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【68】
しおりを挟む自身の顎に指を添えて、桜子が重ねる。
「美月のパパって……妖怪……?」
今日何度目になるかわからない沈黙が、またも空間を支配した。
美月の思考回路が、情報を処理しきれなくなって動きを鈍くする。
脳裏に、いつも穏やかで優しい父の顔がうかんだ。
「……うちのお父さんが……?」
「だって、異界で皆が言ってたでしょう。人間界と異界を繋ぐ門は、人間と魔力の少ない妖怪だけが通れるって。つまり、通れる妖怪は実際にいるのよ」
「……それが、うちのお父さん……?」
「わかんないけど……可能性は、あると思う……」
今ひとつピンとこない話に、美月の思考はまだ追いついてこない。が、並べられた事実から導き出される答えはあった。
「……もし、お父さんが本当に妖怪だとしたら……」
目線を落として、美月は自分の両手を眺める。
そこにあるのは、見慣れた己の両手でしかない。しかし、見えない部分に隠されていたものが、この皮膚の下にあるのかもしれないのだ。
手を軽く握り、そうして再度ひらく。
「私って――人間と妖怪のハーフ……?」
なんと非現実的な言葉だろうか。異界という世界の存在を知らなければ、その台詞だけで笑い出してしまいそうだ。
けれども、美月も桜子も、異界というもうひとつの世界に気が付いてしまった。世界は人間界だけではないという真実を、知ってしまった。
故に、桜子は笑わなかったし、美月も笑うことをしなかった。
幼馴染みは真剣な表情で思案する素振りを見せる。
「……ってことは、魔力を流し込まれたことで、眠っていた妖怪のチカラが目覚めた……って可能性もあるのかしら」
「それに、異界の土地との相性が加わった……?」
「……わかんないけど……」
鷹崎との戦いを思い出しながら、美月と桜子は首を傾げ合った。
しばらくそうして考えていたけれども、じきに思考の袋小路に到達して、美月はそれ以上考えることをやめる。
美月は軽く笑った。
「ま、私達がどれだけ考えても、わかんないよね」
「……そうだね」
桜子も微苦笑を返す。
そこで、美月は人間界に帰ってきてからの変化をひとつ思い出した。
「ああ、でもなんか……」
「ん?」
「こっちに帰ってきてから……お父さんがいつも以上に身近に感じる気がするんだよね。……だから、お父さんがじつは妖怪でしたって言われても……そりゃまぁ最初はびっくりするだろうけど、でも、最終的には納得しちゃう……かも」
そう、不思議と、父との心の距離感が変わった気がするのである。
それだけではない。異界から帰ってきた美月を見る父の眼差しが、なにかを察しているふうな――そんな気もするのだ。
美月の話を黙って聞いていた桜子が、視線を窓の外に流す。
彼女は穏やかな眼差しと口調で言った。
「……もし、門をくぐった妖怪が、人間界で普通に生活してるならさ」
桜子は瞳を美月に戻す。そうして、どこか悪戯っぽく笑った。
「妖怪って、案外近くにいっぱいいるのかもしれないね」
それを聞いた瞬間、美月の世界が、視野が、一段階ひろがったような気がした。
今の美月は、人間界と異界が繋がっていることを知っている。
異界に、人間の子供である美月の話を真剣に聞いてくれるひと達がいる事実を知っている。
人間界の存在を知る妖怪が異界にはたくさんいることも知っている。
目に見えるものだけが世界のすべてではない真理を――知ってしまった。
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