのだろうか。
ともあれ、どうしてもコイツには聞かなければならないことがある。
「お前に聞きたいことがあるんだよ」
東雲翼が教えてくれた情報を辿るに——。
コイツらは、通り魔事件に関与している可能性が高いはずだ。
『あたしに聞きたいこと? 何かなぁ~❤︎ 奴隷にしてほしいってことかなぁ~?』
思考回路がどうなっているのか、是非とも調べてほしい。
自分から奴隷になりたいですと電話を掛けるバカはいないだろう。
「……お前ら、あの通り魔事件に関係しているだろ?」
スマホの向こう側で、不思議な沈黙が起きた。
呼吸音が一度だけ途切れた。何か思い当たる節でもあったのか。
ともあれ、それは数秒だけで、悪びれる様子もなく、挑発した声で。
『そうだよ、あたしが犯人だよ❤︎ バチャ豚のお母さんを殺した主犯格の一人❤︎』
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