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【69】
しおりを挟む美月は唇に微笑をうかべる。
心がほんの少しだけ、大人になった気がした。
「もしそうなら、私は学校の校長先生が怪しいと思う」
美月の発言に「どうして」と桜子が訊き返す。
びしりと美月は人差し指を立てた。
「河童っぽいから!」
「それ、先生の頭のこと言ってる?」
校長先生の顔を思い出しながら、ふたりは笑う。
桜子がいなくなった一年間の寂しさを知っているからこそ、今この瞬間が、どうしようもなく幸せに感じられた。
異界での出来事は、人間界に帰ってきてみると、たしかに夢のようである。
けれど、胸に残っているたくさんのものが、夢などではない事実を教えてくれていた。
世の中にあるのは、人間が住む世界だけではない。
それを知るだけでも、変わるものはあるだろう。
少なくとも、美月はそう信じている――。
◇
木の枝に座り、背中を幹に預けながら、藍葉は木の実をかじっていた。
異界は、今日も適度に平和である。時折、妖怪達が流血沙汰の喧嘩をするのは、まぁ許容範囲だろう。妖怪とはそんなものだ。
そのとき、不意に木のしたから声がした。
「よう、退屈そうなツラしてんな」
見ると、紅希と葵が藍葉を見上げて立っている。
紅希がまるで面白いものでも観察するな笑みをうかべながら、言葉を継いだ。
「それとも、寂しがってる……の、間違いだったか?」
「ぬかせ」
短く返答して、藍葉は手にしていた木の実を紅希に投げつけた。
それを受け止めた紅希が、木の実を葵に渡す。と、葵はごく自然な流れで手渡された木の実をかじった。
紅希が相棒を二度見する。
「って、食うのかよ」
「え、そういう意味でくれたんじゃないの?」
「……まぁ、いいけど」
そんな至極どうでもいい会話をしてから、紅希は青空を見上げる。空には、翼を持つ妖怪達が何名か、のんびりと自由に飛行していた。
「あいつら、人間界で元気にやってっかなー」
「大丈夫だよ、きっと」
言うまでもなく、美月と桜子のことだ。
依然として木の実を食べながら、葵が柔和に返事をする。
と、空の向こうから白龍が巡回から帰ってきたのが視認できた。
右手を目の上にやって日除けを作りながら、紅希がそちらに目線をやる。
「お、お帰りだぜ」
鈴彦を背に乗せた白龍がゆっくりと藍葉達のいる丘に近付き、そうして静かに着地した。
鈴彦が白龍の背からおりる。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
迎えの挨拶をした葵に、鈴彦は返した。
藍葉は木の枝から白龍達のもとへと飛びおりて、鈴彦に尋ねる。
「どうだ。巡回の仕事には慣れてきたか?」
「なんとかね」
鈴彦は僅かに、はにかんで答えた。
そう、異界に残った鈴彦は、桜子と入れ替わる形で白龍と共に巡回の仕事をしているのである。
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